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百合帝国  作者: 旅籠文楽
1章 -

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203/370

201. 不在の発展

 


     [1]



 ―――仕事ってのは出来るヤツに権限を渡しちまえば、勝手に進むもんだ。


 それはユリの―――いや、蓬莱寺百合(・・・・・)の祖父の口癖だった。

 祖父は百合が勤めていた造園会社の社長をしており、僅か一代で200名以上の社員を擁する会社を興した程の人物だ。口は少しだけ悪い所があったが、人好きのする性格をしていて、周囲から人望や信頼を多く寄せられている人だった。

 百合もまた祖父には深い敬意を持っていた。全く意味もなく嘘を吐く悪癖がある両親とは違い、祖父は百合に嘘を吐くことが無かったからだ。

 祖父が百合に告げる言葉は、その全てが真実だった。




 ここ最近はヴォルミシア帝国のことに腐心するあまり、建造中の『神域都市』に関することが何かと疎かになっていたユリだけれど。

 にも拘わらず、その間に彼の都市では様々な変化が生じていた。


 判りやすい部分では『神域都市』の中に、やや小さめの湖が2つ出来ていた。

 ―――と言っても、それは建造部隊である『桔梗』が作ったものではない。

 以前アマテラスが「自由に使って良い広めの土地が欲しい」と言ってきた際に、ユリは当時まだ用途が決まっていなかった『神域都市』の端に位置する広めの土地を2箇所都合して、彼女に開発を自由に許していたことがあるのだけれど。


 この2つの湖はアマテラスに権利を認めた土地に、気付けば出来ていた(・・・・・・・・・)ものだ。

 おそらくは既にお迎えしているいずれかの神様の力で。

 ―――あるいは、複数の神々が協力することで、作られたものだろう。


 2つの湖はそれぞれに水質が全く異なっており、片方は普通の『淡水湖』なのだけれど、もう片方は嘗めると明らかにしょっぱい『塩水湖』だ。

 そして前者には淡水の生物が、後者には海の生物が既に定着していると言うのだから驚きだ。海から随分離れた山岳地帯に突如として塩水湖が出来るのみならず、海の生き物まで湧き出てくる話など聞いたことが無い。

 どう考えても湖の作成に『海神』が関わっているとしか思えず―――報告書を読んで最初にその事実を知った時には、思わずユリも目を覆ったものだ。

 元々『神域都市』を流れる2本の河川では、ちょっとした事情から本来は海で採れる貝である筈の赤貝や(はまぐり)が採れていたわけだけれど。その貝達も今は河川から姿を消し、この塩水湖にて採れるようになったらしい。


 不思議なことに、この2つの湖はどちらもやや小さめの湖であるにも拘わらず、どれだけ釣りや採取を行っても生物が一向に減る気配が無いのだと言う。

 だからなのか―――ユリがその事実を直接視察しに行った時にはもう、2つの湖のすぐ傍にロスティネ商会の漁館や、更には釣具店の店舗まで用意されていた。

 どちらもユリがアマテラスに権利を認めた土地の中に作られていたので、おそらくはルベッタが直接アマテラスと交渉した上で、用意したものだろう。

 商機を鋭敏に察知するルベッタの嗅覚には、ただ舌を巻くばかりだ。


 ユリが権利を認める土地と言えば、オモイカネの管理領域である『八意塾』があるけれど、そちらでもユリが疎遠になっている間に大きな進展があった。

 既に試験的に行っている『日本語』の授業に加えて、『計算』を教える授業が開始されたのだ。授業で用いる為の教科書も既に刷り上がっているらしい。

 現在『八意塾』で日本語を受講しているのは、ちょうど農閑期で暇を持て余しているユリタニア在住の農民の人達なのだけれど。まずはその生徒の中から募集し、希望者には日本語と並行して計算の授業を行っているそうだ。


 オモイカネが与える加護のお陰で、通常の7倍の速度で学習を進められることもあり、授業は充分な成果を挙げているらしい。

 これで農作物の取引を直接商人と行っても、金額をごまかされることに怯えずに済むと、農民の人達からの反応も大変に良好だ。

 大人へ教えることには無事成功しつつあるので、次は子供向けの授業を行う予定なのだと、教師役を務めるクエビコが嬉しそうに語っていた。

 今後は『養蚕』を教える授業も予定しているそうだ。ちょうどヴォルミシア帝国の富豪などから徴発した奴隷や、元帝国兵の人達が『神域都市』に沢山移住してきた所なので、就労に直結する養蚕の授業には高い需要が見込めることだろう。


 また『神域都市』では、建造中の都市なので居住者がまだ少ないにも拘わらず、既に食料の生産体制が整いつつあった。

 お国柄もあってか、そもそも日本には『稲作』を司る神様というものが異様な程に多数存在している。また稲作に限定せずとも『農業』や『豊穣』を司る神様というものもまた、相当に多い。

 それらの神様が多数この地に宿されている為に。『神域都市』の全域、及びその周辺地域一帯では、農作への巨大な恩恵(ボーナス)が、しかも大量に齎されていた。


 一般的には1年に1度しか作付や収穫が行えない農作物が、この『神域都市』では年に6~8回ほど収穫できると言えば、その凄さが判るだろうか。

 本来じっくり1年を掛けて育つはずの植物が、作付から僅か半月も経たない内に収穫できてしまうのだから怖い。

 実際、目の前でニョキニョキとリアルタイムに植物が成長していく姿が観察できてしまうというのは……人によっては、ちょっとしたホラー映像のようにさえ感じられることだろう。


 農作に恩恵が幾重にも掛かるため、播種作業自体はかなり適当に行っても、問題無く作物が育つらしいけれど。一方で、やはり収穫作業にはそれなりの人手を要しているようだ。

 現在は『八意塾』へ学びに来ている、ユリタニア農民達の手を借りて収穫作業を行っているらしいけれど。彼らの手が空いているのは農閑期の今だけなので、暦が来年の『春月』に入れば、もう頼るわけにはいかなくなる。


 ただ、これも雇用がある(・・・・・)と考えれば、一概に悪いことでもない。

 収穫作業は特別な技術などを一切要しないので、ヴォルミシア帝国から移住させた人達がとりあえず働く先としても、非常に都合が良さそうだ。


 気付けば―――ユリが不在にしている間に、『神域都市』は既に都市として必要となる機能の数々を、既に確立しつつあるように思える。

 これもアマテラスやツクヨミ、オモイカネやオオゲツヒメといった優れた手腕を持つ人達に、事前にユリが土地を都合して譲渡したり、建物の建造を『桔梗』に申請できるよう手配したり、然るべき権限を委譲しておいたのが良かったのだろう。


 ―――仕事ってのは出来るヤツに権限を渡しちまえば、勝手に進むもんだ。


 不意にその言葉を思い返したユリは(全くその通りね)と、老齢でありながらどこか子供っぽく無邪気に笑う祖父の顔を思い出しながら、内心で静かに笑った。



 

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お読み下さりありがとうございました。

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