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百合帝国  作者: 旅籠文楽
1章 -

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46. 思い出のチョコレート

 


     [1]



 2国からの使者が来てから、5日が経った。

 と言っても、シュレジア公国からの使者にはすぐに帰って貰ったわけだけれど。ニムン聖国から来た使者の人達は、現在もニルデアの都市内に滞在している。


 本日は『夏月8日』。

 ルベッタとアドスの2人が予想した通りなら、今月の15日から20日の間にもエルダート王国の軍が来るとのことだから。早ければあと1週間後には、遅くともあと12日も経てば、王国と一戦を交えることになるだろう。

 その兵数は間違いなく大軍と見込まれ、4万とも5万とも予想されている。今にも軍靴の音が聞こえてきそうだ。

 もっとも―――ユリの予定通りなら『一戦』という言葉が相応しくないほどに、彼の国との戦争は一瞬で片が付く筈だが。


「んんー……!」


 執務室の机の前で、ユリは両腕を上げて身体を伸ばす。

 毎日少しずつ書き綴っていたニムン聖国の教皇へ宛てた親書が、今ようやく書き上がった所だった。

 便箋6枚にも渡る長文の親書だ。この量となると読む方も大変かもしれないが、そもそも先方が用紙4枚にも及ぶ文量の書状を寄越したのが切っ掛けなのだから、これについては苦情を受け付けるつもりはない。


「お疲れさまです、ご主人様」

「ありがとう、カプリス。やっと親書が書き上がったから、ニムン聖国からの使者の人達に、1時間ぐらい後に訪問する旨を伝えて貰えるかしら」

「承知致しました」


 ユリからの指示を受けて、カプリスが深々と頭を下げる。

 カプリスは今日の『寵愛当番』で、『撫子(なでしこ)』に所属する子だ。

 種族が『猫人種(ルチュス)』である本質のせいか、性格的に気まぐれな部分がある子だけれど。メイドとしての仕事は『撫子』らしく完璧にこなしてくれる。


「ニムン聖国の使者の人達にはポプリが使いに行ってくれるそうです。但し先方は時計を持っていませんから『1時間後』という指定は難しいかもしれませんが」

「ああ、それはそうね。うっかりしていたわ」


 『部隊チャット』を通じて同じ『撫子』の子と連絡を取ったカプリスが、ユリにそう報告する。

 ユリが懇意にしている人達―――ルベッタやアドス、バダンテール高司祭などは既に『時計』を持っているので、待ち合わせの際に時刻を正確に指定することができるわけだけれど。ニムン聖国から来た使者の人達には、それが通用しないことをすっかり失念していた。


「まあ、その辺は適当に伝えておいて頂戴な。ところで、カプリスに1つ訊きたいのだけれど。百合帝国の備蓄に『湧水(ゆうすい)の剣』は幾つあったかしら?」

「湧水の剣ですか? 正確な数は覚えておりませんが……少なくとも50本以上はあったと思います。たぶんバラードの〈侍女の鞄〉に収納されていたと思いますので、部隊チャットで本人に訊いてみましょうか?」

「だったら連絡を取るついでに、湧水の剣を20本ほどカプリスの〈侍女の鞄〉に移しておいて貰えるかしら。先方から貰った贈り物の返礼にしようかと思って」

「ああ―――そういえばニムン聖国は砂漠が多いとか。湧水の剣のようなアイテムは、先方に喜ばれるかもしれませんね」

「ええ、私もそう思ってね」

「承知しました、すぐに受け取って参ります」


 カプリスはそう告げて、速やかに執務室を退室する。

 ひとりきりになった部屋の中で、ユリは溜まっている執務仕事を少しでも片付けていく。手紙を書くのには意外に神経を使うので、どうしても執務の側が後回しになってしまっていた。


 暫くして『湧水の剣』を受け取ったカプリスが執務室に戻って来たあと、彼女と一緒にお茶を飲みながら暫くの間歓談を交わして。そして当初の予定通り1時間が経過した後に、ユリ達は領主館を発った。

