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百合帝国  作者: 旅籠文楽
1章 -
43/370

41. 2国からの使者(前)

 


     [4]



「ご主人様。他国から使者が来て『国主への面会』を希望しておられます」


 本日は『夏月3日』。

 ハマルの寝顔をベッドで堪能していたユリが、普段より少し遅れて朝の10時頃に執務室へ向かうと。そこには今日の『寵愛当番』である『撫子(なでしこ)』のポプリが既に待っていて、ユリにそう連絡事項を告げてきた。


「ラドラグルフに周辺諸国へ届けて貰った、親書に応じたものかしら」

「そうだと思われます。この世界で『竜』は相当に恐れられている存在のようですから、相手としても無視できなかったのでしょう」

「その使者は、どこの国から来たのかしら?」

「シュレジア公国とニムン聖国からのものになります」

「……うん? 2国から使者が同日に来たということかしら?」

「左様です」


 ユリが訊ねた言葉に、ポプリが頷いて肯定する。

 同時に来るだなんて―――まるで打ち合わせたみたいだな、とユリが少し訝しく思っていると。その心情を察したのか「たまたまだと思われます」とポプリが私感を述べてくれた。


「調べましたところ、ニムン聖国の使者は昨日の夕方頃に、シュレジア公国の使者は本日の未明に到着しているようです。ですので正確に申し上げますなら、ニムン聖国の使者は昨日のうちに到着自体はしていたようですね」

「……気がつかなかったわ」


 普段は【空間把握】の魔法を維持してニルデアの都市全体を監視しているから、都市内に他国の軍人が入ってくればすぐに判るのだけれど。

 昨日のユリは『使役獣の〈解体〉』についての検証を1日中やっていたせいで、どうしても魔力が欠乏気味になってしまって。魔力回復を速めるために、常に魔力を消費し続けてる【空間把握】の魔法の維持を、一度中断していたのだ。


「ニムン聖国の使者は、どうして昨日のうちに面会を希望しなかったのかしら?」

「それは判りかねますが。夜が近い時間に面会を希望するよりは、翌朝を待ってからのほうが、相手への心証が良いと先方が考えたのかもしれませんね」

「なるほど」


 ポプリの話を聞いて、ユリも得心する。

 確かに、単純な理由ではあるが、いかにもありそうだ。


「ちなみにニムン聖国の使者は馬車4台に加えて20人以上の騎士を随伴して来ております。他方、シュレジア公国の使者は騎兵が2人だけとの事です」

「あら。だとするならニムン聖国の人達は、こちらも礼を尽くして『使者』として歓待した方が良さそうね」

「そう思いましたので、既に『撫子』で手配を進めております」

「流石ね、頼りになるわ」

「勿体ないお言葉です」


 賞賛したユリの言葉に、ポプリが深く頭を垂れた。

 ユリの意志を汲み行動するという点では『撫子』の右に出る部隊はない。


 一概に『使者』と言っても色々な形がある。

 今回ニムン聖国が送ってきた『使者』は、国主の代理人として送られた『外交使節』と考えて良さそうだ。馬車4台に加えて護衛騎士が20人以上いるとなれば、おそらく使節の代表者はニムン聖国に於いて一定の地位を有する者だろう。

 この場合は当然ながら、訪問を受ける『百合帝国』の側も、然るべき礼をもって使者を歓待する必要がある。早急にルベッタやアドスと連絡を取り、この世界で使者をどのように歓待すべきなのか、情報と意見を貰う必要がありそうだ。


「ニムン聖国の使者は合計で30名程いらっしゃいますので、領主館内に泊まって頂くのは無理と存じます。ですので現在、元々エルダート王国の貴族が使っていた邸宅を、使者の方々が宿泊先として利用できるように整えております。

 よろしければ数名だけで結構ですので『桔梗』の手を借りたいのですが―――」

「許可するわ。その結果、新都市の建設が多少遅れても構わないと『桔梗』の子に伝えておいて頂戴」

「承知致しました、ありがとうございます。ところでシュレジア公国から来た使者の2人も、宿泊できるように手配すべきでしょうか?」

「そちらは放っといていいわ。適当に街中の宿を利用するでしょう」

「承知しました」


 一方でシュレジア公国からの『使者』は、単に書状を配達するために送られてきただけの軍人と見て良いだろう。

 この場合は相手に手紙を確かに受け取ったという証拠、つまり返信の書状などを持たせさえすれば、特に歓待する必要は無い筈だ。

 むしろ丁重にもてなそうとすれば、却って相手が困惑するだろう。


「ポプリ。各国の使者には、また今日の宵頃に領主館を訪ねてくれるように伝えておいて貰えるかしら。それと『撫子』の皆で夜までに領主館の一室を(しつら)えて、使者と面会するのに相応しい部屋にしておいて欲しいわ。

 あとルベッタとアドスの2人に。……いえ、バダンテール高司祭も含めた3人に至急領主館へ来るように伝えて。使者の歓待方法や相手国のことについて、早急に情報提供して貰う必要があるから」

