25. 異世界YouTuber
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―――春月の23日。
『百合帝国』がニルデアの都市を占領してから、今日で2週間が経過した。
今のところニルデアの都市運営は問題無く行えているように思える。
治安状態もかなり良好で、都市で警邏をしてくれている『撫子』が召喚した従者の子達が言うには、殆ど仕事が無いので街中を散策している気分になるらしい。
警邏として『メイド』が歩き回っているというのは、最初こそ都市内に住む人達から驚きをもって受け止められていたのだけれど。今となってはすっかり受け容れられて、従者の子達と市民の人達との間で雑談等を交わすことも多いらしい。
もちろん、それはそれで大変結構なことだとユリは思う。
ユリは別に、市民に対して威圧的に在りたいとは思わない。統治者と市民側とで友好的な関係を築けるならば、それに越したことは無いと思っている。
撫子の従者である可憐なメイド少女達が、是非『百合帝国』とニルデア市民との架け橋となってくれることを期待したい所だ。
ちなみにニルデアの都市の治安が良好なことには、ユリが今も都市全体を【空間把握】の魔法で監視し続けている寄与が大きい。
【空間把握】の魔法を行使した術者は、範囲内に存在する人物や物品の情報を全て得ることができるわけだけれど。この際に手に入る『人物の情報』には、市民の個人情報もある程度含まれている。
例えば、効果範囲内に居る人物の年齢や性別、職業、家族構成、結婚歴、出生地などのような情報を纏めて看破することができるし、他には過去の犯罪歴なんかも全て詳らかにしてしまうのだ。
犯罪には常習性がある。一度も罪を犯したことが無い物が手を出すことよりも、過去に罪を犯した経験を持つ者が繰り返すことの方が圧倒的に多いものだ。
とりわけ殺人や暴力のように相手の生命を大きく侵害する犯罪は、一度でも経験してしまえば再犯の心理的ハードルが大きく下がってしまう。
なのでユリは『黒百合』の子にお願いして、過去に殺人や相手を重傷にする程の暴力を振るった経験を持つ者を、全て秘密裏に都市から排除した。
重犯罪の経験者に更生など期待しない。彼らに情けを掛けるほどユリは善人ではない。―――それどころか『極悪』でさえある。
ニルデアの治安が悪化すれば、困るのは統治者であるユリの側だ。なので面倒な犯罪の芽を予め摘んでおくことにも、抵抗は一切感じない。
ユリは3日前から、統治者として2つの施策を進めている。
1つはニルデアの都市周辺に存在する魔物の『駆逐』を開始したことだ。
この世界は『アトロス・オンライン』のゲーム内とは異なり、倒した魔物が同じ地域の中で即座に再出現するわけではない。
なので討伐した魔物は暫くの間『不在』の状態となり、姿を消すことになる。
とはいえ、倒した魔物が二度と再出現しない、というわけではない。数日前に『ロスティネ商会』のルベッタから受け取った報告によると、魔物に関してはこの世界で広く知られている事実が幾つかあり、その中のひとつに『季節が変わると魔物は通常の個体数まで生息数を回復する』というものがあるそうだ。
今は『春月23日』なので、暦が来月の『夏月』に進むと討伐した魔物が一斉に復活してしまうらしい。各月は『40日』までなので、いま魔物の駆逐を進めても18日後には復活してしまう計算になる。
遠からず復活されると判っていながらも魔物の『駆逐』を開始したのは、領主館の中で『百合帝国』の子達があまりに暇そうにしているからだ。
忙しくしているのは建築部隊の『桔梗』と生産部隊の『竜胆』だけ。あとは忙しいという程ではないけれどメイド部隊の『撫子』にも何かと働いて貰っている。
けれど、それ以外の子達には退屈そうにしている子も多い。
『百合帝国』には12の部隊があるが、そのうち9つはガチの戦闘部隊である。逆に言えば戦闘以外はあまり得意ではなく、都市運営に注力している現状下では、特に担当させていることも無いのだ。
