44. 聖女
今回分はやや手抜きなので誤字など多いかもしれません。申し訳ない。
本日は部屋の片づけを優先します(震度4を喰らいました)。
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ユリ達は領主館内の応接室へと移動する。
先程の『玉座の間』に較べれば随分手狭な部屋になるが。先方の客人は6人しか居ないのだから、それほど広い部屋は必要無い。
応接室にはテーブルを挟んで3人掛けのソファが2台並べられている。
片側のソファにユリとバダンテール高司祭が座り、もう片側に聖女エシュトアとレナード高司祭、ロアン高司祭の3人が座った。聖騎士の3人がその後ろに立つ。
「ユリ様。先程のシュレジア公国の一件ですが……相手国からの『宣戦布告』として受領してしまって、本当によろしかったのでしょうか?」
「うん? それはどういう意味かしら?」
エシュトアから訊ねられた言葉の意味が判らなくて、ユリは首を傾げる。
そのユリの心情を察して、バダンテール高司祭が解説してくれた。
「ここニルデアは元々、エルダート王国の都市です。都市を取られたままでは面目が立ちませんから、近いうちに王国はニルデアに侵攻戦を仕掛けてくるでしょう」
「ええ、それは承知しているけれど……」
「つまりエシュトア殿は『百合帝国』がエルダート王国とシュレジア公国の2国と同時に戦争をすることになってしまうのを、危惧して下さっているのですよ」
「―――ああ、なるほど」
そこまで説明されて、ようやくユリも理解する。
戦争とは国家にとって究極の『外交』であり、負ければ国家の存亡に関わる大事でもある。なので敗北の可能性を最小限に抑えるように、最大限の事前準備をするのは当然のことだ。
ニルデアの都市はエルダート王国ともシュレジア公国とも隣り合っているため、同時に戦争を行えば2正面で相手をする以外の選択肢はなくなる。そうなった段階で、もはや戦争の『敗北』は確定したようなものだろう。
―――普通であれば、だが。
「ふふ。ありがとう、エシュトア」
「あ……」
誰かに心配して貰える、というのは幸せなことだ。
嬉しさのあまりに、ユリがエシュトアの頭を優しく撫でると。当のエシュトアは僅かに驚いた表情を浮かべながらも、なすがままにされてくれた。
「心配は要らないわ。あなたが思っている以上に『百合帝国』は強いから」
「確かに、親書を届けて下さったあの竜は、凄く強そうでしたが……」
「ふふ、そうでしょうそうでしょう」
実際、覇竜ラドラグルフは竜の中でも屈指の強さを持つ。もしエルダート王国とシュレジア公国が同時に攻めてきても、ラドラグルフさえ居れば余裕で蹴散らせることだろう。
もっとも―――それを使役獣にしている時点で。ユリは単身でも、覇竜ラドラグルフよりも更に強いことが証明されているわけだが。
そんな話をしていると、不意に応接室のドアがコンコンとノックされた。
頼んでおいたものを持ってきてくれたのだろう。ユリが「どうぞ」と呼びかけると、すぐに『撫子』隊長のパルティータが入って来た。
「失礼致します。紅茶と菓子をお持ちしました」
「ありがとう、パルティータ。お客様に提供して頂戴」
「はい、直ちに」
パルティータは慣れた手つきで、テーブルに5人分の紅茶と菓子を並べていく。
ちなみに菓子はチョコレートタルトのようだ。タルト生地にチョコクリームを流し込み、固めた後に粉砂糖を振っただけの単純な菓子だが。ユリとしては手が込んだ菓子よりも、こういうシンプルなものの方が好きだったりもする。
「ユリ様、これはおかわりをしても構わないのでしょうか?」
「幾らでもあるから、好きにして頂戴」
まるで遠慮のないバダンテール高司祭の言葉に、思わずユリは苦笑する。
『百合帝国』で振る舞われる食事や菓子は、全て『竜胆』のユーロが1人で調理しているが。彼女は菓子を作る際に、一度に纏めて数百個ぐらいは作る。
ユーロが言うには、どうせ『撫子』が居てくれれば新鮮なまま無期限に保存できるのだから、纏めて大量生産したほうが楽とのことらしい。なので菓子は基本的に在庫が豊富にあると考えて大丈夫だ。
「あ、美味しい……。初めて食べる菓子ですが、上品な甘さが素敵ですね」
「気に入ってくれたなら私も嬉しいわ」
エシュトアの言葉に、ユリは笑顔でそう応える。
チョコレートを使った菓子には職人の腕前が如実に顕れる。下手に作れば下品な味と食感に、上手く作ればとても上品な味と食感に仕上がる。
そして、当然ながらユーロが作ってくれる菓子は最高の出来だ。
ユリもフォークで切り分けて一口味わってみると、途端に幸せな心地になれた。
特にタルト生地のビスケットが『サクサク』の状態で保たれているのが良い。
