202. 癒しを求めて(前)
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―――今年も残る日数が1桁となった『冬月31日』。
その日の夜、ユリの姿はユリタニア王宮1階の執務室にあった。
ユリが行う執務は、各地から毎朝寄せられてくる報告書を確認して市井の状況を把握したり、あとは幾つかの書類に目を通して決裁印を捺す程度なので、概ね3時間程度しか掛からない。
だからユリが執務室に籠るのは午前中だけで、午後にまでこの部屋に居ることは普段は全く無いのだけれど。
最近はヴォルミシア帝国にかまけていたせいで、『神域都市』関連のことが疎かになり過ぎていて。彼の地の建造状況や教育施設の運営、商売や就労関連といった様々な分野の情報を改めて確認していただけで、気付けば陽は落ち、今日は丸1日が潰れてしまっていた。
(何にしても、概ね順調なようで良かったわ)
完成が近づきつつある『神域都市』の進捗に、何の支障も生じていないことが確認できて、ユリはほっと安堵の息を吐く。
―――指導者であるユリが監督していなくとも、全てのことは恙なく回る。
それを可能とする希有な存在が、有難いことに周囲には集まっている。
自身が恵まれている僥倖に対して、ユリは改めて誰にともなく感謝した。
(……ただ、これから確実に『問題』は少なからず起こるわね)
同時にユリはそのことを思い、少しだけ憂鬱な心地にもなった。
現在の『神域都市』へ既にお迎えしている神様は、『アトロス・オンライン』のゲーム中に存在していた全ての神様のうち、およそ9割近い数に達している。
逆に言えば―――まだ1割近い神様に関しては、彼の地にお迎えしていないのが現状だった。
何故か、と問われれば、その理由は明瞭で。
残り1割は―――いずれも程度の差こそあれ、何か問題がある神様だからだ。
最も多いのは『好戦的』な性格をしている神様で、これが残りの大体8割近くを占めるだろうか。あとは本質的に『性悪』という神様も少なからず存在する。
ユリとしては、必ずしも『神域都市』に全ての神様をお迎えしなければならないと考えているわけでは無い。だから先程の後者のように本性が悪性の神様などは、お迎えしないという選択肢も充分にあると思う。
但し前者のように、ただ『好戦的』というだけで特定の神様を排除してしまうというのは。それはそれで、ちょっと勿体ないことのようにも思えるのだ。
例えば『アトロス・オンライン』のゲーム内に於いて、非常に粗暴な性格の神様だった須佐之男命などは、排除してしまうにはあまりにも勿体ない存在だ。
何しろ、スサノオは高天原の主宰神であるアマテラスにも匹敵する程の、高い神格を有しているのだ。当然彼の神を土地に宿した際に齎される恩恵の数々もまた、それに匹敵するものがあった。
それに何より、スサノオはアマテラスやツクヨミの弟神にあたる存在だ。姉弟のうち1柱だけをお迎えしないというのでは、やはり彼らも淋しく思うことだろう。
(召喚した上で力で捻じ伏せるのが、一番の方法なのでしょうね……)
『アトロス・オンライン』に登場する好戦的な神様は、最初の内こそ何かにつけてプレイヤーを敵視したり、突っ掛かってくる所があるのだけれど。プレイヤーが『武威』を示すと態度を急変させ、好意的に接してくるようになる所がある。
だから、お迎えした好戦的な神様に対して女帝であるユリが『武威』を示せば、彼らを大人しくさせることは充分に可能だろう。
その為には―――やはり、好戦的な神々と直接殴り合うことで『武威』を示すのが、最も手っ取り早い方法であるように思える。
本音を言えば、あまり暴力的な解決手段は好きではないのだけれど……。それ以上に適当な方法を思いつかない以上は、致し方無い所だろうか。
「ううん……」
ぶるぶると頭を振って、やや滅入り始めていた気持ちをユリは振り払う。
気持ちが落ち込み始めている時にはリフレッシュが必要だ。幸いと言うべきか、その為に非常に適した施設が、建造中の『神域都市』にはある。
執務室を出たユリは、きょろきょろと周囲を伺う。
ユリタニア王宮の中では『百合帝国』の全員が暮らしている。ユリはこの王宮内で最初に会えた子を1人、リフレッシュに同行させるつもりだった。
「ああ―――スフレ、ちょっと良いかしら?」
ちょうど背を向けて歩いていた少女に、ユリは声を掛ける。
この王宮内で暮らしている子達は、その全員がユリの『本妻』だ。なので当然、後ろ姿を見ただけでも、ユリにはそれが誰なのかすぐに判った。
「……お姉さま! どうかされましたか?」
ユリの声に反応して振り向き、ととっと小走りに駆け寄ってくる小柄な少女。
『姫百合』に所属している、スフレという子だ。
随分前に『寵愛当番』を勤めてくれた際に、彼女とは既に深く繋がり合った経験があるけれど。それ以降はあまり、交友を深める機会が無かったように思う。
折角なので、彼女と久々に一緒に過ごすというのも良さそうだ。
「スフレにひとつ訊ねたいことがあるのだけれど、良いかしら?」
「あ、はい。何でしょうお姉さま! 何でも訊いて下さい!」
「スフレは、私があなたのことを『子供扱い』したら、それを嫌に思うかしら?」
「えっ……? 子供扱い、ですか?」
「ええ」
スフレの言葉に、ユリはゆっくり頷くことで答えた。
質問の意図が判らない―――と、やや困惑気味のスフレの表情の中に、はっきり書かれているのが見えたけれど。ユリは何も言わず、静かに彼女の返答を待った。
「えっと、そうですね……。私としてはもう大人のつもりですし、他の人に言われたなら、きっと少しだけ嫌だと思いますけれど。でも……お姉さまになら子供扱いされたとしても、絶対に嫌ではないと思います」
「そう、それは重畳ね。ところで、これから時間は空いているかしら?」
「はい。問題無く空いておりますが……?」
「これから、ちょっと『神域都市』の温泉に行―――」
「是非ご一緒させて下さい!!」
ユリが全てを言い終わるより早く、食い気味にそうスフレが言うものだから。
思わず―――ユリは、忽ち破顔させられてしまった。
堪えきれない笑いを零しながら、ユリは優しくスフレの片手を取る。
それから転移魔法を行使して、彼女と共に『神域都市』へと跳んだ。
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