27. 睡蓮の選択
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「魔物の『駆逐』の調子はどう?」
「良い感じです。既に平地だけでなく、森の魔物の討伐にも着手しておりますが。相変わらず魔物のレベルが低いので、特に苦戦もしていません」
「森……。そういえば最初に駐屯した場所の北側に、広大な森があったわね」
「はい、正にそちらの森です。『鹿』や『蛇』の姿をした魔物が多く生息する場所のようでして、現在はそちらの素材も大量に確保できております」
午前中の執務を終えても、ユリは執務室の中で時間を過ごす。
この後に面会の約束が控えているからだ。少し前に撫子に用意して貰ったお茶と焼菓子を楽しみながら、キリから最近の『駆逐』事情について話を聞く。
「鹿肉は食べた経験が無いわね……。どんな味なのかしら」
「即座に調理して試食していた『竜胆』のユーロが言うには、アクスホーンの肉に較べると肉の赤色味が濃く、味もなかなか濃厚。調理手段を問わず美味しく食べられるとのことですね。肉質がとても柔らかくて脂身が少ないので、女性受けが良さそうとも言っていました」
「あら、それは素敵ね。確保量によっては『屋台』への提供を早めに開始するのも良いかも知れないわ」
「備蓄量を調べて報告するように、撫子に頼んでおきましょうか?」
「そうね、お願いしておいて頂戴」
ニルデアの都市内にある3箇所の広場で営業させている屋台は、いずれも大盛況だと報告を受けている。客の姿がひっきりなしに途絶えることが無いそうだ。
提供する肉の種類が増えれば、料理の幅も増えることだろう。ただでさえ肉料理ばかりを提供する屋台なのだから、可能な限りバリエーションは豊かに揃えておくほうが望ましい。
「ただ、こちらの世界では『鹿』の魔物より『蛇』の魔物の肉の方がより高級で、需要も高いらしいですが」
「……そうなの?」
「はい。こちらもユーロは既に試食したそうですが、味や食感は鶏肉に酷似しているそうです。ただ骨がかなり多くて、そのぶん調理の手間が掛かるとか」
「あまり良い面が無さそうに聞こえるけれど。どうしてそれが高級なの……?」
「さあ……?」
どうやらキリも理由までは把握していないらしい。
そんな話をしていると―――コンコン、と二度執務室のドアがノックされた。
「どうぞー?」
ユリは意図的に少し声を張り上げて、ドアの向こうに呼びかける。
「失礼致します」
すると4日前と全く同じように静々とした動作で、背中に白い双翼を持つ少女がひとり部屋の中へと入ってきた。
『睡蓮』の部隊で隊長を務めているセラだ。
「ユリ様、本日は私共のために時間を空けて頂き、申し訳ありません」
「いいのよ、セラ。愛する人のために時間を空けるのは当然のことだわ」
「畏れ入ります」
ユリが会う約束していたのは、いま目の前にいるセラだ。
先日の『天職』に関することでお話をしたい―――と、今朝ギルドチャットで告げてきたセラの要請を、ユリは即座に快諾していた。
「先日の話の続きということだけれど。……結論が出たのかしら?」
「はい」
ユリの問いに、セラは真っ直ぐに視線を向けながら頷く。
意志の籠った瞳の中に、迷いの色は見えない。
「私達『睡蓮』は、この世界の神様から『天職』を授かってみようと思います」
「―――そう、判ったわ。私はあなた達が自らの意志で決めたことを尊重する」
「ありがとうございます、ユリ様」
「ただ、ひとつだけ質問をさせて頂戴。今の職業を保持したまま、信仰する対象をこちらの世界の神様に切り替える、という選択肢は無いのかしら?」
神聖魔法を得意としていた『睡蓮』がその力を失ったのは、彼女達の信仰対象が元居た『リーンガルド』の神様であり、今居る世界までは神力が届かないからだ。
つまり、今の職業を棄てるような真似をしなくとも、こちらの世界の神様に改宗すれば、再び神聖魔法が行使できる可能性はありそうに思える。
「はい、ユリ様。その可能性はもちろん私共も考えましたが―――」
「……余計ことを言ってしまったわね、ごめんなさい。忘れて頂戴」
セラの返答を皆まで聞かないうちに、ユリはそう謝罪を口にする。
今までの神様への信仰を忘れて、新たに別の神様を信仰すればいい。―――そう言ってしまえるのは、あくまでもユリが当事者本人では無いからだ。
