43. 2国からの使者(後)
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ユリの声に呼応するように『玉座の間』のドアが大きく開かれる。
その向こうには使者の姿が見えた。いかにも聖職者といった格好の一団と、それとは別に煤けた胸当てを身に付けた騎士が2人。前者がニムン聖国からの使者で、後者がシュレジア公国からの使者だろう。
その後ろには、バダンテール高司祭の姿も見える。面談の場に同席して欲しいとユリが事前に頼んでいたので、合わせて入室してきてくれたようだ。
(………?)
案内役のポプリの手により、既にドアは最大限に開かれているというのに。何故か使者の人達は一向に部屋の中へ入ってくる様子を見せない。
ユリが訝しく思いながら待っていると。やがておそるおそるといった足取りで、聖職者の一団のほうだけは部屋の中へと入ってきて、ユリの前に跪いた。
けれどシュレジア公国の騎士達は、それでも全く入室しようとはしない。
仕方なく2人の騎士を〈鑑定〉のスキルで視てみると、両方とも『萎縮』という状態異常に陥っていた。
ユリにとって、これは初めて見る状態異常だ。少なくとも『アトロス・オンライン』のゲーム中には、『萎縮』などという状態異常は存在していなかった。
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《萎縮》 - 精神系状態異常
〔威圧〕などの精神攻撃スキルを受けた際に発生する状態異常。
一時的に移動速度と行動速度が低下してしまう。
特にレベルや地位に差がある者から仕掛けられると抵抗が難しくなり、
同時に効果も増す。最悪、全く動けなくなることもある。
[魅力]が高いほど《萎縮》に抵抗しやすくなる。
[加護]が高いほど《萎縮》状態から早く自然回復できる。
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〈鑑定〉で得た情報は、その詳細を視ることもできる。
なので『萎縮』状態についての詳細情報を表示させると、これが精神系状態異常の一種であることが判った。
ユリの持つ〈支配者の威厳〉は一種のジョークスキルみたいなもので、ゲーム時代には『他者に威厳を感じさせる』ということ以外には何ひとつ影響を与えない、実用性が皆無なスキルだった―――筈だ。
けれど『萎縮』という状態異常が存在するこの世界では、話が変わってくるのかもしれない。何しろユリはレベルが『200』であり、地位に至っては『女帝』な上に『神様』なものだから、いかにも『萎縮』は覿面に効果を発揮しそうだ。
―――まあ、何にしても。
この場においては相手を『萎縮』させても、面倒が生じるだけでしかない。
「……仕方ないわね。これで大丈夫かしら?」
そう告げて、ユリは〈支配者の威厳〉のスキルをオフにする。
途端にシュレジア公国の使者2人の表情から、苦悶の色が消えた。
ようやく部屋の中へと入ってきてくれて、2人ともユリの前に跪く。
同時にニムン聖国の一団の表情からもまた、緊張が晴れたようだ。
一団の先頭に立つ少女が恭しく頭を下げながら、ユリに口上を述べる。
「お初にお目に掛かります、偉大なる『百合帝国』の女帝にして、いと高き主神の1柱であられます、愛の女神ユリ様。私はニムン聖国の聖女が1人、エシュトアと申します。
此度は『百合帝国』の建国と、ユリ様が主神に加わられましたことを祝うべく、祝賀の使節として参りました。どうぞよろしくお願い致します」
「……お姉さまが、愛の女神……?」
エシュトアの言葉を受けて、パルフェが小さな声でそう漏らす。
ユリの耳はそれを明瞭に拾うけれど―――敢えて聞かなかったことにした。
「よく来て下さいましたね、エシュトア。確かに私は些細な理由から、神の1柱として加わることになりましたが……。見ての通り私など、あなたと然程変わらない年齢の、ただの小娘でしかありません。つまらない実物を目の当たりにして、あなたが幻滅していなければ良いのだけれど」
「幻滅など―――絶対に致しません。むしろ私の信仰心は、こうして主神のお姿を見ることが叶いましたことで、より一層高まるばかりです」
「ありがとう、エシュトア。ところで、良ければあなた以外のニムン聖国から来た方々についても、私に紹介して頂けないかしら?」
「これは失礼致しました。ユリ様から見まして、私の右隣におりますのがレナード高司祭、左隣におりますのがロアン高司祭です。またそれ以外の3名は、いずれもニムン聖国の聖騎士隊に所属する者になります」