 ニムン聖国の人達に滞在して貰っている屋敷は、領主館のすぐ側にある。

 だからカプリスと2人でのんびり歩いても、数分と掛からず到着した。


 ドアノッカーを叩くと、すぐにニムン聖国の聖騎士の人が出て来て、屋敷の中へ案内して貰えた。

 そして屋敷の応接室では、エシュトアがお茶を用意して待ってくれていた。その周囲には護衛の聖騎士達も何人かが立っている。


「ユリ様。この度はニムン聖国から来た私共の滞在のために、こんなに上等な屋敷を使わせて頂いてありがとうございます」

「こちらこそ、手紙が書き上がるまで待って貰って申し訳無かったわね。5日間も滞在して貰った間に、何か不便なことなどは無かったかしら?」

「はい、とても快適に過ごさせて頂きました。この屋敷に張ってある結界は本当に素晴らしいですね……! 屋敷の中が涼しいものだから、季節が『夏』であることを何度も忘れそうになったぐらいです」


 ニムン聖国の使者の人達に滞在して貰っている屋敷には、『紅梅』の子に頼んで展開した【調温結界】で、建物全てを包み込んで貰っている。

 この結界があることで、屋敷の中は常に『20℃』で保たれている筈だ。なのでエシュトアの言う通り、建物内に居る分には夏の暑さを感じることも無い。


「まあ、こんな結界なんて無くても、砂漠に暮らしている方にとってはニルデアの夏なんて、大した暑さでは無いかもしれないけれどね」

「いえ。砂漠の渇いた暑さとニルデアの湿った暑さはまた別物ですので、暑気を避けられたのはとても有難かったです。……ところで、この結界は砂漠でも張ることが出来たりするのでしょうか?」

「別に張れる場所に制限は無いわね」

「そうなのですか。その……もしユリ様がニムン聖国にいらっしゃることがありましたら、もし宜しければ首都の宮殿や大聖堂に、この結界を張って頂くことはできませんでしょうか。砂漠は昼の暑さも、夜の寒さも耐え難いものがありますので、色々と仕事や生活に支障が出ることも多くて……」

「別に構わないわよ? 大した負担でも無いし」


 【調温結界】で消費する素材は、魔物を狩れば簡単に手に入る。

 宮殿や大聖堂を結界で包み込むとなれば、サイズをある程度拡大する必要が生じるだろうけれど。ユリの使役獣から素材を回収出来ることが判明した現状では、結界の展開や維持に掛かるコストは些細な問題だった。


「よ、よろしいのですか? 大したお礼もできないと思いますが……」

「対価は無用よ。私の聖女の『おねだり』に応えるのは当然のことだもの」


 ユリは優しく微笑みながら、エシュトアにそう告げる。


 この5日間の間に、ユリは『神域』でリュディナから『神託』を送信する方法を教わっており、既にエシュトアに神託を送信して、彼女を正式にユリの『聖女』に任命していた。

 だから現在のエシュトアは『リュディナの聖女』であると同時に『ユリの聖女』でもある。2柱の神から聖女として認められる者が出るのは、ニムン聖国の長い歴史の中でも初めてのことらしい。


「ところで、もうニムン聖国に帰る準備は出来ているかしら? 準備が済んでいるようであれば、転移魔法で送らせてもらおうと思うのだけれど」

「あ……。申し訳ありません、ユリ様。荷造り自体は完了しているのですが、実はレナード高司祭とロアン高司祭、それとお2人の護衛に就いている聖騎士達が朝からニルデアの都市へ買い物に出掛けておりまして、まだ戻って来ておりません」

「あら、そうなの。では戻られるのを待ちましょうか」

「ユリ様をお待たせしてしまうなんて……本当に申し訳ありません」

「いいのよ。2人とも私が連絡する前に出掛けていたのでしょう? それなら仕方ないことだもの。それにエシュトアが私の話し相手になってくれるなら、待つのも全く苦ではないから気にしないで」

