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百合帝国  作者: 旅籠文楽
1章 -

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256. 第二側室(1)

 


     [2]



 百合帝国の首都ユリタニアでは、都市全体を包囲するように全部で3つの結界が常時展開されている。

 ひとつは【障壁結界】で、これは結界を展開した術者が『望まない』存在の侵入を遮る、障壁の機能を果たすものだ。主に魔物が都市内に入るのを防ぐ目的で設置されているが、その気になれば虫の侵入を防いだり、雨風が都市内に一切入らないようにすることさえできるらしい。

 2つ目は【調温結界】で、これは結界内の温度を術者が望む温度に調整する効果がある。これによりユリタニアは常に、都市に住む人達にとって好ましい気温となるように管理されている。今は『夏月』なのに、夏らしい暑さが全く感じられないのは、間違いなくこの結界の効果によるものだろう。

 3つ目は【浄化結界】で、これは結界内を清浄な空間に保ち続ける効果がある。ユリタニアの都市内に汚物や汚濁が生じると、それは結界の効果により、速やかに除去されることになるそうだ。


 ―――その3つ目の【浄化結界】の効果を、昨晩メルファルーデは実体験という形で、確認させられる羽目になった。

 ユリ陛下の『第一側室』であるエシュトアの部屋に宿泊したメルファルーデは、その晩に、彼女の指先に何度となく果て(・・)を体感させられることになったからだ。

 5度目までは覚えていたけれど、それ以降の回数は胡乱で、あまり覚えてはいない。けれど、何度も何度も果てを迎えさせられることで身体が緊張と弛緩とを繰り返した結果、自分の身体から漏れ出た汚水(・・)が、エシュトアのベッドを2度に渡って汚したことだけは覚えていた。


 ベッドは汚れる度に、10秒と経たず『清浄』な状態へと復元される。

 目の前で【浄化結界】の効果をまざまざと見せつけられたことで、メルファルーデは結界の効果の凄さを身をもって体感した。


 果たして他の国家に、先に挙げた3種類の結界の効果のうち、どれかひとつでも再現できるものがあるだろうか―――と思う。

 これ程に途方も無い効果を持つ結界を軽々と用意できる百合帝国という国家は、まるで底が知れない。

 その国家の女帝であり、そして『八神』の1柱でもあるユリ陛下という存在が。自分とは掛け離れた高みにあることを、改めて思い知らされた気がした。


 ―――ユリお姉さまと戦うだなんて、随分と無茶をなさったのですね。

 それは、昨日の朝にエシュトアから掛けられた言葉だが。

 今更ながら―――本当に、まったくもって、真実、彼女の言う通りだと思えた。


 ちなみに今朝メルファルーデが目を覚ました時には、エシュトアはもう自室にはおらず、部屋には『大聖堂でお勤めをしてきます』という書き置きだけがあった。

 昨日のエシュトアは午後まで自室にいたけれど、あれはメルファルーデの訪問を待ってくれていただけで、普段は朝から神殿に通っているのだろう。

 大聖堂に来訪する人達に老人が多かったことは、治療師として昨日1日働いたことで、メルファルーデもよく判っている。老人は朝が早いので、大聖堂は午後より午前中の方が混雑していそうに思えた。


 エシュトアの部屋があるユリタニア宮殿を出た後、メルファルーデはユリタニアの中央広場にある『転移門』を利用して、ユリシスという都市へと飛ぶ。

 ユリ陛下から、国内の全ての都市へ自由に移動できる『転移門利用証』を貰っているので、メルファルーデは百合帝国とその同盟国にある都市であれば、ほぼ全て自由に移動することが出来た。


 移動時間無しに幾らでも国家を跨いだ旅行が出来るというのは、言うまでもなく凄まじいことだ。

 おそらく、やろうと思えばユリ陛下は、ハイエルフの村里に大軍を送り込むことだって容易に出来たのだろうと、今更ながらに思う。


「………………なんて、凄い」


 ユリシスの都市へ転移したメルファルーデが、周囲を見回して無意識に吐き出した言葉が、それだった。

 水路が多く、せせらぎの音と清潔感が心地良い首都ユリタニアとは違って。ユリシスの都市は所狭しと背の高い建物が乱立する、『高層建築物の森』のような場所だった。


(どれだけ凄腕の建築家を集めれば、こんな都市が築けるのだろう……)


 余裕で10階以上はあるだろう高い建物ばかりが溢れているせいで、空がとても狭い範囲しか見えないけれど。街路沿いに設置されている無数の街灯が、昼間から点灯していることで、日照が無くとも街中がとても明るく保たれている。

 人口もかなり多い都市のようで、街路の賑わいはユリタニアの比ではない。

 しかも、街路で遭遇する人達が実に多様で、あちらに『砂漠の民』らしい褐色肌の人が歩いているかと思えば、こちらには大陸南方に多いとされているドワーフの集団が闊歩していたりする。

