21. 『職業』と『天職』
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基本的にユリは、毎日の午前中は執務をしながら過ごすことが多い。
と言っても、そんなに何時間も手が取られるほど仕事の量が多いというわけでもない。ユリ自身が決裁したり目を通さなければならない書類はあるけれど、そうでない書類については『撫子』の子が事前に片付けてくれているからだ。
領主館の中には、もともと領主が仕事をするための執務室があったため、ユリはその部屋を使わせて貰っている。重厚な机がひとつ置かれただけの部屋だけれど、執務仕事をする上ではそれで充分だった。
ただ、最近は『寵愛当番』の子が護衛として1日中ユリと一緒に居てくれるようになったので、現在の執務室には椅子が1脚余分に設置されている。
すぐ隣に居て、ユリの話し相手になって貰う為の席だ。場合によってはユリが決済する案件について相談したり、意見を貰うことも多い。
「まさか全滅とは……。流石にこれは想定外ね」
「そうなあ。結構期待しとっただけに、がっかりやったわ」
今も1枚の書類について目を通しながら、ユーロに意見を聞いている。
何しろこの報告書類は、ユーロが所属する『竜胆』から上がってきたものだ。
書類には『異世界素材の生産活用についての報告』と書かれており、標題の通りこの世界で調達した素材を、生産部隊である『竜胆』が活用してみた結果について記されている。
もともとは植物系素材と魔物素材ぐらいしか調達できていなかったのだけれど、ニルデアの都市を占領したことで、今では素材を『市場で購って』手に入れることも可能となった。
そしてニルデアは『要衝都市』の異名を持つだけのことはあり、周辺にある都市から様々な物が日々持ち込まれている。お陰で今回調査の為に様々な素材を集めるのにも、それほど苦労はしなかったようだ。
ちなみに行商人の馬車は、統治者が『百合帝国』になった今でも、昔と変わらない頻度でニルデアの都市へやってきている。と言うかそもそも、荷を持ち込んでくる行商人達はニルデアの統治者が変わっていること自体を知らないようだ。
どうやらこの世界では、情報の伝播に想像以上の時間が掛かるらしい。
あるいは―――都市を奪われたという、不名誉な敗戦の事実を隠すために、エルダート王国が情報を統制している可能性も無いではないが。
ともかく、市場から様々な素材を容易に得られるようになったことで『竜胆』の生産部隊は俄に活気立つことになった。
生産職をレベル200まで極めた者達が未知の素材を扱う機会を得たのだから、これ自体は当然のことだろう。
けれど有り余る意欲とは裏腹に―――その結果は散々だったようだ。
「この世界の鉱石から地金を作るのも、購入した地金を加工して武器を作るのも失敗。採取した薬草で薬を作るのも、霊薬を作るのも失敗。購入した木材を加工して弓や槍を作るのにも失敗。魔物から得た生革を皮革に鞣すことにも失敗、か……」
「改めて列挙されると、ホント酷いなあ……」
ユリのすぐ隣で話を聞いていたユーロが苦笑してみせる。
異世界素材を用いた生産は、何もかもが失敗したと言っても良いだろう。
「これは、失敗するだけの理由があると見てええやろね」
「ええ、判っているわ」
ユーロの言葉に、ユリは迷うことなく頷く。
全員がレベル200の生産職で構成される『竜胆』の腕前は尋常ではない。
例えば〈錬星術師〉のアルマなどは、逆立ちしながらでも余裕で『賢者の石』を錬金できてしまう程の技術を持っている。
……というか、実際にやっている姿を先日目撃してしまった。
ここまで来ると、もはや『凄腕』というより『変態』と言って良い気もする。
『賢者の石』の生産素材には今となっては再入手が不可能な物も含まれるので、できればもう少し真面目にやって欲しいものだけれど。
