24. 屋台試食会(後)
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結論から言えば『試食会』は大好評で、大変な賑わいとなった。
沢山の屋台が広場に集結し、それぞれに違った肉料理を提供するという試みは、ニルデアの市民の好奇心と舌を大いに満足させたようだ。
実を言えばユリには少なからず(全部の屋台が肉料理ってどうなの……)という不安もあったのだけれど。結論から言えば、それは杞憂であったらしい。
そもそもニルデアの人達は、肉料理を食べられる機会自体が少ない。
魔物が蔓延るこの世界では『畜産』があまり積極的に行われていないのだ。
家畜を放牧できる広大な土地を望めば、魔物に襲われるリスクとの戦いになる。逆に魔物を回避するためにニルデアの都市のような防壁のある場所を望めば、当然狭小な土地となるため放牧は不可能で、家畜を育てるために大量の飼料を用意しなければならなくなる。
リスクやコストが価格に転嫁されてしまうため、牛や豚などの家畜肉でさえ、庶民にとっては決して安価なものではない。
ましてそれ以上の高級食材である魔物の肉など、余程の特別な日にだけ用意するご馳走の類でしかないのだ。
そんな世界で、広場に沢山並べられた沢山の屋台が揃って肉を焼く香ばしい匂いを立てていようものなら。自然と市民の足が集まるのも、無理はない話だった。
【水中呼吸】の魔法を掛けて貰っているユリとユーロの二人は、魔法で生成される空気だけを吸っているため、いまいち周囲の匂いが判らないのだけれど。どうやら付近一帯には、かなり暴力的に『美味しそうな匂い』が立ち込めているらしい。
特に宣伝もしていないのに、広場の中にはどんどん人が集まってくる。正午には広場の人数は300人を超え、夕方を迎える頃には400人を超える程の混みようになった。
「こういうお祭りみたいな賑わいは、ホントええもんやねえ」
「そうね。この場所に居るだけで元気が湧いてくる気がするわ」
ユーロの言葉に、ユリは素直な気持ちから強く頷く。
広場の中には沢山の笑顔が溢れている。―――美味しい料理には人を笑顔にさせる力がある。そのことを、ユリは改めて思い知らされる気がした。
「見てるだけでこっちも屋台をひとつやりたくなるわあ……。なあ、ユリ姉やん。私にも屋台を1台貸してもらえん?」
「ふふ。あなたが参加したら、きっとお客さんを独占しちゃうからダメよ」
「残念……」
ユーロの職業は〈耀食師〉という、調理特化の生産職になる。
当然その料理の腕前は非凡なものであり、間違っても素人が立ち向かえるようなものではない。ユーロが屋台を出せば無双状態になることは目に見えていた。
「……ん。今更ながら、ひとつ疑問に思ったのだけれど」
「どしたん?」
「以前ユーロが作ってくれた食事の中には、アクスホーンの肉を材料に使っているものもあったわよね?」
確か、ユリがこちらの世界に来て初めての日。
いや―――正確に言うなら『意識を取り戻して』から初めての日だったか。
その日の夕食には、確かアクスホーンの肉を調理して作ったステーキが出された筈だ。魔物の肉が材料と事前に聞いていたので、おそるおそる口にしてみたものだけれど。実際に食べてみれば(普通の牛ステーキとあまり変わらないな)という、何の変哲もない感想を抱いたのをユリは覚えている。
「竜胆の報告では『異世界の素材を用いた生産は現時点で全て失敗している』とのことだったけれど。異世界の食材を用いての調理ならできるの?」
「あー……。その辺は少し、口頭での説明が難しいんやけど……」
ユリがぶつけた疑問に、ぽりぽりと頭を掻いてみせるユーロ。
難しくとも、こればかりは説明して貰わないと判らない。なのでユリは急かすことなく、静かにユーロが話してくれる言葉を待つ。
「要するに『生産』じゃなければ、素材自体を使うことはできるんよ」
「生産でなければ……?」
「私が『生産した料理』が、どういう効果を持つかは知っとるやろ?」
ユーロからそう言われ、ユリは思わずはっとする。
『アトロス・オンライン』のゲーム中に於いて、料理系のアイテムは『空腹度を減少させる』効果を持つアイテムだが。生産品の料理には、それ以外にも幾つかの追加効果が付与される。
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□燻製ベルトルと山菜のサンドイッチ/品質[171]
【料理】
摂食者の空腹度を30%回復させると共に、6時間に渡って
[魅力]+1368、魔力自然回復+25%、移動速度+18% のバフを与える。
* 燻製にした魔鳥ベルトルの肉を山菜と一緒にパンで挟んだもの。
* 『百合帝国』の〈耀食師〉ユーロによって作成された。
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ユリは自分の〈インベントリ〉に常備しているユーロお手製の料理を取り出し、その効果を改めて確認する。
能力値を増加させたり、生命力や魔力の自然回復量を増やしたり、攻撃速度や移動速度を向上させたり―――。こうした『バフ』効果が、料理へ付与される代表的な追加効果だ。
『アトロス・オンライン』では、料理アイテム自体は普通に街の商店NPCから購入可能なのだが、そうした市販品にバフ効果が付与されることはない。
いまユリが手に持っているサンドイッチが持つようなバフ効果は、調理生産系の職業を持つキャラクターが『生産』した品にのみ付与される。