エシュトアから紹介された人達が、ユリに対して深々と頭を垂れる。
どうやらエシュトアだけでなく、他の5人もユリに対して最大限の敬意を払ってくれているらしい。
「私は神殿組織についてあまり詳しく知らないけれど、それでも『高司祭』という地位が断じて卑しからぬものであることぐらいは判るわ。そんな方々に、わざわざ足を運んで頂けるなんて、嬉しいことね。
バダンテール高司祭はニムン聖国から来て下さった皆様を見て、どのように思うかしら?」
「そうですね……。高司祭を2人出すという時点でも相当ですが、それ以上に本来は国からまず出すことのない『聖女』を遣いにしているという時点で、先方がユリ様のことをいかに重視しているかが大変良く判ります」
「なるほど、とても参考になったわ。では国主として、そして神の1柱としても、まだまだ新米に過ぎぬ私に過分な敬意を表して下さるニムン聖国の皆様に、深く感謝を申し上げねばなりませんね」
「―――そ、そんな! 恐れ多い、です」
ユリが頭を下げたことに、エシュトアが明らかに狼狽した声を上げる。
やはりというべきか、彼らも『国主は頭を下げない』のが当たり前だと思っているらしい。いや、それとも『神』に頭を下げられたから驚いているのだろうか。
「さて、本日はシュレジア公国からも使者の方が来て下さっています。あなた達についても、まずは身を証して頂いて構わないかしら?」
「はっ! 先程はお見苦しい姿を晒してしまい、大変に失礼を致しました。自分はシュレジア公国に使える二等騎士でガルゾと申します。また、こちらの者は自分の従騎士でコレンと申します」
「ガルゾとコレンね。この度はニルデアまでよく来てくれました。おそらくあなた達2人は、何らかの書状を運んできたのかしら?」
「はい、ドラポンド公からユリ陛下へ宛てた親書をお持ち致しました」
「ポプリ」
「はい」
使者が差し出した書状を一旦ポプリが受け取り、ユリはポプリに玉座まで運んで貰ってからそれを受け取る。
多少面倒だが、王というのは他国の使者から書状や贈り物を直接受け取ったりはせず、必ず臣下を中継して受け取るのだそうだ。
それがこの世界ならではの習慣なのか、あるいは元居た地球でもそうだったのかは今となっては判らないが。敢えて慣習に逆らう必要も感じない。
封蝋を解き、中の手紙にざっと目を通す。
なるほど、随分とまあ愉快なことが書いてあるな―――とユリは思った。
「プリムラ」
「はい、何でしょう」
「どうやら私は急に目が悪くなってしまったようね。悪いけれど、あなたが代わりにこの手紙を読み上げてくれるかしら? この場の皆に聞こえるようにね」
「はあ……承知しました」
少し不思議そうな顔をしながらも『紅薔薇』隊長のプリムラは承諾する。
ユリから手紙を受け取り、プリムラが文面に軽く目を通すと。彼女の表情がたちまち不快さに歪められた。
「……あ、あの。シュレジア公国からの手紙の内容を、ニムン聖国の私達が聞いてしまってもよろしいのでしょうか?」
やり取りを聞いていたエシュトアが、少し不安そうにそう口にする。
ユリは「大丈夫よ」と努めて優しい声で告げた。
「私が構わないと言うのだから、何も問題無いわ。プリムラ、お願いね」
「はい、姫」
頷いた後、プリムラが一呼吸置いて語り始める。
「―――女帝を騙る、愚かなる蛮族の女へ」
「っ!」
冒頭の一文を聞いた時点で『百合帝国』隊長の全員から、その場を飲み込む程の怒りが噴出する。使者の何人かが「ひいっ!」と小さく悲鳴を上げた。
「弱り果てた竜をたまたま支配下におく幸運に恵まれ、その竜の力を利用して首尾良くニルデアの征服に成功しただけの、非才にして愚かなる女よ。偉大なるシュレジア公国には、卑しい女を受け容れるだけの寛容さがある。直ちに支配下においた竜とニルデアの都市を我等に差し出し、弱卒の兵ともども臣従を宣誓せよ。さすれば生活に困らぬ程度の小銭ぐらいは分けてやろう。―――グランツ・ドラポンド」
「ふふ、愉快な手紙だこと」
くすくすとユリが微笑むと、シュレジア公国の使者の2人が顔を青ざめた。
どうやら2人は手紙の中身について知らなかったようだ。そして、こうも手酷い侮辱の親書を届けた自分達が、この場で害される可能性が高いという事実に、今更ながら気付いたらしい。
「貴様等……! 刀の錆にしてくれる!」
『紅梅』のホタルが、即座に抜剣する。
ユリはただ「待て」と命じて、彼女の動きを掣肘した。
「やめなさい、ホタル。使者を殺しても何の利益にもならないわ」
「ですが、主君!」
「むしろそれは相手の利益になる。自分たちが送った使者を殺めた事実を喧伝し、卑怯者の国だと『百合帝国』を糾弾し、ニルデアの地を攻める正当性のひとつとする心算なのでしょう」
