259. 第三側室(1)
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「―――まあ。それでは、昨日はソフィアさんと一緒に『迷宮地』へ行かれたのですね。初めての『迷宮地』はいかがでしたか?」
百合帝国に来てから、今日で3日目。
午前中からユリタニア宮殿に一室を与えられている、ユリ陛下の『第三側室』であるリゼリアの部屋を訪ねると。彼女は柔和な微笑みを浮かべながら、すぐに来訪したメルファルーデのことを歓迎してくれた。
(この方は、優しそうだ……)
リゼリアの外見や佇まい、話し方などには、温厚な人柄がよく表れている。
ユリ陛下の側室3人目にして、ようやく穏和そうな相手と対話することができ、メルファルーデは内心でほっと安堵の息を吐いた。
昨日会ったソフィアも、その前の日に会ったエシュトアも。彼女達は2人共に、決して優しい人格の持ち主ではなかったように思う。
いや、表向きの人格だけで言えば、どちらも間違いなく優しい女性ではあったのだけれど。少なくとも―――夜に関しては、優しさの欠片も無かった。
明らかにエシュトアは嗜虐的な一面を持っていたし、ソフィアもまた責められる人間が一番辛い場所を知り尽くしているかのように、メルファルーデの身体を愉快そうな表情を浮かべながら玩んでみせたのだ。
これまでの人生で、泣いたことなんて殆ど無かったメルファルーデだけれど。
百合帝国に来てからの、この2晩だけで。一体どれだけ滂沱しただろう。
思い返すだけで―――身体の深い部分が、何だか疼き始めそうな気がした。
「……メルファルーデさん?」
「あっ……。ご、ごめんなさい。ぼうっとしていたわ」
少し心配そうにリゼリアから名前を呼ばれ、慌ててメルファルーデは答える。
一昨日と昨日の晩のことについては、あまり思い返さないようにしよう。
少しでも記憶を読み返してしまえば……快楽の酩酊に心を冒されそうだ。
「えっと―――『迷宮地』の話だったわね。ええ、ソフィアに案内して貰いながら昨日初めて挑戦したわ。難易度は、確か『中級者向けⅠ』だったかしら」
ユリシスの都市には全部で6つもの『迷宮地』がある。
その中でも難易度が低い方から3番目にあたる『中級者向けⅠ』の迷宮地では、レベルが36~50の魔物が出現するようになっているそうだ。
レベルが『97』のメルファルーデからすれば、討伐にそれほど苦労しない魔物しか出現しないのだけれど。にも拘わらず、迷宮地を探索している最中にメルファルーデのレベルは何度も何度も、面白いように成長を繰り返した。
まあ、メルファルーデは『天職』の〔狩人〕こそレベル『97』と高いけれど、取得したばかりの職業である〈精霊使い〉のレベルは『1』だから。大して強くもない魔物を倒しても、レベルが簡単に上がるのは当然のことなのだけれど。
「ふふ。ギルドマスターであるソフィアさん直々に『迷宮地』を案内されるだなんて、とっても贅沢な体験をされたのですね。楽しかったですか?」
「ああ……そういえば『探索者ギルド』ってソフィアが長を務める組織なのよね。言われてみると、本当に贅沢な体験をしたものだわ」
リゼリアの言葉を受けて、思わずメルファルーデは苦笑する。
最初にソフィアとは『探索者ギルド』8階にあるギルドマスターの部屋で会ったのだから、判っていたつもりだったのだけれど。どうやらいつの間にか、そのことはメルファルーデの頭からすっかり抜け落ちていたようだ。
何故か『迷宮地』に入っている間は、ソフィアはずっとメイド服を着用していたから。あまり組織の長という気がしなかったのかもしれない。
「『迷宮地』自体はとても楽しかったわ! 百合帝国や同盟国の人達は幸せよね。安全に魔物を狩猟して、レベルを成長させられる場所を用意してくれる国なんて、きっと他にはどこにも無いでしょうから」
「ええ、それについては私も全く同感です」
メルファルーデの言葉に、リゼリアは深く頷いてみせた。
「私はあまり身体を動かすのが得意な方ではないのですが……。それでも妹と一緒に幾度となく『迷宮地』に通っている内に、レベルは『40』まで上がりました」
