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百合帝国  作者: 旅籠文楽
1章 -

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30. 取り戻された奇蹟

 


     *



 新緑が眩しい―――というのが、瞼を開いての第一印象だった。

 意識を取り戻したユリが居たのは、庭園のような場所だ。

 緑に囲まれた空間の中に、やや高さのある小さめの円形のテーブルが1つ設置されている。併せて置かれている3脚の椅子は、テーブルに合わせて座面が少し高めになっていた。


「ユリ」


 先程『神像の間』で耳にしたのと同じ声で名前を呼ばれて、ユリが振り返ると。

 そこには銀色に煌めく長い髪を持つ、ひとりの女性が立っていた。

 女性は1つのトレイを両手で抱えている。トレイの上には高そうなティーポットが1つとカップが2つ乗せられていた。


「あなたが―――『癒神リュディナ』様、ですか?」

「はい、そのように呼ばれております。よく来て下さいましたね、ユリ」


 ユリに名前を呼ばれて、癒神リュディナが優しく微笑む。

 あまり自信は無かったが、どうやら合っていたようだ。


 なぜ自信が無かったのかと言うと、いまユリの目の前に居るこの女性から受ける印象は、『神像の間』に置かれていた癒神リュディナの神像が与える印象と、大きく異なっているからだ。

 あの神像では神官服を身につけていて、髪も帽子の中に纏めて収めていたようだけれど。いまユリの前に居る癒神リュディナは、いかにも女性らしい優雅な衣装(ドレス)を身につけており、腰まである髪を自然に垂らしている。

 それに神像は石細工だったので、髪色は一切再現されていなかった。こんなにも綺麗な銀髪をしているとは、全く想像も出来ていなかったのだ。


「ふふ……。私の姿はユリから見て、どう思いますか?」

「どう、とは?」

「同性を好むあなたから見て、そういう対象(・・・・・・)になる容貌でしょうか?」

「え、ええ……?」


 癒神リュディナからそんな問いをぶつけられ、思わずユリは困惑する。

 魅力的な方だとは思うが、率直な所を言ってしまっても良いものだろうか。


「まあ―――正直を言えば、攫ってしまいたくはなりますね」


 少し迷ったあと、結局ユリが正直なままを口にすると。

 癒神リュディナは一瞬、きょとんとした表情をしてみせたあと。凄く愉快そうにくすくすと笑ってみせた。


「そう言って貰えるのでしたら、おめかしをした甲斐がありました。……ここだけの話ですが、普段はもう少し着ていて楽な服を選んでしまいますので」

「私はそういう自堕落な服を着た女の子も大好物ですが」

「まあ! ふ、ふふ……! ユリは女の子なら誰でも良いのですね」

「そういう所があるのは否定しません」


 事実、ユリは割と女性でありさえすれば、老若を問わず誰でも好きになる。

 我侭な女の子も、愛想のない女の子も、馬鹿な女の子も。どんな女の子であっても、同性愛者(ビアン)のユリからすれば愛する上での障害とはならない。

 もちろん―――今は『百合帝国』の皆が、誰よりも一番好きだけれど。


「立ち話も何ですね。お茶の準備を致しますので、どうぞ座って下さい」

「あ、はい。ありがとうございます」


 促されて、ユリは円形テーブルそばの椅子に腰掛ける。

 すぐに癒神リュディナが、ポットから2人分のお茶を淹れてくれた。


「森の薬茶です。少し苦みはありますが美味しいですよ」

「良い香りですね」


 豊かな香気を楽しみつつ、ユリはカップに口を付ける。

 癒神リュディナの言葉通り、確かに苦味はあるけれど、同じぐらい甘味もある。

 幾つかの葉を併せたお茶なのか、複雑な味わいが楽しめてなかなか面白い。


「いいですね。こういうお茶は私も好きです」

「気に入って頂けたなら何よりです。『シュラン』というエルフの村落で作られている薬茶でして、たぶん偶にならニルデアの都市に入荷されることもあるかと」

「それは良いことを聞きました。あとで手配しておきます」


 ニルデアに流通することがある商品なのであれば、ルベッタとアドスの二人に頼んでおけば問題無く手に入るだろう。

 薬茶というだけのことはあり、飲んでいると頭がすっきりする気がした。これは執務のお供として、是非とも欲しくなる。


「ユリ。先にお話ししておきますが、現在あなたの身体は眠っています」

「眠って……?」

「はい。『神像の間』の中で、私の像に触れたあと急に眠ったということですね。今頃はおそらく、ベッドのある別室などに移動させられていることでしょう」

「な、なるほど」

「ただの睡眠状態ですから、連れ合いの方もそれほど心配していないかと思いますが……。あまりこの場に長居せず、早めに戻った方が良いのは間違いありません。ですので今は、少し手早くお話をさせて頂きますが構いませんか?」