「承知致しました、すぐに手配致します」


 ユリの指示を受けて、ポプリが一旦執務室を退室する。

 『撫子』に任せておけば準備については問題無いだろう。ユリは頭を切り換えて執務机に置かれている今日の分の書類に手早く目を通していく。

 いまユリが優先すべきことは、ルベッタとアドス、バダンテール高司祭の3人が領主館へ来る前に、速やかに午前中の執務を終わらせておくことだ。


 ユリの招集に最も早く応じてくれたのはバダンテール高司祭で、呼び出してから30分後にはもう領主館を訪ねて来てくれた。

 今日は儀式の予定も無かったので、すぐに呼応してくれたらしい。また、大聖堂自体が領主館から大して離れていないことも影響したようだ。


「申し訳ありません、バダンテール高司祭。呼び出しておきながら大変失礼なのは重々承知の上ですが……まだ執務が残っておりますので少しお待ち頂けますか」

「遠慮は無用で御座います。どうぞお気遣いなく」


 ユリが頭を下げると、バダンテール高司祭は何でも無いことのようにそう言ってくれた。無理を言ったのはこちらだというのに、その配慮に痛み入る思いだ。


 応接室にバダンテール高司祭を待たせながらユリは執務を再開する。無理に今日片付ける必要が無い書類は全て後回しにすることで、何とか30分で終わらせた。

 それから応接室へ移動し、バダンテール高司祭から話を伺う。


「無知で申し訳無いけれど、私はニムン聖国という国について何も知らなくてね。バダンテール高司祭なら詳しいでしょうから、色々と話を聞かせて欲しいのよ」

「承知致しました。私でもお力になれるなら協力は厭いません」

「ありがとう。近日中に何らかの形で、必ず謝礼はするわ」

「必要ありません。ユリ様は『百合帝国』の陛下でおられると同時に、我々が信仰を捧げる主神の1柱でもあらせられる。こうして直接奉仕する機会が与えられることに、私は喜びしか感じておりませんので」

「………………そうですか」


 色々と言いたいことはあるが、とりあえずは後回しだ。


 ユリはまずニムン聖国という国家について、様々なことをバダンテール高司祭に訊ねていく。国土の広さや都市の数、王に関する情報、政治体制、軍備、交易関連など、知りたいことは幾らでもあった。

 バダンテール高司祭は年に1度はニムン聖国を訪ねているらしく、ユリが質問した全てのことに、何でも淀みなく答えてくれた。

 特に軍備関係に関しては、他国に住んでいるとは思えないほど知悉していたものだから。こんな形で情報を得てしまって良いものなのか、正直ユリのほうが困惑したぐらいだ。


「バダンテール高司祭は頼りになるわね。よければ使節の方が面会に来る際にも、あなたに同席して貰えると心強いのだけれど」

「もちろんユリ様がそうお望みでしたら、お断りするつもりはありません」

「ありがとう。使者の人達には今夜の宵頃にまた来て貰うよう連絡してあるから、その少し前ぐらいから領主館内に居て貰えると助かるわ」

「それでしたら、本日はこのまま領主館に滞在するとしましょう」

「そう? こちらとしては助かるわ。ではそろそろお昼だし、私の分と一緒にこの部屋へ食事を用意させることにしましょう。何か宗教上の理由で食べられないものがあるようなら、教えて貰えるかしら」

「特に御座いません。何でも美味しく頂きますよ」


 バダンテール高司祭はそう告げて、にかっと気風(きっぷ)の良い笑みを浮かべる。

 以前アドスから聞いた話によれば、バダンテール高司祭は老齢の割に健啖家で、美味しい食事には目が無いらしい。


「うちの食事は美味しいから、期待して構いませんよ」

「それは楽しみですな」


 そんな話をしていると、コンコン、と応接室のドアが2度ノックされた。

 ユリが外に向けて「どうぞ」と呼びかけると、暫く外していた今日の寵愛当番兼護衛のポプリが入ってきた。


「ご主人様、ルベッタ様とアドス様がお見えです」

「この部屋に通して頂戴。それと昼食を2人分この部屋まで運んできて貰えるかしら。もしルベッタとアドスがまだ昼食を摂っていないようなら、彼らの分も加えた人数分持ってきてね」

「承知致しました」

「それとバダンテール高司祭の分は大盛りにして頂戴」

「おお、これはわざわざすみません」


 ユリ自身もそうだが、女所帯である『百合帝国』の面々にはあまり多く食べられない人が多いので、領主館で提供される食事は基本的に『ちょっと少なめ』ぐらいの量に調整してある。

 それより多く食べたい人が個別に『大盛り』を注文するようになっているのだ。たぶん基本量のままだと健啖家の男性には物足りないだろうから、ここは量を追加させておくほうが賢明だろう。


