23. 屋台試食会(前)
慌ててユリは周囲に向けて語りかける為の、念話の準備をする。
いま広場には、ざっと見積もって150名程度の人が居るように見えた。
このうち『試食会』の為に来て貰った人は110名だけなので、残り40名程の人達はただの野次馬ということになる。おそらく普段は閑散としている中央広場に、今日に限って沢山の人が集まっていることを不思議に思ったのだろう。
もちろん、野次馬だからといって追い払ったりはしない。あくまでも今日は『試食会』が目的なので、食べてくれる客は多い方が望ましい。
事前に履いておいた『黒羽根の靴』の能力を起動し、ユリはその場で数メートルだけ空中へと浮かび上がる。
ユリの身長はそれほど高くないので、今の広場の状況下では姿が人垣と屋台の影に隠れてしまう。こうして空中に浮かび上がらなければ、周囲の人達からはユリの姿を見ることができないだろう。
『―――こんにちは、ニルデア市民の皆様』
そうしてユリは、周囲に向けて念話で語り始める。
この念話は『試食会に来て貰った110名』だけを対象に送信している。なので野次馬目的で集まった人達に、このユリの声が届くことはない。
広場に集められた人達は誰もがぽかんと大口を開け、驚いた表情で中空に浮かぶユリのことを見ていた。
皆が浮かべるその表情が、実際に目の前で念話を送られたことに対する驚きか、それとも人が『浮く』光景を目の当たりにしたことへの驚きなのかは判らないが。
『残念ながら私はあまり身長が高い方ではないので……。こうして空中から挨拶させて頂きますことについては、どうぞご容赦頂けましたら幸いです。
皆様、本日は私の要請に応じてお集まり下さり、ありがとうございます』
そう告げてからユリは、地上から仰ぎ見ている人達にも判るように、深々と頭を下げてみせた。
新しくニルデアの都市を支配した『女帝』が頭を下げるその光景を見て。周囲の人達からざわりと動揺する声が上がったが、ユリは気にも留めない。
本当は―――『女帝』らしく振る舞うのであれば、安易に人へ頭を下げたりはしないほうが良いのかもしれないが。そもそもユリには別に、他者から『偉い』存在だと認識されたい欲求もない。
だからこうして、平民の人達に対しても簡単に頭を下げる。統治者としての私に対する敬意など、持ちたい人だけが勝手に持ってくれれば良いのだ。
『皆様は先の戦争によって、旦那様を喪われた方々だと認識しております。
……綺麗事を申すつもりはありません、殺したのは私達『百合帝国』です。これについては謝罪申し上げるつもりはありません。戦争とは即ち、相手の軍兵を殺すことによって己の主張を通す外交手段であるからです』
実際にはユリがそう望めば、敵兵のひとりさえ殺すことなく、ニルデアの都市を陥とすこともできただろうが。それについては敢えて告げないことにする。
わざわざ自分から不都合な事実まで告げるほど、ユリは誠実ではない。
『皆様の中には、稼ぎ手である旦那様を失われたことで、生活に不安を感じておられる方も多いことでしょう。私はこのニルデアの新たな統治者として、皆様が生活を再建される支援を行う義務を感じております。
現在ニルデアの都市にお住まいで、先の戦争で旦那様を喪った寡婦の方々は全部で900名ほど。これらの方々に我々の支援を受けて下さるかどうかの聞き取りで調査を行いましたところ、希望された方が約800名おられました。
既にトルマーク商会から説明はされていると思いますが、支援を受けられるこの800名の方々には、明日からニルデアの都市内にある3箇所の広場で『屋台』の経営をして頂きたいと思います。さて、すみませんが今日この場に『調理担当』として呼ばれた方は、少し手を挙げて頂けますか?』
ユリの言葉を受けて、この場の110名のうち大半の人達が手を挙げた。
『ありがとうございます、もう手を下ろして頂いて結構です。いま手を挙げて下さいました80名の皆様は支援を希望された方の中でも、特に過去に『調理』に関連した仕事に就いていた経験のある方々です。
皆様には明日以降、8名ずつの班を組んだ上で屋台を経営して頂くわけですが、その際には今日この場にお集まり頂きました調理経験をお持ちの皆様がリーダー、またはサブリーダーとなって、班の方々を纏めて頂きたいと思います。
続きまして、本日『清掃担当』として呼ばれた方も挙手をお願いできますか』
次は110名のうち、残りの30名がユリの言葉に応えて手を挙げる。
『ありがとうございます、もう手を下ろして大丈夫です。いま手を挙げて下さった30名の皆様は、過去に『清掃』関連の仕事に就いていた経験がある方々です。