 種族や民族の坩堝のような街は、眺めながら歩いているだけでもどこか楽しい。


(ああ、そっか。この人達って、それぞれに別の場所から来ているのね)


 このユリシスは、国内や同盟国の各都市に設置された『転移門』を利用すれば、誰でも簡単に訪れることが可能な都市らしい。

 ならば、街路を歩く人達が多種多様なのも当然だろう。実際に彼らは『転移門』を利用して、様々な土地からこのユリシスへ買い物などに来ているわけだ。


 『転移門』はユリ陛下個人の力によって設置され、また彼女ひとりの魔力で維持されているものだと聞いている。

 遠方の人達との直接交友を実現するその力は、なるほど、確かに『八神』に名を連ねるのに相応しいものだと感服するばかりだ。


 今日のメルファルーデは、このユリシスにある『探索者ギルド』という建物で、ユリ陛下の『第二側室』の人と会う予定になっている。

 『探索者ギルド』はユリシスの都市中心部の近くにあるらしい。

 エシュトアは具体的な場所までは教えてくれなかったけれど、ユリシスに居る人なら誰でも知っている建物なので、現地で場所を訊ねればすぐに判るとのことだ。


「すみません。『探索者ギルド』という建物はどちらにあるのかしら?」


 だから早速、メルファルーデは適当な人を捕まえてそう訊ねてみる。

 訊ねたのは革鎧を着込み、腰に帯剣している男性だ。

 探索者は『迷宮地(ダンジョン)』に潜って魔物と戦うことで稼ぎを得る職業らしいので、明らかに武装しているこの男性は、おそらく関係者の1人だろう。


「ああ、良かったら案内しようか? 俺も今から行くところなんだ」

「悪いわね、お願いできると助かるわ」

「いいさ。弓と矢筒を背負っているところから察するに、あんたも探索者になろうとユリシスへ来たんだろ? 後輩には親切にしとかねえとな」


 そう告げながら、男性は気持ちのよい笑顔を浮かべてみせた。

 よく見ると彼は腰の逆側にも、やや短めの剣を提げている。

 ちゃんと予備の武器を用意しているあたり、それなりの修練や場数を踏んでいることが、この男性からは窺えた。


「見たところ、あんたはエルフみたいだな。弓だけで戦うのかい?」


 男性はメルファルーデのことを『ハイエルフ』ではなく、ただの『エルフ』だと誤解しているようだが。とはいえ、わざわざ訂正する必要は無いだろう。


「精霊魔法も多少なら使えるけれど、基本的には弓を頼みにしているわね」

「おお、そりゃあ凄い。この都市で探索者として活動するエルフには、精霊魔法が一切使えないってヤツも珍しく無いみたいだからなあ」

「……えっ。この都市には、エルフが居るの?」

「普通に街中でちょこちょこ見かけるぐらいには居るぜ?」


 慌ててメルファルーデが周囲を見確かめてみると。実際に男性の言う通り、エルフの姿がそれなりに散見されることが判った。

 街中を歩いている人の大体50~60人に1人ぐらいがエルフだろうか。割合としては少ないのだけれど、ユリシスの都市はとにかく人出自体が多いので、探せば割と簡単に見つけることができる。


「驚いたわ……。エルフは基本的に、森の中に作った居住集落から出ることなく、引き籠もったまま一生を終えるものだと思っていたのだけれど」

「……はあ? おいおい、もう一度付近にいるエルフ達の格好を確認してみなよ。少なくとも出不精の連中のする格好じゃないってことぐらい、判る筈だぜ?」

「え?」


 男性からそう言われ、メルファルーデは今一度街路を歩いているエルフ達の姿を確認する。


 すぐに2人並んで歩く、エルフの女性達が見つかったのだけれど―――。

 彼女達は共に袖のない上着を着て、革鎧を着込みつつも臍を丸出しにしており、しかも信じられない程に短いスカートを着用していた。

 膝上20cmはあろうかという程に、本当に極端なものだ。これでは膝を屈めただけで、周囲から下着が丸見えになってしまうことだろう。


「うわぁ……」


 思わずメルファルーデの口から、嘆息混じりの言葉が漏れ出た。

 同族がこんな格好をしている姿など、見たくは無かった。

 ……いや、もちろんエルフとハイエルフは全く別の種族ではあるわけだけれど。それでも、同じ『エルフ』の名を冠した仲間の、こんな姿は見たく無かった。


 当前だが、森に暮らしている者であれば普通は、上下共に裾の長い衣類を着込むものだ。そうしなければ樹木の枝に傷つけられて無用な生傷が出来てしまう。

 今メルファルーデの視線の先に居るエルフの女性2人が、どちらも森の中で生活していないことは明らかだった。

 完全に垢抜けたその装いは、都会の雰囲気に適合したものだろう。


「……あなたの言う通りね……」

「だろう?」


 そう答えて、男性が笑ってみせる。

 彼の言う通り『出不精の連中がする格好ではない』ことは、一目瞭然だ。



 

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お読み下さりありがとうございました。

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