時間が経つとどうしても『しっとり』した生地になってしまうし、それもそれで決して悪くは無いのだけれど。やっぱりチョコクリームに食感の楽しさを添えるという意味では『サクサク』生地にこそ正義があるように思える。
幸せな心地のまま、ユリは2口目を堪能する。
一方でバダンテール高司祭は2皿目に突入していた。
「エシュトアにひとつ訊きたいのだけれど」
「あ、はい。何でしょうかユリ様」
「不勉強で申し訳無いのだけれど、私は『聖女』というものについて全く知らなくてね。良ければ私に教えて貰っても構わないかしら」
今日の午後にルベッタとアドス、そしてバダンテール高司祭の3人から、ユリはニムン聖国について色々と教えを受けたわけだけれど。やはり付け焼き刃の知識には、どうしても足りない部分が生まれてしまう。
実際、ユリは『聖女』というものについて何も教わっていなかった。
知らないことは仕方が無いので、ユリは素直に当人に教えを請う。
「聖女というのはニムン聖国の中でのみ通用する役職のひとつですから、ユリ様がご存じないのも当然だと思います。
えっと……ある程度信仰の厚い者になりますと、時折祈りを通して神様と対話する機会を得ることができるのですが。その際に神様に志願して認められたり、あるいは神託によって指名された者が『聖女』という役職に就きます。あ、男性の場合ですと『聖人』になりますね。
聖人や聖女は自分が担当する神様の教えを、ニムン聖国内に正しく広める役目を担います。私は癒神リュディナ様の聖女ですので、普段はリュディナ様の教えを民に広めるべく、ニムン聖国内の都市や村落を巡回しております」
「なるほど……。私を担当する人は、当然まだ居ないのよね?」
「はい、そうなります。リュディナ様の話によりますと、祈りを通じて対話が可能なのは『神域』なる場所におられる神様だけとのことです。ユリ様はこうして下界で活動しておられますから、まだ誰もユリ様との対話ができた者は居ません。ですから当然、ユリ様を担当する聖人や聖女もまだ存在していないことになります」
「確かに私は、殆ど『神域』には居ないから……。それなら、私を担当してくれる聖人や聖女の人なんて、望むべくもなさそうね」
ユリが『神域』へ行くのは大体週に2~3度ほど。
それぞれの滞在時間も、正味3時間ぐらいでしかない。
「それでしたら、神託で指名なさればよろしいと思います。ニムン聖国の聖職者であれば誰でも、神様から直接指名されて嫌という者はおりませんので」
「そうなの? では、エシュトアが私の『聖女』になってくれるかしら?」
「わ、私がですか!? 光栄なことでは、あ、ありますが……」
自分の聖女を1人選べと言われれば、真っ先に考えるのは『睡蓮』の子達だけれど。ニムン聖国内で活動する役職なのだから、当事国の子を指名すべきだろう。
そしてユリは選べるならば当然、男性よりも女性を選ぶ方だ。
「既に他の神の『聖女』になっている人は、指名できなかったりする?」
「いえ、多分……そのような決まりは無かったと思います。前例はありませんが」
「それなら、貴方が引き受けてくれると嬉しいわ。私はあなたのことを知らないけれど、リュディナのことなら知っている。リュディナが選んだ貴方なら、間違いは無いと信じられるからね」
「あ、ありがとうございます。信頼して頂けるのはとても嬉しいです。
えっと……。一応決まりですので、また改めて『神託』で私を指名して頂いてもよろしいでしょうか? そうして頂ければ、喜んで引き受けさせて頂きますので」
「ええ、判ったわ。あなたに『神託』を届ける方法は、次に『神域』へ行った際にでも、リュディナに訊いてみるとしましょう。
別に『言うな』と言われていないから、正直に言ってしまうけれど―――私が集めた分の信仰は、リュディナが好きに利用できる契約になっているの。つまり結果的にはリュディナの利益になるから、今のあなたの役目にも沿えると思う」
「そ、そうなのですか……?」
「嘘は言っていないわ」
実際、ユリが集めた分の信仰心はリュディナが管理し、勝手に使用している。
リュディナとしては、ユリが集めた信仰心の3割~5割ほどを利用させて貰えれば充分に助かる、という話だけれど。所詮『信仰心』というものはユリにとってはどうでも良いリソースなので、現在は10割全てをリュディナに任せている。
ちなみに、思いのほかニルデア市民からの信仰が厚いらしく、ユリが稼いでいる『信仰心』の総量は、当初想定していた2倍以上にも達しているらしい。
お陰でその全てを利用できるリュディナとしては、最近は全く『奇蹟』をケチる必要も無くなり、かなりご満悦な状態だとか。
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