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百合帝国  作者: 旅籠文楽
1章 -

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3/370

03. ユリ

 



     [1]



 百合は朝の目覚めが良い方だ。

 幼い時分はそうでも無かったのだけれど。いつからか……たぶん高校生ぐらいの頃から、目が覚めるのと同時に意識が明瞭になり、クリアな思考が得られるようになっていた。

 なればこそ、百合は起きてすぐに目にした光景に、正常な思考力を持ちながらも戸惑ってしまう。


(ここは、一体……?)


 いつもの目覚めとは異なり、まず周囲の景色が違っていた。

 百合が普段一人暮らしをしている1Kの部屋とは、全く別の建物の中だ。

 いや……建物と言うよりは、グランピングなどに使われていそうな大型テントの室内のように見えた。

 部屋の中心に太い柱があり、それを中心にして傘の骨組みのように円錐状の梁が組まれていて。天井や壁には、どうやら布か皮革が張られているようだ。

 そういえば昔テレビ番組で見た遊牧民族が暮らしている住居が、ちょうどこんな感じの構造をしていたように思う。


(そういえば『アトロス・オンライン』のアイテムにも、こんな感じの携帯テントがあったっけなあ……)


 確か、野外で安全にログアウトする際に用いるアイテムだった筈だ。

 もっとも、百合はゲーム内で『転移』系の魔術を得意とするキャラクターを使用していたので、ゲームからログアウトする際には安全な拠点まで飛ぶ(・・)ことが多く、この手のアイテムを利用した経験は全くと言って良いほど無かった。


 部屋の中を見回すと、ちょうど百合が今居るベッドの方を向いて置かれている、姿見があることに気付く。


「………………えっ?」


 その鏡面に映っているのは『百合』ではなく『ユリ』の姿だった。

 より明確に言うなら。日本に住んでいる『蓬莱寺百合』の姿ではなく、『アトロス・オンライン』のゲーム内にて百合が操作しているキャラクター『ユリ』の姿がそこにはあった。

 『ユリ』の外見設定は『百合』の姿をある程度模したものではあるのだが。現実世界での『百合』がいい歳(アラフォー)の女性であるのに対して、『ユリ』は年齢が18歳に設定されたキャラクターになる。なんとも若々しさに溢れた自身の身体が鏡に映し出されることに、思わずユリは困惑してしまった。


「どういう、こと……?」


 事態が上手く飲み込めず、鏡がある側へ百合が身を乗り出そうとすると。

 百合がいま居るベッドの中に何か柔らかくも大きな障害物のようなものがあり、その動きが遮られてしまう。

 なんだろうと思い、百合は毛布を捲ってみて―――


「ファッ……!?」


 同じベッドの中で、一糸纏わぬ姿の少女が眠っていることに今更ながらに気付かされて、思わず百合は声をあげてしまう。

 しかも、2人(・・)もだ。どうやら先程まで百合は全裸の少女たち2人に挟まれながら眠っていたらしい。


(あ、これ、夢だな……)


 百合は諦念に似た心地になりながら、静かに心の中でそう思う。

 多分、ちょっと独り身をこじらせすぎたのだ。可愛い女の子たちと愛し合いたいと思い詰めるあまりに、どうやら夢の中で仮想体験をしてしまったらしい。


「……あれ?」


 同じベッドに眠る二人の少女。

 その二人の容貌に見覚えがあることに、百合は今更ながらに気付く。

 亜麻色の髪を持つ豊満な女性と、薄桃色の髪をした平坦で小柄な少女。


「―――ヘラとパルフェ!?」


 驚きと共に、二人の少女の名前が自然と百合の口から零れ出る。

 そもそも―――その二人は、決して百合が見間違う筈も無い相手だ。

 だって、彼女達は。百合が愛する沢山の『嫁』の中の2人なのだから。


「ん……」

「ひめ、さま……?」


 大きな声を上げてしまったせいか、二人の少女がゆっくりと目を覚ます。

 少女たちはそれぞれにユリの姿を見確かめると。たちまち花が咲くように表情を綻ばせてみせた。


「姫様! ご、ご無事で何よりです……!」

「おはようございます、お姉さま!」

「わ、わわっ……!」


 全裸の少女2人に勢いよく抱き付かれて、百合は顔が真っ赤になる。

 今まで20年以上もの間、手や肩に触れることや1日に1度だけのキスしか許されなかった2人の嫁から抱き付かれて。身体の全てで触れあえることがどんなにも嬉しくて、そして同時に、かなり恥ずかしくもあった。


(ハラスメント警告が、出ない……)


 『アトロス・オンライン』のゲーム内では、たとえ相手がNPCであっても手や肩ぐらいしか触れることができないようになっており、それ以外の箇所に触れれば即座に『警告:ハラスメント行為』というウィンドウが視界内に表示される。

 またプレイヤーでもNPCでも下着(インナー)を脱ぐことは絶対にできない仕様になっているため、裸になるということは不可能な筈なのだが―――。

 だというのに、いま百合の目の前にいる二人の嫁は間違いなく全裸であり、胸も股間もその全てが露出してしまっている。しかも力強く抱き付かれているというのに『警告』の表示が出る様子も無い。

 つまり、少なくともここはゲームの中(・・・・・)ではないということだ。


(じゃあ、どうしてヘラとパルフェがここに……?)


