208. 神域都市産の食べ物(後)
スイカだけではない。フルーツ籠の中に入った果物はどれも―――イチゴも、ミカンも、モモも、試食してみるといずれも甘味が明らかに足りていなかった。
いずれも、果物自体の味わいはしっかりあるのだけれど。何だか纏まりの悪い、ぼんやりとした味にしか感じられない。
(ミカンにも、甘さって大事なんだなあ……)
味を確かめながら、ユリはそんなことを思う。
明確な酸っぱささえあれば、充分に芯の通った味になりそうなものだが。実際にはそうならないということが、食べてみるとよく判った。
どうやら酸っぱい果物でも、甘味が不足していると味が立たないようだ。
「ユーロ。これの原因は判っているの?」
「おそらくは促成栽培の弊害かと」
「ああ……」
『神域都市』は神々の恩寵が土地に齎され過ぎるせいで、農作物を栽培するとその生長速度が通常の何倍にも飛躍的に向上する。
通常は1年に1回しか収穫できないはずの作物が年に5~6回、あるいはそれ以上のペースで結実するというのだから、その差はあまりにも顕著だ。
「ううん……。勿体ないわね、何とかならないものかしら?」
「促成栽培に対応した作物種の研究などが進めば、いつかは改善が期待できるかもしれませんが。少なくとも現状では難しいように思えますね」
「……そう、残念ね」
誰よりも食材に精通するユーロがそう告げるのだから、その憶測に誤りは無いとみて良いだろう。
手元の皿の上にある、カットされたモモを再びユリは口の中に投じてみる。
充分にモモの味はするのだが。けれど―――やっぱり、何だか物足りない味だ。
「あの、ユリお姉さま」
「うん? 何かしら、エシュトア」
「確かにユーロ様の仰る通り、これらの果物はそのまま食べると少々がっかりする味わいをしているように思いますが。ジャムにするとか、加工すれば美味しく頂けるのではないでしょうか」
「あら。それは悪くない着想かもしれないわね」
甘味が足りていないだけで、果物の味自体は充分にあるのだ。
砂糖と共に煮詰めれば、きっと美味しいジャムが出来上がることだろう。
「絞って果汁にすれば味の調整が容易になるから、ジュースに用いるのも良さそうね。あとはエシュトアの言う通りジャムにするのも良いけれど、コンポートにするなどして製菓材料に利用してしまうのも手かしら」
「ふむふむ……」
「他には、少し研究が必要だろうけれど―――乾燥させてドライフルーツにする、というのも良いのではないかしら。砂糖をまぶしてしまえば単品でも美味しく頂けるでしょうし、旅客向けの携行食にも適するでしょう。
もちろんドライフルーツも製菓材料として利用できるから、例えばパネットーネみたいな菓子パンを作る際に使用するのも素敵だと思うわ」
「おお……。ユリ姉やんは流石やなあ、勉強になるわあ……」
ユリの呟きを、手早くユーロがメモ帳に記録していく。
現代日本でも形が良くなかったり、果皮が破損していたり、虫食いがあるような果物などは、消費者が購買意欲を持ってくれないので、よくジュースや製菓材料に加工利用するという話を聞いたことがある。
要はそれと同じようなことを『神域都市』産の果物でやれば良いのだ。
「私はあまり酒造には詳しく無いのだけれど、加工して果実酒にしてみるのも面白いのではないかしら。あるいは逆に、果物を酒に漬け込むのもアリかしら」
「なるほどなあ……。果実酒についてはスクナビコナさんに相談してみます」
「ええ、それが良いと思うわ」
スクナビコナは『神域都市』に於ける酒造の第一人者だ。
『神域都市』で採れる作物は、やはりその都市の中で加工して消費するのが良いだろうから、彼にも相談しておく方が話が円滑に進むことだろう。
「そういえばこれって、果物以外はどうなの?」
ふと、ユリはそう思ってユーロに問いかける。
果物の味に問題があることは判ったが、『神域都市』で栽培しているのは果物ばかりではない。野菜や穀物なども、もちろん色々と育てているのだ。
