261. 第四側室(1)
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「お話は姉のリゼリアから伺っております、ロゼロッテ・エルダードと申します。祖父が国主を務めておりました頃に、メルファルーデさんがお住まいの集落へエルダード王国が侵攻を行いました件については、姉と同じくエルダード家の血を引く私からも、どうかお詫びをさせて下さいませ。
―――その節は、真に申し訳ありませんでした」
百合帝国に来てから4日目の午前中。ユリタニア宮殿に一室を与えられている、ユリ陛下の『第四側室』であるロゼロッテの部屋を訪ねると。初めて顔を合わせた彼女は真っ先にそう告げて、深々と頭を下げてみせた。
そのあまりに突然の陳謝に、却ってメルファルーデのほうが狼狽してしまう。
昨日リゼリアから頭を下げられた時にも思ったけれど―――どうにも、自分より明らかに偉いと判っている人から頭を下げられてしまうと、居心地の悪さのようなものをメルファルーデは感じずにはいられなかった。
「リゼリアにも言ったけれど、別に謝る必要は無いわ。あなたが主導したことなら謝罪も受けるけれど、まだ当時のあなたは政治に参加する歳でも無いでしょう?」
「そう言って頂けると助かります。では―――改めまして、ユリ陛下の第四側室に選ばれております、ロゼロッテと申します。どうぞよろしくお願いしますね」
「メルファルーデよ。こちらこそ、よろしくお願いしたいわ」
ロゼロッテの側から差し出されてきた手を、メルファルーデは握りしめる。
彼女の手はメルファルーデのものより一回り小さな手だったけれど、同時に何かしらの武器を扱っていることが判る、鍛えられた手でもあった。
おそらく姉と同じく、彼女もまた『迷宮地』で鍛えているのだろう。
「滅多にお客様をお迎えすることがない部屋なので、簡素なテーブルと椅子ぐらいしか無くて恐縮ですが……。せめてお茶だけは用意させて頂きましたので、どうぞおくつろぎ下さい」
「ありがとう」
ロゼロッテの私室にある、お茶が用意された小さなテーブルの近くにある椅子に腰掛けると。すぐにロゼロッテも、その対面側の椅子に腰掛けた。
メルファルーデが来訪すると判っていたから、予めお茶を用意してくれていた、その心遣いが嬉しい。
また部屋を来訪する時間も正確に予測していたのか、ロゼロッテがポットから手ずからに淹れてくれたお茶は、まだ淹れ立て同然の熱さを保っていた。
「あら。結構渋い―――のに、不思議と飲みやすいお茶ね」
「緑茶と言います。『蓬莱』で作っているものですね」
「へえ……」
苦味も多少あるが、どこかに仄かな甘味もまた感じられる気がする。
この味わいは、おそらく森暮らしのハイエルフには好まれるものだろう。
「メルファルーデさんはこれまでに、ユリタニア以外にユリシスとユリーカの都市へも訪問されていると聞きましたが。『蓬莱』へはまだ行かれていませんか?」
「名前は聞いているけれど、まだ行ったことはないわね。ユリタニアやユリシス、ユリーカと同じ部隊が建造した都市だと聞いているから、きっと見事な都市なのだろうとは勝手に想像しているけれど」
「はい。その期待に添えるだけの、見事な都市だと自負しております」
そう告げて、ロゼロッテは朗らかに微笑んだ。
まるで自分自身が賞賛されたかのように。嬉しそうな笑顔を浮かべるロゼロッテの表情を見て、メルファルーデは少しだけ訝しくも思う。
「実は私、旦那様から『蓬莱』の領主役を任せて頂いておりまして」
「ああ……なるほど、それで嬉しそうにしているわけね」
どうやら姉のリゼリアと同じく、ロゼロッテもまたユリ陛下のことを『旦那様』と呼んでいるらしい。
「はい。自分が任されている都市を褒められるのは、とても光栄なことですから。
―――まあ、現状で私が『蓬莱』の為に果たせている仕事なんて、殆ど無かったりするんですけれどね」
そう告げるロゼロッテの笑顔には、少しだけ自嘲気味なものが混じる。
微かに悲しげな表情を見て、思わず「そんなこと無いわ」という慰めの言葉が、メルファルーデの口を突いて出そうになったけれど。流石に、事情をよく知りもしない自分が慰めるのは何だか違うように思えて、静かに言葉を飲み込んだ。
「ところで、メルファルーデさんは甘い物はお好きですか?」
「甘い食べ物ってこと? ええ、もちろん好きよ。ハイエルフの集落の中でも手に入るものは限られているから、あまり食べる機会は無かったけれどね」
「実は『蓬莱』の都市内には、甘味を提供するお店が沢山あるんです。宜しければご案内致しますので、本日は口の中を幸せにする一日にしませんか?」
「まあ、それは素敵ね! 是非とも案内して欲しいわ!」
「喜んで頂けるなら何よりです。お勧めの店を沢山ご紹介しますね」