そんなレベルに達している職人が『地金の生産に失敗』『木材を削って槍の柄を造るのに失敗』『魔物の皮を鞣すのに失敗』というのは、流石に看過できない。
これらの内容は、いずれも職人にとって初歩中の初歩の加工だからだ。
どう考えても『職人に何かの手落ちがあって失敗した』わけではない。ユーロの言う通り、これは『失敗するべくして失敗した』のだと考える方が自然だろう。
「―――この世界の素材は、私達の職業では『扱えない』と」
「どう考えても、その可能性が高いなあ」
ユリもつい昨日、ルベッタ達から渡された書類を読んで知ったばかりなのだが。この世界にはユリ達が知るものと全く別の職業システムが存在しているらしい。
それは『天職』と呼ばれるものだ。この世界の人達は『成人を迎えた後に神殿で儀式を行う』ことで、神様がその人に最も向いていると判断した天職を1つ授けてくれるらしい。この儀式は基本的に無料で受けることができる。
つまり、自分の意志で天職を選べるわけではない。但し、神様から与えられた天職が気に入らなければ神殿で『天職を変更する儀式』を行うこともできるそうだ。
こちらの儀式は有料だし、しかも1ヶ月に1度までしか行えない制限があるが。ある程度懐に余裕がある人は、気に入った天職が出るまで儀式を繰り返すことも、別に珍しくはないらしい。
―――あとは大体、ユリの知る職業とシステム的に大差はない。
天職は経験値を得ることでレベルアップさせることができ、天職に応じた能力値が増加すると共に、天職に関連するスキルや魔術などを修得することができる。
一応こちらの世界では、日々の生活をこなすだけでも経験値が少しずつ貯まる、という点では違いもあるようだ。つまり、レベルを上げるために必ずしも魔物と戦う必要は無いらしい。
とはいえ、日々の生活で得られる経験値は、魔物を狩ることで得られる経験値に較べると遙かに少ない。長命の種族でもない限り、魔物と戦わずに生きている人は終生レベルが10以上になることは無いそうだ。
『アトロス・オンライン』のゲーム内で、金属を加工する職業と言えば〈鍛冶職人〉が相当するが。こちらの世界にも〔鍛冶職人〕という、同名の天職が存在することが既に判っている。
こちらの世界の鉱石や金属を扱うためには、後者の〔鍛冶職人〕の天職が必要不可欠なのかもしれない。どんなにレベルが高くとも、前者の〈鍛冶職人〉ではダメなのだ。
「一度こちらの〔鍛冶職人〕の人に『リーンガルド』の鉱石を渡して、地金を作成してみて貰うのも良さそうね」
「そうですねえ。逆も不可なのかは気になる所やわ」
―――ユーロとそんな話をしていると。
不意に執務室の中に、ドアがノックされる音が2回響いた。
「どうぞー?」
少し声を張り上げて、ユリがドアの向こうに居る誰かに呼びかけると。
「失礼致します」
それに応えて、背中に白い双翼を持つ少女がひとり部屋の中へと入ってきた。
種族が『有翼種』であることを示す白い双翼は、『睡蓮』の持つ最大の特徴でもある。
「どうしたの、セラ?」
「執務中に申し訳ありません。どうしてもユリ様にお願いしたいことがありますので、少しだけ時間を頂きたく存じます」
睡蓮は『百合帝国』の中で最も神聖魔法の扱いに優れる部隊で、全部で360名も居るギルドメンバー全員を、瞬時に全快させる程の圧倒的な回復力を持つ。
もっとも―――その力が発揮できたのは『アトロス・オンライン』のゲーム内にある世界、つまり『リーンガルド』に居た頃だけだ。
今の睡蓮は異世界へと転移したことで自分たちが信仰する『リーンガルド』の神様から力を借りることができなくなり、神聖魔法が一切行使できなくなっている。
「あなたのお願いなら無下にするつもりは無いけれど。一体どうしたの?」
「どうか私達『睡蓮』に、『天職』を得ることをお許し下さいませんでしょうか」
真っ直ぐにユリの瞳を見据えながら、セラはそう告げる。
彼女が―――睡蓮が『天職』の取得を希望する可能性については、ユリも事前に思い至っていた。