「そっちも似たようなもんですね。野菜の場合は『甘味』が足りないわけじゃ無いんでしょうが―――やっぱり、何だか一味足らんような出来になります」
「そう……」
「あ、ただ例外的に『米』だけは美味しいですね。1ヶ月に2回のペースで作ってるらしいんですが、こっちは私が太鼓判を捺せるぐらいに美味しいです」
ユーロが太鼓判を捺すと言うのなら、それは本当に美味しいのだろう。
『神域都市』には農業の神様が何柱も居るわけだけれど。それ以上に『稲作』を司り、その生育に恩寵を与える神様は多数存在している。
促成栽培されていてもなお、稲作だけは例外的に、充分な美味しさを保てているのはそのためだろう。不味い米の存在など、高天原の神様が許す筈も無いのだ。
もちろん日本人であるユリにとっても『米』は大事な食べ物なので、それだけでも美味しく出来るという報告はとても嬉しい。
1ヶ月に2回のペースと言うことは、年に8回も作れると言うことだ。八毛作で美味しいお米が採れるというのは、どうにも信じ難いものがあるけれど。
「しかし、製菓の材料として使うってのは盲点やったなあ……。国内に菓子ブームが起きたりすれば、砂糖の需要が今後増えるかもしれませんね」
「それは別に構わないのでは無いかしら。『神域都市』でサトウキビなりテンサイなりを促成栽培して貰えば済む話でしょう?」
「……甘くないサトウキビが出来たりしませんかね?」
「こ、怖いわね、それ」
ユーロの言葉に、思わずユリは苦笑してしまう。
もし糖分がごっそり抜け落ちたサトウキビが出来上がるようなら、それはそれで一度ぐらい味わってみたい気もするけれど。
「まあ、その時は『神域都市』に拘らずに、他の都市で育てればいいわ。まだまだここユリタニアの周囲にだって、土地は幾らでも余っているのだしね」
「そうですなあ。結界を張って環境を調節すれば、何でも育てられるでしょうし」
『紅梅』に頼んで農地に【調温結界】を張って貰えば、その農地の気温を厳密に管理することができる。【障壁結界】も併用すれば雨水の侵入を阻止できるため、農地に与える水量も意図した通りに制限することができる。
つまり露地栽培でありながら、実質的にハウス栽培と同様のメリットを得ることが可能となるわけだ。これに加えて、大地の精霊を使役することによる土壌の改良なども併用すれば―――育てられない作物など、無いと言っても良いだろう。
やろうと思えばコーヒーノキだって問題無く栽培できる筈だ。コーヒーベルトとは一体何だったのかと、思わず首を傾げそうにもなるけれど。
「ユーロ。『神域都市』にはリンゴの樹もあるのかしら?」
「あるよ? あそこの神様さん達は、こっちが希望すれば果樹でも何でも、即日で用意してくれるからなあ」
ユリの言葉を受けて、ユーロがどこからともなくリンゴが入った籠を取り出す。
その場で皮を剥いてカットしてくれたので、ひとつ頂いてみるけれど。
まあ……判ってはいたが、単品ではあまり美味しくない。
「ユーロ。今日はあなたが焼いてくれたアップルパイが食べたい気分だわ」
「おっ、ユリ姉やん好きやもんなあ。それなら作るかあ」
ユリは基本的に、緑茶や紅茶のお供として合う菓子を好むところがある。
特にユーロが作るリンゴのコンポートを閉じ込めたアップルパイはユリの好物のひとつで、この世界に来てから既に幾度となく彼女に作って貰っていた。
「ユリお姉さまの好物なのでしたら、是非作り方を教わりたいです!」
「おお、ならみんなで作ろかー」
エシュトアの要望を受けて、その場でユーロによるアップルパイ教室が開催される。どうやらエシュトアだけでなく、ソフィアとロザミアの2人もレシピの習得に意欲的なようだ。
4人の少女たちが、姦しくも楽しげに会話を交わしながらアップルパイを作っていく光景を脇で眺めながら。ユリは今日もまた幸せな一日だなと、静かに感慨深く思い、少しぬるくなったお茶のカップを傾けていた。
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