37. 会議のあとに
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「それでは、私共はこれで失礼させて頂きます」
「アドス、ルベッタ、今日はありがとう。2人が会議に同席してくれたお陰で、参考になる知見が多く得られたわ。このお礼は必ずさせて貰うわね」
「ユリ陛下、私やアドスに礼など無用です。むしろ、私達などの意見にユリ陛下が耳を傾けて下さることに、こちらが感謝を申し上げたい。今まで商人である私達をこれほど真っ当に遇して下さる国家など、どこにもありませんでしたので」
「変なことを言うのね。こちらが呼んだのだから当然のことでしょうに」
会議が終了したあと、ユリは領主館の玄関先まで出てアドスとルベッタの2人を見送った。こちらが呼びつけてわざわざ来て貰ったのだから、2人に対して敬意を持って接し、礼を尽くすのはユリにとって当然のことだ。
まして2人は商会の会頭であり、多忙の中で時間を空けて来てくれているのだ。心から感謝している相手を、どうして粗雑に扱えるだろう。
2人の見送りが終わった後、ユリが再び会議の場へと戻ると。そこには『百合帝国』隊長の全員が、今も席に座って待機している。
事前にユリがギルドチャットで『もう1つ話したい事があるから』と、解散せず残ってくれるように皆に求めていたからだ。
「今からする話というのは、あの2人に内緒の悪巧みってことかしらぁ?」
「内緒って程でも無いけれど」
からかう口調のカシアの言葉に、思わずユリは苦笑してしまう。
別にルベッタとアドスに聞かせたくない話をする―――というわけではない。
「そうじゃなくて、今からする話は単に2人には関係が無い話だからね」
流石に多忙な2人を、全く無関係の話にまで付き合わせるのは悪い。
そう思ったから『百合帝国』のメンバーだけで話をしようとしているだけで、特に他意があるわけではないのだ。
「それで主君、お話とは一体何なのでしょう?」
「先にひとつ確認しておくわ。現時点で大聖堂での儀式を終えて、『天職』の獲得が済んでいる部隊はどれだけあるのかしら?」
ユリが場にそう問いかけると。『黄薔薇』のヘンルーダと『青薔薇』のミザールを除いた、他部隊の隊長全員の手が挙がった。
「ありがとう、手を下ろして結構よ。なら予定通り今月中に全部隊が終わるわね」
「今までの職業とは別に、新しく天職が貰えるのは何だか変な感じですよね」
「そうね。でも実質的に職業が2つ持てるのだから、お得だと思うわ」
『姫百合』隊長のパルフェに応えながら、ユリはそう私見を述べる。
また、ユリはパルフェに向けて〈鑑定〉のスキルを行使した。
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パルフェ
人間種/16歳・女性/性向:中立(+2%)
〈彩姫〉- Lv.200
〔剣士〕- Lv.3
生命力: 26260 / 26260 (21260 + 5000)
魔力: 20061 / 20061 (17161 + 2900)
[筋力] 6812 (6420 + 62 + 330)
[強靱] 7224 (6760 + 54 + 410)
[敏捷] 11400 (7620 + 80 + 1800/装備補正+20%)
[知恵] 7981 (7200 + 41 + 740)
[魅力] 9180 (7620 + 46 + 680/装備補正+10%)
[加護] 9227 (7580 + 59 + 600/装備補正+12%)
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パルフェは先日『姫百合』の部隊全員を引き連れて大聖堂へ行き、そこで儀式を済ませたことで〔剣士〕の天職を得ている。
この世界では一般的に、儀式をすることで『その人に最も向いていると神様が判断した天職』を授かることができると言われている。―――が、それは『嘘』だ。
その証拠に、つい数日前にリュディナはこんなことを言っていた。
「天職は無作為に選ばれるようになっているだけよ?」
―――と。
なので『姫百合』の子達は儀式を済ませたあと、〔軽戦士〕とか〔魔術師〕とか〔調理師〕とか、それぞれにバラバラな『天職』を獲得している。