「もちろんです」


 こちらの事情を思って提案してくれるのだから、否やがあろう筈も無い。

 即座にユリが首肯すると、癒神リュディナもまた小さく頷いてみせた。


「ユリ、あなたにお願いしたいことがあります」

「判りました。何でもさせて頂きます」


 内容を聞くよりも早く、ユリは癒神リュディナに深く頭を下げる。


 あの日、死ぬ筈だったユリを助けてくれたのは癒神リュディナだ。

 もう二度と会えない筈だった『百合帝国』の皆と、いまこうして一緒に過ごせている未来をくれたのは、間違いなく癒神リュディナのお陰だ。

 その大恩を思えば―――たとえどのような無茶なことを望まれようとも、決して拒むつもりにはなれない。


「……私はユリに、何かを無理強いするつもりはありません。ちゃんと内容を聞いて吟味した上で、嫌だと思ったら断って下さっても構わないのですよ?」

「いえ。私が応えたいと思っていますから」


 当然のように、癒神リュディナの言葉にユリはそう答える。

 ユリの性向は『極悪』だ。だからこそ、大恩ある相手には応えたいと思う。


 以前ラドラグルフにも語ったことがあるが。『悪』とは別に、率先して『悪事』を為したいという意味では無いとユリは考える。

 『悪』とは即ち、自分の『欲』に正直であること。常に自分が『したい』と思うことのみを優先する姿勢を指すのだと思う。

 但し、そこに他人への配慮や社会秩序を考慮しないが為に、結果として『悪事』になることは往々にしてあるだろうけれど。


 今のユリが持つ欲求は『恩のある相手にそれを返したい』という強い思い。

 相手の為にしたいのではない。自らの持つ『欲』が、そうしたいと訴えるのだ。


「そうですか。ユリの意志は固いようですね」

「はい」

「では、あなたにひとつお願いしたいことがあります―――」


 そうして、癒神リュディナはひとつの要求をユリに告げる。

 ユリはどんなことを望まれても応じるつもりだった。それこそ、今後一生奴隷として仕えるように言われたとしても、喜んでユリはそれに応えたことだろう。それぐらいの恩は受けているのだから。

 とはいえ―――癒神リュディナが告げた要求は、あまりに想像の埒外で。


「そ、それは……。不可能では無いですか……?」

「あら。意志は固いと思ったのだけれど、もしかして嫌なのかしら?」

「嫌とか嫌じゃないとか、そう言う問題じゃなくてですね……」


 狼狽するユリを見て、癒神リュディナは可笑しそうにくすくすと笑ってみせる。

 もしかして冗談だったのでは―――と、笑われたのを見てユリは一瞬考えたのだけれど。「別に冗談で言ったわけではないわ」と、それは癒神リュディナの口から即座に否定されてしまった。


「ユリにひとつ教えてあげるわ。いま私達が居るこの場所は『神域』と言うのよ」

「神域、ですか……?」

「ええ。誰でも入れる場所では無い。資格を持つ者しか入れない特別な場所なの」


 告げられた言葉の意味を理解して、思わずユリはハッとする。

 癒神リュディナはただ、静かに頷くことでそれを肯定してみせた。



      *



「ん……」

「主君! 目を覚まされましたか!」

「うるさい」


 耳元で騒がしく声を上げるキリの頬を、ユリは優しくつねる。

 緩やかに意識が覚醒していく。なるほど、どうやら本当に眠っていたらしい。

 キリだけではなく、セラとセレス、ガーネットとユークレースの姿もすぐそばにあった。どうやら眠りに落ちたことで、随分心配させてしまっていたらしい。


「……ここは?」


 見渡せば、見慣れぬ天井に見知らぬ部屋。

 どうやら癒神リュディナが予想していた通り、眠っていた間にユリの身体は『神像の間』とは別の部屋へ移動させられたようだ。


「ここは大聖堂に併設されている『入院棟』になります」


 誰にともなくつぶやいたユリの問いに、答える落ち着いた男性の声があった。

 バダンテール高司祭だ。どうやら近くの部屋で待機していたようで、キリが騒ぎ立てた声を聞いて様子を見に来てくれたらしい。


「入院棟……ですか?」

「大聖堂の裏手にある建物になります。名前の通り、1日の魔法治療だけでは治せないような怪我や病を負った方が入院するための施設です」


 つまり病棟のような施設であるらしい。

 この世界では、怪我や病は基本的に魔法で治療するものだ。大聖堂は都市の中で病院と同じ役割を果たしている。なので当然、そこには入院して治療を行わなければならない患者の為の病棟もあるというわけだ。