そんな魅力的な提案をされては、じっとしているのが勿体ない。
早速メルファルーデはロゼロッテと共にユリタニア宮殿を出て、中央広場の『転移門』を利用し、ユリシスの都市を経由して『蓬莱』の都市へと移動する。
『転移門』を利用して、初めてユリシスの都市を訪れた時にも、初めてユリーカの都市を訪れた時にも、メルファルーデはそれぞれ趣が異なりつつも、高い完成度を誇る都市の威容を目の当たりにして、深い感動を覚えたものだけれど。
初めて訪れた『蓬莱』の景色は―――過去の感動に較べ、明らかに別格だった。
まるで異国に―――いや、まるで異世界に来たような、不思議な気分になる。
『蓬莱』の都市は、建物も街路も、そして道行く人々の格好も。何もかもがメルファルーデが知る文明のそれとは、明らかに異なっていた。
都市内にある建物はどれも木造のように見えるのに、細かいブロックを敷き詰めたみたいな、風変わりな屋根ばかりが溢れているのはどうしてだろう。
馬が牽くのではなく、人が牽く車が街路を走っているのは何故なのだろう。
街並みを歩く人達が着こなしている、あの見たこともない衣装は何なのだろう。
周囲を一望するだけで―――様々な疑問が心の中に湧いて、同時に好奇心を強く駆り立てられる思いがする。
何だかあっという間に、メルファルーデはこの『蓬莱』という都市の持つ魅力の虜にされたような心地になった。
「―――すごいすごい! なんてユニークな都市なの!」
「ふふ、お気に召して頂けて何よりです」
「………………あっ」
隣に立つロゼロッテの冷静な声を聞いて、はっと我に返る。
思わず、かあっと顔が熱くなってきた。まるで子供のように無邪気に声を上げて感動していた、ここ10秒ぐらいの自分の姿が何だか恥ずかしくて堪らない。
「恥じる必要はありませんよ。私もこの都市を初めて見た時は、同じでした」
「ろ、ロゼロッテも、そうだったの?」
「はい。手放しに感動を覚えるほどの景観が、この都市にはありますから」
過去を思い返しながらの言葉なのか、ロゼロッテはしみじみとそう告げる。
その気持ちが、メルファルーデにはとてもよく理解出来た。まあ―――今まさにリアルタイムで感動を味わっている身なのだから、共感できるのは当たり前だが。
「ねえねえ、どうしてこの都市の家々は、屋根にブロックを並べているの?」
「あれは『瓦』と言いまして、ブロックとは少し違いますね。粘土を焼いて造った厚みのある板を、綺麗に葺く―――並べることで建物を保護しているんです」
「へえ……! でも、どうしてわざわざそんなものを屋根に乗せるの?」
「幾つか理由はあるのですが、日照や雨風への耐性が非常に高いため、瓦を並べた屋根は経年で殆ど劣化しないことが一番の理由でしょうか。建造された『桔梗』の皆様の話によると、場合によっては2000年以上持つこともあるとか」
「―――2000年!? そ、それは、凄いわね」
ロゼロッテが告げた年月の長さに、メルファルーデは大いに驚かされる。
大変に長寿なハイエルフであっても、そこまで長く生きられる者は居ない。
「あと瓦を並べた屋根は、屋内に雨音が殆ど響かないのも良いですよ。雨の日に室内で静かな時間を過ごせるのは、ちょっとした贅沢感があります」
「わ、それは素敵ね! 雨音の打音がうるさいと、結構ストレスを感じるもの」
「判ります。あれって、地味に嫌な気分になりますよね」
「ねえねえ、ロゼロッテ。向こうにある、人が牽いている馬車は何なのかしら?」
「あれは馬車ではなく、人力車と言って―――」
目に映りゆくあらゆるもの、好奇心の儘にメルファルーデは質問していく。
流石はこの『蓬莱』の領主役を任されているだけのことはあり、メルファルーデがぶつけた問いの全てに、淀みなくロゼロッテは回答してくれた。
『蓬莱』は街中を見て回るだけでも、本当にどんなにも楽しく過ごせる都市だ。
そのせいで―――メルファルーデ達が甘味を提供するお店に入るまでには、かなりの時間を要することになってしまったけれど。
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お読み下さりありがとうございました。
誤字報告機能での指摘も、いつも本当にありがとうございます。
魔方陣→魔法陣の誤字指摘を根こそぎして下さった方も、ありがとうございました。大変な手間だったと思いますので、申し訳ありません。
本来であれば私が置換でちゃんと対処すべき所でした……。
※「口吻け」についてもよく誤字指摘を頂戴するのですが、こちらは作者の趣味のようなものなので、ご容赦下さい。昔からずっとこれで書いているので、改める気が無いのです。
※他にも誤字指摘を頂戴しましても直さないことがありますが、何卒ご容赦ください。




