249. ハイエルフの集落(後)
「私達が狩猟したドレイクがあなたの国のもので、乗っていた人もまたあなたの国の民だったと言うのなら……。悪いのは完全にこちら側なのでしょう。
ただ一応、弁明だけはさせて貰ってもいいかしら?」
「ええ、聞かせて欲しいわね」
「我々は80余年ほど前に、この集落を征服しようと攻めてきたエルダード王国の軍隊と戦い、返り討ちにしたことがあるのよ。その時に私達は和睦の条件として、王国から『相互不可侵』の約束を取り付けているのだけれど……。
この約束の中では、エルダード王国の兵や民が我々の集落の近くまで来た場合、森の中から矢を射て届く範囲内に限り、自由に殺して構わないという権利が含まれているのよ。だから―――」
「森のすぐ近くを飛行している我が国のドレイクとその騎乗者を、その約束に基づいて『殺しても構わない』対象だと判断したわけね?」
「その通りよ。まさか第三国のものだなんて、考えもしなかったわ」
メルファルーデの話を詳しく聞いてみると。どうやらハイエルフの集落では、最近になって森の近くをいつも同じ時間に飛行するドレイクが居ることや、そのドレイクが人を騎乗させており、明らかに飼い慣らされた個体であることから、これをエルダード王国からの挑発行為だと考えていたそうだ。
『相互不可侵』の約束は、エルダード王国の王族や重臣だけが把握しているものであり、一般市民の知るところではない。
だからメルファルーデ達は、森のすぐ近くを挑発飛行するドレイクの姿を見て、これを『ハイエルフ側に先にドレイクを攻撃させることで、エルダード王国が被害者面を装いながら、再度の侵攻を試みるつもりなのだ』と想定した。
そこまで考えた上で―――敢えて王国の挑発に乗ったつもりだったらしい。
「国を相手に戦うつもりだったなんて、随分と勇敢なのね?」
「これでも腕にはそれなりの自信があるし、森が舞台での戦いなら誰にも負けない矜持も持っていたから。まあ―――あなた達との力の差を見せつけられたことで、自信も矜持も、ポッキリと折られた気分だけれど」
そう告げたメルファルーデは、眉を落としながら苦笑してみせて。
それから―――地面に膝を突き、ユリに対し深々と頭を下げた。
「降参するわ。あなた達と戦っても勝てる気がしないもの。
申し訳無いけれど今回の件、私の首ひとつで収めては貰えないかしら?」
「首なんか要らないわよ……貰っても仕方が無いもの。生憎、女の子の首を部屋に飾って悦に入るような、猟奇的な趣味の持ち合わせは無くてね」
「あらそう? だったら首ではなく、私の身柄ひとつで償うのではどうかしら? これでも私は容貌は悪くないと思うし……あなたの国も、別に女性兵ばかりというわけでは無いでしょう? 臣下にでも下賜すれば、喜ばれると思うのだけれど」
「男に与えるぐらいなら、私が貰うわよ」
「……そういう趣味があるの? 別に私は、集落に咎めがいかないように配慮して貰えるなら、どう扱ってくれても構わないけれど」
「ふむ……」
『百合帝国』の部隊の中でも『黄薔薇』の子達は全員が森林種の種族になるし、『青薔薇』の子達なら烙印種の森林種―――いわゆる『ダークエルフ』らしい容貌を持っている。
更に言えば、側室のユベルもエルフなのだ。だから別に、エルフなら本妻と側室だけで足りているのだけれど……。
とはいえ、この世界の『ハイエルフ』については殆ど知らないから、1人手元に置いておくというのも悪くは無いだろうか。
それに―――わざわざユリのものになっても構わないと言ってくれている子を、手放すのは惜しい。据え膳は有難く頂戴する性分なのだ。
「承知したわ。あなたの身柄ひとつを対価に、我が国の財産であるロフスドレイクと、臣民1名を害した件については不問にする。それで構わないかしら?
