204. 最強の駒(前)
[4]
―――『冬月33日』の午後1時頃。
ユリの姿は『神域都市』がある山岳地帯の、中腹にある草原の中にあった。
周囲に魔物の気配は全く感じられない。既にこの地域では『百合帝国』の子達による『駆逐』が、完璧に遂行されているからだ。
にも拘わらず―――今日のユリは、普段から身に付けている『罪業のドレス』に加えて、実戦用の各種装身具を装備限界数までぎっしりと身に付けていた。
各装備品の真価を知る人が、もし今のユリの姿を見たなら。一体これからどこの強大なレイドボスに立ち向かうのかと、思わず考えてしまうことだろう。
―――それ程の品々なのだ。言うまでもなく、それらの装備品の大半は『超』が幾つも付く程のレアアイテムばかりであり、もし市場に流通することがあれば、目が飛び出る程の金額で取引されることだろう。
だが―――ユリのすぐ目の前に立つ男性は、特に何も思うことは無いらしい。
彼も『アトロス・オンライン』のゲーム内の住人なのだから〈鑑定〉のスキルは修得している筈だが。ユリの装備品の性能をチェックしないのは―――おそらく、ユリのことを最初から侮っているからなのだろう。
彼がユリのことを『女性』だから弱いと判断したのか、それともまだ『子供』らしさが残る外見をしているから弱いと判断したのか。それはユリにも判らないが。
何にしても―――これから『決闘』を行う相手が、最初からこちらを侮ってくれているというのは。ユリからすると、明確に有利なことだと言えた。
「私は〈召喚術師〉系の職業なのだけれど。―――もし良かったら貴方とは、持ち前の『召喚』スキルを一切使わずに戦って差し上げましょうか?」
半ば煽るかのように、ユリがそう口にすると。
男性は判りやすく表情を歪めて、不快そうに言葉を返した。
「チッ、嘗めてんのか? 待っててやるから、好きなだけ開始前に召喚してくれて構わねえぜ? お子様にはそのぐらいのハンデはやらなきゃあなあ」
―――どうやら、男性はユリを『子供』とみて侮っているらしい。
まあ、それもそうだ。考えてみれば、彼が『女性』を侮るわけも無い。
何しろ、この男性―――須佐之男命の姉は、あの天照大神なのだ。
高天原の主宰神を務められる程の、とても強い姉の姿をよく知悉している彼が、男尊女卑などというつまらない考えに囚われていよう筈も無かった。
「あら、良いの? 優しいのね。では、お言葉に甘えようかしら」
そう告げて、ユリはくすりと微笑む。
ユリの職業が〈召喚術師〉系というのは、嘘ではない。
無いけれど―――〈召喚術師〉系の異端とも言える最上位職、〈絆鎖術師〉の職業を持つユリは、別に『召喚』を行わなくとも『絆』を用いて戦うことができるし、どちらかと言えばその戦い方こそを得意ともしている。
とはいえ―――。
相手がお望みなのであれば、ご期待に添うには吝かでない。
「お前の持つ、最強の駒を好きなだけ召喚してみろよ」
「……あらあら」
男性が追加で告げた言葉に、思わずユリは笑ってしまう。
ヴォルミシア帝国を侵攻した時と同じように、氷竜リンドヴルムを召喚しようと思っていたのだけれど。どうやらスサノオは、ユリが持つ『最強の駒』をご所望らしい。―――なら、その希望にも応えてあげなければ。
〈召喚術師〉系の職業は、他のプレイヤーや配下NPC、自身が召喚した『使役獣』などに一切頼ることなく、単身で討伐できた魔物であれば、どんな魔物でも自身の『使役獣』にすることができる。
なので、覇竜ラドラグルフや氷竜リンドヴルムのような『レイドボス』の魔物でも、問題無く『使役獣』にすることができる。もちろん、本来は24人で挑むのを想定されているレイドボスに、単身でも勝てる実力があるならば―――だが。
強大なボスが味方になるわけなので、当然それは極めて大きな力となる。
但し、もし上手く使役獣にできたとしても、問題が無いわけではない。レベルが高い魔物を召喚している最中には、多量の魔力を常に消費し続けてしまうからだ。
