248. ハイエルフの集落(中)
「―――話し合いを望むのであれば、その威圧を解いて貰えないかしら?」
程なくして、ひとりのハイエルフがユリ達の前に歩み出てくる。
綺麗な金の髪をポニーテールに纏めた、綺麗な女性だった。
何と言うか―――スレンダーな体躯といい、ピンと尖った耳といい。非常に判りやすく『エルフ』らしい特徴の外見をした女性だ。
―――いや、もちろん『エルフ』ではなく『ハイエルフ』なのだろうけれど。
彼女は右手に弓を携行しており、背中には矢筒も背負っているけれど。ひとりで前に出て来た辺りから察するに、もう交戦の意志は無いようだ。
「あなたが、この集落の代表者なのかしら?」
「ええ、そうよ。私はメルファルーデ。その頭の中に直接話しかけられるのって、少し気持ち悪いのだけれど……できれば普通に会話して貰えないかしら?」
メルファルーデと名乗った少女は、真っ先にそう『念話』への苦情を口にする。
つい先程まで互いに攻撃を仕掛け合っていたにしては、随分と軽い口調で話してくる女性に、何だかユリは少し気勢を削がれる思いがした。
「それは構わないけれど……。それだとメルファルーデ以外のこの集落の者達に、私が話している言葉が届かなくなるでしょう?」
「ハイエルフの聴覚を舐めないで頂戴。意識を集中させれば、集落内のどこで行われている会話でも、はっきり聴き取ることぐらい出来るわよ」
「……それはそれで、住みにくそうに思えるわね……」
全員の聴覚がそれだけ優れていると、内緒話をするだけでも一苦労に思える。
まあ……陰口のひとつも叩けない環境というのは、ある意味で健全な社会を構築するのに寄与する部分もあるかもしれないが。
「あなたが何を考えているのかは、概ね察しが付くけれど。私達は全員が、程度の差こそあれ『精霊魔法』を扱うことができるからね? 他人に訊かれたくない話をする時には、外部に音を伝えない空間を作れば問題無いわ」
「―――ああ、なるほど」
メルファルーデの言葉を聞いて、ユリは得心する。
風の精霊を操れるなら、その程度のことは造作もないだろう。
とりあえず、ユリは『絆』の確立自体は維持しながらも、念話を利用した会話自体は中断することにした。
全員にちゃんと言葉が届くなら、メルファルーデの言う通り、別に継続する理由も無いからだ。また同時に、要求通り〈支配者の威厳〉スキルもオフにする。
「こちらから先に、お願いと質問を1つずつさせて頂いても良いかしら?」
「どうぞ?」
「悔しいけれど、私達の実力ではそちらの防御魔法を打ち破ることはできないし、そちらの射手の攻撃を防ぐ術も無さそうに思えるわ。だから、我々の力が及ぶ相手で無いことは、素直に認めさせて貰う。
―――それで申し訳無いのだけれど、腕を飛ばされた仲間達の治療だけはさせて貰っても構わないかしら? 治療が遅れると、それだけ再び不都合無く腕が使えるようになるまでに、時間が掛かってしまうのよ」
「その必要は無いわ。セラ」
「はい」
ユリに促されたセラが、その場で携えていた杖を高く掲げた。
『睡蓮』の隊長であるセラは〈聖女〉の職業を持ち、あらゆる神性魔法を使いこなすことができる。
「―――【治癒の神域】!」
いつの間にか詠唱を済ませていたらしく、本来であれば数分は要する詠唱時間を省略して、セラは即座に上位の神聖魔法を行使する。
セラが掲げた杖の先端から眩い光が溢れると同時に、ハイエルフの集落を丸ごと飲み込む広大な神域が展開された。
集落のどこかしこの地面からも、明らかに『神聖なもの』だと判る光が溢れ始めたことに、今も姿を隠しているメルファルーデ以外のハイエルフ達から、酷く狼狽した声が上がる。
「こ、これは一体……?」
もちろん目の前に居るメルファルーデもまた、大層驚いた様子だった。
「治療魔法の一種と思って頂戴。この光の範囲内に居れば、あらゆる怪我や疾病が数秒と掛からず完治するわ。また低位の治療魔法と違って、麻痺などの機能障害が残ることも無い筈よ」
