209. 蓬莱
[1]
「姐様! 無事に『神域都市』が完成しましたことを、ご報告致します!」
―――『冬月36日』の正午より少し前。
ユリが朝の仕事を終える頃を見計らい、執務室を訪ねてきたメテオラが。何とも嬉しそうな声色で、そう報告してくれた。
元々『神域都市』に関しては、年内には完成させてくれるという話だったので、その約束をメテオラ率いる『桔梗』の子達は守ってくれたことになる。
「長い間お疲れさまでした、メテオラ。流石に今回は大変だったのかしら?」
『和』の趣を重要視している『神域都市』の建物は、全て木造建築な上に瓦葺きだったりと、『リーンガルド』で一般的な建物とは色々と掛け離れている。
だから流石に『桔梗』の子達でも勝手が違い過ぎて、苦労する所が多かっただろうことは、想像に難くなかった。
「えっと、そうですね……和風建築自体は、慣れれば然程でもありませんでした」
「あら、そうなの?」
「はい。途中からはカナヤマヒコ様を筆頭に、この世界にお迎えした神様方からも色々とお話や指導を頂きながら建築作業にあたることが出来ましたので。
特に『釘を殆ど使わない建築方法』などは、色々と学ぶべき所も多かったです」
「―――ああ。いわゆる『木組み』というものかしら」
「流石は姐様ですね、既にご存じでしたか」
宮大工の技法として、とても有名なものだ。
テレビでは『釘を一本も使わない建築技法』だと誇張されることが多いけれど。実際には使う量が少ないだけで、大抵の神社仏閣では普通に釘が使われているという話を、昔祖父から聞いたことがある。
「木組みを用いた建て方って、大変ではないの?」
「いえ、慣れてしまえば設計段階で色々と工夫を利かせられますから、なかなかに便利でした。少し『プレハブ工法』に近いものがあるかもしれません」
「なるほど、判る気がするわ」
予め『木組み』に必要な部品を設計・作成して持ち込めば、あとは建築現場で速やかに組み立てることが可能だという点では、確かにメテオラの言う通り、近しいものがあると言えるかもしれない。
ユリも日本人だった頃には、一応『建設業』に含まれる仕事に従事していたわけなので、多少は理解が及ぶ所があった。
「どちらかと言えば大変だったのは、あちらの神様方から『こんな建物が欲しい』とか『こういう建物に造り直して欲しい』とか、要望が後出しで色々と追加されていったことですね。本当はもっと早めに完成させたかったのですが、対応に労力を割かれまして、結果として随分と遅くなってしまいました」
「ああ……。それは本当に、色々と苦労を掛けてしまったわね……」
『神域都市』に関しては『神様にとって住み良い都市』であることが何より重要だと考えていたため、当初よりアマテラスを筆頭とした神々の希望を最大限汲んであげるよう、『桔梗』の子達にはユリからお願いしていたのだ。
ユリから頼まれたとなれば、『桔梗』の子達に否があろう筈も無くて。そして、自分たちが出すあらゆる希望が全て叶えられるものだから、神々の側も最終的には『桔梗』に対して全く遠慮をしなくなってしまったのだろう。
この辺りのことは後で『神域都市』の神々から意見を聴取して、場合によってはアマテラスに苦情を言っておいたほうが良さそうだ。
『桔梗』は『百合帝国』のために、延いては主であるユリの為に行動する部隊であり、決して神々に奉仕するために存在しているわけでは無い。都市建造に充分な配慮をするつもりはあるけれど、だからといって彼女達を何でも便利に使われてしまうのは、ユリとしてもあまり気分の良いものでは無かった。
「ところで、姐様にひとつお願いしたいことがあります!」
「あら、何かしら?」
「完成した『神域都市』に、名前を頂きたいのです!」
「ふむ……」
今までも『桔梗』の子達は常に、完成した都市にユリが名前を付けることを望んできていた。だから今回もそう来ることは、予測できてはいたわけだけれど。
「都市名は『高天原』―――では駄目なのかしら?」
『神域都市』は間違いなく百合帝国の統治下にあるわけだけれど、実際には都市の自治に関してはアマテラスに任せる部分が多くなる見込みだ。
そういう意味ではユリの統治下にあることよりも、アマテラスの自治下にあることを強く主張できる『高天原』という名前のほうが、望ましい部分がある。
「もちろん姐様の意志が最優先ですから、どうしてもその名前になさりたいようでしたら、我々に異存はありません。
ですが―――我々としてはやはり、自分たちの誇りと名誉にかけて建造した都市には、姐様から名前を頂戴したいという、強い想いがあります!」
『百合帝国』の皆がユリの意志を最大限に尊重してくれるのと同じように。主であるユリもまた『百合帝国』の皆の意志以上に、優先すべきことはない。
メテオラから真っ直ぐな視線でそう望まれれば―――その想いを無下にすることなど、どうしてユリに出来るだろうか。
「……判ったわ。メテオラがそう言うなら、名前は私が付けましょう。
では、そうね―――都市名は日本語で『ホウライ』ということでどうかしら」
「ホウライ、ですか? 良い名だとは思いますが……できれば都市の名前の中に、姐様の名を冠して頂けると嬉しいのですが」
これまでに『桔梗』が建造してきた都市には、『ユリタニア』や『ユリシス』、『ユリーカ』といった具合に、全て『ユリ』の名が冠されている。
メテオラとしては今回も、それと同様の名前を希望しているらしい。
「これは、きっと『百合帝国』でも知っている子が少ないと思うのだけれど。実は私には元々、もうひとつ名前があってね。それが『蓬莱寺百合』って言うの。ユリという名前に加えて、ホウライジという姓があるような感じね」
「―――そ、そうだったのですか。申し訳ありません、初めて知りました」
「それは言っていなかった私が悪いのだから、メテオラが謝ることでは無いわ。
えっと―――だから『ホウライ』という都市名は、私が持つもうひとつの名前のようなものと思って貰えると嬉しいわ。それでもご不満かしら?」
「いえ! とても光栄な名前を戴いたということが、よく判りました!」
どうやらメテオラには納得して貰えたようだ。
『蓬莱寺』という名字はユリ自身も気に入っているものなので、受け容れて貰えたのはとても嬉しい。一応『神域都市』は神道の神様の住まう都市なので、『寺』の文字だけは抜いて『ホウライ』とさせて貰った。
少し気になるのは……カナで『ホウライ』と書くと、少し間抜けな印象を受ける気がすることだろうか。出来れば漢字で『蓬莱』と書くほうが格好が付くのだが。
(ああ―――別に日本語の都市名にしても、構わないかもしれないわね)
オモイカネに任せた『八意塾』によって、今後は国民に日本語の教育を行うことが予定されているのだから。別にカナ表記に拘る必要も無い。
ユリは執務机の引き出しから用紙を一枚取り出し、そこに『蓬莱』の文字を漢字で認める。その用紙を、そのままメテオラに手渡した。
「都市名は漢字でこう書くわ。各所に通達しておいて貰えるかしら?」
「はい、承知しました姐様!」
ユリの用紙を大事そうに抱えて、足早に執務室を退室するメテオラ。
その背中を見送った後に。彼女が開けっ放しにしたまま出て行った扉を眺めて、ユリは困ったように眉尻を下げながらも、くすりと小さく微笑んだ。
-
お読み下さりありがとうございました。