しかも魔力の消費量は、使役獣のレベルに応じて指数関数的に増加する。だからレイドボスのようにレベルの数値が高すぎる魔物を召喚していると、馬鹿みたいな量の魔力を常時消費し続けることになる。
実際、ユリは『アトロス・オンライン』のゲームを遊んでいる際に、単身討伐に成功して自身の使役獣に出来たは良いものの。召喚中の魔力消費を賄いきれないが為に、全く扱い切れていない魔物が『2体』だけ存在していた。
1体は『憎悪の魔王ボロハウム』。これは『アトロス・オンライン』のメインストーリー上のラスボスで、最大で6レイド、つまり144名までのキャラクターが力を合わせて戦うことができるレイドボスだ。
レベルは『2943』で、ゲーム内で2番目に高い。〈召喚術師〉系の職業はもともと最大魔力量を伸ばしやすく、またユリは課金アイテムの装備品で大幅に魔力を増やしてもいたのだけれど―――それでも当時は、ボロハウムを召喚していると3分と持たずに枯渇してしまうなど、全く魔力が足りていなかった。
もう1体はボロハウムの討伐後にだけ挑戦可能な、勝てなくて当たり前の存在として設置されていたゲームの裏ボスで『源悪の魔女ロザミア』という魔物になる。
こちらの魔物のレベルはなんと『4000』もあり、ラスボスのボロハウムを更に1000以上も上回る。もちろんこれがゲーム中で最もレベルが高い魔物だ。
しかも戦闘ルーチンが凶悪で、状況に応じてその時に相手が最も嫌な最強クラスの魔法を容赦無く連発してくるなど、とにかく対策が難しい。
ボロハウムと同じく最大で6レイド、144名までのキャラクターが力を合わせて挑むことができるレイドボスなのだけれど。無対策で挑めば、戦闘が開始した直後に挨拶代わりに放たれる【煉獄】の魔術で、即座に全滅することだろう。
(―――今の私になら、喚べるかもしれないわね)
ゲームをプレイしていた当時、ユリはロザミアを召喚することが出来なかった。
使役獣はまず召喚時に1分間ぶんの魔力を支払うのだけれど、ロザミアの場合はその最初に支払う分さえ、当時のユリの全魔力でも足りていなかったのだ。
当時のユリの魔力最大値はおよそ『6万』だったが、それが今や『100万』にまで増えてしまっている。
―――あの時には無理だったことも、今ならば可能になっているかもしれない。
「我が呼び声に応えて姿を現せ―――【使役獣召喚】源悪の魔女ロザミア!」
そう考えたユリは、躊躇うことなく召喚を実行する。
大きな疲労感が身中に浸透していくと同時に、『100万』あったユリの魔力が一瞬の内に『90万』にまで減少した。
どうやらロザミアの召喚中は、1分間に10万の魔力を消費するらしい。
現在のユリは、スキルや装備品によって魔力の自然回復量が強化されることで、1分間に最大値の15%に相当する魔力を―――即ち、毎分『15万』もの魔力を常に回復することができる。
あの時は召喚することさえできなかったロザミアが、今では召喚状態を『維持』することさえ問題無く可能になっていた。
「―――久しぶりね、ユリ」
音もなくユリの目の前に出現した女性が、どこか嬉しそうにそう挨拶する。
ユリと同じく、黒いドレスに身を包んだ女性だ。ユリもまた彼女の言葉に笑顔で応じた。
「お久しぶりね、ロザミア。また会うことができたわね」
「まさか私を召喚できるなんて……随分と成長したのね、ユリ。今の貴女になら、抱かれてみるのも悪く無さそうに思えるわ」
「あら。その言葉、しっかり言質として頂いてしまうわよ?」
「その気もないのに、こんなことを言ったりしないわ」
ロザミアはそう告げると、どこか楽しげにくすりと笑ってみせた。
-
お読み下さりありがとうございました。
夏場はどうにも苦手で、最近は帰宅後に疲労感からすぐ就寝してしまうことが多く……。頂いた誤字報告の反映が遅くなりがちなことについては、何卒ご容赦頂けましたら幸いです。