他の部隊の子達もそうだ。例えば『黒百合』は全員が〈死導師〉というアンデッドを召喚することができる職業の部隊なわけだけれど。そこには〔神官〕の天職を得てしまった子もいたりする。
アンデッドを召喚する神官とか―――もう意味がわからない。
とはいえ、気に入らなければ1ヶ月に1回だけ再儀式を受けて、また別の無作為に選ばれた天職へ変更することもできるから。もともと持っている職業との相性が悪そうな子は、また次回に期待すれば良いだけの話だが。
「皆、パティアのことを〈鑑定〉スキルで視て貰えるかしら」
ユリがそう促すと、その場の全員の視線がパティアに集まった。
〈鑑定〉スキルを使ってパティアを見れば、いまユリが視ているものと全く同じ情報が、皆の視界にも表示される筈だ。
「パティア殿は〔剣士〕の天職を得られたのですね。良いなあ……」
『桜花』隊長のサクラが、心底羨ましげな声でそう口にしてみせる。
〈剣豪〉の職業を持つサクラは、天職でも刀剣武器に関連したものを得ることで、剣の道をより極めてみたかったのだろう。
天職は無作為に抽選されるものなので、望むものが得られるか否かは運次第だ。そして残念ながらサクラが得た天職は〔盗賊〕という、剣とはほぼ関係が無さそうなものだった。
おそらくサクラはまた来月に、再抽選の儀式を受けることだろう。
「サクラ。今回見て欲しいのはそこじゃなくて、天職のレベルの方なのよ」
「レベルですか……? あ、もうレベルが『3』になっておられるのですね」
「ええ。お姉さまからご指示を頂きましたので、昨日ひとりでちょっと遠くの場所まで足を伸ばして、魔物を十数体ほど狩ってレベルを2つ上げましたの」
「―――えっ?」
パルフェの言葉を受けて、最初に驚きの声を漏らしたのは『紅薔薇』隊長のプリムラだった。
少しだけ遅れて『紅梅』のホタルや『睡蓮』のセラ、『撫子』のパルティータも驚きの表情を浮かべる。やはりこの辺が、頭の回転が速い子達なのだろう。
「どうやら『リーンガルド』の時とは違って、こちらの世界ではあなた達がひとりで行動して魔物を討伐しても、経験値を得ることができるようね」
「あっ」
ユリの説明を受けてようやく気づき、残りの子達も驚きを露わにする。
プリムラは『ひとりで遠くへ行き魔物を狩猟して』きた。つまり、ユリは彼女に同行していない。
『アトロス・オンライン』のゲームでは、『配下NPC』のキャラクターはプレイヤーと一緒に行動しなければ経験値を得られない仕様になっていた。
これは配下NPCを用いた、いわゆる『放置狩り』を封じるための措置だろう。この仕様があることで、ユリは自分以外の『百合帝国』のキャラクターのレベルを上げる際にも、必ず付き添わなければならなかった。
ユリ自身を除いた、全部で359名のキャラクターを『レベル200』まで成長させることが、どれほど大変だったかは言うまでも無い。
けれど―――ここは『異世界』であり、ゲームの世界とは異なる。
そのせいなのか、こちらの世界ではユリが付き添う必要は無く、皆が単身で行動して思うままに魔物を狩っても、レベルを成長させることができるようだ。
「よく視て貰えば判ると思うけれど、〔剣士〕のレベルを『3』に上げたことで、プリムラは以前よりも能力値が少し増えているわ。本来であれば―――これ以上の能力値の成長など望めない、人としての限界に到達していたのにね。
もちろんプリムラだけでなく他の皆も、天職のレベルを上げることで今まで以上の強さに成長することが出来るでしょう。だから私は皆に『今月中に大聖堂を訪問して天職を授かる』ように指示していたのよ」
「なるほど、今月が終わって暦が『夏月』に入れば―――」
「ええ。魔物が復活するわ」
プリムラの言葉を肯定して、ユリはそう述べる。
この世界の魔物は『季節が変わると生息数を回復する』ことで知られている。なので暦が来月の『夏月』へと変われば、今月既に『駆逐』してしまったニルデアの周辺に生息する魔物達が一斉に、以前通りの個体数にまで回復するのだ。
言うまでも無く、これは天職のレベルを上げる絶好のチャンスだ。
「気に入った天職に恵まれなかった者は、また来月に儀式を受けて天職の再抽選を行うわけだけれど。この再抽選を行うとレベルを『2』以上に成長させていた場合でも、またレベル『1』に戻されてしまうらしいわ。つまり再抽選を予定している者が魔物を狩れば、その分の経験値は無駄になってしまうということね。