「……仲間の状態を確認してきても?」
「どうぞ」
ユリが許可する言葉を受けて、メルファルーデが先程ヘンルーダが放った矢で腕を吹き飛ばされた人達の方へ、小走り気味に駆け寄る。
『百合帝国』の子達と他愛もない話をしながら、数分ほど時間を潰していると。やがてメルファルーデは、10人程の弓を携えた男女を連れて戻って来た。
「先程の射撃で怪我をした者も、その前の天から降り注いだ矢で怪我をしていた者も、全員が怪我など最初から無かったかのように、回復しているのを確認したわ。
攻撃をしてきた相手にこんなことを言うのも変な気がするけれど―――仲間を治療してくれたことに関しては、素直に『ありがとう』と言わせて貰うわね」
メルファルーデがそう告げると同時に、弓を携えたハイエルフ達が揃ってユリに頭を下げてきた。
感謝をちゃんと表明できる相手というのは、それだけで率直な好意を覚える。
ロフスドレイクと臣民を傷つけられた経緯から、明確に『敵』として認識していたけれど―――。案外、それほど悪い相手ではないのかもしれないと、ユリは心の警戒を1段階だけ緩めた。
「大したコトでは無いから、気にしなくて構わないわ」
「……このレベルの魔法を『大したことでは無い』と言われると、同じレベルの治療魔法を使えない私達としては、立つ瀬が無いのだけれどね」
眉を落として苦笑しながら、メルファルーデがそう言葉を零す。
精霊魔法での治療は、神聖魔法での治療に較べると大きく性能が落ちるものだ。
だから精霊魔法の使い手であるハイエルフ達が、神聖魔法の使い手であるセラに較べて治療能力に劣るなど、ユリからすると当たり前のことにしか思えない。
別に恥じるようなことでは無いと思うのだが―――。
「メルファルーデ。まだ『質問』の方を聞かせて貰っていないのだけれど?」
「ああ、そうだったわね。仲間の治療までして貰っておいて、責めるようなことを口にするのは少し憚られるのだけれど……。
公平な目で判断しても、この集落へ先に攻撃を仕掛けてきたのは、あなた達の側のように思えるのだけれど。先制攻撃を加えておきながら『話し合いを望む』という姿勢を示すというのは、少し無理がないかしら?」
「その『先制攻撃』というのは、私達が空から矢を降らせたことかしら?」
「ええ、そうよ。……単に矢が降ってきただけでなく、奇妙な軌道を描いて集落の仲間達を傷つけてくれたみたいだけれど」
アマテラスの還矢は、当たるべき対象に必ず命中する。
射線上に障害物があれば回避するし、必要に応じてホーミング弾のように追尾もするため、メルファルーデが『奇妙な軌道を描いた』ように思うのはもっともだ。
「言葉を返すようで申し訳無いけれど。我が国が使役するロフスドレイクと、その騎乗者を害した、という意味で言うなら―――先制攻撃を行ったのは、ハイエルフの皆様の方ではないかしら?」
「ロフスドレイク?」
「昨日、人を乗せて飛行している竜を、射落とした記憶が無いかしら?」
「………………あるわね」
非常に気まずそうな表情をしながら、メルファルーデがそう答える。
アマテラスの還矢がこの集落に住む者を射貫いたことから、ロフスドレイクを殺した犯人が、ハイエルフ達であることは既に判明している。
もしここで偽りを述べるようであれば、ユリは先程覚えたハイエルフ達に対する好意を、立ち所に忘れたことだろう。
けれど―――メルファルーデは、ユリの言葉を肯定してみせた。
不都合な事実でも認められる心根に、ユリはまたひとつ好意を覚える。
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お読み下さりありがとうございました。
誤字の修正が遅れており申し訳ありません。指摘を頂いている古いものから順に、反映させていこうと思います。