「40!? それは凄い……他国なら騎士として雇用される程の実力者じゃない」
「ふふ、確かにそうですね。ですが百合帝国や同盟国には、この程度の実力を持つ人で良ければ、本当に沢山いらっしゃるわけですが」
それは確かにそうだろうと、メルファルーデも思う。
メルファルーデが昨日ソフィアと共に挑戦した『中級者向けⅠ』の迷宮地では、入口の外に沢山の探索者が群れ集まっていたし、また迷宮地に入ってすぐのフロア辺りで狩りをしている探索者の姿も多く見られた。
レベル36~50の魔物が出現する迷宮地で、狩りを行える人があれだけ居るのだから―――レベル40ぐらいなら、本当に珍しくも無いのだろう。
「騎士レベルの実力者が民間に沢山居る国なんて……他国からすれば、恐怖以外の何物でもないわね。少なくとも、戦争を吹っ掛けるのは馬鹿のすることだわ」
「あ、あはは……。それを言われると、私としては肩身が狭いですね……」
「………? それは、どうして?」
「実は私は、正式な名前をリゼリア・エルダードと申しまして。今メルファルーデさんが仰った『馬鹿のすること』をやった国の、元王女だったりします……」
「エルダード……!」
嘗ての王国の名をリゼリアが姓に持つことを知り、メルファルーデは驚く。
その単語はメルファルーデにとっても印象深いものだ。何しろハイエルフの村里もまた、エルダード王国からの侵略を受けた経験があるのだから。
「それは―――何と言うか、災難だったわね。過去に一度、エルダード王国を返り討ちにしたことがある、私が言うのも何なのだけれど……」
「ああ……。そういえば私の祖父が国主を務めていた時代に、メルファルーデさんの集落へ侵攻を行い失敗したという話を、子供の頃に聞いたことがあります。
その節は、大変ご迷惑をお掛け致しました。エルダード王国の血を受け継ぐ娘として、心よりお詫び致します……」
心底申し訳なさそうな顔をしながら、リゼリアは深々と陳謝してみせた。
そんな彼女の態度に―――却ってメルファルーデが申し訳ない気持ちになる。
何しろハイエルフの村里にエルダード王国の兵が侵攻してきたのは、もう80年以上も前の話だ。
間違いなく当時はまだ生まれても居なかっただろうリゼリアに、その戦争の責任が僅かにでもあろう筈も無いのだ。
「それは別に、謝る必要は無いわ。昔のことだから気にしないで。
ところで―――ハイエルフの村里を攻めてきた時には、エルダード王国は全部で5000ぐらいの兵を派遣してきたと思うのだけれど。百合帝国へ侵攻した時は、どの程度の兵を出したのかしら?」
「およそ6万を出兵させたと聞いております」
「6万!? それは……流石の百合帝国でも、苦戦したんじゃないかしら?」
戦争は、数の優位というものが露骨に出るものだ。
ハイエルフのように、森という場所を最大限に活かせる者だけで構成されていれば、立地を活かして数の差を覆すこともできるだろうけれど。普通の野戦や、都市防衛戦ではそうはいかない。
「いえ、それが……。旦那様おひとりに、一撃で全滅させられました」
「旦那様?」
「あ、ユリ様のことです」
「……6万の兵が、一撃?」
「はい。後から聞いた話ではありますが、エルダード王国が展開した大軍の頭上に旦那様が太陽を召喚して落とし、全軍を一撃で葬ったそうです」
リゼリアの言葉に、メルファルーデはぎょっと目を剥く。
太陽を落とす、なんて。―――それこそ『神』の御業に他ならないではないか。
「ゆ、ユリ陛下は、そんなことまで出来るの?」
「はい。それが旦那様が使うことができる、唯一の『攻撃魔法』なのだそうです。
旦那様が言うには、落としたのは太陽というわけでは無いらしいですが。何にしても、6万もの大軍を一撃で殲滅できる威力があることは、間違いありません」
「………」
ハイエルフの村里を攻撃してきた際に、ユリ陛下が手加減してくれていた事に、改めてメルファルーデは心から安堵の念を抱いた。
もしユリ陛下が本気だったなら―――きっとハイエルフの村里だけでなく、周囲の森林一帯ごと、全て灰燼に帰していたのだろう。
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