205. 最強の駒(後)
「人間にしか見えねえが……。それが、お前の最強の駒なのか?」
ユリによって召喚されたロザミアの姿を見て、スサノオが訝しげにそう問いかける。
ロザミアの姿は完全に普通の人間と変わらないものなので、魔物であるようには全く見えない。スサノオが疑問に思うのはもっともだった。
「いかにも、私がユリの最強の手駒よ。魔物には見えないかしら?」
ユリが答えるより早く、ロザミアがそう答える。
「全ッ然見えねえ」
「だったら〈鑑定〉で私を視てみると良いでしょう」
〈鑑定〉のスキルを用いれば、ステータスを確認するのと同時に『種族』などの情報も得ることができる。
相手が人族なら『人間』や『エルフ』といった種族名が確認できるし、相手が魔物であれば『魔獣』や『竜』のような魔物の種類名が確認できることだろう。
促されたスサノオが、目を眇めてロザミアの姿を見つめる。
言われた通り〈鑑定〉スキルを行使しているのだろう。そして―――少しの間があった後に、スサノオは酷く狼狽した声で「マジかよ……」と言葉を零した。
〈鑑定〉を用いれば、相手の『レベル』や『ステータス』の情報が視える。
『レベル4000』という、全ての魔物の頂点に君臨する『魔王』さえ軽く凌駕する強さをロザミアが有していることを知れば、驚くのも当然だと言えた。
「あなたの方から『最強の駒』を召喚するよう要求したのだもの。私はその希望に応えてあげただけなのだから、もちろんご不満なんて無いわよね?」
「い、いや……しかし、流石にこの力量差は……」
ユリの言葉に、たちまち複雑そうな表情になるスサノオ。
彼我の戦力差に『勝負が成立しない』程の開きがあるのは明白なことだった。
「大丈夫ですよ。私は魔術や魔法の類は何でも得意とする魔女ですからね。今からあなたを殺しますけれど、ちゃんと後で蘇生魔法は使ってあげましょう」
にこりと微笑みながら、そう告げるロザミア。
その言葉を受けて、スサノオはゆっくり3歩ほど後ずさった。
「別に嫌になったなら、やめても良いのよ? もともと『決闘』なんて、スサノオが一方的に持ちかけてきた話であって、私は乗り気ではなかったのだし」
半ば助け船を出すような気持ちから、ユリがそう告げると。
スサノオは一瞬だけ迷うような表情を見せながらも―――けれど、すぐに左右に頭を振って、ユリの提案を拒否してみせた。
「……そうは行かねえ。お前がこの国の『王』なんだろう? 実力を知りもしない相手に支配されるなんて、絶対に御免だね」
「つまり、私の実力を認めれば、下に付くのも吝かでは無い?」
「む……。まあ、そうだな……」
「では、やはり一度死んで頂く必要があるようね」
お迎えした神々の本体はあくまでも『御神体』にあるので、そもそもスサノオの顕現体を殺した所で、別に彼が死ぬわけではない。
ロザミアが蘇生魔法を行使するまでもなく、一晩も経てば力を再充填して、また今と同じように顕現することができるだろう。
―――だから、遠慮をする必要は無い筈だ。
「ロザミア、手早く済ませて頂戴。それから食事にでも行きましょう」
「いいですね、ユリ。私は肉料理が食べたいです」
「それなら丁度良い場所があるから、案内するわ。魔物の肉をふんだんに用いた、美味しい料理を振る舞う屋台が集まった広場があるから。そこで一緒に屋台巡りに洒落込むとしましょう?」
「ああ、素敵ですね。では―――こんな茶番はさっさと終わらせましょう。
さっさと掛かってきて下さい。遠慮はいりませんから」
くいっと手招きして、スサノオを挑発するロザミア。
それを受けて、スサノオは明らかに困惑の表情を浮かべる。
「……武器はいらないのか?」
「いらないわね。私は『魔女』だけれど、武器も魔法もなしで戦ってあげるわ。
それでも勝てない相手があると、一度学んでおくと良いでしょう」
ロザミアの物言いは、明らかに相手を見下すようなものだったけれど。スサノオは何も言わずに、ただ腰に佩いていた刀剣を抜いて両手に構えた。
スサノオのレベルは『361』。もちろん充分に高いレベルなのだけれど、それでもレベルが『4000』もあるロザミアに較べれば、蟻にも等しい存在だ。
これほど明確な差がある相手だと、見下されたところで怒りも湧かないらしい。
「スサノオだ、参る!」
「いつでもどうぞ」
「―――うおおおおおおおおおお!!」
裂帛の気合と共に踏み込み、スサノオはロザミアを袈裟斬りにしようとする。
