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百合帝国  作者: 旅籠文楽
1章 -

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42. 2国からの使者(中)

 


     [5]



「なんだか―――まるで『玉座の間』のようね」


 領主館の中でも特に広い一室。つい今朝までは『撫子』の72名が寝泊まりのために使用していた筈の部屋をユリが訪ねると、そこには王城で最も重要な『玉座の間』を彷彿とさせるような、立派な場所が出来上がっていた。


 部屋中にふかふかの絨毯が敷き詰められ、壁の色もやや落ち着いた色味の赤色に揃えられ、部屋全体が高級感を増しているのはまだいい。

 玉座の手前に3段の階段が作られ、玉座が置かれている側が高くなっているのもまだいいだろう。正直このぐらいの改装はやってくると予測していた。

 けれど―――部屋の天井が、以前の倍ぐらいに高くなっているのは、流石にやり過ぎでは無いだろうか。なんでこの部屋だけ吹き抜けみたいになっているのだ。

 部屋の改装作業に、建築のプロ集団である『桔梗』の手を借りているのは、確認するまでもなく明らかなことだった。


「ご主人様の目からもそう見えるのでしたら、頑張った甲斐がありました。私達はまさに『玉座の間』を目指して室内を設えましたので」

「……そう」


 ポプリの言葉に、ユリは思わず閉口する。

 内心で多少思う所はあるが、確かにこの部屋があれば、使者の人達と面会するのに不足はないだろう。そう思い、ユリは自分を無理矢理納得させることにした。


「ご主人様はあまり華美なものを好まれないだろうと思いましたので、玉座については『竜胆』にお願いして地味な物を作って頂きました」

「うん……。まあ、一見すると地味に見えるわね……」


 いまユリの目の前にある『玉座』は、ぱっと見るだけなら、古木を材料に用いて作った、少し立派なだけの木製椅子にさえ見えるかもしれないが。

 ところが実際には、木材は全て貴重な『世界樹』が使われていて、それを補強する金属にも『緋緋色金(ひひいろかね)』という何種類もの超希少金属を材料に作られた合金が用いられている。

 これらの素材を『玉座』などという実用性皆無な物に使うなど……。(カネ)どころか、和氏の璧(かしのへき)さえドブに捨てるような暴行だ。きっと玉座を作らされた職人も大変な葛藤を覚えたに違いないと、そうユリは思ったのだが。


「ご主人様が使うものならば、最高の素材で作るのは当然だと。『竜胆』の皆様が率先してその材料で作られたのですが……?」


 と、ポプリにあっさり否定されてしまった。

 『竜胆』は最高の職人が集まった部隊なのだから。最高の素材を無益なことに使うのを嫌がる矜持ぐらいは、持っていて欲しかった……。


「ご主人様以外の者が玉座に座るなど許されることではありませんので、製作して下さった『竜胆』の方も試し座りはしていないそうです。なので、まずはユリ様に実際に玉座へ座って頂いて、問題がないか確認して欲しいとのことでしたが」

「ん、判ったわ」


 ポプリに言われて、ユリは早速玉座に腰を下ろす。

 ユリの体躯に対して少々椅子が大きい気はするが、座り心地自体は悪くない。

 ……とはいえ、別に最高の素材を使ったからといって、それが使用感に影響する筈も無い。良くも悪くも普通の椅子の座り心地なので、複雑な気分にはなった。


(ま、下手に座り心地の悪い椅子にされるよりは良いかしら……)


 象牙の玉座なんかを用意されるよりは、このほうがずっと良い。

 問題がない旨をユリが伝えると、ポプリが安堵の息を漏らしていた。


「我が呼び声に応えて姿を現せ―――【使役獣召喚】シルフ!」


 玉座に座ったまま、ユリは召喚魔法を行使する。

 今回呼び出した使役獣は『シルフ』という風の精霊だ。精霊とは言っても、これもちゃんとした『魔物』の一種になる。

 この世界で『魔物』をどう定義されているかは知らないけれど。『アトロス・オンライン』のゲームでは『人族を積極的に襲う好戦的な存在』の総称に『魔物』という名称が使用されていた。


 いまユリが召喚した『シルフ』は、手のひらの上に乗せられそうなほどに小さな少女の姿をした妖精で、見た目は大変可愛らしいのだけれど。実際には風の魔法で人族を積極的に攻撃する、大変危険な『魔物』だ。

 レベルは『58』とそれほど高くないが、空を自由に飛び回るせいで近接攻撃は届かないことが多く、かといって身体が小さいせいで弓矢などの遠距離攻撃もなかなか当たらなかったりと、意外に倒すことは難しい。

 更には、風の魔法で作り出した『真空の刃』で人族の首を刎ねて即死させることさえあるという、ある種の『兎』系の魔物にも似た『可愛いのに凶悪でヤバい』面も持ち合わせている魔物だ。


