32. 8柱目の神様
「簡単に言うと―――私は信仰を買われて、神様になったのよ」
「信仰を買われて……で、御座いますか?」
「ええ」
鸚鵡返しに問い返したアドスの言葉に、ユリは頷く。
それから顎に指先をあてて、説明のためにゆっくり思考を整理していく。
「さて、どこから話したものかしら―――。えっと、この世界にはいま7柱の神様がいるわ。まあ、つい2週間前に私が加わって、今は8柱に増えたわけだけれど。それまでは7柱しか神様が居なかった、というのは判るわよね?」
「存じ上げております」
「結構。とはいえこの『神様が7柱』という状況も、百年と少し前に神様の1柱が零落、つまり神でなくなった結果生じたものであって。それ以前に遡れば、神様は本来『8柱』居るほうが正常な状態なのだと、リュディナは言っていたわ」
この世界では1週間は『8日』で構成される。
なぜ8日なのかと言えば、それは暦を制定した当時に神様が8柱居たことに因んで『曜日』を8つ制定したからだ。
だからそれぞれの曜日には、神様に関連した呼び名が付けられている。例えば、癒神リュディナに因んだ『癒』の曜日のように。
「そちらも存じ上げております。私は実際に、当時生きておりましたので」
「ああ……。そういえば、そうね。確かにアドスの歳であれば、当時のことを実際に知っていてもおかしくはないかしら」
変若水の効果で老いを返上しつつある、今のアドスの見た目からはあまり想像できないが。彼の年齢は『151歳』なので、『百年と少し前』のことなら覚えていても不思議ではない。
「つまり、何が言いたいのかというと―――。元々ここは『8柱までの神様を扶養できる世界』なのよ」
「ふ、扶養……で、御座いますか?」
「リュディナはそれを『神席』と呼んでいたわね。『座ると神様になれる椅子』がこの世界には8席ある、と考えた方が判りやすいかもしれないわ」
ちょうど席がひとつ空いているので、座れるなら誰でも良かったんです。
―――実際には、そんな言葉までリュディナは口にしていたわけだが。
長年に渡り妻の快癒を願っていたアドスは、それなりに敬虔な癒神リュディナの信徒だと、以前ルベッタから聞いたことがある。わざわざ彼の前で、リュディナの株を落とすようなことまで話す必要も無いだろう。
「先程の『信仰』の話になるけれど。神様はこの世界で幾つかの『奇蹟』を起こす力を持っているわ。例えば天災を鎮めたり、魔物の数を抑えたり―――そういう、人の手だけでは対処できない事象に対処しているのだそうよ。
但し、神様も無尽蔵に『奇蹟』を起こせるわけではない。人が魔術や魔法を行使する際に『魔力』を消費するのと同じように、神様は奇蹟を起こす際に、信徒から長年を通して捧げられた『信仰心』を消費するらしいわ。
―――ところでアドス。この『信仰心』というものは、どうすればより多く集めることができると思う?」
「む、そうですな……。やはり信徒の数が多ければ多いほど、集まる量が増えるのではないでしょうか」
「それも正解ね。『信仰心』とは祈りと共に信徒から神へと捧げられる力。だから信徒の数が増えれば当然、それだけ集まる量は増えることになる。
でも実際には、もっと効率の良い方法もあるらしくて。リュディナが言うには、それは『熱狂的な信徒』を得ることなのだそうよ」
「ね、熱狂的な信徒、ですか……?」
「ええ。判りやすく言えば『ほどほどに神様を信仰してくれる信徒』が1万人居てくれるより、それこそ神様の為になら命さえ擲つ『熱狂的な信徒』が1人居てくれる方が、ずっと『信仰心』は多く集まる。そういう風になっているそうなのよ」
ユリ以外の7柱の神様の中では『癒神リュディナ』が圧倒的に信仰心を多く集めているのだと、当の本人―――リュディナから聞いている。
信徒の数が多いというのもあるが。それ以上に『癒神リュディナ』を熱狂的に信仰してくれる人達が少なからず居ることによる恩恵が大きいのだという。
癒神リュディナは文字通り『治癒』を司る神様だ。
この世界では、大きな怪我を負ったり病に罹ったりした人達は、必ずと言って良いほど『癒神リュディナ』へ祈りを捧げるようになる。
また神殿で怪我や病の治療を行ってくれる聖職者の人達も『癒神リュディナ』を信仰していることが多い。だから患者は献身的に治療をしてくれる聖職者の説法を真面目に聞くことで、癒神リュディナに対する理解を深めるという。
もちろん怪我や病が快癒したなら、その感謝も癒神リュディナへと向けられる。
とりわけ一度は『死』を覚悟する程に、重い怪我や病に苦しめられていた人達の感謝は大きくなりやすく、その機会にリュディナは『熱狂的な信徒』を得ることが少なくないわけだ。
「リュディナが言うには、その点で私は『お得』に思えたらしいわ」
「……は? お得、ですか?」
「私を神に据えれば、熱狂的な信徒が『359人』セットで付いてくるからね」
やや苦笑気味に、ユリはそう言葉を零す。
