242. サンドイッチ
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3年目の春が早くも終わろうとしている『春月39日』。
この日の正午より5分程前、ちょうどユリが今日の昼食をどこで食べようか考えていたタイミングになって、執務室に珍しい来客があった。
「突然お仕事の邪魔をしてしまってごめんなさい、ユリ陛下」
―――イロリナだ。
彼女は部屋に入るなり、まず真っ先に頭を下げてみせた。
「大丈夫よ、今朝の分の仕事はつい先程終わった所だもの。
何か私に用事があるのなら、何でも言ってくれて構わないわよ?」
「あ、えっと、用事というか……。ユリ陛下は今日の昼食はお決まりですか?」
「いいえ? 宮殿の食堂で食べるか、それとも視察も兼ねて屋台でも利用するか、どうしようか迷っていたところね」
「それでしたら、ちょうど良かったです! サンドイッチを作って来ましたので、よかったら食べてみて頂けませんか?」
そう告げて、イロリナは両手で携えていた籠をユリのほうへ差し出してみせた。
「あら。わざわざ私の為に、作ってくれたの?」
「はい! ……お口に合うかはわかりませんが」
「あなたが私の為に用意してくれたものが、美味しく無いわけないでしょう?」
もし仮にそうであったとしても、ユリは迷わず「美味しい」と感想を口にすることだろう。それも、偽りなどではなく単純な本心から。
どんな味であったとしても、あるいは毒が中に入っていようとも。好意を抱いている女の子から貰えたものなら、ユリは笑顔で美味しく頂く自信があった。
「料理はあまり得意ではないので……。本当に挟んだだけのものなのですが」
恐縮気味にそう告げながら、イロリナが籠の蓋を開けると。籠の中には一杯に、ぎっしりとサンドイッチが詰まっていた。
イロリナは『挟んだだけ』と言ってみせるけれど。実際に作ってみると判るが、サンドイッチというものは意外に作るのに時間も手間も掛かる料理だ。
この量を用意したのなら、それこそ2時間ぐらいは掛かっているだろう。
というか、2人で食べるには少し多過ぎる量にも見えるけれど……。イロリナは小柄な割によく食べる方なので、このぐらいでちょうど良いのかもしれない。
執務机からソファのほうへと移動してから、早速ユリはそれを頂いてみる。
パンはアネカ共和国で作られたものだろうか。やや黒っぽい色をした固いパンではあるけれど、そのぶん薄めにカットされていた。
具材は様々な種類が用意されているようだけれど、とりあえずはお腹も空いていたので、野菜とベーコンが挟まれた食べ応えがありそうなものを口にする。
囓ってみると、パンとベーコンの香ばしい風味と共に、野菜の瑞々しい味わいが感じられて、とても美味しかった。
サンドイッチという割にパンは硬めだけれど、固すぎるという程ではない。
適度に食べ応えが伴う程度なので、むしろこれはこれで有りだろう。
「ああ―――とても美味しいわ、イロリナ」
「ホントですか? ありがとうございます!」
ユリの言葉を受けて、嬉しそうに表情を緩めてみせるイロリナ。
お礼を言うべきなのは、こちらのほうなのに。満面の笑顔で感謝を口にされてしまったものだから、少しだけユリは戸惑ってしまう。
「私ひとりでは食べきれないから、一緒に食べましょう?」
「はい!」
〈インベントリ〉からお茶のボトルとカップを取り出し、ユリは2人分の飲み物をテーブルの上に用意する。
残念ながら〈侍女の鞄〉スキルでの保管とは違い、〈インベントリ〉に格納アイテムの状態を保存する機能は無いから。もちろんお茶は常温に戻ったものだ。
「このサラダのも美味しいわね。挟んでいるのは何と言う野菜なのかしら?」
2つ目のサンドイッチを口にしながら、ユリはそう問いかける。
きゅうりに似た野菜が挟んでいて、味わいと食感が心地良くて美味しい。
ユリがそう問いかけると、すぐにイロリナは教えてくれた。
「クラットというものです。ニムン聖国のお野菜なんですよ」
「そうなの? 砂漠で育つのかしら?」
「いえ、流石に砂漠では育ちません。でも暑い場所でも大丈夫ですし、あまり雨が降らないような土地でもすくすく育つと聞いています」
「よく知ってるわねえ……」
