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百合帝国  作者: 旅籠文楽
1章 -

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243. 平穏への切望

 


     [1]



 【調温結界】で気温を管理されているユリタニアの都市内に居ると、あまり実感が伴わないけれど。『夏月1日』の今日から、季節は『夏』のものへと変化した。

 この世界では徐々に暑くなるのではなく、暦が『夏月』に入った当日から一気に夏本番の暑さが押し寄せてくる。だから結界の外で活動する農家の人達や、荷馬車を走らせる商人の人達は、すぐに暑気と戦う日々が始まったことだろう。


 大変だとは思うけれど、こればかりは我慢して貰う他ない。

 都市か村落の中に入れば涼める筈なので、熱中症を回避する為にも、適度に休息を取って貰うよう『放送』で周知しておくのが良さそうだ。


「―――並べて世は事も無し、ね」


 例によって午前中は執務室に籠り、各所から寄せられた報告書に目を通しながらユリはそう安堵の息を吐いた。

 余所の国家から魔物が侵入してきたり、支援しようとしたら戦争に発展したり、竜の群れが突如として集まってくる―――などという面倒事は、当たり前だけれど無い方が良い。

 ……というか改めて思い返してみるに、ここ最近の百合帝国の境遇は、あまりに酷過ぎはしないだろうか。

 いわゆる『運の良さ』に直結する[加護]の能力値は、ユリは極めて高い方だと思うのだけれど。なのにどうしてこうも面倒事が続いているのだろう。


(一度、厄落としでもして貰うべきかしら……)


 はあっ、と大きな溜息を吐きながら、ユリはそんなことを思う。

 高天原の主宰神であるアマテラスに直接行って貰えば、覿面の効果が得られるかもしれない。あるいは、真面目に一考してみるのも良いだろうか。


 何にしても―――望ましいことに、現在の国家は平穏を保っているようだ。

 アネカ共和国との『交易』は順調に行われている。

 やはり安全に高速で利用できる交易路を敷設し、気軽に都市間を移動できるようになった効果は大きく、百合帝国を拠点に活動する少なくない商人が、悪地都市へ頻繁に足を運んでいるようだ。

 残念ながら往路はともかく、復路に積み込める特産品の種類があまり多くは無いから、商人達の興味はそれほど長続きしないかもしれないけれど。それでも悪地にある2つの都市の状況は、今までよりずっと良いものになるだろう。