 ここはゲームではない筈なのに。ゲームの中でしか会えないはずの二人の嫁が、確かに百合の目の前に存在している。

 一体どうしてなのか。その理由が、どうしても百合には判らなかった。



     *



「……えっ。い、異世界?」


 ベッドから起きて、部屋の中に置かれていたテーブルのほうへ場を移したあと。

 パルフェの口から聞かされた言葉に、思わず百合は鸚鵡返しに問い返していた。


「はい。何度か皆で話し合ったのですが。私達は全員揃って『リーンガルド』とは別の世界へ……つまり『異世界』へ転移したとしか考えられないのです」


 衣服を身につけて普段ゲーム内で見慣れている格好になったパルフェが、神妙な面持ちで百合の言葉に頷いてみせた。

 ちなみに『リーンガルド』というのは、ゲーム『アトロス・オンライン』の舞台になっている世界の名前だ。


「そうですね、何からご説明しましょう……。えっと、私達がこの『異世界』と思われる場所へ転移してきたのは、今日より5日も前のことになります」

「5日も前……。その間、私はずっと眠っていたってこと?」

「はい。ですから私達は本当に、姫様のことが心配でなりませんでした」


 今度はパルフェに代わって、ヘラが百合の問いにそう答えた。


 ―――意識を失う()のことは、割とはっきり覚えている。

 暴走する自動車に勢いよく撥ねられたことを思えば、こうして生きていることのほうが不思議なぐらいだ。むしろたったの5日で起きられたのなら、奇蹟のようなものだろう。


(いえ。たぶん、違うのでしょうね―――)


 先ほど姿見に映して見た自分は『百合』ではなく『ユリ』の姿をしていた。

 そのことから察するに。たぶん……本来の()は死んでしまったのだろう。

 日本に住んでいた『蓬莱寺百合』としての私が死んだことで、なぜだかは判らないけれど―――ゲーム内の『ユリ』として転生してしまった。

 そう考えるのが、まだ得心がいくような気がした。


「姫様、どうぞ」

「……ああ。ありがとう、ヘラ」


 いつの間にかテーブルの上には、3人分の紅茶が用意されていた。

 どうやら少しばかり考え事に耽っていた間にヘラが用意してくれていたらしい。感謝の言葉を告げると、ヘラは嬉しそうに微笑んでみせた。


 ギルド『百合帝国』には、全部で12の部隊がある。

 いま目の前にいるヘラとパルフェはどちらも隊長格の子で、ヘラは白百合(エスティア)の隊長、パルフェは姫百合(パティア)の隊長を務めている。

 そして、私は―――。




----

 ユリ

   人間種(ノルン)/18歳・女性/性向:極悪(-100%)

   〈絆鎖導師(エーテリンカー)〉- Lv.200


   生命力: 102660 / 102660 (0 + 102660)

    魔力:  32514 /  32514 (24514 + 8000)


   [筋力]     0 (2840 + 117/装備補正-100%)

   [強靱]     0 (3160 + 150/装備補正-100%)

   [敏捷]     0 (3160 + 339/装備補正-100%)


   [知恵]  4081 (3520 + 561)

   [魅力] 20433 (5000 + 1811/装備補正+200%)

   [加護] 15990 (4290 + 1040/装備補正+200%)


----




 自分のステータスを確認したい、と頭の中で意識すると。即座に百合の視界内に1つのウィンドウが表示された。

 そこには自分についての情報が―――『アトロス・オンライン』のゲーム内ではとても見慣れている、『ユリ』自身についての情報が記されている。


 つまり、今の私はもう『蓬莱寺百合』ではない。

 『百合帝国』のギルドマスターである『ユリ』へと生まれ変わったのだ。


(……まあ、それならそれでいいか)


 今までの自分を全て失ったというのに、意外な程に簡単に諦めがついた。

 所詮、自分自身を失うのなんて―――大好きな『百合帝国』の皆を失うのに較べれば、些細なことでしかない。

 これからも最愛の皆と一緒にいられるのなら。自分が『ユリ』に生まれ変わった事実を受け容れることぐらい、何の問題も無かった。


「ヘラ、パルフェ。二人とも目を閉じて」

「……! し、承知しました、姫様」

「はい、お姉さま」


 瞼を閉じた二人の唇に、ユリは順番にキスを落とす。

 こうして愛する人達が傍に居てくれれば、他に望む物など無い。

 初めて経験する()の口吻けは、ゲームと違って少し不思議な味わいがした。





 

お読み下さりありがとうございました。

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