47. 聖都ファルラタ
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エシュトアと1時間ほど歓談を交わしていると、やがてレナード高司祭とロアン高司祭、それと2人の護衛に就いていた聖騎士の人達が屋敷へと戻ってきた。
「まさかユリ様がいらっしゃるとは思わず、長らくお待たせしてしまい、大変申し訳ありませんでした」
「急に来てしまったこちらが悪いのだから、詫びる必要は無いわ。2人と聖騎士の方々の準備が済んでいるようなら、早速ニムン聖国まで転移魔法で送らせて貰おうと思うのだけれど、どうかしら?」
「荷造りは既に済ませておりますので、問題ありません。私室より荷物を取って参りますので、今少しだけお待ち下さい」
「別に急いではいないから、忘れ物が無いかゆっくり確認して頂戴」
2人の高司祭と聖騎士の人達が荷物を用意している間、もう少しだけエシュトアと歓談する。エシュトアの荷物鞄は、既に彼女の足下に準備されていた。
「そういえば転移魔法は、一度行ったことがある場所にしか飛べない、という話を以前耳にしたことがあるのですが。もしかしてユリお姉さまは既に、ニムン聖国へ来られたことがあるのでしょうか?」
「いいえ、私は行ったことは無いわね。でも私の代わりに大きな竜が、手紙を届けに来たでしょう?」
「はい。ラドラグルフと名乗られた竜が、以前首都にまでいらっしゃいました」
「だったら問題無いわ」
エシュトアの言う通り、転移魔法で飛べるのは過去に訪問したことがあり『転移ポイント』を記録したことがある場所にだけだ。
但しユリの場合には、使役獣に『転移ポイント』を記録して貰えば、ユリ本人が行ったことが無い場所へも飛ぶことができる。
覇竜ラドラグルフには予め、手紙を配達した先の都市を全て『転移ポイント』に登録するよう指示してあるので、問題は無い筈だ。
「ユリ様、全員の準備が完了しました」
「判ったわ。ここは手狭だから一旦建物の外に出ましょう」
ロアン高司祭の言葉を受けて、ユリはソファから立ち上がる。
そしてその場の全員を伴って屋敷の外へと出た。少し開けている庭園の一角で、ユリは早速準備に取り掛かる。
「絆を頼りに空間を繋び、我等を彼の地へと誘い給え―――」
魔法を詠唱すると、ユリの足下に半径5メートル程の魔法陣が浮かび上がる。
もっと大きな魔法陣にすることもできるけれど、この場に居る全員を運ぶだけであれば、このぐらいのサイズで充分だろう。
あとは結びの『魔術語』さえ唱えれば、すぐにでも魔法は発動する。
「荷物は地面に置かず必ず携行して、この魔法陣の中に全員の身体が入るようにして頂戴。魔法陣に入っていない人や物は、全てこの場所に置き去りにされるわよ」
「き、気をつけます」
やや緊張の混じった声で、エシュトアがそう返答する。
ユリの正面にエシュトアが立ち、その両隣にレナード高司祭とロアン高司祭が、更にその周囲に24名の聖騎士達が集結する。
最後に、今日ユリの護衛をしてくれているカプリスが魔法陣の内側に入ったのを確認してから、『魔術語』を唱えて魔法を発動させた。
「―――【集団長距離転移】!」
足下の魔法陣から、蒼と白が入り交じった強い光が溢れ出す。
ユリの視界に、飛ぶことが可能な『転移ポイント』の一覧が表示されるけれど。その一覧の中には『リーンガルド』の世界で記録していた筈の『転移ポイント』が1つも表示されていなかった。
やはり、あちらの世界へは飛ぶことができないのだろう。
「エシュトア、聖国の首都は『聖都ファルラタ』で合っているかしら?」
「あ、はい。その都市名で間違いありません」
「ありがとう」
リストの中から『ニムン聖国/聖都ファルラタ』と書かれた『転移ポイント』をユリは選択する。
その瞬間に魔法陣の外側の景色が真っ暗なものへと変わり、数秒が経過すると、景色がニルデアとは全く異なるものへと一変していた。
「……ここ、どこかしら?」
もっと街中っぽい所に到着するかと思っていたのだけれど。ユリ達の周囲には、ひたすら広がっている砂漠と、白い石壁しか見えない。
「えっと……。首都の南門を出てすぐの辺りだと思います」
「砂漠と壁しかないのに、よく判るわね……」
「周囲の丘陵を見れば、現在地はある程度判りますので」
ユリとは違い、エシュトアには判別が付くらしい。
というか、レナード高司祭にもロアン高司祭にも、聖騎士の人達にも現在位置が既に把握できているようだ。流石は砂漠の民ということだろう。
「ところで、アルトリウス教皇に面会はできるかしら? 可能であれば直接、先日頂いた贈り物の返礼がしたいのだけれど」
「えっと……。申し訳ありません、猊下がいま首都にいらっしゃるかどうかが判りかねますので、一度宮殿に行ってみないことには何とも」
「そうよね、ごめんなさい。変なことを訊いてしまったわね」
「いえ、すぐに確認させましょう」
そう告げると、エシュトアは聖騎士の1人にちらりと視線を送る。
