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百合帝国  作者: 旅籠文楽
1章 -

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213/370

211. 国内の異国(後)

 



 蓬莱の都市内にはやや小さめの湖が2つ存在する。

 それぞれが『淡水湖』と『塩水湖』であり、全く違う性質を持つ2つの湖には、都市に住む神々の恩恵によって多数の生物が棲息している。


 湖ならユリシスの『観光区画(リゾートエリア)』にもあるけれど、あちらは都市に滞在する者が泳ぎを楽しむための湖なので、生物は一切棲息していない。

 だから都市内で気軽に『釣り』を楽しむことができる場所は、百合帝国の中でもここ蓬莱にある湖だけだと言えるだろう。

 ……まあ、河川が流れている都市自体はユリタニアを筆頭に幾つもあるので、他の都市でも絶対に出来ないわけでは無いけれど。河川は洗濯や沐浴など、生活の為に利用する市民も多くいる公共の場所なので、あまり釣りに向いた環境とは言えないのだ。


 その点、蓬莱の都市内にある湖はどちらも生活利用されていないので、誰に憚ることなく釣りを楽しむことができる。

 『桔梗』の子達によって釣り用の桟橋も整備されているし、付近にはロスティネ商会が営業する釣具店もあるなど、その為に便利な環境も揃っているし。何より、蓬莱の湖には神々の恩寵により生物が大量に棲息しているので、初心者でもかなり釣果を得ることが容易なのだ。

 しかも蓬莱の塩水湖の方では、『湖』である筈なのに海の魚が釣れてしまう。

 メキア大陸の中央に位置し、海の幸から完全に縁遠くなっている百合帝国や近隣同盟国の人達にとって、これは大きな魅力として映ることだろう。


 また蓬莱の都市外まで足を運べば、都市内にあるものよりも遙かに広大な湖も、1つ存在している。

 海神であるスサノオが管理するこの湖は、湖でありながら完全に『海』に等しいだけの環境を有しており、マグロを筆頭に外洋性だったり大型だったりする魚さえ多数棲息しているというのだから凄い。

 大物を狙いたい場合には、こちらで釣りを行うと良いだろう。魔物の駆逐は普段から徹底しているので、月が変わった直後でなければ、蓬莱の都市から出ても安全は充分に確保されている。


 ちなみに『桔梗』の報告によると、都市外にある湖の畔は、その一部がいつの間にか砂浜(ビーチ)へと変貌しているらしい。

 おそらくは、これも海神であるスサノオの恩寵によるものだろう。

 潮の満ち引きも何故か存在しているらしいので、水位が減っている時であれば、砂浜で潮干狩りを楽しむことも可能だ。

 もっとも、干潮時に減る分の海水が一体どこに消滅しているのか、ユリには本当に不思議に思えてならないのだけれど―――。



     *



「蓬莱に関心を持たれた方は、是非とも年が明けた後に足を運んでみて下さいね。『転移門』を利用すればいつでも訪問できますし、一度来てみればこの都市の良さをご理解頂けて、きっとまた来てみたくなると思いますので。

 ―――それでは皆様、ごきげんよう。また明晩の『放送』でお会いしましょう」


 蓬莱の都市内外にある要所を、視聴者に向けて説明しながら一通り巡った後に。最後にもう一度中央商店街へと戻って今晩の『放送』を締め括ったユリは、役目を終えたとばかりに、はあっ、とその場で溜息を吐いた。

 現在ではユリが行う『放送』は都市の住民だけに限らず、その周辺にある村落に暮らす民でも視聴できるものとなっている。つまり、ユリの『放送』は百合帝国と同盟諸国に暮らす、ほぼ全ての人達が視聴していると言っても過言では無い。

 始めた当初に比べれば大分慣れたつもりだけれど―――未だに毎晩の『放送』を終えた直後にはいつも、半ば無意識の内に重たい溜息が出てしまうあたり、やはり緊張を感じている部分もあるのだろう。


