255. 第一側室(3)
「それでは中へどうぞ。『神像の間』は本来、複数人で入るような場所でもありませんが―――。きっとメルファルーデ様は、部屋の中へ入られた後に大きな疑問を抱かれるでしょうから、回答できる私が同伴した方が良いでしょう」
「………? よく判らないけれど、ついて来てくれるなら心強いわ」
エシュトアに先導されながら、メルファルーデは『神像の間』へと入る。
そこは円形の部屋だった。そこそこの広さがある部屋の壁際に、中へ入ったメルファルーデ達を取り囲むように、全部で8体の像が並んでいる。
人族国家でよく信仰されている『八神』を模した像だろう。
種族的な特性なのか、ハイエルフは信仰に無頓着なところがあるため、メルファルーデも例に漏れず、あまり詳しく無いのだけれど。
それでも―――部屋に入って右側に安置されている、エシュトアが着ている神官服によく似た装いの神像が、『治癒の神』として知られている癒神リュディナの像であることぐらいは判った。
「………………えっ?」
リュディナの神像より、ひとつ右側に置かれている像。
それを目の当たりにして、思わずメルファルーデは硬直する。
初めて見た神像である筈なのに、それは凄く見覚えがあるものだった。この像にとても良く似た姿をした女性を―――メルファルーデは知っている。
「ユリ、陛下……?」
―――そう。まさに今メルファルーデの目の前にある像は、百合帝国の女帝だと名乗った、ユリ陛下の姿によく似たものだった。
いや、似ているなんてレベルではない。他の神像と較べて、明らかに精巧に作られているその像は、ユリ陛下の容姿を生き写したものとしか思えなかった。
「この像は、現在の『八神』に最後に加わられた『愛の女神』であらせられます、ユリ様を模した像です。メルファルーデ様もよくご存じですよね?」
「……こ、この国では、ユリ陛下を信仰しているの?」
「はい。この百合帝国でも、そして他国でもそうですね。『八神教』を国教に認めている国家では必ず、ユリ様も信仰されていると言って良いでしょう」
ユリ陛下が『八神』の1柱である―――。
その事実はメルファルーデにとって信じ難いものだったが。けれども一方では、なるほどと心の中で得心がいくものでもあった。
自身の矢がまるで及ばなかった、あの圧倒的な力の格差も。人と神との間にある絶対的な隔絶によるものと思えば、納得できるからだ。
「職業を得るには、どれでも大丈夫ですので神像のひとつに祈りを捧げて下さい。そして心の中で、自分が取得したいと思う職業を強く思い浮かべれば、それだけで儀式が済む筈です」
「わ、わかったわ……」
折角なので、メルファルーデはユリ陛下の神像の前に跪く。
もとより現在のメルファルーデの身柄は、ユリ陛下のものだ。信仰自体の持ち合わせは無くとも、主人の姿を模した神像に頭を下げることに抵抗は無かった。
エシュトアの言葉通り、目を閉じて祈りを捧げながら、〈精霊使い〉の職業を得ることを、心の中で強く望む。
すると―――目を閉じていても判るぐらい、はっきりと。メルファルーデの身体の中に、今まで存在していなかった新たな力が、湧いてきたことが感じられた。
「儀式は完了です、お疲れさまでした」
「……こんなに簡単に終わるものなのね」
「はい。誰もが受ける儀式ですから、ある程度簡単に済むものでないと神殿施設が混雑してしまいます」
なるほど、それは確かにエシュトアの言う通りかもしれない。
ハイエルフの村里に住む仲間は、誰ひとり職業を取得していない筈だけれど。それは異端であり、世界中の大半の人達は既にこの儀式を受けているのだから。
「新しく得た力を、早速試してみたいのだけれど―――」
「すみません、そちらは明日メルファルーデ様のお相手をする、ユリ様の『第二側室』の方が担当することになっていますので。今日は我慢して頂けますか」
「そう。少し残念だけれど、そういうことなら仕方ないわね」
「ところで、メルファルーデ様は治療系の精霊魔法は使えますか?」
「一応簡単なものなら使えるけれど……?」
水属性や風属性の精霊魔法には、他者が負った傷を癒す効果のものがある。
ハイエルフは村里の住民達で全属性の精霊魔法を教え合うものなので、メルファルーデも簡単なものだけで良ければ、もちろん修得していた。
「では本日はこの大聖堂で、治療のお手伝いをして頂けませんか? 治療師の人数が多ければ、それだけ皆が余裕を持って働くことができ、治療を受けに来た方々のするお話に耳を傾けることが出来ますので」
「色々と世話になったのだし、その程度の労働ならもちろん構わないわ。但し私の精霊魔法だと、軽傷ぐらいまでしか治せないから、そのつもりでね?」
「それでも充分助かります。浄化や鎮痛はできますか?」
「浄化は残念ながら無理ね。風属性の治療魔法を使えば、鎮痛なら出来るわ」
治療効果自体は水属性の方が高いのだけれど、風属性の治療魔法には鎮痛効果が付属するため、怪我の痛みに泣く子を黙らせる時などには便利に機能する。
もちろん腰や肩の痛みを日常的に訴える、老齢の方々にも効果覿面だ。
ちなみに、なぜ風属性に鎮痛効果があるのか、メルファルーデはよく知らない。
風属性には『雷』が含まれるので、何かその辺が関係あるのだろうか。雷で痺れると感覚が鈍って、痛みを感じづらくなるのかもしれない。
それから―――メルファルーデは夜まで、大聖堂の広間で治療師として働いた。
大聖堂の利用者には老人が多かったので、風属性の治療魔法は便利に活躍した。またレベルが『97』と高いお陰で、メルファルーデは魔力量や回復速度にかなり余裕があることもあり、最後まで魔力が枯渇することも無かった。
終業後にはバダンテール高司祭という偉い人から、しっかり給料も支払われた。
既にユリ陛下から、充分な額の『自由に使って良いお金』を貰っていたりするのだけれど。奴隷同然の身の上ということもあり、与えられたお金は可能な限り使わずに返還したいと考えていたので、臨時収入は有難い。
「では、ユリタニア宮殿に帰りましょうか」
「判ったわ。本日はあなたの部屋に泊まらせて貰えるのよね?」
「はい。ユリ様からも、メルファルーデ様を泊まらせて『教育』を施すようにと、指示を受けています。もちろん泊まっていって下さい」
「………………教育?」
「後ですぐに判りますよ」
そう告げて、エシュトアはにんまりと微笑む。
『教育』というのが何なのかは、よく判らないが。おそらくはユリ陛下に仕える上での、心構えか何かを教えてくれるということだろうか。
「なるほど。第一側室の方から直接教育して頂けるなんて、光栄なことね」
「うふふ。『夕食後のお楽しみ』を期待していて下さいね」
「………?」
意味深に笑ってみせる、エシュトアの真意は測りかねるけれど。
彼女が期待して良いと言うのであれば、是非とも夕食後を楽しみにしておこうとメルファルーデは思うのだった。
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