218. 2年目の結び(後)
「ユリお姉さま。今年も、上に乗せる揚げ物はあるのでしょうか?」
「ええ、ちゃんと用意してあるわよ」
エシュトアの言葉に応えて、ユリは〈インベントリ〉の中から天麩羅を盛り合わせた大皿を取り出し、炬燵の中央に置いた。
去年は『海老』と『野菜の掻き揚げ』の、2種類しか用意できなかったけれど。今年は天麩羅の具材になりそうなものは、取り敢えず片っ端から用意してある。
鶏肉と鱚、舞茸に茄子、シシトウや大葉といった天麩羅として王道の具材から、南瓜や紫蘇、唐辛子のように人により少し好みが分かれるもの。更には餅や半熟卵、チーズといった変わりダネまで、本当に色々なものを揚げてみた。
……正直を言って、お蕎麦のつゆに浸して食べるには、やや不向きなものもある気がするけれど。ひとつずつ味を確かめながら食べてみるというのも、これはこれで面白いだろう。
「わあ、今年は豪勢ですね……!」
種類が多い分だけ、大皿上に溢れている様々な天麩羅の山を見て、エシュトアが嬉しそうに声を上げた。
明らかに、この場にいる6人で食べきれる量ではないけれど。余った分は取っておいて、後で頂けば良いだろう。
「どれでも好きなものを乗せて食べて頂戴」
「こ、これだけ沢山ありますと、全部を頂くのは無理そうですね……。ユリ陛下、どれかお勧めのものはありますか?」
「ふむ……そうねえ。個人的に蕎麦に一番合うと思う、という意味でのお勧めなら『ちくわの磯辺揚げ』かしら。それから―――『野菜の掻き揚げ』と『半熟卵の天麩羅』辺りが会心の出来だから、是非食べて貰えると嬉しいわ」
ユベルの言葉を受けて、ユリは食材を指しながらそう説明していく。
野菜の掻き揚げは去年も作ったのだけれど、あの時は一部が崩れるなどして、あまり上手くはいかなかった。けれど、今年は〔調理Ⅳ〕のスキルを会得できたお陰なのか、かなり意図通りの形で綺麗に揚げられた自負がある。
半熟卵の天麩羅もそうだ。油で揚げる際の加熱も見越して、ベストの半熟状態に仕上げられた卵は、まさに会心の出来と呼ぶに相応しい。
「ふふ……。こういうのも楽しいですね、ご主人様」
「楽しんで貰えると、作った側としても嬉しいわ」
ソフィアの言葉に、ユリは顔を綻ばせる。
ユリが料理を趣味にしているのは、自分が作ったものを女の子が嬉しそうに食べてくれる、その顔が好きだから―――という部分が大きい。
だから去年に続き、今年もこうして手料理を皆に振る舞う機会が持てたことは、ユリにとって大変に嬉しいことだった。
「……エシュトア。流石にちょっと盛り過ぎではない?」
「そうですか? でも美味しそうなので……」
蕎麦の器の中に、大量の天麩羅を確保しているエシュトアを見て、ユリは思わずそう口にしてしまう。
沢山食べて貰えるのは嬉しいけれど。天麩羅は油物なので、一度に沢山食べ過ぎるのは、あまり好ましいことではない。
「バダンテール高司祭に影響されたのか、最近結構食べるようになりまして……」
「ああ……」
エシュトアは普段、ユリタニアかユリシスの都市にある大聖堂で、『聖女』としての活動を行っていることが多い。
なので彼女は、ユリタニア大聖堂を預かっているバダンテール高司祭と顔を合わせたり、食事を共にする機会も多いのだろう。
バダンテール高司祭はかなりの老齢に達している方なのに大変な健啖家で、とにかく普段から食事も甘い物も良く食べる。
そんな相手に影響されれば、食欲旺盛になるのも無理はない。
「まあ、あなたは運動をしてそうだから、構わないのかもしれないけれどね」
「そうですね……確かにユリお姉さまの言う通り、普段から積極的に『迷宮地』へ潜っていますから、太ることは無いと思います。
食費が増えても問題無いだけの収入も得ていますし―――リュディナ様もユリ様も、特に信徒に『節制』を戒めておられるわけではありませんから、別に食事量が増えてしまっても、構わないかなとも思ってはいるのですが」
エシュトアは百合帝国の中でもトップクラスに位置する探索者であり、そろそろレベルは『100』の大台が見えつつある程だ。
普段から消費しているカロリーが多いこともまた、食事量が増えている一因なのだろう。であれば、沢山食べるのは一概に悪いことでも無い。
「エシュトアさんに、ひとつだけ忠告をしても宜しいですか?」
「忠告……ですか? 何でしょう?」
「沢山食べるのは結構ですが、この食事の後に控えていることを、少しはお考えになられたほうが良いかもしれません」
ソフィアの言葉を受けて、エシュトアの表情がぴしりと固まった。
『側室』が勢揃いで集められるというのは、つまりそういうことだ。
今年になって神社は幾つか建立したけれど、お寺はまだ1宇も無い。除夜の鐘が鳴る筈もない異世界の年末には、煩悩に溢れた夜が待っている。