 少なくとも、味気ない食事しか選ぶ余地が無い、ということは無くなる筈だ。


 交易路に関しては、現在はユリタニアから西に敷設しており、ニムン聖国との交易がより快適に行えるよう改善して貰っている。

 もしアルトリウスが要請してくるようであれば、『薔薇』の名を冠する3部隊には、そのままニムン聖国内の交易路の整備に着手して貰うのも良いだろう。

 現地用に調整済の馬車なら、砂漠の交易路を問題無く走ることができるけれど、やはり普通の土地に較べると走行速度はかなり落ちてしまうと聞く。


 『薔薇』の子達が精霊魔法や魔術を駆使して造る交易路なら、砂漠の中にあっても馬車が快適に利用できる状態を保つことができる筈だ。

 良質な交易路が整備されていれば、ニムン聖国の西部にある都市や村落から、交易品を運んでくることも容易になる。

 あるいはその更に先にあるレイピア王国の都市・村落さえ、陸路交易の射程圏内に入るかも知れない。もしそうなれば、百合帝国にも充分な利益が見込めそうだ。




 報告書を読みながら、ユリがそんなことを考えていると。

 ―――不意に、執務室のドアが二度ノックされた。


「どうぞー?」


 ドアの向こう側にも聞こえるよう、声をやや強めに張り上げてユリが告げると。

 すぐにドアが開かれ、メイド服を纏ったひとりの少女が姿を見せる。


「失礼します、ご主人さまぁ」


 やや甘い声でそう答えながら入って来たのは、カノンだ。

 カノンはメイド部隊の『撫子』に所属する子で、副隊長の1人でもある。


「どうしたの、カノン? 今日の寵愛当番……では無いわよね?」


 愛する子と熱情の夜を過ごした記憶というのは、褪せることがない。

 昨年の秋に、既にカノンとは一夜を共に過ごしていることを、ユリは今でも鮮明に覚えていた。


「ルベッタさまから報告書が来ておりますので、お持ちしましたぁ」

「うん……? 今日の分のルベッタからの報告書は、既に貰っているわよ?」


 先程ユリが『アネカ共和国との交易が順調に行われている』ことを知ったのは、まさにルベッタからの報告書を読んでのものだ。


「こちらは追加の報告書だそうですぅ。早めにお知らせしておきたいことがある、とかでつい先程ロスティネ商会の方から持ち込まれましたぁ」

「あら、そうなの? 持ってきてくれてありがとう、カノン」

「お役に立てましたなら何よりですぅ。お茶などの不足はありませんかぁ?」

「ええ、今の所は大丈夫よ」

「判りました。それでは失礼しますねぇ」


 カノンが退室した後、早速ユリは報告書に目を通してみる。

 おそらくこの報告書は、ルベッタの手によって取り急ぎ認められたものだろう。報告書の文章は、普段の彼女が記す綺麗な字体よりも、明らかに乱れていた。


 報告書の中には―――昨日の午前中に『蓬莱』を出発したロフスドレイク1体とそれに騎乗していた者が、今も帰還していない事実が簡潔に綴られていた。

 ロスティネ商会の子会社に相当する『蓬莱空運』では、毎日午前と午後の2度に渡って、百合帝国の国内にある各都市に向けてロフスドレイクを飛ばし、必要な荷の『空輸』を行っている。

 ルベッタの追加報告書によると、昨日の午前中に旧エルダード王国領に存在する『ヨース』という都市に向けて出発したロフスドレイクとその騎乗者が、現在もまだ戻っていないそうだ。


 出発したロフスドレイクがすぐに戻らないこと自体は、それほど珍しくもない。

 風が強く吹いている時はロフスドレイクの飛行が乱れるし、雨が強く降っている中を飛べば、ロフスドレイクはともかく騎乗者の体力消耗が激しくなる。

 だから飛行に向かない天候の時には、騎乗者の判断で『蓬莱』への帰還を数日までなら遅延しても良いことになっていた。


 但し―――今回の場合は、昨日の午前中に『ヨース』へ出発したロフスドレイクがまだ帰還していないにも拘わらず、昨日の午後に『ヨース』へと出発したロフスドレイクのほうは、既に帰還済なのだという。

 空路というのは、基本的に出発地と目的地を直線で結ぶルートを取る。

 当然ヨースへ往復するルートも一致したものになるから、後発のロフスドレイクが既に帰還しているにも拘わらず、先発側が未帰還というのは奇妙な話だった。


(騎乗者の怠慢(サボり)でなければ、何か事故があったか、それとも―――)


 ユリは頭の中で幾つかの可能性を思案してみるけれど。とはいえ、未帰還という事実だけから想像をいかに膨らませたところで、当て推量の域を出ることは無い。

 まともな推測を行うには、事態を把握するための情報がもっと必要だ。


 すぐにユリはギルドチャットを通して、ルベッタから受け取った報告書の内容を『百合帝国』の子達へ周知し、同時に『撫子』へ本件の調査を命じる。

 諜報能力に優れる『撫子』に任せておけば、2~3日以内にはそれなりの情報が集まることだろう。


(……これが厄介な面倒事に、発展しなければ良いのだけれど)


 ユリは心の中でひとり、そうごちながら切望する。


 過去の教訓から、この手の願いは多くの場合、虚しくも叶うことが無いのだと。

 そう知ってはいても―――願わずにはいられなかった。



 

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お読み下さりありがとうございました。

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