もちろん彼が振るう刀は、数打ちのそれではない。青白い輝きを帯びた特徴的な刀身は、それが『天羽々斬』であることを示している。
スサノオがヤマタノオロチを倒した際に用いたとされる、伝説の剣だ。言うまでもなく、非常に高い攻撃能力を持っている剣なのだけれど―――。
「残念ね。その程度の攻撃では、私に傷を負わせることはできない」
ロザミアは左手の人差し指1本で、その強烈な斬撃を受け止めた。
ボス系の魔物はよく『自分のレベルよりも低いダメージを無効化する』スキルを持っているのだけれど、ロザミアも例に漏れずその類のスキルを所持している。
彼女のレベルは『4000』なので、一撃で『4000』以上のダメージを与えられる攻撃でなければ、無効化されて『0』ダメージになってしまうわけだ。
スサノオの攻撃では―――彼女の指先に傷ひとつ負わせることはできなかった。
「それじゃ、さよなら」
小さく振りかぶったロザミアの左手が、スサノオの頬を引っぱたく。
耳を劈く破裂音と同時に、スサノオの頭部があらぬ方向へと曲がって―――彼の身体が一瞬の内に光の粒子へと変わり、空間へ溶けるように消え失せた。
頬を打擲するロザミアの一撃は、彼を殺すのに充分な威力だったらしい。
「魔術師でその[筋力]はヤバいわね。完全にゴリラじゃないの」
「あら、失礼ね。これでもお淑やかな乙女なのよ?」
ユリの言葉を受けて、ロザミアが口を尖らせたポーズをしてみせる。
すぐに、どちらからともなくぷっと噴き出して。少しの間2人で笑い合った。
魔術と魔法を得意とし、物理攻撃を大の苦手とする『魔女』であっても。流石にレベルが『4000』ともなれば身体能力値も相当な値に達しているため、素手で叩くだけでも尋常でないダメージが出る。
レベル361のスサノオでは、耐えきれる筈も無かった。
「限界まで手加減しておいて良かったわ。もうちょっと力が出ていたら、彼の頭は胴体と離ればなれになっていたでしょうし」
「ふふ。きっとその場合は、返り血で大変なことになったわね」
「【浄化】の魔法も使えるけれど、汚れるのは嫌ですねえ」
心底嫌そうな表情で、ロザミアがそう告げる。
ユリだって肉料理を食べに行く前に、そんな惨状など見たくはない。
「それにしても―――今のユリは、本当に平然と私を召喚していられるのですね」
「凄いでしょう?」
「ええ、本当に凄いわ。もう私を召喚してから結構時間が経っているけれど、大丈夫なの? そろそろ魔力霊薬を飲んだ方が良いのじゃなくて?」
「平気よ。今の私になら、ずっとあなたを召喚していられるわ。
―――これからは、常に私の傍にいてくれるかしら?」
「もちろん! ユリがお望みなら、遠慮せずにそうしますよ。もっとも―――私はユリの中にある世界に住んで、ユリだけを見続けてきたから。これまでもずっと、いつだって一緒に居たつもりですけれど」
「ああ……。言われてみれば、そうね」
使役獣は誰でも、召喚されていない間は『絶』と呼ばれる、契約した術者が有する個人的な異界領域で過ごしている。
だからロザミアが今までに居た場所は、彼女の言う通り『ユリの中にある世界』だと言えるだろう。常に一緒に居たという事実にも、なるほど相違はない。
「……待って。今あなた、私のことを『見続けてきた』って言ったわよね?」
「ええ、そうよ? 昨夜も、そのまた昨夜も―――毎晩異なる女の子達を相手に、それぞれとってもお楽しみでしたね?」
カラカラと愉快そうに笑いながら、そう言ってみせるロザミア。
全ての情事を覗かれていたことを知って、ユリはとても複雑な気持ちになった。
「別に見られて減る物じゃ無いでしょう?」
「……減らないけど、ダメージは負うわよ……」
「ま、いいじゃないの。代わりに今晩は私のことを、好きにして構わないから」
「本当ね? 言質は取ったわよ?」
「取って貰わないと困るわ。ところで―――私は『4000』より低いダメージを無力化することが出来るわけだけれど。ユリの長い指先で破って貰った場合には、破瓜の痛みを感じることってできるのかしらね?」
「知らないわよ……。夜に体験させてあげるから、待ってなさいな」
「それは楽しみね」
結論から言えば―――彼女はその日の夜、あまりの破瓜の痛みに涙した。
どんなにレベルが高くて[強靱]の能力値が高くても、そしてダメージを無効化するスキルがあろうとも。この痛みを防ぐことは、どうやら出来ないらしい。
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