35. レア素材なら沢山あるけれど
「では次ね。商人から『魔物の肉を買い取らせて欲しい』という要望が寄せられている件についてだけれど。別に商人達に便宜を図ってあげる義理もないし……特に何も無ければ却下するつもりだけれど。誰か意見はあるかしら?」
「意見という程ではないですが~。お肉を食べられる場所が屋台だけですと、広場の近くに住んでない人は困るのでは~?」
ユリの言葉を受けて『紅梅』隊長のホタルがそう口にした。
ニルデアは円の形をした都市だが、屋台が行われている広場は都市の中央・東・西の3箇所にしかない。
なので都市の北や南側に住んでいる人達にとっては、3か所の広場はどこも少し遠い距離になる。わざわざ食事のためだけに往復で何十分も歩くのは大変だろう。
「そうですね。市民の満足度を高めるなら、多少は放出してもよろしいのでは?」
今度は『紅薔薇』隊長のプリムラがそう意見を述べる。
ユリとしても商人に対してはともかく、市民に譲歩するのは吝かでない。
「んー……」
吝かでないのだが―――いまいちユリが乗り気になれないのは、そもそも『商人の要求をそのまま受け容れる』ことに抵抗を覚えるからだ。
先程の『屋台』の件と違い、『魔物の肉』は別にユリに譲るよう要請せずとも、魔物の素材を『掃討者ギルド』を通して買い取れば手に入るものだ。
なのにわざわざユリに譲って欲しいと要請してきているのは、偏に商人の人達が魔物の肉を『安く』手に入れたいからに他ならない。
ユリ達が魔物の『駆逐』を積極的に行っていることは、既にニルデアの住民には広く認知されている。そんなユリから貴重な魔物の肉を安価に、しかも安定して手に入れられるなら、必ず大きな利益を生むことができる。
要は彼らは大して苦労もせず、ただ美味しい話にありつきたいだけなのだ。
そんな連中に1つ譲歩すれば、次は3つも4つも譲歩を迫ってくる―――そんな未来が見えるような気がして、どうにも気が乗らない。
「ルベッタ。あなたの『ロスティネ商会』はかなり手広く商売をやっていたと思うけれど。やっぱり食料関係の店舗も経営しているのよね?」
「あ、はい。食料自体を販売する店も、食料を調理して販売する店も、店内で料理を振る舞う飲食店も、いずれもそれなりの数を経営しておりますが……」
「では魔物の肉は、あなたの商会に独占的に卸すことにしましょう」
「当商会としては有難い話ですが……。よろしいのですか?」
「ええ」
つい先程、屋台の一件ではアドスに任せると話を決めたばかりだ。
詳しく話を詰めるのは都市の移転が完了した後になるが、おそらくアドスが会頭を勤める『トルマーク商会』は、屋台の運営で相応の利益を上げることだろう。
ならば魔物の肉に関する件は、ルベッタに任せてしまうほうがバランスが良い。充分な利益を与えてさえいれば商人は誰よりも信頼できる相手なのだから。
「私達『百合帝国』としては『ロスティネ商会』にしか魔物の肉は卸さない。でもルベッタが『ロスティネ商会』を経由して、他の商人に売るのは好きにして貰って構わないわ。せいぜい稼ぎの種のひとつとして利用して頂戴な」
「それは―――かなりの富を生むことになりそうですが」
「結構なことじゃない。財貨を蓄えることしか考えず、腐らせる馬鹿に富を与える気にはならないけれど。あなたが富む分には一向に構わないわ」
ルベッタならば自らが得た富を商人として賢く消費し、経済を回してくれるだろうから。ユリとしては望ましいことでしかない。
「魔物の肉に関しては大量に蓄えがあるから、いつでも引き取りに来なさい。領主館でメイド服を着た子を捕まえてくれれば、受け取れるようにしておきましょう。パルティータ、そういうことでお願いしても構わないかしら?」
「承知致しました。備蓄している魔物の肉は『撫子』の全員で共有し、ロスティネ商会の関係者から要請を受けた際には、速やかに取引を行うことに致します」
「お願いね。ロスティネ商会に幾らで売るかは、先方の言い値で構わないから。
あ、でも―――ルベッタにひとつ注文を付けても構わないかしら?」
「はい。何でも仰って下さい」
「魔物の肉は屑値同然で買い取ってくれて構わないから。そのぶん市民の手には、なるべく安価に渡るよう気に掛けて貰えると嬉しいわ。代わりに他の商人へ転売する際には、幾らでも吹っ掛けてくれて構わないから」
「なるほど……。承知致しました」
「では次の話に進めましょう」
ユリは率先して話題を締める。
今日は議題が多いので、あまり1つのことに時間を掛けてもいられない。
「屋台を運営している寡婦の人達から『夜間営業を拡大する』旨の報告が沢山来ているわ。夜間にも営業を望むお客さんが多いらしくて、それに応えたいのだとか。
で、それ自体はもちろん屋台を運営する人達の自由なわけだし、報告さえして貰えれば清掃担当を夜間分も手配すれば済む話なのだけれど。問題は夜間営業を拡大するにあたって『屋台で酒も販売させて欲しい』という要望が来ていることね」
「夜間なのに騒ぐ人達が出そうですね」