初対面の時にも思ったが、イロリナはスポーツ少女のような健康的な体躯をしている割に、意外に利発というか、聡明な部分がある子のように思える。
同盟国の野菜についてちゃんと把握しているというのは、ユリからすると普通に感心できることだった。
サンドイッチというものは、食べ始めると手が止まらなくなる。
続けてユリは、卵を挟んだサンドイッチにも手を伸ばした。
現代人からすると『卵のサンドイッチ』と聞けば、まずタマゴサラダを挟んだものを想像するだろうけれど。イロリナが用意したサンドイッチは、どちらかというと『卵焼き』が挟んであるのに近い食感と味わいがした。
この世界ではマヨネーズを見かけたことがないし、そもそも卵は熱を通してから食べるのが普通だ。だから案外こちらでは『卵のサンドイッチ』と言えば、これが普通なのかもしれなかった。
「卵のサンドイッチも美味しいわ。何か卵の中に入れてあるわね?」
「ありがとうございます。食感が良くなるかなと思って、トウモロコシを入れてみました。甘めの味付けにすれば合いそうにも思えましたので」
「なるほど……。お世辞抜きで、とてもよく合っていると思うわ」
卵焼きなら日本で暮らしていた頃も、こちらの世界に来てからも、何度も作っているけれど。ユリは中に何か具材を入れる、というのはしたことが無かった。
―――何となく、邪道なことのように思えたからだ。オムレツにするのであればともかく、卵焼きは塩か砂糖、出汁程度で味を加えれば充分だと考えていた。
でも、こうして実際に食べてみると。なるほどイロリナの言う通りトウモロコシを加えた卵焼きというのは、食感が楽しくてとても美味しく感じられる。
美味しいというのは正義だ。その時点で、邪道も何もあろう筈が無い。
「ユリタニアは色々な食材が市場で簡単に手に入って、とても便利な都市ですね。トウモロコシはびっくりするぐらい安かったですし、卵はお値段は普通ですけど、味のほうが凄く美味しくて……」
「ふふ。そう言って貰えると、やっぱり国主としては嬉しいわね。
トウモロコシはユリタニアの近くにある『エラート』という村から、収穫されてすぐに運ばれてくるから、年中いつでも新鮮なものが市場で手に入るのよ」
「えっ。年中、なのですか? ……そういえば、トウモロコシって主に夏に採れるものですよね。まだ春なのに、こんなに安く手に入るなんて……」
「ええ。【調温結界】を活用すれば、季節を問わず作物を育てるなんて、造作もないことだからね」
『エラート』は農業に特化した村落で、主に燕麦とトウモロコシを育てている。
その農地の大半は【障壁結界】と【調温結界】で保護していて、魔物の脅威から保護すると同時に、畑を作物ごとの生育に最も適した気温に管理している。
トウモロコシは採れた直後が最も美味しい『旬』とされる穀物だ。通年『旬』の状態のものが安価で安定して手に入るというのは、結構な贅沢かもしれない。
ちなみに『エラート』の村落では、以前は小麦や豆類なども育てていたらしいのだけれど。現在は農地の大半が燕麦かトウモロコシのものになっている。
どちらも飼料として優秀な作物なので、纏まった収納が必要となるからだ。
燕麦は馬の飼料として優秀なので、馬の飼育・繁殖をメインに行っているコルトでその多くが活用されており、トウモロコシは豚や鶏の飼料として優秀なので、アマテラスの神使であるニワトリを多く飼育する蓬莱の都市や、畜産をメインとするノトクの村落で活用されているわけだ。
「すぐにアネカ共和国の都市でも、トウモロコシや良質な卵が手に入るようになると思うから、楽しみにしていて頂戴ね」
「わあ……! それは、すっごく楽しみです!」
ユリの言葉を受けて、イロリナがその表情を輝かせた。
百合帝国とアネカ共和国は、距離自体はとても近い位置にある。
だから荷馬車が高速で走れる交易路を両国に普及させ、また『空輸』も活用していけば、百合帝国の様々な食料をアネカ共和国の全ての都市に行き渡らせることは充分に可能だろう。
イロリナがそれを喜んでくれるなら―――全力で取り組んでみても良い。
少なくともユリにとって、それは労働の対価として充分なものだった。
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