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百合帝国  作者: 旅籠文楽
1章 -
229/370

227. イロリナ(前)

 


     [4]



 『共和国』と聞くと、人によっては『民主主義に基づく国なのだろう』と思ったりするかもしれないけれど。実際は共和国が採用する政体である『共和制』には、単に『君主制ではない』という意味しか含まれてはいない。

 今回ユリが親書をやり取りすることになったアネカ共和国も、その実体は世襲によって継がれる四家の枢機卿が国政の舵取り役を担い、また交代で国主を担当する国家だったりする。

 つまり、少数の有力者が政権を掌握する『寡頭制』なわけだ。君主制ではない、という意味で正しく『共和国』なわけだけれど。そこには当然、民主主義もまた存在しないことになる。

 どちらかといえば、公爵3家が合議して国主を決めていた『シュレジア公国』に近い政体だと言えるだろう。―――もっとも、シュレジア公国はドラポンド公爵家が完全に排除されたため、現在は公爵家が2つに減っていたりするけれど。


 アネカ共和国の国主は『総督』と呼称される。

 彼の国の現在の総督は、フルール・ケチャトという名の人物だ。

 ユリはこのケチャト総督なる人物に対して、実は予てより好感を抱いていた。

 一度として会ったことも無い人物に、好感を抱くというのも変な話かもしれないけれど。もちろん、それに足る明確な理由がある。


 ―――ケチャト総督は女性(・・)なのだ。

 それだけでユリが好感を抱くのに、充分な理由であることは言うまでもない。

 既婚者らしいので、残念ながらユリが粉を掛けて良い相手ではないのだけれど。それはそれとして気軽に会話できる程度には親密な関係を築きたいと思っている。


 だからユリは、アネカ共和国のケチャト総督に対する返書を、彼の国が寄越した慇懃な親書以上に、好意を剥き出しにして書いた。

 そのぐらい露骨に書く方が、こちらの意志が明瞭に伝わると思ったからだ。

 アネカ共和国の悪地にある都市、ハラキオとサイオンへの交易についても、ロフスドレイクを用いた『空輸』の訓練も兼ねているため、受け容れて貰える場合には移動コストを度外視した取引を行うことが可能な旨を記載しておいた。


 『撫子』隊長のパルティータから教わった知識によると、ハラキオやサイオンの都市では付近にある鉱山で希少な鉱石こそ採れるものの、やはり悪地という立地条件のせいで食料の自給自足は叶わず、国の西側からの輸送に頼っているらしい。

 また悪地では交易路を『作成可能な場所を選んで造る』ことしか出来ないため、道を直線的に引くことができず、経路は酷く曲がりくねっている。

 そのせいで単純な距離以上に輸送に時間を要するため、日持ちする食材しか届けることが叶わず、ハラキオやサイオンの都市住民が日々の生活で食べられるものはかなり限られているそうだ。


 その点『空輸』なら、地形に関係無く食料を新鮮なまま届けるなど訳もないことなので、ユリの提案はアネカ共和国にとってメリットしか無い話だろう。

 女王が治める国と懇意に出来るのなら、利益を多少度外視するぐらいは何ということもない。もちろん提案を受け容れる場合には、アネカ共和国側でも百合帝国の竜に脅威が無いことを2都市の市民に周知して貰うなど、それなりの対応をして貰う必要はあるけれど。