「治安も悪化しそうですな」
「結局、肝要なのはそこよね」
ルベッタとアドスの二人が即座に挙げた問題点に、ユリも同意する。
当たり前だけれど、酒は人を酔わせてしまう。箍が緩んだ人達が広場に集まることにより、騒音や喧嘩などの問題が生じるのは想像に難くない。
「酒は静かに嗜むのが、一番美味しいと思うのですがなあ」
どこか感慨深げにそう漏らすのは『桜花』隊長のサクラだ。
桜花の子達は毎日のように、夜が更けると領主館のどこかで晩酌を楽しんでいるけれど。大抵は月や夜空を肴にちびちびと飲むばかりで、とても静かなものだ。
彼女達からすると、酒が入るや否や無闇矢鱈に騒ぎ始める人達は、理解しがたい部分が大きいのかもしれない。
「騒音を外に漏らさないように、結界を張りましょうか~?」
「それが一番手っ取り早いと、判ってはいるのだけれどね……」
ホタルの言葉に理解を示しつつも、ユリは苦悩する。
確かに『紅梅』の子達が展開できる【遮音結界】で広場を包み込めば、どんなに騒いだところで騒音が広場の外に漏れることは一切無くなる。なので問題の半分が手っ取り早く片付くわけだけれど。
「パルティータ。緑甲石の在庫って、あまり多くは無かったわよね?」
「810個ほどだったと記憶しております」
【遮音結界】は展開する際に『白甲石』と『緑甲石』という素材を消費する。
この2つはどちらとも決して高価な素材ではない。名前に『甲石』と付くものは魔物の体内で生成されるアイテムで、白甲石はレベル50以下の無属性モンスターを、緑甲石はレベル50以下の風属性モンスターを倒せば簡単に手に入る。
希少性は全く無く、『アトロス・オンライン』では市場を利用すれば、簡単に買い集めることができるアイテムだった。
―――けれど、だからこそ『百合帝国』には『緑甲石』の備蓄量が少ない。
最高レベルのキャラクターだけが集まっている『百合帝国』では、この素材を落とすような低レベルの魔物を狩る機会が殆ど無く、自力で集めることは無かった。
かといって、いつでも安価に手に入れられるようなアイテムは、わざわざ購入してまで備蓄しておく必要性も皆無だ。
『白甲石』は各種生産レシピで非常によく利用する素材なので、いちいち市場で買うのも面倒だということで5万個ぐらい備蓄があった筈だけれど。『緑甲石』はそれを必要とする生産レシピが少ないので、必要になってから市場で買うぐらいでちょうど良かったのだ。
「ホタル。3つの広場を【遮音結界】で包む場合、緑甲石は幾つぐらい必要?」
「そうですね~。一番大きい中央広場が80個、他2つの広場はそれぞれ50個もあれば充分でしょうか~」
「全部で180個かあ……」
素材の再入手が難しい現状では、ちょっと躊躇する量ではある。
少なくとも今のニルデアのために消費する気にはなれない。遠からず都市を移転することが決まっている現状では、間違いなく使い捨てになるからだ。
「うーん……。屋台での酒の提供については現状では却下とするわ。都市の移転が完了した後に、結界を展開するか否かを含めてまた考慮するとしましょう」
「それもよろしいかと~」
「内政関連の議題は以上ね。では―――後回しにしていた『キナ臭い』件のほうに移るとしましょうか。パルティータ」
「はい、ご主人様」
「今までにニルデアに侵入したネズミは、合計何匹になったのかしら?」
言うまでも無いが、この『ネズミ』とはエルダート王国からの『密偵』を指す。
「全部で208匹になります。その内106匹は養分にして頂くべく『黒百合』の皆様へ引き渡し、残りの102名は新都市の地下で飼育しております」
「増えたわねえ……」
「一時期は毎日のように2桁のネズミが来ておりましたので」
よくもまあエルダート王国は、それほど沢山の密偵を保有しているものだとユリは少し感心する。
まあ、送り込んだ密偵の悉くが『撫子』の子達に看破され、捕まっている辺りはかなり愚かしくも思えるが。
「なお、密偵が最後に送り込まれてきたのは9日前になります。それ以降は密偵の侵入はピタリと無くなっているようです」
「―――あら」
パルティータは何でも無いことのように口にしたが、それはかなり重要な情報であるように思える。
ユリの予想通りなら―――エルダート王国の行動が1つ先に進んだ証拠だろう。
「私見はあるけれど、まず先に二人の意見が聞きたいわね」
そう告げて、ユリはルベッタとアドスのほうを見る。
すると二人は示し合わせたかのように、同時に頷くことで応えた。
「戦争になりますね」
「攻めて来るつもりでしょうな」
「ありがとう、二人とも。私の見立ても全く同じよ」
ユリもまた、二人の言葉に頷く。
戦争とは、片方が望む限り避けられないものだ。あちらに強い戦意がある以上、ユリとしては応戦以外の選択肢を考える気にはなれない。
もっとも―――遠くない未来に生じるそれは、おそらく『戦争』とは名ばかりの一方的な『虐殺』になるだろうけれど。
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