 ―――とはいえ、使役獣にすれば魔物の好戦性は鳴りをひそめる。

 目の前に浮遊する小さな妖精の少女も、今はただ可愛いだけの存在だった。

 もちろんユリがひとたび『戦え』と命じれば、その限りでは無くなるが。


「シルフ。今日も撮影役を、よろしくお願いね?」


 ユリがそう求めると、空中でシルフの身体が嬉しそうに揺れる。

 シルフは言葉こそ話せないものの、感情表現自体は豊かなほうだ。ユリが指先で頭を軽く撫でると、嬉しそうに表情がはにかんだ。


 ユリは〈視界共有〉というスキルを修得しており、自身が召喚した使役獣が視認している景色を、自身の視界の1つとして共有認識することができる。

 ユリはこれを利用して、シルフが視界に捉えた映像をそのまま自身の『念話』に乗せて『放送』するという形を取ることが多かった。

 こうしなければ、第三者視点からの『映像』を撮影することができないからだ。


(そういえば『放送』を流す対象を、更新しておかないといけないわね)


 普段ユリは、必ず放送の前に『ニルデアの都市に滞在している者』と『(リンク)』を結び直すようにしていた。

 要衝都市であるニルデアは人の出入りが多い都市だ。毎日のように行商人や掃討者、旅人などが都市を訪れては去って行く。

 一時的に滞在している旅客にも、ニルデアに居る間だけは『放送』を楽しんで欲しいとユリは思っている。また同時に、ニルデアから旅だった人にまで『放送』という干渉を続けるべきではないとも思っている。

 だから毎日『ニルデアの都市に滞在している者』とだけ『(リンク)』を結び直して、放送を届ける対象を更新するようにしているわけだ。


 但しユリは昨日だけは、この放送対象の『更新』をサボっていた。

 昨晩の放送を行う時間には既に【空間把握】の魔法を解除しており、また長い時間を掛けて再実行するのが面倒だったからだ。

 幸い、一昨日の晩にニルデアの市民と接続した『(リンク)』がそのままだったため、放送対象を更新せずに昨晩は放送を行ったのだ。


 なので昨晩ユリが『放送』した内容は、昨日ニルデアの都市内に入ったばかりの人達には一切見ることができていない筈だ。

 昨日のうちにニルデアの都市に入っていたらしいニムン聖国の使節団の人達も、まだユリが市民に対して『放送』を行っているという事実は、おそらく把握していないことだろう。

 ……まあ、あくまでも『放送』を見ていない筈というだけなので。もしかしたらニルデアの市民から話を聞いて、存在自体は把握しているかもしれないけれど。


「―――全てを我が前に曝け出せ、【空間把握】!」


 長らく維持しっぱなしだった【空間把握】の魔法を、久々にユリは行使する。

 前回同様に、魔法の詠唱には600秒もの時間が掛かってしまった。昨日は魔力の回復速度を少しでも上げたくて、つい【空間把握】を解除してしまったけれど。そもそも大して維持に魔力を消費する魔法でも無いし、掛け直すのに10分も掛かることを考えれば、解除などせず維持を続けておくべきだった。


(……なるほど、軍人が結構増えているわね)


 【空間把握】の効果が行き渡れば、昨日と今日の2日間でニルデアの都市へ来た使者の人達の存在も、ユリには容易に把握できる。

 シュレジア公国の使者は、レベル22と25の騎士が2人だけ。

 一方でニムン聖国の使者は護衛騎士のレベルが38~52と、シュレジア公国の使者に較べて遙かに高い。しかも人数も騎士だけで全部で24名もいるようだ。

 これは余程、重要な人物を護衛しているのか―――と、軍人ではないニムン聖国の使者についても【空間把握】で調べていくと、中にはレベルが『64』という、かなり高レベルの者が混じっていた。


