244. 面倒事
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2~3日中にはそれなりの情報が集まるだろうというユリの推測は、いとも簡単に覆された。
ユリがギルドチャットを通じて情報収集を命じた3時間後にはもう、『撫子』の手によって、既にある程度の情報が集められつつあったからだ。
『撫子』隊長のパルティータから、ユリは執務室で報告を受ける。
「ご主人様は『ヨース』の都市の位置を把握しておられますか?」
「……正直うろ覚えかしら。百合帝国にある都市のひとつで……旧エルダード王国領の、北の方にあった都市のような気がするけれど」
「流石です、ご主人様。ヨースは旧エルダード王国領の中でも、最も北に位置する都市になります。もちろん現在の百合帝国の国土でも、最北の都市になりますね」
旧エルダード王国領は『大森林』の南側に広がる、東西に長く延びた国土がその大半を占めているが。東側の一部は『大森林』が途切れた先にあるため、北側にも国土を伸ばしている。
ヨースはその北側に伸びた国土の中でも、最も北に位置する都市らしい。
「百合帝国の都市の中では、首都のユリタニアから最も遠い都市だったりする?」
「その認識で合っております。もちろん『空輸』の拠点である蓬莱の都市からですと、より遠くなりますね。それに蓬莱からヨースへは直線距離で飛ぶことができませんので、少し遠回りをする必要もあります」
「……直線距離で飛べない? どうして?」
「真っ直ぐに飛ぶと、途中で『大森林』の上空を通ってしまいますので」
「ああ、なるほど……」
ロフスドレイクはそれほど強い魔物ではない。なので道中で『駆逐』から漏れた魔物に襲われると、逃げられず落とされる事態も充分に有り得るのだ。
だからルベッタが経営する『蓬莱空運』では、ロフスドレイクの乗り手を募集する際に『レベル40』という条件を付けている。この程度のレベルがあれば、飛行中のロフスドレイクから落下してダメージを受けても、まず大丈夫だからだ。
但し、安全が見込めるのは『落ちた先が普通の土地』である場合だけだ。
人族の身体を病に冒す『瘴気』が溢れており、またレベルが高い魔物も多く棲息する『大森林』の中へ落ちれば、当然無事では済まないだろう。
なので『蓬莱空運』では万一に備えて、原則『大森林』の上空は飛行しないことになっている。安全を重視して、必ず森を迂回する空路を取るわけだ。
まあ、実際には『大森林』の外縁部には『瘴気』も無ければ魔物も居ないので、特に危険は無いらしいのだけれど。
ロフスドレイクは空を飛ぶ魔物の中では遅めとはいえ、一応時速80kmぐらいまでなら出せるから。安全を重視して森全体を回避しても、さほど飛行時間が増えることにはならないのだ。
「ヨースの都市の位置と、蓬莱からの空路については判ったけれど。
それで―――未帰還のロフスドレイクについては発見できているのかしら?」
「はい、既に発見出来ております。ヨースの都市から南南西に11kmの地点に、ロフスドレイクの骸が落ちておりました」
「死因は?」
「矢傷です。ロフスドレイクの身体に30本以上の矢が突き刺さっておりました。また、トドメを刺す目的かと思われますが、槍で刺突された形跡も2箇所ほど確認できております」
「……事故死の可能性は無くなったわね」
大量の矢が突き刺さっていたとなれば、それが人族の手によるものであることは明らかだろう。
一応、人族に近い身体を持つ魔物という可能性も無いではないが。現時点では、まだその手の魔物が付近に出るという報告は受けていない。
ゴブリンぐらいなら出るらしいけれど。流石にゴブリンが放つ矢では、ロフスドレイクを射落とすことは出来ないだろう。
「ロフスドレイクの骸に、何か不審な点はあるのかしら?」
「明らかにおかしい点が1つございます。現地に落ちているのはロフスドレイクの死骸だけで、騎乗者の死体がありません」
「つまり、乗り手はまだ生存している可能性が?」
「いえ。すぐ近くの地面にロフスドレイクとは別の血痕が、大量に付着しているのが確認されております。残念ながら出血量から判断して、騎乗者の方も殺されているのは間違いないかと」
「そう……」
国民には無事であって欲しいものだけれど、残念ながら望みは無いようだ。
はあっ、とユリは大きな溜息をひとつだけ吐いて、気持ちを切り替える。今は落胆するより、まず国主として必要な判断と指示を行うべきだろう。
「犯人の目星は付いている?」
「騎乗者のものと思われる血痕が、森の側へ点々と続いておりました。死体が森へ持ち去られたものと思われますので、『大森林』の外縁部に住む、エルフか何かの犯行では無いかと考えております。
現在『撫子』から24名を差し向けて、森林外縁部の調査を行わせております。すぐに追加の情報も入ってくるかと」
「手際が良くて助かるわ。……ああ、良ければ私の使役獣のシルフを、現地に1体連れて行って貰えるかしら?」
「承知しました。このあと応援で12名を追加派遣する予定なので、シルフを伴うよう命じておきます」
使役獣を向かわせれば、現地を『転移ポイント』に登録することができる。
ヨースの都市へは『転移門』で飛べるから、そこから移動しても大した手間では無いのだけれど。どうせなら現地へ直接飛べる方が何かと便利だろう。
「改めて確認させて貰うけれど、矢が刺さった儘のロフスドレイクの死骸が、今も現地には残っているのよね?」
「はい、特に撤去の指示などは出しておりませんので、間違いないかと」
「それなら犯人を割り出すのは簡単ね。パルティータ、悪いけれど今から『蓬莱』に行って、アマテラスに協力を求めて来て貰えるかしら。
一通りの事情を説明した上で『誓約をお願いしたい』と言えば、多分すぐに察して貰えると思うから」
「ああ―――なるほど。確かにそれならば、すぐに犯人が割り出せそうです。
承知致しました、直ちに協力を要請して参ります」
「お願いね」
執務室から出て行くパルティータの背中を、ユリは見送る。
(……案の定と言うべきか、やっぱり面倒事になったわね)
執務室のドアが閉められた後に、ユリはそう思いながら二度目の溜息を吐いた。
何にしても、百合帝国の民が害された以上、もはや看過できることではない。
首魁に然るべき報いを与えるべく、本件は徹底的にやるべきだろう。
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