 アネカ共和国の騎士達に返信の親書を託してから2日後、すぐに先方から反応(リアクション)が返ってきた。再び百合帝国の首都ユリタニアへ、親書が届けられたのだ。

 但し、今度の親書を携えてきたのは騎士ではない。


「―――イロリナ・ケチャトと申します。この度は主神の1柱であらせられます、ユリ陛下にお会いすることが叶いまして、大変光栄に存じます」


 彼の国のフルール・ケチャト総督の娘が、直接ユリタニアを訪ねてきたのだ。

 もちろん単身ではない。護衛の騎士が20名ほど同道しているため、使節の規模も前回の倍になっている。


 イロリナが訪ねてきたことには、ユリも流石に驚かされた。

 ケチャト総督は既婚の女性で、既に子供が4人居るのだけれど。イロリナはその子供達の中で最も早く生まれているため『嫡子』に相当する。

 フルール・ケチャト総督が女性でありながら国主を務めていることからも判る通り、アネカ共和国では世襲が『男子』に限定されていない。

 つまり、今ユリタニア宮殿の『謁見の間』にてユリと相対しているイロリナは、アネカ共和国の国政の一部を担うことが将来的に約束された少女に相違無かった。


「よく来て下さいましたね、ケチャト殿。総督の娘であるあなたに、わざわざ当国まで足を運んで頂けましたこと、こちらこそ大変嬉しく思います」

「ユリ陛下、よろしければ私のことは気軽にイロリナとお呼び下さい。姓でお呼び頂きますと母と区別ができなくなってしまうと思いますので。それに、母と違って私には特に立場もありませんので『殿』も不要です」


 そう告げて、イロリナは朗らかに微笑んでみせる。

 ユリの感覚で判断するなら、大体12歳ぐらいの少女だろうか。まだまだ幼さが残る容貌をしているけれど、おそらく成人は済ませているだろう。


(……ケチャト総督には息子も3人居る筈だけれど。敢えて息子ではなく、嫡子の娘を使者として寄越したのは、私に女性が効く(・・)と知っているからかしら)


 アネカ共和国は古い時代からニムン聖国と同盟関係が続いており、昵懇も同然の関係が確立されている。

 ユリが女性に目が無い同性愛者であることを、それこそニムン聖国の国主であるアルトリウス本人からケチャト総督が聞いていたとしても、不思議ではなかった。


 ―――実際、それが相手の狙いであるとするなら、大変に効果的だ。

 褐色の肌と銀色の髪が特徴的なイロリナの容姿は、ユリの目には非常に魅力的なものとして映る。

 筋肉質では無いけれど、アスリートを思わせる撓やかな肉付きをしている辺り、おそらく彼女は武芸か馬術のような、何かしらの修練も嗜んでいるのだろう。


「では、イロリナと呼ばせて頂くわね。先ずはケチャト総督からの親書を読ませて頂いても?」

「はい、もちろんです。こちらが親書になります」

「パルティータ」

「はい」


 『謁見の間』の段下に跪くイロリナの手からパルティータが親書を預かり、それを段上の玉座に座るユリの手元まで運んできて貰う。

 未だにユリは、これが無駄で面倒な手順だと思わずにはいられないけれど。これが必要な外交儀礼であるなら、致し方無い。


 親書の文面は、相変わらず大変に丁寧で、敬意に溢れたものだった。

 ケチャト総督の誠実な人柄が、読んでいるだけでありありと伝わってくる。

 少し前にあったヴォルミシア帝国との一件で、他国の国主のあまりの横暴さと傲慢さを見せつけられて、荒んでいた心が癒されていくような気さえした。


 ユリが申し出た交易については、喜んで応じる旨が記されていた。

 悪地にあるハラキオとサイオンの都市への食糧輸送は、やはりアネカ共和国でも大きな負担となっていたらしい。

 『空輸』で新鮮な食料を届けて貰うことで国庫の負担が軽減され、また選択肢に乏しい彼の地の食糧事情が改善するようであれば、国主としてこれほど喜ばしいことはない―――と、ユリに対する幾重もの感謝を織り交ぜながら、親書の文面には丁寧に記されていた。



 

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お読み下さりありがとうございました。

誤字報告機能での指摘も、いつも本当にありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新乙い
[一言] ユリさん相手が女性ならドラポンドが送ってきた国書でも勝手に脳内でツンデレ娘に変換しそうで笑う 流石に人妻はマズイですよ!
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