ユリの言葉を受けて、ホタルが「くっ……!」と唇を噛む。
親書は普通、送付先の元首しか読むことがない。なのでいかに侮辱を書き連ねたとしても、通常はその事実が他国に漏れることは無いわけだ。
もっとも―――この場にはニムン聖国の使節の人達がいる。彼らがこの場に居合わせたことは、シュレジア公国にとっても全くの想定外だろう。
「シュレジア公国の使者である、ガルゾとコレン」
「は、はい」
「まずは安心なさいな。私達『百合帝国』は、使者として来た者を傷つけるような無法者ではない。故に、あなた達を無事に返す。ニルデアの市民もまた、決してあなた達を傷つけることはないと、そう信じているわ」
そう告げて、ユリはにこりと微笑む。
この台詞はもちろん、ニルデアの市民に向けて言ったのだ。
「少し待ちなさい。いま返信を認めましょう」
〈インベントリ〉から取り出した便箋に、手早くユリは書き綴る。
この便箋は事前に【翻訳】の魔法を籠めて貰っている、魔導具の一種だ。
それに1行だけの文面と署名を記してから『撫子』隊長のパルティータに渡す。彼女が手紙に魔法で封をしてから、更にシュレジア公国の使者へ手渡した。
「ドラポンド公にお伝え下さいな。貴国の宣戦布告、確かに受け取りましたと」
「し、承知致しました……」
実際には宣戦布告と言うより、降伏勧告の手紙だった気がするが―――。まあ、細かいことはこの際どうでも良いだろう。
重要なのはひとつで、シュレジア公国が『百合帝国』に喧嘩を売ったという事実だけだ。無論ユリとしては、売られた喧嘩を買わない道理はない。
「では、あなた達はもう帰りなさい。必ず国へ無事に親書を持ち帰るように」
「あ、ありがとうございます。それでは失礼致します」
シュレジア公国の使者2人が『玉座の間』から退室する。
その姿を見送った後に、ユリはひとつ溜息を吐いた。
「パルティータ。彼らが国まで無事に帰れるように、『撫子』から護衛を2人付き添わせなさい。帰りの道中で死なれでもしたら、おそらくシュレジア公国は私達が使者を殺したかのように、事実をねじ曲げるでしょうから」
「承知致しました」
ユリの指示を受けて『撫子』隊長のパルティータも退室する。
諜報部隊である『撫子』は姿を消し、気配を殺し、密かに行動することを得意としている。使者に気付かれず護衛をするぐらいは造作もないことだ。
「やれやれ……。何だか妙なことになってしまって、ごめんなさいね。ニムン聖国の方を巻き込んでしまったこと、心より謝罪申し上げるわ」
「お、おやめ下さいユリ様……! 主神に頭を下げられるなど、恐れ多いです! それに今のはどう考えても相手側に非があります。シュレジア公国に対して非難声明を出すように、我々も帰国後は必ず教皇へ働き掛けます」
「ありがとう、エシュトア。ニムン聖国という友がいてくれるなら、私達にシュレジア公国は不要でしょう。今回のことは却って好都合かもしれないわね」
敵対を明確にする相手もいれば、友好を明確にする相手もいる。
ユリとしては、仲良くしたいと思える相手とだけ仲良くできれば、それで良い。
「一旦空気を変えましょう。あなた達との話の続きは、別室でも良いかしら?」
「もちろんです、ユリ様」
ユリはニムン聖国の人達を伴い、領主館内の別室へと移動する。
シュレジア公国という道化がいてくれたことで、そのぶんニムン聖国とは仲良くなれそうな気がした。
――― 一方、その頃。
領主館の外へ出て来たシュレジア公国の使者2人に向けて、ニルデアに住む大勢の市民が、大変な罵声を浴びせ掛けていた。
『放送』を見た市民達が、怒りのあまりに領主館のすぐ外へ集まっていたのだ。
中には使者に向けて石を投げようとした市民もいたが、それは別の市民によって止められた。ユリが『使者を傷つけない』と宣言したことを、守ろうとしてくれたのだ。
とはいえ投石はなくとも、使者2人に向けての罵声自体は全く止むことがない。
彼らは最早ニルデアの都市内で宿を取ることも食事を摂ることも儘ならず、馬に乗り込むと逃げるようにしてニルデアの都市から退散していった。
夜を徹しての帰路は、本来であれば危険な道行きであるはずなのに。大変幸運なことに、彼らはシュレジア公国へ辿り着くまでの間、一度たりとも魔物に襲われなかったという。
無論―――それはユリが手配した『撫子』の護衛あってこその幸運だった。
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お読み下さりありがとうございました。