「つまりバフ効果を持つ料理を作ろうとする場合には、『異世界の素材』を材料に用いると失敗する……?」
「そう考えて貰てええやろねえ。『生産』する意志を持たずに作るバフ効果が無い料理なら、何の問題も無く完成するんやから」
「なるほど。説明してくれてありがとう、勉強になったわ」
考えてみれば、今日の試食会で使われている木製の皿や器は、ニルデアの市場で購入した木材を『竜胆』が加工して作ったものだ。
異世界の木材なのに問題無く加工できたのは、職人が『生産』しようという明確な意志を持たず、片手間に加工を行ったからだろう。
「ま、難しいことを考えるんは領主館に帰ってからでもええやろ? 今は食べ歩きを全力で楽しもうや」
「あら、それもそうね。折角の機会だもの」
ユーロに促されて、ユリは彼女と共に広場の屋台を1つずつ巡る。
『魔物の肉』という共通材料を使わなければならない以上、屋台が提供する料理は似たようなものが多くなる―――のではないかとユリは思っていたのだけれど。実際には屋台ごとになかなか工夫を凝らした料理が並べられており、あまり料理の重複は見られないようだ。
お陰で、屋台ごとに個性のある料理が食べられて飽きることがない。
今のユリの身体は『ゲームのキャラクター』なので、どれだけ食べても太ることがない。肉料理を沢山食べる上では、その事実がとても有難かった。
「香りがあんまり楽しめんのだけは残念やねえ」
「全くね」
ユーロの言葉にはユリも同意せざるを得ない。
【水中呼吸】の効果は覿面で、都市に蔓延る悪臭を一切感じずに済むのはとても有難いのだけれど。やはりと言うべきか、魔法の効果は料理の香りもまた遮断してしまう。
どれも美味しい料理ばかりではあるのだけれど。香りが充分に感じられたなら、きっとより美味しさを楽しめただろうと思うと、やっぱり少し残念だ。
「―――陛下」
広場の隅でユーロと一緒に串焼きを囓っていると、不意に声が掛けられた。
振り向くと、そこには空になった木製の皿を片手に携えた老紳士が立っていた。
「アドスさん。そちらも食べていらっしゃいますか?」
「ええ。いやはや、年甲斐もなく随分と食べ過ぎてしまいました。家に帰ってから妻の料理がお腹に入るかどうか、今から不安なぐらいです」
「ふふ、では奥様もこちらへお連れになられては? 魔物の肉は一般的には高級食材という話ですし、奥様もあまり食べた経験が無さそうに思えますので」
「それはそうですが……。陛下のお陰で私と同様に妻も随分と若返ったのですが、生憎と妻は元々足腰がかなり悪かったもので。まだ何とか歩ける程度までしか回復していないのです。立ち食いの場に連れてくるのは些か抵抗がありまして」
「ああ……確かに、座るところが全くありませんものね。盲点でした」
屋台はただ料理を提供するだけなので、購入した客は広場の中で立ったまま食事を済ませるしかない。地べたに座り込んで食事している客も少なくは無いが、これはこれであまり見た目がよろしいとは言えない。
確かに、多少の座席ぐらいはユリ達の側で用意しておいても良さそうだ。
「ありがとう、アドスさん。良いアドバイスを頂きました。早速明日からは屋台を設置する各広場に、客が座れる場所をある程度準備することに致します」
「ふむ……。長椅子でよろしければ、私の商会で用意致しましょうか?」
「いえ。魔法が得意な部隊の子にお願いして、土魔法で地面を隆起させてベンチを作って貰うことにします。そうすればコストも掛かりませんし」
「なるほど、妙案ですな」
長椅子などを野ざらしの場所に設置すれば、当然ながら風雨で傷むことになる。屋内に設置する場合よりも耐用年数がずっと短くなるのは間違いない。
それならば土魔法でベンチを作成し、壊れそうになる度に魔法で作り直してしまうほうが、維持コストの観点から見ても望ましいだろう。
「是非明日以降にでも、奥様と一緒にお食事にいらして下さい」
「ありがとうございます。今から楽しみです」
「それと、奥様の足腰の具合が若返ってもあまり良くならないようでしたら、一度領主館まで連れてきて下さい。治療魔法が得意な者に治させますので」
「それは……わざわざお気遣いをありがとうございます。その場合には、是非ともお世話になろうと思います」
アドスがそう告げて、深々とユリに頭を垂れた。
現在の『百合帝国』は睡蓮の子達が神聖魔法を使えなくなったことで、保有する回復魔法能力が大きく落ちているけれど。それでも単体を治療する魔法であれば、紅梅の子達でも充分に行使することができる。
『トルマーク商会』の経営者であるアドスは当然ながら富裕層なので、自身の妻には既にこの世界の治療魔法を充分に受けさせている筈だ。それでも治っていないのだから、おそらく奥様の身体の状態はかなり悪いのだろう。
若返って治るなら良いが、必ずしも治るとは限らないように思える。
生命力を全快させると共に、あらゆる怪我や病気を快癒させる『完全回復』系の魔法を用いれば、治せる見込みは高い。単体への『完全回復』魔法なら紅梅の子にも行使は可能だ。
「我々になら、きっと完治できます。そのことは覚えておいて下さいね」
「……肝に銘じておきます。このご恩には、必ずや報います」
とうとうアドスは、地面に膝を付いてユリに頭を下げ始めてしまう。
以前にも思ってはいたが、どうやら彼は相当な愛妻家であるようだ。
奥様がどんな女性かは知らないけれど―――こんなにも旦那様から深く愛されているのであれば、きっととても幸せだろう。
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