「ユリ陛下、大変遅くなりまして申し訳ありません」

「私の方も遅くなってしまいました。申し訳ありませぬ」

「いいえ、あなた達は充分に早く来てくれたわ。ルベッタ、アドス、2人ともありがとう。呼び出して悪いけれど、少しあなた達に協力して欲しいことがあってね」

「どうぞ何でも仰って下さい」


 2人とも食事も摂らずに駆けつけてくれたようなので、応接室に4人分の食事を出して貰い、それを食べながらユリは3人から話を聞いていく。

 誰かをもてなそうと思うなら、相手についての知識を頭の中に叩き込むのは当然のことだ。付け焼き刃でも、やっておくか否かではきっと大きな差が出る。

 シュレジア公国については多分使者から書状を受け取るだけで済むだろうから、最低限の知識を頭に入れておく程度で構わないだろうが。ちゃんとした外交使節を遣わしてくれたと思われるニムン聖国については、沢山の知識が必要だ。

 こうして腕利きの商人2人と高位の聖職者1人から直接多くを学ぶことができるのは、充分に恵まれた環境だと思えた。


 2つの国のことについて3人から色々と教わっていると、時間がとても早く過ぎてしまい、気がつけば時刻は午後5時の少し前になっていた。


「そろそろ夕食を準備させるわ。3人ともまだあまりお腹が減っていないかもしれないけれど、食べられそうな分だけでも食べて頂戴な」


 冬の夜が訪れるのは早い。各国の使者には『宵頃』に来て欲しいと伝えて貰っているけれど、この季節は午後6時を過ぎればもう辺りはそれなりに暗くなるので、あと1時間後にはもう『宵頃』だと言えなくもない。

 なので今の時間ぐらいに食事をしておかないと、使者が来る前に済ませられない可能性があるのだ。


「私の分は大盛り……いえ、特盛りぐらいにお願いしてもよろしいでしょうか」

「ふふ、噂に違わぬ健啖家ですね。そう伝えさせましょう」

「よろしければ私の分も大盛りにして頂けますかな」

「あ……。よければ是非、私の分も是非……」


 バダンテール高司祭だけでなく、アドスも、そしてルベッタまで量の追加を要望してきたのは、正直ちょっと意外だった。

 どうやら3人とも、百合帝国(うち)の食事を気に入ってくれたようだ。もちろんユリにとっては嬉しいことでしか無いので、快諾した上でポプリに量を増やして夕食を運んできてくれるように要請した。


 数分後に『撫子』が運んできてくれた夕食は、ユリの分だけが普通盛りであったにも関わらず、食べ終わるのが一番遅いのはユリだった。

 ちなみにユリ以外の3人全員が、デザートとして出されたチーズケーキを『おかわり』していた。バダンテール高司祭に至っては3個も食べていた。

 どうやら3人とも本心から、百合帝国(うち)の食事を気に入ってくれたらしい。全員分の食事の用意を一手に引き受けてくれている『竜胆』のユーロが聞いたら、きっと喜ぶことだろう。


「そういえばユリ様、本日の『放送』はどうなさるのでしょうか?」

「―――あっ」


 バダンテール高司祭から言われて、思わずユリははっとする。

 ああ、そういえば―――今日の分の『放送』について、完全に失念していた。


「うっかりしていたわ。今から準備するのは大変だし、普段『放送』している時間と、使者の人達が来る時間が丸被りしているし……。今日の分についてはお休みにするしか無いでしょうね」

「ユリ様、それはいけません。ニルデアの市民はユリ陛下からの毎日の『放送』を本当に楽しみにしているのです。可能な限り毎日行うべきでしょう」

「そうは言うけれどね、アドス。今日の分については全く準備もしていないのよ。今更どうしようも無いでしょう?」

「使者の人達との面談風景を、今日の『放送』として流せばよろしいのでは?」

「……そ、そう来るかあ……」


 まあ、確かに使者の人達との会話を、市民に対して秘密にしようとはユリは考えないし。構わないと言えば、構わないのかもしれないけれど―――。


(何だか私、本格的にYouTuberっぽくなってきた気がするなあ……)


 ユリは内心でそんなことを思い、大きな溜息をひとつ吐き出した。

 いっそのこと―――本当にYouTuberらしく、明るくて人受けが良さそうなキャラクターを演じるほうが、ニルデアの市民の人達は喜ぶだろうか。




 ―――こんにちはー! 百合帝国の女帝のユリでーす!

 今日は他国の使者が謁見に来た光景を、生配信しちゃおうと思いまーす!

 しかも2カ国の使者が同時に来たんですよ! びっくりしますよねー!

 面白かったらチャンネル登録と高評価も、よろしくお願いしまーす!




 ……うん。

 駄目だなこれは。頭が(わる)くなる。





 

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お読み下さりありがとうございました。

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[気になる点] 暦は夏の月である一方で、冬の夜が訪れるのは早い。〜との段落がありイマイチ整合的に飲み込めませんでした。
[良い点] 更新乙い [一言] 3個か?3個ほしいのか?3個・・・イヤしんぼめ!!
[気になる点] 序盤に夏月3日とあり、途中で冬夜が訪れるのは となっています。 [一言] 高司祭、間隔を置かない夕食で特盛り+チーズケーキ3つは凄い。
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