すぐに意図が伝わったらしく、その聖騎士は駆け足でその場から離れていった。
「今の者が南門で馬を借りて宮殿へ行き、猊下が首都に滞在しておられるかどうかを確認してきてくれると思います」
「手間を掛けるわね」
「いえ、とんでもありません」
どうやらエシュトアは人を使うことに慣れているようだ。
聖女という立場が、この国ではそれだけ高いということだろう。
「では、とりあえず南門からファルラタの都市内へと入りましょう。ご案内させて頂きますね」
「ええ、お願いするわ」
エシュトアに案内されながら、ユリ達は白い石壁がある方へと向かう。
どうやらこの石壁が、聖都ファルラタの都市を囲む防壁であるようだ。ニルデアの都市を護る防壁に較べると、背が低くて頼りない印象を受けた。
「それにしても……お姉さまも、お姉さまの護衛の方も、暑さがまるで苦になっていないみたいで凄いです。夏の砂漠は、私達でさえ辛い暑さなのですが……」
「―――ああ、ごめんなさい。それはね、ズルをしているのよ」
「ズル、ですか?」
「エシュトア、ちょっと片手を出して貰えるかしら?」
「あ、はい。これでよろしいですか?」
差し出されたエシュトアの左手を取り、その薬指にユリは指輪を嵌める。
ユリが身に付けているものと同じ〈温冷耐性〉の付与が掛けられた指輪だ。
「……わ、凄い。嘘みたいに暑さを感じなくなりました」
「この指輪を身に付けていると、暑気と寒気の両方に耐性を持つことができるの。暑さと寒さの両方をあまり感じなくなるし、暑い中にいても気分が悪くなったり、身体が日焼けすることが無くなるわ。それから、寒い場所にいても手がかじかんだりしないし、凍傷になる心配もなくなるわ。
その指輪はエシュトアにプレゼントするから、良ければ普段遣いとして身に付けておいて頂戴。砂漠で暮らす上では、きっと役立つと思うから」
「よろしいのですか? これはお高いものなのでは……」
「別に高価なものでは無いわ。姉として、妹にこれぐらいのことはさせて頂戴」
「あ、ありがとうございます、ユリお姉さま」
エシュトアが左手の指輪を眺めながら、嬉しそうに微笑む。
もちろん彼女の左手薬指に指輪を嵌めたのはわざとだ。
―――とはいえ、この世界では特別な意味など無いかもしれないが。
聖都ファルラタの南門へ到着すると、門衛の人達はユリ達を一切検めることもせず、ただ当然のように門を通過させてくれた。
やはりそれだけ『聖女』が居るということが、この国では大きな意味を持っているのだろう。何にしても通行の面倒が無いというのは有難い。
また、南門には2頭立ての馬車が1台用意されていた。
どうやら先程エシュトアに促されて先行した聖騎士の人が、門衛の人達に手配させてくれていたらしい。内部に3人掛けの椅子が2つある馬車だったので、片側にエシュトアと2人の高司祭が座り、もう片側にユリとカプリスが座った。
馬車に備え付けられている小窓から、ユリは聖都ファルラタの景色を伺う。
門外のように、砂地ばかりの街かと思っていたのだけれど。都市には白い石畳が綺麗に敷設されており、また同じ白い石で造られたと見られる、沢山の立派な家々が並んでいた。
「街路や建物は、ニムン聖国で産出する『白静石』という少し特別な石で造られています。この石は熱を内側に溜め込む性質がありまして、暑い陽射しの中でも表面部分はあまり熱くならず、逆に夜は中に蓄えた熱を少しずつ放出してくれます。
砂漠は日中こそかなり暑くなりますが、夜は一転して厳しい寒さに変わります。なので白静石で作った家の中だと、夜に少し温かく過ごせるんです」
「生活に密接している、便利な石なのね」
石畳にも使われているぐらいなのだから、豊富に採れる石なのだろう。
特別な石を材料に用いれば、何か特別なものが作れる可能性がある。『竜胆』への手土産に、白静石を少し購入して持ち帰るのも良いかもしれない。
「―――あら?」
「どうされましたか、お姉さま?」
「先程あなたが向かわせた聖騎士が、戻って来たみたいよ」
前方から馬に乗って駆けてきた聖騎士が、折り返して馬車に併走する。
併走しながら、聖騎士は器用に何か複雑なハンドサインのようなものを送ってくる。エシュトアが小窓からそのサインを読み取り、ユリに伝えてくれた。
「猊下は宮殿で執務中ですが、ユリ様にはすぐに会われるそうです。主神の1柱であられるユリ様を、謁見の間の壇上からお迎えするのは失礼に当たるとのことで、よろしければ宮殿の迎賓室でお会いしたいそうですが」
「私は教皇に会えるなら、場所はどこでも構わないわ」
「では、このまま宮殿まで向かいましょう」
手紙は何度も読んだので、アルトリウス教皇の人柄については理解している。
きっと、それなりに歳を召した、優しそうな男性なのだろうな―――と。珍しくユリは女性ではない相手について、少し思いを馳せていた。
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