「―――放送お疲れさまでした、旦那様」


 ユリが放送を終了した地点から一歩も動かず、静かに物思いに耽っていると。そう声を掛けながら、駆け寄ってくる少女の姿が目に入った。

 もちろんユリにはそれが誰なのか、声だけでもすぐに判った。


「あら、ロゼロッテ。私に会いに来てくれたのかしら?」

「もちろんです。神域都市『蓬莱』の宣伝をして下さっている『放送』を視聴しましたので、これは旦那様に是非ともお礼を言わなければと思いまして」

「律儀ねえ」


 ユリはロゼロッテに、ここ蓬莱の領主役を任せている。

 どうやら来年からの一般開放を前に、自分が担当する都市が宣伝されたことに、わざわざロゼロッテは礼を言いに来てくれたらしい。

 何とも彼女らしく、生真面目なことだと、思わずユリは苦笑してしまう。


 夜更けの商店街で立ち話というのも何なので。ユリはロゼロッテを連れて、すぐ近くにある一件の甘味処へと入店する。


「いらっしゃいませー! あ、ユリ様だ! いらっしゃいませ!」


 ユリの姿を見つけた年端もいかぬ幼い少女の店員が―――というか店長(・・)が、無垢な笑顔を浮かべながらすぐに応対してくれた。

 善哉(ぜんざい)を2人分注文すると共に個室を利用したい旨を告げて、ユリはロゼロッテを連れ、店の奥にある小さめの和室のほうへと移動する。


 ここは櫛名田比売(クシナダヒメ)という神様が経営するお店だ。

 ―――先程の幼い少女の店長こそ、まさにそのクシナダヒメ本人になる。

 ちなみにクシナダヒメは、スサノオの嫡妻でもある。スサノオには何人かの妻が居るわけだけれど、その中でも特にこんなに幼い女の子を嫡妻に選ぶぐらいなのだから……。間違いなくスサノオはロリコンだと考えて良いだろう。


「……あの、旦那様」

「うん。何かしら、ロゼロッテ?」

「この『蓬莱』ですが、気付けばこんな立派な都市になってしまって―――本当に私なんかに、この都市の領主役を任せてしまっても大丈夫なのでしょうか?」

なんか(・・・)、なんて言わないの」

「あうっ」


 不安そうな表情をするロゼロッテの額を、ユリはデコピンで軽く小突く。

 痛くないように充分に手加減したのだけれど、それでも不意を打たれたせいか、ロゼロッテの口からは可愛らしい声が漏れた。


「あなたになら充分に任せられると思ったから、任せたのよ? ロゼロッテは私の目が節穴だと言いたいのかしら?」

「そ、そんな、滅相もありません」

「それに―――以前にも言ったけれど。別に私は、ロゼロッテに『完璧』を求めるつもりは無いから、失敗を畏れず気軽に挑戦してみると良いでしょう。

 何度失敗したとしても、ロゼロッテならその失敗から多くを学び、良き為政者になってくれると。私はそう信じているわ」

「旦那様……。わ、判りました。頑張ってみます」


 むん、と気合を入れた顔をしながら、ロゼロッテがそう応える。

 その表情を見て、ユリは微笑みながら頷いた。


「ロゼロッテ、あなたにひとつアドバイスをあげるわ」

「あ、はい。是非お願いします!」

「もし内心で不安を感じることがあっても―――普段から今みたいに、明るい表情をするよう努めなさい。為政者が不安そうな顔をしていると、その不安はあなたの施政を享受する者にも伝播する。逆に、あなたが明るい顔をしていれば、市民達も何となく未来の展望が明るいような気持ちになることでしょう」

「……えっ。そういうもの、なのですか?」

「ええ。それが2年近く君主をしてきた上で、私が学んだ最も大切な秘訣よ」


 国を治め始めた当初は、言うまでもなくユリもまた初心者だった。

 なればこそ、いま正に初心者の気持ちで『都市の領主役』という重職に向かい合うロゼロッテに、この2年弱でユリが学び得たことが役立つ筈だ。


「『蓬莱』を良い都市にしたいと思うのなら、まずロゼロッテ自身が『この都市を良い都市にしてみせる』という強い気概を持ちなさい。―――それ自体は何の根拠も伴わない自信でも構わないから。

 そうすれば、あなたの顔を見た人達にその気概は伝播していく。市民達の多くが『良い都市にしよう』という気概を持ってくれれば、しめたものよ。後はそれ以降ロゼロッテが何もしなかったとしても、勝手にこの都市は良くなっていくわ」

「そ、そういうものなのですか……?」

「私を信じなさい」


 無論、実際にはそれだけで全て上手く行くわけではないけれど―――。

 都市の頂点に立つ者が不安そうな顔をしていても、その下で働く人達や市民達に何ひとつプラスの影響が無いということだけは、紛れもない事実だ。


 為政者は自信に溢れた表情をして、堂々としている方が良い。

 少なくともユリは、為政者として外部の人と相対する際にはいつも、それを意識するように心懸けているし。それで上手く行っているという自負もあるのだ。



 

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お読み下さりありがとうございました。

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