「なるほど……。入院している方というのは、結構多いのですか?」

「今はあまり多くありませんが、それでも120名ほどはいらっしゃいますな」

「その120名の方々、私の方で治療しても構いませんか?」

「ふむ……? それはもちろん、構いませんが」


 バダンテール高司祭の許可を得て、ユリは内心で(好都合だ)と思う。

 睡蓮が本当に『奇蹟』を取り戻せるのか。それを確かめる格好の機会だ。


「ユークレース」

「はい。何でしょう、ユリ様」

「この入院棟が全部入るように【範囲完全回復】の魔法を行使しなさい。視力と引き換えに得た、あなたの優れた才能があれば可能でしょう?」


 範囲内に存在する対象全員の生命力を全快させると共に、怪我や病、能力低下や状態異常といったものを纏めて治療する【範囲完全回復】の魔法は、〈聖女(アデラ)〉が行使可能な神聖魔法の中でも非常に高位のものになる。

 元々の消費魔力量が多いため、本来であれば効果範囲をあまり拡大できる魔法では無いのだけれど。それでも〈治療魔法強化Ⅱ〉の恩恵を持つユークレースであれば、この建物を丸々効果範囲に含めるぐらいは出来るだろう。


「ユリ様、それは……」

「大丈夫よ、私を信じなさい。但し2つだけ私の言う通りにしてみてね」

「は、はい」

「まず1つ目に、今まで信仰していた神様のことは忘れなさい。……忘れるのは難しいかもしれないけれど、なるべく考えないようにしなさい。世界が異なる以上、以前の神様が今後ユークレースの助けになることは無いわ」


 嘗て深く信仰を捧げた相手を忘れろと言うのは、残酷かもしれないけれど。

 けれど、ユリは明確な言葉にしてそれを求めた。以前の神様が睡蓮の助けとなることが無いというのは、間違いのない事実なのだから。


「そして2つ目。その神様の代わりに()を信仰しなさい」

「……えっ。ゆ、ユリ様を、ですか?」

「ええ。私を信じなさい、ユークレース。では魔法を行使してみて?」

「わ、判りました」


 混乱するユークレースを、ユリは催促することで動かす。

 癒神リュディナの話が本当なら、これで彼女は『奇蹟』を取り戻せる筈だ。


 ユークレースが【範囲完全回復】の詠唱を開始する。

 魔法を行使する際の詠唱時間キャスティング・タイムは、効果範囲を拡大する場合、その倍率に比例して長くなる。【範囲完全回復】は普通に行使するだけでも長めの詠唱時間を必要とする魔法なので、範囲拡大も行うとなればかなりの長さになる。

 ユークレースが全ての詠唱を終えたのは、実に8分後のことだった。

 最後に結びの魔術語(ネシエント)を告げる前に、ユークレースがちらりとユリのほうを窺う。ユリはただ、頷くことでそれに応えた。


「―――【範囲完全回復エンクラーダ・ベルピネス】!」


 空間をたちどころに埋め尽くすほどの、夥しい量の光がユークレースの全身から溢れ出る。

 ゲームだった頃には何度も見たことがある演出(エフェクト)で、それはユークレースの魔法が正しく行使された証左に他ならなかった。


 やがて光が収まると。睡蓮の4人が、驚愕した表情でユリを見つめていた。

 ユリは彼女達に、優しく微笑む。


「どうやら―――私は『神様』になってしまったみたい」


 苦笑気味にそう漏らすユリの姿を見て。

 それでも睡蓮の4人は、目を瞠ったまま暫く動かなかった。





 

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お読み下さりありがとうございました。

誤字報告機能での指摘も、いつも本当にありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「私に直接会いに来て」もしくは「迎えに来て」的な感じかな?
[良い点] 更新乙い [一言] とんでもねぇ、あたしゃ神様だよ!!
[一言] ユリさん、空いていた8人目の神になる。
感想一覧
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