屋台を何台も並べて営業しますと、容器を返却せず放置される客や、料理を地面に打ちまけてしまう困った客も出てくることでしょう。そこで清掃担当の皆様には屋台を並べている区画一帯を、交代しながら1日中掃除して頂きます。
地味ではありますが、とても大事な仕事です。広場の付近にお住まいの方から、屋台を並べているせいで広場が汚れた、なんて事を言われないように是非頑張って頂きたいものです』
ユリが上空から念話でそう語っていると、広場にメイド服の6人組が入ってくる姿がちょうど見て取れた。
本当は後で紹介する予定だったのだけれど。タイミングが良いのでいま紹介してしまっても構わないだろう。
ユリは念話の送信対象にメイド服の6人を加えた上で、そのすぐ頭上にゆっくり飛行して移動する。
『併せて紹介させて頂こうと思います。いま私のちょうど足下にいますメイド服を身につけた6人組が、我々『百合帝国』から皆様のお手伝いをすべく派遣する者達になります。
彼女達はとある手段によって、食器などを一瞬で『洗浄する』ことができます。ですので客から回収した使用後の容器類は、メイド服の彼女達に手渡して頂ければその場で洗浄してお返しすることができます。
また、見た目からは判らないと思いますが、彼女達には魔物の肉を大量に持たせております。皆様の屋台では、我々から提供する『魔物の肉』を調理して客に提供して頂くわけですが、この肉が不足しそうになりましたらいつでもメイド服の彼女達に声を掛けて、補充して頂けましたらと思います』
メイド服の6人組は、ユリから唐突に届いた念話に驚いた様子を見せたものの。すぐに表情を取り繕って、その場に集まっている人達に向けて一礼してみせた。
6人組のうち黒いワンピースの上にエプロンドレスを羽織っている子の正体は、『撫子』の部隊に所属するララバイという子だ。残りの5人はララバイが【従者召喚】のスキルで呼び出したレベル150の従者達になる。
彼女達の職業はいずれもメイド系最上級職の〈神侍〉であり、家事スキルの類は当然最高ランクで修めている。〈侍女の鞄〉のスキルがあるので、彼女達は魔物の肉を腐らせることなく大量に保有していられるし、また家事スキルを駆使することで食器の洗浄ぐらいは一瞬の内にこなす。
もちろん家事の一種として『調理』や『清掃』も大得意としているので、本当は屋台の営業だけを考えるなら、最初から彼女達に全て任せた方が絶対に上手く行くのだけれど……。それだと『寡婦を支援する』という意義が失われてしまう。
だから彼女達が担当するのは、あくまでも洗浄作業と魔物肉の保管だけだ。
『さて、トルマーク商会から既に説明を受けておられるとは思いますが、今日から皆様にやって頂く屋台の経営についての話も致しましょう。
先にも申しました通り、皆様にやって頂くのは『魔物の肉』を調理して販売する屋台になります。具体的には『アクスホーン』と『ウリッゴ』という二種類の魔物の肉を材料に用いて頂くことになりますね。
前者のアクスホーンの肉は割と扱いやすく、調理法を問わず美味しく頂けます。後者のウリッゴの肉は少し強めの歯ごたえがありますが、煮込めば煮込むほど柔らかくなる特徴があります。煮込みにしたほうが万人受けする料理になりますが、食欲旺盛な男性などには、焼いて調理したウリッゴ肉も食べ応えがあって需要があるかもしれません。
―――この二種類の魔物の肉については、皆様には幾らでも無償配布致します。肉の材料費についてはゼロと考えて頂いて差し支えありません』
魔物の肉を無償提供するという事実を聞き、たちまち周囲から歓声が上がる。
この世界では魔物の肉は高級食材らしいので、それを無償で幾らでも扱えるというのは、それだけ魅力的なことなのだろう。
もちろんユリにしてみれば魔物の肉など、単に『撫子』の子達の収納容量を圧迫している不良在庫に過ぎないのだが。
『但し、我々が提供する食材は肉だけです。屋台でどのような肉料理を供するかは皆様の自由ですが、魔物の肉以外の材料につきましては皆様の側で準備して頂くことになりますので、予め承知しておいて下さいね。
肉を厚切りにして焼いただけとか、串焼きにしただけの物を調理して、材料費を限りなくゼロに抑えるのも良いでしょう。あるいは逆に肉以外の材料も惜しみなく使い、そのぶん他の屋台とは異なった特色ある料理を提供して、より多く売上を稼ぐことを狙うのも結構かと存じます。この辺は同じ班の方同士で協議して決めて下さいませ。
なお、屋台については我々からお貸しする物になりますが、これの貸し出しについても無償となります。お金は一切頂きませんので安心してお使い下さい。但し、なるべく大切には扱って下さいね。
屋台の実物は既に見て頂いたと思いますが結構大型のもので、調理に利用できる火の魔導具が2つと、幾らでも水が出せる魔導具が付属しております。それと魔導具による排水設備も付属しており、不要な液体を処理することもできます。