ユリを神様にしてしまえば、『百合帝国』の全員がそのままユリの『熱狂的な信徒』になってくれる。―――どうやら、リュディナはそう考えたらしい。
あながちその目算が間違っているとも言えないから困ったものだ。
事実『百合帝国』の中でも屈指の篤信家である『睡蓮』の子達は、ユリが神様になるや否やあっという間に嘗ての『リーンガルド』世界の神様と訣別してしまい、ユリに対する信仰へと改宗してしまった。
リュディナの言葉通り、1人の『熱狂的な信徒』の存在が1万人の『ほどほどに神様を信仰してくれる信徒』よりも価値があるのなら。ユリが得られる信仰心への期待値は、信徒を359万人持つよりずっと高いのかもしれない。
「私は『神様』になったからといって、特に何もするつもりはない。
―――この点については明確にリュディナからも承諾を得ているわ。神になったからといって慈善を行うつもりもなければ、善良に振る舞うつもりもない。
但しその代わりに、私が集めた『信仰心』を他の7柱の神様がどう利用するかについても関知しない。それについて私が『自分が集めた信仰心だから』と所有権を申し立てるようなことは一切しないと、リュディナに約束したわ」
「……姫。ひとつよろしいですか?」
そう発言した上で『紅薔薇』隊長のプリムラが手を挙げる。
彼女が言いたいことは、ユリにもすぐに察しがついた。
「どうぞ、プリムラ。何か質問が?」
「失礼ながら姫のお話からは、他の7柱の神が一方的に姫のことを利用しようとしているようにしか、聞こえないのですが」
「ええ、その通りよ。私が一方的に利用されるだけの関係だわ」
即座に認めたユリの言葉を受けて、会議の場がざわりと揺れた。
『百合帝国』の皆は、常にユリのことを第一に考えてくれている。―――決して自惚れではなく、ユリはそのことを正しく理解している。
なればこそ、ユリが『一方的に利用される』という状況に対して、皆が本心から怒ってくれていることもまた、すぐに理解できた。
「皆、怒りを鎮めなさい。あまりルベッタとアドスを怖がらせるものではないわ」
急速に場に沸き立った殺気を受け、ルベッタとアドスの二人が恐怖のあまりに、かたかたと小さく身体を揺らしていた。
こちらから会議に招待したのだから、二人に迷惑を掛けるのはユリとしても本意ではない。
「確かに私は利用される側だけれどね。それでも、私にはリュディナの話を受けたいと思える理由が2つあったのよ。
1つは言うまでも無いけれど『睡蓮』のことね。彼女達が神聖魔法を行使できずにいる理由は偏に『改宗』の難しさにあった。今まで信仰してきた神様を棄てて、この世界の神様を新たに信仰しなおせ……って言われても、難しくて当然よね。
でも私がこの世界の『神様』になれるなら話が変わってくる。睡蓮の子達だって数週間前まで名前も知らなかった神様のことはそう簡単に信じられなくとも、もう20年以上一緒に過ごして来た私のことなら信じてくれる。そう思えたの。
そして―――実際に『睡蓮』は力を取り戻した。そうよね、セラ?」
「はい。ユリ様へと『改宗』したことで、私達が修得している全ての神聖魔法が、現在では再び全て行使できるようになっています」
ユリの言葉を受けて、『睡蓮』隊長のセラが首肯した上で答える。
あの日、大聖堂の隣にある入院棟でユークレースが行使した【範囲完全回復】の魔法は、決して偶然の産物ではない。
「パルフェとヘラも、問題は無い?」
「はい、お姉さま! 問題無く使えています」
「『白百合』でも以前通り魔法が行使できることを既に確認しております」
『姫百合』隊長のパルフェと『白百合』隊長のヘラも、ユリの言葉に呼応する。
神聖魔法の使い手は何も『睡蓮』だけではない。姫百合と白百合に所属している子達にとっても、神聖魔法を取り戻すのには重要な意味がある。
「それと話を請けたもう1つの理由は、私がリュディナに対して大きな恩があったからよ」
「……恩、ですか? 過去にお姉さまが何か、して貰ったことが?」
「ええ。これについてはまた別の機会に話すけれど―――私はリュディナに、これ以上ないぐらいの大恩があるのよ。だから『私が神様になる』ことがリュディナにとって都合が良いのなら、それだけでも話を請ける理由としては充分だった。
先程、私が一方的に利用されているという話を聞いて、皆が怒ってくれたのはとても嬉しいけれど。そのことで、リュディナを恨むのは絶対にやめて頂戴ね。自分が愛する子達が自分の恩人を敵視するのは、つらいことだと私には思えるから」
ユリがそう告げると、まだ会議の場に静かに渦巻いていた敵意が霧散する。
私が嫌なのだと言えば、恨みさえも立ち所に忘れてくれる。
―――本当に、私にはもったいないほどの良い子たちばかりだ。
心の中でユリは、改めてしみじみとそんなことを思った。
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