252. 肉体疲労時の栄養補給に
[6]
ユリが帰国した頃にはもう、とっぷりと日が暮れてしまっていた。
何だか今日は久々に、国主らしい仕事に忙殺された1日だったように思う。精神的にも結構疲れたけれど……その苦労に見合うだけの成果はあっただろう。
というのも―――ハイエルフの集落の住人が普段から集めている『林産物』。
その中に極めて貴重であったり、未知であったりする食材や薬草、錬金術の素材などが、それはもう大量に含まれていることが、ファランダとメルファルーデから聞いた話により判明したからだ。
ハイエルフは『森を育てる』種族であるらしい。
と言うのも、ハイエルフは数百年単位で同じ場所に定住し続ける種族で、しかも採集や農業、林業などに普段から土属性の精霊魔法を多用する傾向がある。
そうした魔法の効果が集落近辺の森林に作用して、長い年月を掛けて一帯の土壌ごと、非常に豊かなものへと作り替えてしまう。
だからハイエルフの集落がある近辺では、通常の森ではまず目にすることが無いような、飛びっきりの希少素材さえ平然と存在していたりするのだ。
そうした素材を高値で買い取らせて欲しいという話を持ちかけた時、ファランダとメルファルーデの2人はとても喜んでいたのだけれど。内心で一番喜んでいたのは、たぶん提案したユリの方だったと思う。
希少な素材を入手できれば、それだけ『竜胆』の子達が喜んでくれるからだ。
しかも今後は継続的に希少素材だけでなく、ユリが名前さえ知らないような未知の素材なども、ハイエルフの集落から多数届けて貰える約束になっている。
『竜胆』に所属する子達は割と、種族も見た目も性格もバラバラだったりするのだけれど。唯一『職人気質』な性格をしている、という点だけは共通している。
未知の素材を目にした彼女達が一様に目を輝かせ、即座に開発・研究に没頭する光景が、ちょっと目を瞑るだけでありありと想像できる気がした。
(……喜んでくれると嬉しいわね)
『竜胆』の子達が笑顔になっている光景を想像するだけで、ユリの表情は自然と綻んだものになる。
ユリは『百合帝国』の子達の全員を、分け隔てなく愛している。彼女達に喜んで貰えることは、即ちユリ自身の喜びに他ならなかった。
「お疲れさまでした、あるじ様」
神域都市『蓬莱』の離宮へと帰還したユリを、巫女服の少女が出迎えてくれる。
―――『紅梅』の副隊長を務めているミノリだ。
今日の『寵愛当番』でもある彼女に笑顔で出迎えられると、それだけでユリは、身体に堆積した疲労が少しずつ癒えていくような気がした。
「ただいま、ミノリ。わざわざこっちに来て貰ってごめんなさいね」
「いえ、転移門を使えばすぐ来られますから、大したことでは」
今回、ユリは事前に『今日はユリタニア宮殿にではなく蓬莱離宮の方へ戻る』という連絡を、念話でミノリに行っていた。
だからミノリはユリを出迎えるために、わざわざ離宮の方へ来てくれたのだ。
「ところで……今日はどうして離宮へ?」
「疲れたから、靴を脱いで、足を伸ばして休みたかったのよね……」
「あらあら、なるほど」
ユリの回答を聞いて、ミノリはくすりと微笑む。
土足OKの建物であるユリタニア宮殿より、土足厳禁の蓬莱離宮のほうが、疲れている時には不思議と恋しくなるものだ。
「お茶の用意はすぐに出来ますので、どうぞお寛いでいて下さいな」
「悪いわね、そうさせて貰うわ」
離宮の入口近くにある和室に入り、ユリは畳の上にごろんと身体を横たえる。
やはり好き勝手に寝転ぶことができる、和室の部屋というのは良い。
ユリタニア宮殿の応接室などにあるソファに転がるのも悪くは無いけれど。疲労が強い時には、和室の畳の方がより大きな寛ぎを得ることができる。
お盆に2人分のお茶を載せて戻って来たミノリが、床に寝転がって表情を緩ませたユリの姿を見て、再びくすりと笑ってみせる。
「この可愛らしい女帝様の姿を、国民の皆様に『放送』して差し上げたいですね」
「やめて頂戴、私の威厳が一瞬で吹き飛んじゃうじゃないの……」
「きっと代わりに『愛されキャラ』の地位が確立できますよ?」
「いらないわねえ……」
ミノリの言葉に、思わずユリは苦笑してしまう。
精神的にはアラフォーな部分があるユリからすると、自分が『愛されキャラ』になるだなんて光景は、想像するだけ頬が引き攣りそうな気分になる。
「それに、私を愛してくれる相手には、今のところ不足していないのよね」
「ふふ。お慕いしておりますよ、あるじ様。膝枕でも致しましょうか?」
「んー……。膝枕もいいけれど、今は触らせて欲しいかしら」
「あらあら、仕方ありませんね」
ユリの要請を受けて、ミノリがその表情を綻ばせる。
それからミノリは畳の上に身体を投げ出し、ユリのすぐ隣で横になってみせた。
「どうぞ、あるじ様」
「ありがとう、ミノリ」
畳の上で身を寄せ合い、ユリはミノリの耳に触れる。
耳といっても、人間の耳のように顔の側部にあるのではない。『妖狐種』の種族であるミノリの耳は、彼女の頭の上部にぴょこんと飛び出ている。
その三角形に尖った形を確かめるように、もふもふと優しい手触りの狐耳をユリは優しく堪能する。
「ふあぁ……」
すぐにミノリの甘い吐息が、我慢できずに口から零れ出た。
妖狐種にとっての耳や尻尾は大変に敏感な器官であるらしく、ユリが優しく撫でると、『紅梅』の子達は必ずと言って良いほど甘い声を漏らす。
ちなみに妖狐種が耳や尻尾に触れることを許すのは、伴侶にだけだ。
自分だけが触れることを許されているのだと思うと嬉しくて。そこに触れる手つきがより優しく、けれど執拗なものになってしまう気がした。
「……ぁふ、ぁ……。あ、あるじ、さまぁ……」
虚ろな目で―――けれど、何かをせがむような切ない目で。
ミノリから熱く見つめられて、彼女が求めているものをユリは察した。
「あー……。ミノリのお茶を頂いてから、温泉に行こうと思っていたのだけれど。今すぐにお布団を敷いた方が、ミノリは嬉しいかしら?」
「……お布団は、隣の部屋に準備してあります……」
「そう、判ったわ」
準備が既に出来ているのなら、遠慮をする必要は無いだろう。
据え膳は有難く頂戴する性分なのだ。
ユリは『漏奪の絆』というスキルを用いることで、『絆』を結んでいる相手が消耗した分の体力を、自分のものとして吸収・回復することができる。
だからベッドの上で愛を確かめ合う行為は、ユリにとって文字通り『疲労回復』と同じ効果があるわけだ。
今日1日、国主として働くことで身体に溜まった疲労は。それ以上にミノリの身体を深く疲労させることによって、癒して貰うことにしよう―――。
-
お読み下さりありがとうございました。