また屋台下部に備え付けられている棚の中には様々な調味料が入っているのですが、この棚も一種の魔導具でして、調味料を収納しておくと勝手に中身が補充されるようになっております。なのでどんなに沢山使っても決して無くなりません。
これらの魔導具は全て、遠慮無くお使い下さいまして大丈夫です。魔導具の稼働に必要な魔石は我々の側で負担致します』
もちろん実際には『屋台露店キット』に付属する設備はどれも『魔導具』ではないのだが。この世界では『どういう理屈で動いているか判らないもの』は、とりあえず『魔導具』ということにしたほうが理解され易い、と事前にアドスから助言を受けている。なので全て魔導具という体で説明させて貰った。
魔導具は稼働させるために『魔石』が必要となるものなので、普通は庶民が扱えるものではないが。稼働に必要な魔石は全てこちらが持つと予め宣言しておけば、皆が使用を躊躇することも無いだろう。
『料理を提供する容器につきましては、我々の側で大量に準備しておりますので、先程紹介しましたメイドの者に言って借り受けて下さい。もちろん無料です。
容器は皿と器の二種類から選べます。どちらも木製ですので、落としてもそう簡単には割れません。一度使用した容器は屋台で回収して頂き、メイドの者に渡して洗浄してから、再び使用するようにして下さい。
次にお金の話になりますが、基本的に屋台で調理を担当される方は、屋台の売り上げがそのまま収入となります。皆様既にご存じの通り、今年中は商売にも税金が掛かることはありません。但し、ちゃんと班の全員で均等に分けて下さいね。
先にも申し上げました通り、やろうと思えば材料費ゼロで屋台を運営することも可能な筈ですので、収益は充分に出る筈です。もしも収益が出ないようであれば、肉以外の食材にコストを掛けすぎていないか見直してみると良いでしょう。
なお、清掃作業を担当される方の給料については、我々の方でご用意致します。原則として日払いでお渡ししますので、夜まで働かれましたらメイドの者に告げてお金を受け取って下さい。金額は固定で、1日あたり2500bethとなります』
2500bethという給与額を聞いて、掃除担当の人達から歓声が上がった。
事前にアドスから聞き、ニルデアの日当相場が大体1200~1500beth程度であるとユリは把握している。清掃のような軽作業で相場の倍近い給料を提示されれば、喜ぶ人が出るのも当然だろう。
『最後に、本日はあくまでも『試食会』となりますので、料理の売上はあまり重視せず、価格も今日だけは安めに抑えて下さるようお願い致します。もちろん折角の試食会ですから、屋台の設備でどの程度の料理まで作れるかなど、色々と挑戦してみるとよろしいでしょう。
売上を重視しないで頂く代わりに、本日だけは調理担当の皆様にも我々の方から1人当たり2500bethずつの給料をお支払い致します。夜になりましたらメイドの者からお受け取り下さいませ』
今度は調理担当の人達からも歓声が上がる。
今日来て貰っている調理担当の人達は、明日からは班を纏めて貰う役割も担って貰うことになる。その代わりにこの程度の恩恵はあっても良いだろう。
『さて―――我々がこうして広場に集まっていることで、随分野次馬の方も増えてきたようですね。今なら試食してくれる相手にも困らないでしょう。急ぐ必要はありませんので、ゆっくり自分が担当する屋台の準備をして頂き、準備が完了した所から営業を開始してみて下さい。
なお、本日はトルマーク商会の方が定期的に各屋台へ見回りに来られます。相手は商売のプロですので、皆様の方で何か困ったことや不明なことなどがありましたら、積極的に訊いてみるとよろしいかと思います。
―――それでは、私から皆様に通達したい内容は以上となります。のちほど私も屋台を巡らせて頂きますので、皆様の美味しい料理を期待しております』
ユリがそう話を締め括って地上へ降りると、一瞬だけ遅れてから広場に集まっている皆から熱い拍手が送られてきた。
周囲のその反応を見て、ユリは少なからず驚かされる。
今日この場に集まって貰った人達が寡婦になった原因は間違いなくユリにある。その経緯がある以上恨まれるのは当然だと思ったし、まずユリが歓迎されることも無いと考えていたからだ。
(……意外に、私が思っているほど嫌われてはいないのかしら)
ユリは内心で静かにそう思う。
少なくともいまユリに向けて集まっている視線の中に、敵意の類は一切感じられないように思えた。
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お読み下さりありがとうございました。