なので暇をしている子達には纏めて、ニルデア周辺の魔物討伐をお願いした。
もちろん討伐する以上は素材も回収しておきたいので、出撃の際には『撫子』を1人同行させるように指示した上でだ。
『百合帝国』の子達に駆逐させることで、どのぐらい周辺に生息する魔物の数を減らすことができるのか、ユリ自身に興味があったのも理由のひとつだ。
結果から言えば―――駆逐を開始させた翌日のうちにはもう、少なくともニルデアの都市近辺からは魔物の姿が一切確認できなくなった。
ニルデアの近辺に生息する魔物は『百合帝国』の面々からしてみると雑魚ばかりなので、どうやら駆逐するスピードも相当に早かったらしい。
都市の周辺から魔物が消えた事実に、最も早く反応したのはニルデアに住む農民の人達だった。
ニルデアの農地は都市の外にあり、農民の人達は常に魔物から襲われるリスクと戦いながら作物を育てている。しかも魔物は人を襲うだけでなく作物を荒らすこともしばしばあるので、農民の人達が魔物から受けている被害は深刻だ。
ところが―――ある日、都市近隣の畑から『百合帝国』の兵士が魔物を狩っている姿を農民達が見ていたかと思うと、翌日には嘘のように魔物の姿が綺麗さっぱり消えてしまった。
農民の人達はこの事実に大喜びして、ニルデアの都市を巡回する警邏の子達に、女帝へ感謝を伝えて欲しいと何度も何度も訴えかけたそうだ。
当然そのことは警邏を勤めている従者の子から『撫子』に、そして撫子からユリへと伝わる。別に彼らのためを思って『駆逐』を始めたわけでは無いけれど、喜んで貰えた事実はユリにとっても嬉しかった。
農民より少し遅れて、魔物の姿が消えたことは商人達からも大層喜ばれた。
ニルデアの都市周辺から魔物の姿が消えれば、当然ながらニルデアと他の都市とを行き交いする荷馬車の安全度も上がることになるからだ。
商人達はこぞって、最近『百合帝国』の御用商人となった『ロスティネ商会』と『トルマーク商会』に感謝の意を伝えたらしい。
もちろんその事実は、ルベッタとアドスから毎日のように受け取っている報告書の中へ記される形でユリへと伝わる。
即座にユリは、この魔物の討伐を来月以降も継続することに決めた。
奇しくもこの施策を継続することで、農民と商人、二つの職業に就いている人達から支持を得られる、一挙両得の効果が証明されたからだ。
……部下の暇つぶし目的で始めたことが、まさかこんなにも成果を上げるとは。もちろんユリ自身も全く予想だにしていないことだったが。
あと『魔物の駆逐』とは別に、もう1つ3日前から始めた施策がある。
いや―――これについては『施策』だなんて大層なものでも無いのだけれど。
ユリは3日前から毎日、夜の帳が降りたぐらいの時間帯になるとニルデアに住む市民に向けて『念話』を行うようになった。
これはユリの元に毎日届けられている報告書の中で、ルベッタとアドスの二人から『念話』の機会を増やすよう強く推奨されたからだ。
今までニルデアでは。―――いや、おそらくはニルデアに限らずこの世界のどの場所であっても。市民にとっては国を治める王の姿や、都市を収める領主の姿は、せいぜい祝祭の折に遠目から眺める機会があるかもという程度のものだった。
―――王や領主は、市民とは別の世界の存在。
それが当たり前のことだと、誰もが思っていたのだ。
ところがユリが行った『念話』が、ニルデアに住む市民の常識を崩壊せしめた。
念話により、ニルデアの市民は統治者であるユリの声を直接聞くことができた。しかも最近の念話では声だけでなく、その姿まではっきり見えるようになった。
ルベッタとアドスの報告書によると、この事実が市民に対して大きな衝撃を与えたのは間違いないそうで。今までの『会えないのが当たり前』の王や領主などよりも遙かに、ユリに対して親しみを覚えてくれているらしい。
(良く判らないけれど……。会えもしない大手のアイドルよりは、実際に会いに行ける劇場アイドルに親近感を覚えるようなものかしら?)