だから来月『駆逐』を行うメンバーは、今月得た天職に満足している子達だけで行えるように各部隊内でチームを編成しなさい。また天職の再抽選を予定している子達にもチームを組ませて、こちらはニルデアの防衛役として都市に残すように」
「「「―――承知しました!」」」
ユリの指示を受けて、皆が一斉に承諾の言葉を唱える。
もちろん『黒百合』のカシアだけは、例によって「構わないけどぉ」とやる気のない返事をしていたけれど。
「それと、皆に報告が1点。大聖堂で天職を授かる儀式を受けると、今まで私達が持っていた職業が、この世界に最適化されることが判明しているわ」
「お、おぷてぃま……? 主君、それは何でありましょうか?」
「簡単に言えば職業によって得られている能力が、この世界でも使いやすいように調整されるということね。ほら、以前『この世界の素材を材料に使って生産を行うと必ず失敗する』という話をしたことがあるでしょう?」
「はい、覚えております。『竜胆』の皆様の検証で判明したとか」
「あれの原因は、私達の持つ職業が『リーンガルド』という世界で利用されることしか想定されていなかったことにあるのよ。だからこの世界の素材を利用しようとすると、生産スキルが異常を起こして必ず失敗してしまったわけね。
大聖堂で神様から力を借りて、職業をこの世界で適正に利用できる形に修正して貰えば、その問題は解決される。今はもう『竜胆』の子達の職業は最適化が完了したから、彼女達はこの世界の素材を扱っても失敗しなくなったのよ」
無事にこの世界の素材を扱えるようになったことで、いま『竜胆』では新しい生産レシピを開発すべく、全員が研究に熱中しているという。
『アトロス・オンライン』のゲーム内には存在しなかった、全く新しいアイテムが完成する日も、きっとそう遠くはないだろう。
「ううん……判ったような、判らないような……。な、何にしても、竜胆の皆様の悩みが解決したのであれば、素晴らしいことだとは思いますが」
「ふふ、サクラは優しい子ね。それだけ判っていれば大丈夫よ」
隊長のサクラを筆頭に、『桜花』にはちょっとお馬鹿な子も多かったりするのだけれど。そう言う部分もまた彼女達の魅力のひとつであり、ユリにとっては可愛く思えてならない美点でしかない。
「ところで、皆にお願いしたいことがあってね。来月になったら『駆逐』でレベル上げを行うついでに、皆には何頭か『アクスホーン』と『ウリッゴ』の魔物を捕獲してきて欲しいのよ」
「捕獲……ですか? 家畜にでもされるのでしょうか?」
「使役獣にできないか、挑戦してみようと思うの」
〈召喚術師〉から派生する最上位職である〈絆鎖術師〉の職業を持つユリは、魔物を『1対1で討伐する』ことに成功すると、その魔物を自身の『使役獣』にすることができる。
実は以前にユリは都市の外に出て、1対1で『ウリッゴ』の魔物を討伐したことがあるのだけれど。残念ながらその時には、ウリッゴを使役獣にすることはできなかった。
けれど―――ユリの職業が最適化された今であれば、その結果が変わっている可能性がある。なのでユリとしては是非とも再挑戦をしてみたいのだ。
(あ、でも……。確かにアクスホーンを『家畜』にしてみるというのも、それはそれで面白い試みかもしれないわね)
先程のサクラの台詞を思い出し、ユリは頭の中でそんなことも思う。
肉を得るだけなら討伐する方が早いわけだけれど、アクスホーンを家畜として飼えば牛乳が手に入るかもしれない。そうなれば当然チーズやバターなどが手に入る可能性も出てくるだろう。
無論、牛乳やチーズやバターなどは、こちらの世界で普通に牛を飼育しても手に入れることはできるだろうけれど。どこかの都市や村落を訪ねて、牛を譲ってくれるように交渉するよりは、そこら辺から捕獲して調達できるアクスホーンのほうがユリ達からすれば本物の牛よりも都合が良いかもしれない。
いちど飼育に挑戦してみるのも、悪くないだろうか―――。
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お読み下さりありがとうございました。
誤字報告機能での指摘も、いつも本当にありがとうございます。
昨日指摘頂いた分については反映が遅れて申し訳ありません。手元のテキストだけ修正して、Web側の修正反映をすっかり失念しておりました……。