「……お、お皿に半分ぐらい、戻してもいいですか?」
かあっと、顔を真っ赤にしたエシュトアが、そうユリに問いかけた。
別に多少食べ過ぎたからといって、急にお腹がぽっこり出っ張るわけでも無いと思うのだけれど。―――この後に『皆に裸を見られる』ことを意識してしまった以上は、食事が多いことに抵抗を感じずにはいられないのだろう。
「流石に、お出汁でひたひたになった天麩羅を大皿に戻すのはやめて頂戴……。
ほら、私の器になら、少し移しても構わないから」
「私も少しなら……」
「1個ぐらいなら、受け取りましょう」
「あ、ありがとうございます、ユリお姉さま、皆さまぁ……」
若干涙目になっているエシュトアから、皆でちょっとずつ回収する。
別に、ユリは相手が『女の子』でありさえすれば、割と誰でも好きになってしまう所があるから。お腹が出るなんてことは、全く気にしなくとも良いのだけれど。
「そういえば、ご主人様にひとつお訊ねしたいことがあるのですが」
「うん? 何かしら、ソフィア」
「昨日『黒百合』隊長のカシアちゃんにお会いした際に、ご主人様から『愛して貰う直前に飲むと良い』と言われて、この小瓶を渡されまして。何かの霊薬のように見受けられますが……これは一体何なのでしょう?」
そう告げながら、ソフィアは自前の〈侍女の鞄〉スキルから、何本かの霊薬瓶を取り出してみせる。
いずれも緑色の液体が中に詰められているその小瓶は、ユリにも見覚えがあるものだった。最近『黒百合』の子が『寵愛当番』を担当してくれる際には、この霊薬を持ち込んで、よくベッドに入る前に飲んでいる姿も確認している。
「たぶん『壮神薬』でしょうね」
「そうしんやく、ですか? どのような効果の霊薬なのでしょう?」
「服用すると半日から四半日ぐらいの長い時間、状態異常の『睡眠』と『気絶』を無効化できるようになるわ」
「……? 何故、そのような霊薬を愛し合う場で飲む必要が……?」
「効果の都合上、その霊薬を飲んでから暫くの間は『眠る』ことも『意識を失う』ことも、絶対に不可能になる。―――つまりは、そういう目的でしょう」
ユリはベッドで愛し合う際に『漏奪の絆』というスキルを用いて、愛する相手が消耗した分の体力を、自身に吸収するようにしている。
この能力があるからこそ、ユリは体力に自信がある『百合帝国』の前衛の子達を相手にした場合でも、あるいは『側室』の子達を一度に全員纏めて相手にする場合でも。途中で体力が切れることもなく、最後まで愛することが可能なのだ。
ユリが行為の最中に適宜体力を回復できる一方で、その愛を受ける相手は行為の最中ずっと体力を消耗し続けるわけだから。ベッドの上で睦び合う行為はいつも、途中から一方的なものとなる。
最後にはユリの愛を受ける相手が、体力が枯渇して気を失うか、もしくは睡魔に屈して眠るか―――そのどちらかによって、いつも終わりを迎えるわけだけれど。
『壮神薬』を飲んで事にあたれば、『眠る』ことも『意識を失う』ことも、物理的に不可能となる。
体力が枯渇してもなお、意識だけは強制的に保たれてしまうのだ。
ユリは相手が意識を失えば、行為を止めるようにしているけれど。逆に言えば、相手が意識を保っている間は、責めの手を休めることはない。
つまり―――『黒百合』の子達が事前に『壮神薬』を飲んでから、愛されることを好むのは。彼女達が強い被虐願望を持っているからだ。
抵抗ひとつ出来ない身体で、かといって意識を失うことも出来ずに―――いつか太陽が昇って夜が終わる瞬間まで、延々とユリの指先によって身体を玩ばされ、狂わされ続けてしまう。
―――そんな体験を、彼女達は望んでいるわけだ。
「ふぁ、ぁ……な、ななるほ、ど……?」
ユリがそのことをつぶさに説明していくと。耳まで真っ赤に染め上げたソフィアが、酷く震えた声になりながら言葉を零した。
「ソフィア、それ1本貰っても良いかしら?」
「……あっ。は、はい。もちろん、です」
「ありがとう」
ユリは小瓶を開封して、中身の霊薬を自身の口腔内に含む。
それから―――ソフィアに口吻けて、霊薬を全て彼女の中へと注いだ。
ソフィアは一瞬だけ抵抗していた様子だったけれど。
すぐに諦めて、僅かに瞳を潤ませながら霊薬を喉の内側へと受け容れた。
「明日のお仕事が、お休みで良かったわね?」
ニコリと微笑みながら、ユリはソフィアにそう告げる。
ソフィアは恐怖と期待が入り交じった複雑な表情で、ぶるりと身体を震わせた。
―――本当の天国は、深い地獄の淵の中にある。
ソフィアはその翌々日に。全く動けない身体で、そう述懐していたらしい。
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