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百合帝国  作者: 旅籠文楽
1章 -

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04. 配下NPCの変化

 


     [2]



 ヘラとパルフェの二人から説明を受けて、ユリはおおよその経緯を把握する。

 彼女達は皆『アトロス・オンライン』の舞台である『リーンガルド』の東部諸島にある、ギルド『百合帝国』が長年に渡って占領中の『空中城(アトロス)』内で過ごしていたところを、この異世界へと転移させられてしまったらしい。

 転移した先はだだっ広い草原地帯だったので、ひとまずはメイド部隊の『撫子(なでしこ)』が携行していた簡易テントを張って駐屯し、現在は全方角に向けて斥候を出して周囲の情報を得ることに務めているそうだ。


 幸運だったのは、転移の瞬間に『百合帝国』に所属する全員が揃って空中城(アトロス)の中にいたため、1人も欠けることなく異世界へと来られたことだ。

 メイド部隊の『撫子(なでしこ)』は全員が『侍女の鞄』という大容量収納スキルを持っているため、ユリはお金やアイテムを預託できる『銀行』の施設を利用せず、ゲーム内で持っていた財産とアイテムの全てを撫子の皆に分散して持たせていた。

 そのため撫子が1人も欠けずに異世界へ転移したというのは、即ち『百合帝国』が持つギルド資産の全てを、そっくりそのまま持ってこられたことに等しい。

 また、メイド部隊である撫子は全員が諜報活動を得意としており、気配を消し、姿を隠したまま高速で移動することができる。探知系や調査系のスキルも多数取得しているため、周囲一帯に何があるのか全く判らない現状においては、彼女たちの能力は大いに役立つことだろう。


 それに、建築部隊の『桔梗(ききょう)』や生産職部隊の『竜胆(りんどう)』も、1人も欠けていないというのは非常に有難い。

 桔梗は全員が建築系最上位職の〈建匠(ガルドア)〉部隊で、ちょっとした砦や防壁ぐらいなら、ものの数分で建築してしまう腕前の持ち主だ。

 ユリが頼めば『百合帝国』の全員が長く駐屯するための本格的な砦なども、簡単に建築してくれることだろう。

 撫子が保管している素材アイテムを生産職部隊の竜胆が用いれば、摩耗した武器や防具の修理も行えるし、消費した薬品や霊薬、魔導具などの補充もできる。

 仮にこの世界で資材や素材の補給が一切できなくとも、撫子が今『侍女の鞄』に収納している分だけで、向こう数年間ぐらいなら問題無く過ごせそうだ。


 メイド部隊の『撫子』と建築部隊の『桔梗』、生産部隊の『竜胆』の3部隊を除いた残りの9部隊は、いずれもガチの戦闘部隊になる。

 個人でもレベル400程度の魔物になら圧勝できる実力があるし、全員が揃っていればレベル1200~1600ぐらいのレイドボス相手でもまず負けはしない。

 この世界の魔物がどのぐらいの強さなのかは判らないけれど。よほど常軌を逸したレベルの強さを持っていない限り、戦力に不安を覚える必要は無いだろう。


 ちなみに、現在『百合帝国』がテントを張って駐屯しているこの場所では、今のところレベル20~30ぐらいの弱い魔物しか確認されていないらしい。

 この程度の相手なら一瞬で狩れるので、片手間の負担にもならない。

 種類は猪や牛に似た魔物が多く、狩猟すると肉の食料アイテムが得られるため、魔物が出ることは駐屯する上で却って好都合でさえあるようだ。


「この辺りに出るのは、やっぱり『リーンガルド』には居なかった魔物?」

「はい。猪っぽい魔物が『ウリッゴ』で、牛のほうが『アクスホーン』でした」

「どちらも聞いたことが無い名前ね」


 20年以上も『アトロス・オンライン』をプレイしてきたユリは、当然ゲームに登場する魔物の情報は全て知悉している。

 ユリが名前を知らないのなら、それはゲーム内に存在していなかった魔物ということに等しい。


「そういえば魔物の名前はどうやって知ったの?」

「こちらの世界の魔物にも〈鑑定〉スキルが通用しましたので」


 〈鑑定〉は『アトロス・オンライン』のキャラクターなら誰でも最初から使える一般スキルで、魔物に使用すると名前やレベル、ステータス、倒した時に得られる経験値などの情報を全て纏めて看破することができる。

 そのスキルが問題無く使えたのなら、魔物の名前が判るのも道理だろう。


「なるほど……。未知の魔物が居るのであれば、確かにここが『異世界』である可能性は高そうね」

「それだけではありませんわ、お姉さま。ここ数日『竜胆(りんどう)』の皆様が周辺にて採取活動を行っておられるのですが、採れた素材もまた『リーンガルド』では全く目にしたことのないものばかりだそうです」

