206. 外洋と接せぬ海
昨日投稿した分のタイトルが誤っておりました(後編にも拘わらず『前』編表記になっておりました)。
これはお恥ずかしい……。誤字報告機能を利用しての指摘を、多数頂戴致しました。ありがとうございます。
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昨日、ユリはスサノオと決闘を行い、己の『武』を彼に示した。
実際に示したのはユリ自身の力ではなく、ロザミアの戦闘能力なわけだけれど。〈召喚術師〉系の職業を持つ者が、自身ではなく召喚した使役獣によって武威を示すのは『アトロス・オンライン』のゲーム内では当たり前の話だ。
好戦的な神々は、武を持たない相手に対しては反抗的な態度を取ることもあるけれど。一方で充分な力を示した相手に対しては、相応の敬意をもって接する。
ロザミアが頬へのビンタ一発でスサノオを倒した様子は、ユリが『放送』していたことで『神域都市』に住まう全ての神々の知る所となった。
使役獣の力は、即ち召喚主の力だ。これにより『神域都市』へ最後にお迎えしていた『好戦的』な神々は、誰もがユリの強さを認めることとなった。
ユリが女帝を務める百合帝国に『神域都市』が帰属することについても、もはや異論を口にする者は誰も居ないようだ。
ちなみに、アマテラスやツクヨミのレベルが2500前後であるのに対し、スサノオのレベルが『361』しか無かったのは、お迎えする際に用いた御神体の格が全く異なるからだ。
アマテラスやツクヨミには『八咫鏡+10』という、10回もの『神器強化』が既に行われている最高等級の御神体を用意したけれど。一方でスサノオには、特に『神器強化』を行っていない、普通の『八咫鏡』を用いた。
理由は言うまでもなく―――敵対する可能性が高い相手を、わざわざ格の高い御神体を用いることで、強化してあげる理由は無いからだ。
それでも八咫鏡が『神器』であることに変わりは無いので、スサノオは自由に顕現すること自体はできたわけだけれど。御神体の格差がレベルとして顕著に現れ、スサノオのレベルは『361』にしかならなかったわけだ。
もしスサノオのことも『八咫鏡+10』を用いてお迎えしていたならば、流石にビンタ一発で決着するような、酷い結果にはならなかったことだろう。
もっとも―――スサノオが2500を超えるレベルを有していたとしても、結局は少しばかり長く生き延びられるだけで。ロザミアの圧倒的な力の前に、何ひとつ抵抗らしい抵抗もできずに倒されただろうけれど。
ロザミアはそれほどに、凶悪無比な強さを誇っている。
『アトロス・オンライン』のラスボスが『憎悪の魔王ボロハウム』であるなら、『源悪の魔女ロザミア』はゲームの『裏ボス』とでも言うべき存在だ。
おそらくはこの『神域都市』の神々の全てが束になって襲い掛かったとしても、ロザミアは軽々と勝利してみせることだろう。
―――そんなロザミアがいま、今朝になって復活したスサノオと力を合わせて、建造中の『神域都市』のすぐ近くに海を作っていた。
ロザミアはあらゆる魔術と魔法を駆使する能力を持つ。もちろん精霊魔法も扱うことができるため、大地の精霊を操作して地形を思うままに改変し、水の精霊を操作して大型の湖を作ることぐらいは造作もないことだ。
そしてアマテラスとツクヨミの弟神であるスサノオは『海神』としての高い神格を有している。彼がその神威を振るえば、ただの泉があっという間に『海』へと姿を変えるのだ。
外洋と接していないのだから、本来であれば『海』ではなくただの『塩水湖』と呼ぶべきなのかもしれないが。
それでも―――海神であるスサノオの力が及ぶ領域である以上、ここが『海』であることは疑いようも無い事実だった。
「悪ぃな、ロザミア姐さん。力を貸してもらっちまって」
「構いませんよ。海の恵みが増えることは、百合帝国にとっての資産となります。ユリの利益になることなら、私は喜んで手を貸しましょう」
スサノオとロザミアが、どこか親しげにそう言葉を交わしている。
昨日『決闘』を行い、実際に片方が片方を殺した関係とは到底思えない会話だ。
殺された側であるスサノオは、ロザミアの強さに敬意を示して彼女を『姐さん』と呼んでいるし、ロザミアもまたそれを当然のように受け容れている。
「塩水湖なら、既に『百合帝国』の中に1つある筈だけれど。どうして都市の外にもう1つ作ろうと思ったのかしら?」
「あれはあれで悪くは無ぇけどなあ……。あの狭い『海』の中じゃ、大型の生物が生きるには厳しいだろ? もっと大きい『海』を作っておきたかったんだよ」
ユリの問いかけに、スサノオがそう回答する。
「ああ、なるほどねえ……」
確かにそれは、納得のできる答えだと思えた。
海の生物の中には、体長が数十メートルに達するようなものもいる。そのクラスの生物ともなれば、当然『神域都市』にある塩水湖では狭すぎるだろう。
都市の中にあるという都合上、あの塩水湖は拡張性に難がある。だから都市の外に、もっと大きい塩水湖を新しく作ろうと考えるのは自然な発想だろう。
「……マグロとか、食べたいわね」
ふと、目の前の『海』を見ながらユリはそんなことを思う。
マグロは大型というほど大きな生物では無いけれど、高速で遊泳する習性があるため、相応の広さがあるほうが成育環境としては適しているだろう。
「だったらマグロは多めに増やしておくか?」
「お願いできるかしら? 悪いわね、スサノオ」
「そんくらい構わねぇさ」
昨日ユリに対して向けていた敵愾心が嘘だったかのように、スサノオは親しみが入り交じった声でそう口にしてみせる。
今の彼は、本当にユリに対する敬意を持ってくれているらしい。好戦的な神様だからと厭い、今までずっとお迎えせずに居たわけだけれど。一度認めて貰えれば、なかなかに気の良い人物であるようだ。
「できれば生で食べても問題無いように、寄生虫が居ない海にして欲しいわね」
「難しいことを言うなあ……まあ、ユリ姐さんの頼みじゃ仕方ねえ。やっとくよ」
「ふふ。ありがとう、スサノオ」
「おう」
少し照れくさそうに、返事をするスサノオ。
どうやらロザミア同様に、ユリのことも彼は『姐さん』と呼んでくれるらしい。
百合帝国の首都であるユリタニアは、メキア大陸のちょうど中央に位置しているため、外洋からは遠く離れ過ぎている。
当然、海産物を手に入れることなど、望むべくも無い場所なわけだけれど。海神として高い神格を持つスサノオが居てくれれば、こんな場所でも海の恵みを手に入れることができてしまうわけだ。
今やすっかり名物となっている、ユリタニアやユリシスの都市中に展開している屋台の中で、魔物の肉以外に海産物をメインに扱った料理が増える―――。
そんな日が来るのも、もう遠い話では無いのかもしれなかった。
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