睡蓮の職業は聖職者系最高職の〈聖女〉であり、そこに至るまでには相当な信仰心が必要だろう。今更になって改宗するなど、簡単なことではない。
「余計などとは全く思ってはおりません。ユリ様はいつでも、私達のことをとても大事に考えて下さっている。そのことは睡蓮の全員が正しく理解しております」
「そう、ありがとう。嬉しいわ」
ユリが微笑みながらそう告げると。セラもまた「こちらこそ、ありがとうございます」と告げて、深々と頭を下げてみせた。
「こちらの世界の『天職』を望めば、私達は『職業』を失う可能性がある。
―――あくまで可能性の話だから、失わないことももちろん有り得るだろうし、あるいは逆に『天職』を得ること自体が不可能ということもある。こればかりは、やってみなければ判らないわね」
「はい」
「そうなれば、当然最初に『天職』を得ようとした子が最も高いリスクを享受することになる。だからこそセラ、おそらくは貴方がその最初の試験体に志願しようと考えているでしょうけれど」
「……はい。仰る通りです」
「残念ながら、それは認められないわ。あなたは『睡蓮』の部隊長。私は愛している子達の間に差を付けることはないけれど、役職には相応の責というものがある。
睡蓮から最初に『天職』を得る者を3名選出なさい。但し、あなたとコーラル、ラピス、スピネルの4人以外からね」
コーラルとラピス、スピネルの3人は、いずれも睡蓮の副長を務める子だ。
『天職』を得ることがどういう結末になるか判らない以上、隊長のセラに限らず副長の3人にもリスクを負わせるわけにはいかない。
「承知致しました。すぐに選出して参ります」
「急がなくても良いわ。ゆっくり外出の準備をしながら待っているから」
そう告げて、ユリは執務室から出て行くセラの後ろ姿を見送る。
試験体となる部下を選ばねばならない心労は、相当なものだろう。それでも、これは部隊長であるセラに務めて貰わなければならない役目だった。
「……セラ殿もお辛い立場ですね」
同じくセラの姿を見送ったキリが、やや悲しげにそうつぶやいた。
キリは『桜花』の副長という立場にある。隊長と副長という差はあれど、責務を負う立場にある者同士、何か感じ入るものがあるのだろうか。
「キリはもしも自分が職業を失い、全ての剣才を失ったならどうするかしら?」
「わ、私がですか? ううん、そうですね……」
むむむ……と声を漏らしながら暫しの間キリは頭を悩ませてみせると。
やがて、溜息をひとつ零してから、キリは静かに答えてくれた。
「それでも……おそらくは剣を振り続けると思います。どんなに弱々しく、稚拙な剣筋しか振れなくなろうとも。私が別の自分を目指すことは無いでしょう」
「……そう。キリは強いのね」
「いえ、逆です。私は弱い。結局剣以外に縁とするものが無いだけです」
そう告げて、キリは困ったような表情で微笑んでみせる。
「真に強いのは『睡蓮』の皆様でしょう。主君のお役に立つためになら、今までの自分を棄てて、この世界に適合した新たな自分に生まれ変わることさえ厭わないのですから」
「なるほど、そうかもしれないわね」
キリの言葉にも一理あるように思えて、ユリは頷く。
生き方を変えられる人のほうが強い。それもまた真理だろう。
「ねえ、キリ。悪いけれど今夜は『睡蓮』の子達の為に使っても良いかしら」
「是非そうして下さい。主君の寵愛によって慰められることも多いでしょうから。それに順番が翌日にズレるだけですので、私は別に損をしませんし」
「そうなの?」
「はい。ご存じ無いのでしょうか? 寵愛規定の第4条に『ユリ様が自ら寵愛役をご指名になられた場合、以降の寵愛担当は予定日を翌日に移動するものとする』と記されていたと思いますが」
「……誰が先導して作った『規定』かは知らないけれど。とりあえず、私も初耳のその規定は本日中に全文を提出するように強く命じておきなさい」
「し、承知致しました。ヘラ殿には確かに言っておきます」
「………」
ヘラが主犯かあ、とユリは内心で溜息を吐く。
『白百合』の隊長であるヘラは、良くも悪くも生真面目な子だ。
今回の『規定』のように、偶にその真面目さが間違った方向に発揮されることがあるのが困ったものだが。
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