但し、この集落にも当国の支配下に入って欲しいという要求は、それとは別にさせて貰うことになるけれど」
「それは当然の要求でしょうね。でも、その辺の話し合いは村長として頂戴」
「………? あなたがこの集落の代表者では無いの?」
最初に『代表者』を求めた時の呼びかけに応じて出て来た以上、当然ユリはメルファルーデのことを、この村の『代表者』だと認識していたのだけれど。
ユリが首を傾げると、メルファルーデは少し気まずそうな表情をしてみせた。
「ハイエルフは実力主義なところがあってね。で、この集落で一番腕の良い狩人は私だから、間違いなく村の意志を纏める代表者ではあるのよ。でも流石に私だと、長役を務めるにはまだ若すぎるから。村の長は別に居るわ。
―――もし騙されたと感じたなら、ごめんなさい。後で私の身体を乱暴に扱って貰って構わないから、それで溜飲を下げて貰えると嬉しいのだけれど」
「なるほど……。確かにメルファルーデは代表者だと名乗り出てはいても、この村の長だとは一言も言っていなかったわね。こちらが早合点しただけなのであれば、責めるのは筋違いでしょう」
「そう言って貰えると助かるわ」
ユリの言葉を受けて、メルファルーデがほっと胸を撫で下ろす。
どうやらユリを騙しているという認識は、少なからず持っていたらしい。
「というわけで、紹介させて頂くわね。こちらがこの集落の長よ」
「ファランダと申します。メルファルーデの母で、村長をしております」
メルファルーデの隣に立っていた女性が、そう告げてユリに頭を下げる。
若々しいメルファルーデとは対照的に、ユリの感覚だと40後半ぐらいの年齢に見える、少しとうが立った容貌の女性だ。もちろんハイエルフの種族である以上、実際の年齢はそれより遙かに高いだろう。
片手に弓を携え、背中に矢筒を背負っていることから察するに。ファランダもまた、ユリ達に攻撃を仕掛けてきた弓使いの1人と見て良さそうだ。
「私は既に名乗っているけれど―――改めまして、ユリよ。百合帝国という国家の女帝をしているわ」
歩み寄ったユリが片手を差し出すと。ファランダと名乗った女性は、何だか不思議そうに、ユリが差し出した手をじっと見つめてみせる。
そのあと―――たっぷり10秒程の間があってから。はっとした様子で、慌ててファランダはユリの手を両手で握り締めた。
「……申し訳ありません。最後に他人と握手を交わしたのなんて、もう何百年も昔のことでしたので。その習慣自体をすっかり失念しておりました」
「あら、まあ……。この集落は、よほど外部との交友が無いみたいね?」
そもそも、まだ『エルダード王国』が存在すると思っている時点で、この集落の閉鎖性については容易に想像できる。
「お恥ずかしながら、その通りです。『魔の森』は深入りさえしなければ、豊富な林産物を供給してくれる、安全な場所です。食べ物や繊維を、潤沢に手に入れることが出来ますので、あまり外部と交友する必要がありませんでした。
またエルダード王国は表向きでこそ禁止しておりますが、国内では奴隷の売買を平然と行っています。下手に交友を持てば、戦闘の訓練を積んでいない集落の住人達が、あちらの奴隷商に拐かされることも充分に有り得ますので……」
「なるほど。こう言っては何だけれど、エルフは高額で取引されそうだものね」
「困ったものです」
ハイエルフの容貌はエルフと全く見分けが付かない。そしてエルフは男女共に、他の人族より優れた容貌をしていることがとても多い種族だ。
ユリの目の前に居る、少しとうが立った年齢のファランダでさえ、その容貌には強く惹かれる男性が数多く居ることだろう。
もし奴隷として売りに出されれば、間違いなく高値が付く筈だ。
「申し訳無いけれど、百合帝国の支配下に入って貰う以上、この集落とある程度の交友関係は持ちたいのよね。その辺りの話を、少し詰めさせて貰えるかしら?」
「判りました。こちらとしても別に、閉鎖的に暮らすことに固執するつもりは無いので、異存ありません。詳しい話については、私の家で行いましょうか」
「ありがとう、ファランダ。お邪魔させて貰うわね。
ああ―――ちなみに私の国では奴隷を全面的に禁止しているし、奴隷商が1人も存在していないことは、国主として保証させて頂くわ。エルフの人達でも、安全に過ごせる国であることも約束する。そもそも私の本妻と側室には、全部で53名のエルフが居るからね。粗雑な扱いなど、断じてさせはしないわ」
そう告げて、ユリはにこりと微笑む。
厳密に言えば、今ユリが挙げた人数の中でも本妻の―――つまり『百合帝国』の子達の種族は『エルフ』ではなく『森林種』なわけだけれど。容貌の特徴に差はないし、同一のものとして挙げてしまっても構わないだろう。
「……驚いた。そんなに沢山の妻や側室を持っているの?」
「ええ、そうよ。本妻が359名に、側室が6名いるわ。一応言っておくけれど、私はちゃんと皆のことを愛しているのよ?」
メルファルーデの問いかけに、ユリがそう即答すると。
驚きと呆れが入り交じった、何とも複雑な表情で。「お、多すぎでしょう……」と、メルファルーデが小さく言葉を零す。
表情豊かなメルファルーデを見て、無意識にうちにユリの表情は綻ぶ。
もしかすると―――側室はすぐ7名に増えるかも知れないと。メルファルーデのことを見つめながら、ユリは内心で密かにそんなことを思っていた。
-
お読み下さりありがとうございました。




