216. 2年目の結び(前)
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神域都市『蓬莱』は百合帝国にある都市の中でも、ずば抜けて面積が広い。
これは『蓬莱』に背の高い建物が少ないからだ。都市にある建物の殆どが平屋であり、二階がある建物さえそれほど多くは無い。
階層数が2桁の建物も珍しくないユリシスの『迷宮区画』に較べると、何とも対照的な光景だと言えるだろう。
空間が高度利用されておらず、人口密度を高くすることが出来ないので、充分な人が居住出来るようにする為には、都市面積自体を広く確保する他にないわけだ。
もちろんこれは『桔梗』の子達がそういう風にしようと、意図して都市をデザインした結果だ。
似たような高さの瓦葺きの建物ばかりが並ぶ光景というのは、どこか日本の原風景らしい趣の景色を作り出してくれて。ユリはこれを、大変好ましく思っていた。
―――ちなみに、日本の古い建物が平屋ばかりなのは、地震や台風が多い土地であるせいだ。
この世界では現在のところ地震も台風も全く経験していないので、背の低い建物ばかりにする意味は、正直あまり無かったりもする。
そんな『蓬莱』の都市内にも、『4階』まである高い建物が2つだけある。
1つは都市の中心部に立つ『政庁』の建物。これはユリが『蓬莱』の領主役を任せているロゼロッテや、神々を束ねるアマテラスの勤務先となる建物だ。
行政事務を取り扱う場所であり、そして都市に住まう人達が公的な手続きを行う際に利用する、役所としての機能を果たす為の施設でもある。
そしてもう1つが、その『政庁』のすぐ隣にある『蓬莱離宮』の建物になる。
こちらはユリや『百合帝国』の皆が普段生活したり、仕事を行っているユリタニア宮殿の『別館』として建てられたものだ。
あちらに較べれば遙かに小さい建物なので、部屋数も少ないのだけれど。それでも執務室や応接室、女帝であるユリ専用の個室などは、こちらの建物内にも一通り用意されている。
「申し訳ありません、ご主人様。少し遅くなってしまいました」
―――年明けを数時間後に控えた『冬月40日』の夜。
その蓬莱離宮の応接室に、ソフィアがようやくやってきた。
既に応接室の中にはエシュトアやユベル、リゼリアとロゼロッテの姉妹といった面々が揃っている。ユリの側室の中で唯一ソフィアだけが、集合予定の時間に少し遅れてしまっていた。
「お疲れさま、ソフィア。業務が大変だったのかしら?」
「はい。明日お休みを頂くこともありまして、少し手間取ってしまいました」
「大変だったわね……。外も寒かったでしょう、早くこちらにいらっしゃい」
本来であれば、展開している【調温結界】が都市内の気温を常に一定に保ってくれるため、季節を問わず『寒さ』や『暑さ』を感じることは無いのだけれど。
少し前から『蓬莱』の都市に展開している【調温結界】では、設定を変更することで『季節に応じた気温環境』を再現する試験を行っていた。
これは『蓬莱』に住まう神々から、『季節感が全く感じられないのは淋しい』という意見が多く挙がったからだ。
どうやら四季独特の風情を楽しみたいという欲求が、神々にはあるらしい。
また、その気持ちがユリにも判らなくは無かったから。試験的に『蓬莱』の都市だけは『季節に応じた気温を無作為に再現』するように改めている。
『冬月』の最終日である今夜は、ともすれば雪でも降りそうなぐらいに、屋外は冷え込んだ気温になっていた。
『蓬莱離宮』は都市の中心部にあるので、転移門からさほど離れてもいないのだけれど。それでも―――油断して普段着のまま訪ねてきたソフィアには、『蓬莱』の寒さが身に堪えたのだろう。彼女の声色はいつもよりも、随分と弱々しいものになっていた。
「ああ、温かい……」
『蓬莱離宮』は和の建物なので、建物内にある部屋の半数以上が畳敷きの和室になっている。
それは、この応接室も例外ではない。畳の上にラグを敷き、その上に設置されている魔導具の炬燵に両脚を潜り込ませたソフィアが、しみじみと溜息混じりにそう言葉を零していた。
「炬燵は良いものですね……。『探索者ギルド』にも1つ欲しいです」
「用意しても構わないけれど、あちらは寒くないから要らないと思うわよ?」
「ああ、それは確かにそうですね……」
現状で【調温結界】の設定を変更しているのは『蓬莱』の都市だけであり、ユリシスの都市は現在も気温が一定に保たれている。
炬燵の有難みが感じられるのは、寒い環境下であってこそだ。ソフィアの勤務先である『探索者ギルド』に設置しても、まるで有用性は無いだろう。
どうやらソフィアは寒さにやられて、今はあまり頭が回っていないようだ。
「うーん。外を歩いている時には、わざわざこの都市を寒くする意味が、全く理解出来なかったのですが……。こうして炬燵に入っている幸せを体感してしまうと、冬らしい寒さがある環境も悪くないように思えてしまいますね」
「わかるわ。実際、どちらも良し悪しなのよね。この都市にある温泉も、寒い時に浸かる方が幸福の酩酊は大きく感じられるし」
「ああ、それはそうでしょうね……。今年はもう終わってしまいますが、来年こそは冬の露天風呂を利用してみたいものです」
「ふふ、来冬の楽しみが出来てしまったわね」
もちろん冬の温泉は―――特に露天風呂は、湯上がりに一気に身体が冷えてしまうから、良いことばかりというわけでもない。
油断すれば、即座に風邪を引く羽目になることだろう。
「皆、今年もわざわざ集まって貰って悪かったわね」
ユリは去年の年末にも、今みたいに側室の子達を集めている。
だからエシュトアやソフィア、リゼリアやロゼロッテにとっては、こうして大晦日の夜に招集されるのは2回目のことだ。唯一、今年ユリの側室に加わったユベルだけが、初めての経験だった。
「いいえ。実は今年の年末も、ユリお姉さまからお誘いを頂けるのでは無いかと、内心で心待ちにしている部分がありましたので。こうして実際にお誘い頂けて、とても嬉しい気持ちで一杯です」
「あら。エシュトアは嬉しいことを言ってくれるわね」
炬燵の同じ側に座るエシュトアの頭を、ユリは優しく撫ぜる。
対面ソファに座って話をする時よりも、互いの距離が近くなるのもまた、炬燵ならではの長所だろう。隣に座るエシュトアと、左斜め前に座るロゼロッテの2人になら、いつでも手を伸ばせば触れることができるのだ。
「今年も、旦那様の手料理を味わいながら、一年の締め括りを迎えることができるなんて。とても幸せです」
「ふふ、ありがとうロゼロッテ。……それじゃ、準備してきましょうか」
ユリは決意を固めて、炬燵から両脚を抜き出す。
炬燵は入っている最中こそ幸せでいられるけれど、出る際にはかなりの抵抗感を覚えずにはいられない。
―――長所もあれば、短所もある。
炬燵とはつまり、そういうものなのだ。
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