その話を聞いたユリは、何となくそんなことを思ったりもした。
ルベッタとアドスが言うには、別にニルデア市民に対する連絡事項が何も無くとも良いので、もっと積極的に『念話』を行った方が良いとのことらしい。
それこそ可能なら毎日でも行うべきだ、とさえ報告書の中には書かれていた。
夜になり、辺りが暗くなって外出が不可能になると、都市に住む市民にはあまり娯楽が無いらしく。その為、ユリからの『念話』が来るのを楽しみにしている市民が、信じられないことに結構な数居るらしいのだ。
本当かどうか疑わしい―――とは内心で思いつつも。ユリは二人が勧める通り、3日前から日が暮れて間もない頃を見計らって『念話』を送信するようになった。
いや、4日前にも『明日からニルデアの都市にある3箇所の広場で、魔物の肉が安価で食べられる屋台を始める』旨の宣伝念話を宵に行ったので―――正確には、この時間帯に念話を行うようになったのは4日前からになるだろうか。
3日前の夜には、既に市民に通達してある『新しい都市』の建設について、現在の進行状況を説明する念話を行った。
『アトロス・オンライン』のプレイヤーは誰でも最初から〈録画〉というスキルを修得しており、このスキルを行使すると自身の視界で捉えた映像を記録しておくことができる。
記録した映像はゲーム内の掲示板に動画として投稿したり、他のユーザーの不正行動をGMに報告する際に利用できるわけだ。
もちろん念話に付属させる『映像』として活用することもできる。なのでユリは昼間の明るいうちに『桔梗』が建設中の新都市の真上を飛行し、上空からの映像を記録しておいたものを念話と共に市民へ送信した。
建設中の新都市にはまだ建物こそ全く無いけれど、街路や水路、鉄道といった部分は既にほぼ完成しつつある。
水路で綺麗に区画整理された新都市はとても魅力的に映ったそうで、早くも市民からは引っ越しの日を期待する声が上がっているらしい。
2日前の夜には、領主館のすぐ目の前にある中央広場から念話を行った。
広場で経営されている屋台の中には夜間も営業しているものもある。ユリがそう求めたのではなく、寡婦の人達が売上目的で自主的に夜も営業しているのだ。
ユリは『ロスティネ商会』のルベッタを呼び出し、彼女と一緒に夜も営業している屋台を二人で食べ歩く姿を、念話として送信した。
やってることは、テレビ番組の食べ歩きをライブ中継しているのと同じことだ。
念話の反響はかなり大きかったようで、たちまちその日の夜から屋台を利用する客が急増したそうだ。お陰で屋台の売り上げがかなり伸びたと聞いている。
昨日の夜には―――もう何を念話として流せば良いのか皆目判らなかったので、とりあえず楽器を演奏した。
『アトロス・オンライン』ではゲーム内に実用性が全く無いスキル、つまり戦闘や生産では全く役に立たないスキルも大量に実装されていて、そうしたものは大抵ガチャの景品や課金アイテムから修得することができる。
どんな楽器でも演奏できてしまう〈楽器演奏〉のスキルを修得するアイテムは、それなりの頻度でガチャの『ハズレ』景品に設定されていたので、例によってユリは大量に所持していた。なのでユリを含めた『百合帝国』のほぼ全員が、無駄に楽器を弾くスキルを有していたりする。
『撫子』の収納領域から引っ張り出してきたギターラを使い、ユリは単身で歌謡曲の演奏を2曲披露した。また、ちょうど執務室の近くにいた『青薔薇』のポルックスを部屋の中へ引っ張り込み、彼女と一緒に『アトロス・オンライン』のゲーム内で楽譜が入手可能だった、著作権切れのスタンダードジャズの曲を2曲披露した。
この念話に関しては、市民からの反応も悪くなかったらしいけれど、それ以上に『トルマーク商会』の会頭であるアドスからの反響が凄まじかった。
商会で芸術品を多く扱う彼からすると、『音楽を放送する』こと自体に大きく衝撃を受けるものがあったらしい。『是非週に1度ぐらい演奏をお願いします!』と報告書の中に大きく記されていたのを見た時には、流石に苦笑してしまった。
「……今夜の念話では、一体何を流せばいいかしら……」
机に突っ伏しながらユリは大いに頭を悩ませる。
ユリは内心で静かに、けれど痛烈にひとつのことを思う。
どうして私は―――異世界まで来たっていうのに、まるで日々の動画のネタ出しに苦労するYouTuberみたいな状態に陥っているのだろうか。
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お読み下さりありがとうございました。