「寛大な御心に感謝致します」


 エシュトアがそう告げて、深々と頭を下げる。

 ……彼女のその慇懃な物言いが、少しだけユリには気になった。


「エシュトア。私は自分の聖女とは、もっと気が置けない関係を築きたいのよ」

「それは、どういうことでしょう……?」

「あなたが私に敬意を尽くしてくれるのは嬉しいけれど、程々にで構わないということよ。そんなに深く頭を下げられると、却ってあなたとの距離を感じるわ」

「も、申し訳ありません」

「悪いことをしてもいないのに、謝罪する必要は無いわ。恭しくする必要は無いから、もっと気軽に私と接して貰うわけにはいかないかしら?」

「そう言われましても……。なかなか、む、難しいです」


 エシュトアは嬉しそうにはにかみながらも、けれど困ったように眉を下げる。

 その複雑な表情が、現在の彼女の心境を如実に映していた。


「私の聖女になってくれたのだから―――そうね、エシュトアは私の『妹』みたいなものでしょう? 堅苦しい関係なんて無用なのよ。私のことを『姉』と思って、もっと無遠慮に接して頂戴」

「あ、姉ですか。で、では……『ユリお姉さま』とお呼びしても構いませんか?」

「エシュトアがそう呼びたいなら、私はもちろん構わないわ」


 『姫百合(パティア)』の子達と呼び方が被る気もするが、それは別に良いだろう。

 『黒百合(ノスティア)』の子達も、ベッドではユリのことをそう呼ぶし。


「自慢ではないけれど、私は妹には甘いわよ? たぶん『おねだり』されれば大抵の願いは叶えてしまうと思うから、遠慮無く私のことを利用しなさい」

「そんな、利用だなんて……」

「遠慮は無用よ。妹に利用されることを、喜ばない姉など存在しないわ」


 少なくとも、ユリにとっては嬉しいことでしか無い。

 ましてエシュトアのような、遠慮しがちな子に利用して貰えるなら尚更だ。


「……ではお姉さまに、ひとつ甘えてもよろしいでしょうか」

「ええ、何でも言って頂戴」

「以前に領主館で食べさせて頂いた『チョコレート』という食材を、良ければ少し分けて頂けないでしょうか。どうしてもまた食べたくて……」

「そんなの、もちろん構わないわ。気に入ったの?」

「はい。私もそうですが、レナード高司祭とロアン高司祭も、あの時食べた味がどうしても忘れられなくて……。実はお2人とも、朝から『チョコレート』を探しにニルデアの都市を探し回っているのです」

「……それは悪いことをしたわね。あれは街中では売っていないのよ」


 百合帝国が保有しているチョコレートは『アトロス・オンライン』のゲーム内でバレンタインの時期にだけ登場する、『チョコレートスライム』というイベントモンスターを倒すことで入手できる食材アイテムだ。

 『アトロス・オンライン』を20年以上遊んでいたユリは、ゲーム内で獲得したチョコレートを大量に備蓄しているし、また『チョコレートスライム』の魔物も当然既に自身の使役獣にしている。だから今後も問題無く安定入手が可能だ。


 とはいえ、チョコレートはあくまで百合帝国が備蓄しているだけであって、ニルデアの市井には出回っていない。

 街中を探し回ったからといって、見つかる可能性は皆無だろう。―――この世界にも『チョコレート』が存在するのであれば別だが。


「ごめんなさい、エシュトア。ちょっと待ってね」

「はい」


 ユリは現在も維持している【空間把握】の魔法でレナード高司祭とロアン高司祭の位置を調べて、2人を『緑』でマーキングする。

 それからギルドチャットを通じて撫子に連絡を取り、『緑』でマーキングした対象に接触して、屋敷に戻って欲しい旨を伝えてくれるように指示を出した。


「レナード高司祭とロアン高司祭の2人には、屋敷へ戻るように使いを出しておいたわ。残念ながらチョコレートは街中では買えないから、私からプレゼントする分だけで我慢して頂戴。そのぶん沢山渡すようにするから」

「ありがとうございます、お姉さま」

「いいのよ。可愛い妹のおねだりですもの」


 そう告げて、ユリは優しく微笑みかける。

 それに応えるように、エシュトアもまた嬉しそうに笑顔を浮かべてくれた。


(とはいえ、ただチョコレートを贈るだけだと、砂漠の暑さですぐに溶けてしまうでしょうから……。何かしらの対策が必要になるわね)


 ユリは頭の中で、より良い形でエシュトアにプレゼントする方法を模索する。

 妹に喜んで貰うためとあらば、お姉ちゃんは努力を怠らないのだ。





 

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お読み下さりありがとうございました。

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[良い点] 更新乙い [一言] 姉なるもの……ユリィ……
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