神聖魔法が一切使えなくなった以上、現在の睡蓮はレベル200の能力値を持つだけの『ただの人』になってしまったようなものだ。
もちろんレベル200ともなれば能力値はかなりのものなので、決して弱いわけではない。ないのだけれど―――それは他部隊の誰にでも代替が利く程度の強さでしかないのも事実ではある。
「―――セラ。それは『睡蓮』の総意と見ても?」
「はい。全員の意志を確認しましたが、一致しております」
「そう……」
総意となれば、その意志を無下にするわけにもいかない。
とはいえ『天職』を得ることについて、ユリは『一定のリスクがある』と考えていることもまた事実だった。
「セラ。仮定の話で悪いのだけれど、少し聞いてくれるかしら」
「はい。何でしょう、ユリ様」
「私達の持つ『職業』とこの世界の『天職』は、明確な違いがあり、けれど本質的には似通った部分も多いものだと思うの。だから私はこの二つが整合せず、同時に得てしまうことで競合、あるいは衝突する可能性があると思うのよ」
「………? 申し訳ありません、ユリ様。仰る意味がわかりかねます」
「簡単に言えば『天職』を得ると、代わりに『職業』を失うことも有り得るのではないかと、そう私は危惧しているのよ」
職業と天職は、どちらも世界独自の基幹システムだ。
それを同時に導入しようとすれば、コンフリクトを起こす可能性がある。
―――そんな風に考えてしまうのは、建設業に携わりながらも屋外で活動する機会に乏しく、日がなPCで作業をしていることが多かった過去のせいだろうか。
「つまり、ユリ様に鍛えて頂いたこのレベルを失うかもしれない……?」
ユリが告げた内容は、セラにとって完全に予想外のものだったのだろう。
今のセラは、判りやすいぐらいに表情を青ざめさせていた。
「少なくとも『可能性はある』と私は考えるわ。もちろん、私が勝手に怖れているだけで、そんなことは全く起きないかもしれないし。あるいは……そもそも私達には『天職』を得ること自体が不可能ということも、充分有り得るとは思うけれど」
「それはまあ、そうやろねえ」
所詮、私達『百合帝国』はこの世界にとって、異端の存在に過ぎない。
この世界の住人にとっては当たり前に享受できる恩恵も、私達にとっては手が出せない―――。そういうことも、充分に有り得るようにユリには思えるのだ。
「……すみません。少し皆で考える時間を頂戴してもよろしいでしょうか」
「ええ。急かすことはないから、ゆっくり考えて頂戴」
ユリにそう言われて、少し気落ちした表情でセラが執務室を後にする。
その背中を暫くの間見送っていたユーロが、
「こっちとしても他人事やないなあ……」
と、小さく呟いていたのが、ユリにはとても印象的だった。
『リーンガルド』から持ち込んだ素材が、少なくとも今の時点では潤沢にある。けれどもそれは利用していく内に確実に消費されていき、いつかは尽きる運命下にあることもまた事実だ。
それは、まだまだ先の遠い未来だろうけれど。いつか、その未来が来てしまった時には『竜胆』もまた今の『睡蓮』と同じで、持ち前の才覚を活かす術を失う。
ユーロが『他人事ではない』と危惧するのも、理解できる話だった。
執務室の椅子に深くもたれ掛かりながら、ユリは暫し天井を仰ぐ。
ニルデアの統治については、さほど大きな問題は生じていないつもりだけれど。それでも、この世界での『百合帝国』の全てが順風満帆、というわけではない。
力を失った睡蓮のこと。生産に難航する竜胆のこと―――。悩ましい事柄は幾つかあるけれど、どれも時間が解決するような問題でもない。
正面から向き合い、改善を試みるしかないのかもしれなかった。
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お読み下さりありがとうございました。
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