「あら、それは興味深いわね」


 新しい素材が手に入るのなら、新しい生産レシピを開拓できる可能性があるかもしれない。

 今までに無かった武器や防具、霊薬などが作れるかもしれないと思うと、ユリはいちプレイヤーとしての興味を掻き立てられる気がした。


「それと―――『異世界』に来たことで、重大な問題がひとつ生じています」


 声を落としたヘラが、いかにも深刻そうに告げる。


「……一体何があったの?」

「全員が『神聖魔法』を一切使えなくなりました。……どうやら『リーンガルド』の神様の力が、この異世界までは届かないようです」

「それは確かに無視できない問題ね……」


 神聖魔法とは『神様から力を借りて奇蹟を起こす魔法』のことで、怪我によって減少した生命力を回復したり、状態異常を取り除く治療系の魔法が多い。

 『アトロス・オンライン』に登場する神様は、いずれも『リーンガルド』という世界の創世に関与した存在だった。つまり『世界』そのものに根付いた存在ということだろうから……いま私達が居る場所が本当に『異世界』であるならば、神様の支援を受けられないのは当然かもしれない。


「神聖魔法を扱えるのは『姫百合(パティア)』と『白百合(エスティア)』、そして―――」

「『睡蓮(すいれん)』の皆様ですね」


 『睡蓮』は神官系の最上位職である〈聖女(アデラ)〉の子達が集まった部隊で、神聖魔法に完全特化している。

 治療魔法のエキスパート部隊が、治療魔法を使えなくなったのだから……睡蓮に関しては、その戦闘能力をほぼ完全に喪失したことになるだろう。


 正直これは―――かなり手痛い状況だと言わざるを得ない。

 総勢360名ものギルドメンバーを全員纏めて回復させるような、超広範囲治療魔法が扱えるのは睡蓮の子達だけだ。

 その支援が、今後は受けられないことになる。


「『紅梅(こうばい)』の子達は大丈夫なの?」

「あ、はい。そちらは問題無く巫術が使えるそうです」


 『紅梅』は巫女系の最上位職である〈神霊依姫(タマヨリヒメ)〉の子達が集まった部隊で、こちらも神様の力を用いて『奇蹟』を起こす職業という点では〈聖女〉と同じだ。

 但し〈神霊依姫〉は神様の分霊(わけみたま)を身体の中に『降ろす』ことができ、その分霊から力を借りて『奇蹟』を起こす。

 一度身体に降ろした神様は解除するまで宿り続けるので、『リーンガルド』の神様を憑依させ続けている限りは、問題無く巫術が使えるのだろう。

 睡蓮ほどではないにしても紅梅も治療魔法は得意としているので、現状では頼りにする機会が多くなりそうだ。


「あの、お姉さま」

「うん? どうしたの、パルフェ?」

「よろしければ、まずはギルドのみんなに、無事に目を覚まされたお姉さまの姿を見せてあげて頂けませんでしょうか。その……みんなお姉さまのことを、本当に心配していましたので」

「……ん、判った。他の皆もこの近くに?」

「はい。このテントを中心に、全員分のテントが設置してありますので」



     *



 テントの中はとても静かだったのに、テントを出ると急に周囲の喧騒がユリの耳にも聞こえ始めてきた。

 どうやら今までユリが居たテントには、周囲からの音を遮る工夫がされていたらしい。おそらくは―――〈神霊依姫(タマヨリヒメ)〉が行使できる結界スキル【遮音結界】が張られていたのだろう。

 パルフェ達の話の通りなら、今この場所には斥候に出ている撫子を除いて『百合帝国』の全員が駐屯している筈だ。

 300人近い人数が一箇所に集まっていれば、騒がしくなるのも当然だろう。


「……! ユリお姉さま!」


 テントを出た途端に駆け寄ってくる、黒髪の少女がひとり。

 ユリのことを『お姉さま』と呼ぶのは『姫百合(パティア)』に所属する子達の特徴だ。もちろんユリは、声を掛けてきたその子のこともよく知悉している。


「心配を掛けたみたいね、オペラ」

「ああ……お姉さま、お姉さま……! ご無事で何よりです……!」


 自分と同じぐらいに色濃いオペラの黒髪をユリが優しく撫でると、オペラは目尻に涙の粒を浮かべながらも嬉しそうに微笑んでくれた。


「―――あるじ様!」

「ユリお姉さま!」

「姫様!」


 そうしている間にも、どんどんユリの周囲には大勢の人達が集まってきて。

 誰もが無事なユリの姿を見確かめては、何とも嬉しそうな声を上げてくれた。


 本当に……皆をとても心配させてしまっていたのだな、と改めて思う。

 先程パルフェの口から「みんな本当に心配していた」と聞かされた時、実を言えばユリはその言葉に対して、半信半疑のような気持ちを抱いていた。

 何故なら、彼女達は皆『アトロス・オンライン』のNPCでしかないのだから。

 NPCはプレイヤーを心配したりはしない筈だ。―――ゲーム上で、そのようにプログラミングされていない限りは。

 だというのに―――いまユリの周囲に詰め寄せている少女達は、誰もが心底からユリの無事を喜び、安堵の笑顔を浮かべている。


 ―――もしかしたら、彼女達はもう『NPC』では無いのかもしれない、と。

 半ば(そうだったらいいな)という願望も入り交じった気持ちで、ユリは静かにそんなことを思った。





 

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