 今までにユリがこの世界で見た者の中で最もレベルが高かったのは、嘗てユリに矢を射ようとしたゴードンという兵士で、確かそのレベルは『62』だった。

 なので、この使者はそれよりも、更にレベルが2つ高いことになる。


「あら、もしかして私が一番乗りですか?」


 ユリが【空間把握】で()える情報に没頭していると、不意に部屋の中に入ってきた誰かの声に意識が引き戻された。

 上品で綺麗な声色。それが誰の声かは、もちろんユリにはすぐに判る。


「そうね、隊長の中ではパルフェが一番早く来てくれたわ」

「ふふ、ではお姉さまの隣に立つ権利は頂きですね」


 そう告げて『姫百合(パティア)』隊長のパルフェが、玉座のすぐ隣の立ち位置を確保した。


「私が2番目かしらぁ?」

「ええ、そうよ。よく来てくれたわねカシア」


 続いて『黒百合』隊長のカシアが来て、玉座のもう片方の隣に陣取った。

 更に数分も経たないうちに『百合帝国』が誇る12部隊の隊長全員が、それぞれに部屋の中へと姿を現し、玉座に近い側から順番に立ち位置を確保していく。

 女帝であるユリを中心に『百合帝国』の中でも最強の布陣がこの場に完成した。


「それでは、使者の方を呼んで参りますね」

「ええ、お願いねポプリ」


 今日1日はユリの護衛をしてくれているポプリも、この場では護衛より、使者の案内役を率先して務めてくれるようだ。

 これだけの面子が揃っているのだから、これ以上の護衛など必要無いと判断したのだろう。実際この12人が居てくれれば、覇竜ラドラグルフも1分あれば余裕で討伐できるぐらいの総戦力にはなる。


「主君、そろそろ『威厳』をお出しになったほうが良いのでは?」

「あ、そうね。すっかり忘れていたわ」


 『桜花(おうか)』のサクラから指摘されて、慌ててユリは〈支配者の威厳〉のスキルをオンに切り替える。

 この〈支配者の威厳〉は『アトロス・オンライン』のゲーム内で特定の条件を達成することで修得できるクエストスキルだ。

 その修得条件とは、自身がマスターを務めているギルドが『空中城(アトロス)』を占領すること。かなり厳しい条件なので、ゲーム内でもこのスキルを持っている人はかなり限られていた。


 スキルの効果は『ギルドが最も長く空中城(アトロス)を占領していた期間に応じて、スキル所持者に威厳を与える』という、何だかちょっと不思議なもの。

 このスキルをオンにしていると、ただの小娘であるユリからも強大な『威厳』が生じるらしい(・・・)。少なくとも『百合帝国』の皆には、そのことが非常に顕著に感じられるそうだ。

 何しろ『百合帝国』は、実に10年以上に渡って『空中城(アトロス)』を占領していたのだから。スキル所持者に与えられる威厳も、凄いことになるのだろう。


 但し、ユリ自身にはその感覚が全く生じない。なので実感は正直皆無だった。

 とりあえず―――このスキルをオンにしていれば、使者の人から侮られずには済むだろう。たぶん。


「では皆、そろそろ市民への『放送』を開始するから、そのつもりでね」


 ユリの言葉に、周囲の皆が頷いて応えた。

 『白百合(エスティア)』のヘラが、頷くと同時に急に緊張した面持ちになった辺りが面白い。どうやら彼女は自身の姿が『放送』されることに、まだ慣れていないようだ。


 ユリは【空間把握】で認識できるニルデア市民の全員と、一旦『(リンク)』を結ぶ。

 それから『放送』を届けたくない相手を選別して『(リンク)』を切断した。

 もちろん、この後部屋の中へ姿を見せるだろう2国からの使者と、この場に居る12人の隊長、それとポプリとも『(リンク)』を切断する。

 今から行う『放送』が、この場に居る者に見えるのは良くないだろうから。


『―――こんにちは、要衝都市ニルデアにお住まいの皆様。『百合帝国』の女帝を務めております、ユリと申します』


 そうしてユリは『念話』で市民に向けて語り始める。

 同時にシルフ視点からの映像も、市民に向けて『放送』されている筈だ。


『本日は当初の予定を変更してお届けします。というのも本日はシュレジア公国とニムン聖国の2つの国から、使者の方がお見えになられているからです。

 実は私としては、本日は『放送』をお休みしようと思っていたのですが。『トルマーク商会』の会頭であるアドス様から『休むぐらいなら使者の人達との面談風景を放送すれば良い』と言われてしまいましたので、その助言の通りにしてみようと思います。

 ですから、市民の皆様にとって本日の『放送』がつまらなくても、私に文句を言わないで下さいね? 苦情は『トルマーク商会』の方へお願いしますわ』


 少し(おど)けた調子で、ユリはそう言ってみせる。

 実際、アドスの提案のせいでこんな事態になっているのだから。この程度の軽口は許されて然るべきだろう。


 その時―――コンコン、と部屋のドアが2度ノックされた。


「ご主人様。使者の皆様をお連れしました」


 ドアの外側から、部屋の中にも聞こえるように、少し大きめの声でポプリがそう告げる。


『どうやらお客様がいらっしゃったみたいですね。それでは皆様、これからは使者の応対をせねばなりませんので、私は市民の皆様に向けては何も喋れなくなりますが。どうぞ興味があります方は、飽きない範囲で視聴を続けてみて下さいね』


 ユリは『念話』で、手早く市民に向けてそう告げる。

 そうしてから、コホン、とひとつ咳払いをして。


「―――入りなさい」


 ドアの外に向けて、明瞭な声でユリはそう告げる。

 ユリ自身は知らないが―――その声ひとつにさえ、もはや人のものとは思えない程に強大な『威厳』が籠められていた。





 

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お読み下さりありがとうございました。

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