200. 帝国領の初期統治(後)
『泥土狼』に関しては、ひとまず彼の魔物の発生源である天然ダンジョンが存在する一帯を、広域の【障壁結界】で丸ごと包囲することで対処を行った。
【障壁結界】は結界を展開する術者が指定する対象のみを、通行出来ないように設定することが可能だ。基本的には外側からの侵入を阻むために用いることが多い結界だけれど、今回は巨大な【障壁結界】で囲うことで、泥土狼が結界の内側から出られないよう封鎖したわけだ。
その上でユリは『百合帝国』の子達に、天然ダンジョンから地上へ溢れ出ている泥土狼を、速やかに『駆逐』するよう指示を出した。
泥土狼は一般的な兵士や騎士では、なかなか対処が困難な強さを誇る魔物だけれど。全員がレベル200の実力を誇る『百合帝国』の子達になら、難なく処理することが可能だ。
新規の発生さえ阻止すれば『駆逐』に支障は無い筈だ。おそらくは月が変わり、本来の『駆逐』が必要になるタイミングまでには、元ヴォルミシア帝国領土の全域から泥土狼が排除されることだろう。
また『駆逐』の際に『紅薔薇』の子達に頼んで、ドリスダールから近い場所に存在している泥土狼を、10匹ほど捕獲して貰った。
昔アクスホーンを捕らえて貰った時と同様に、地面を陥没させて泥土狼を閉じ込めて貰ったのだ。もちろんその目的は、試しに泥土狼を使役獣にしてみる為だ。
泥土狼は獣系の魔物にありがちな物理攻撃タイプなので、搦め手には滅法弱い。ユリが単体で討伐し、自身の使役獣とするのは容易なことだった。
使役獣にした上で、魔物をつぶさに観察してみて判ったことだけれど。泥土狼は名前に『狼』の文字を持ちながらも、どちらかと言うと体形は『猪』のそれに近いように思える。
体高自体は1.5メートル近くあって随分と大柄なのに、身体の割に脚が短く、そして寸胴気味の体形をしているのだ。
泥土狼は跳躍力が低いという話を、何度か聞いたことがあるけれど。おそらくは胴体部にかなりの重量があり、短足のせいで上手くバネを利かせることが出来ないからだろう。
体格が大きい分だけ、身体能力はオオカミを遙かに上回っている。
脚が短いにも拘わらず、疾駆時の速度も非常に高速のようだ。角は無いけれど、体重と速度を乗せた突進攻撃はかなりの威力を誇ることだろう。
身体は硬い毛皮に覆われており、体格に見合う打たれ強さがある。精力もあり、何時間でも戦闘や走行を続けることが出来るようだ。
以前の『撫子』の子達による調査では、泥土狼は『レベル56』の魔物でありながら、大体『レベル65』に相当する強さを持っているという話だった。
使役獣を召喚している最中に消費される魔力量は、その使役獣のレベルによって決定される。だからレベル以上の強さを持っている個体というのは、召喚する側からするとお得な存在だ。
おそらく泥土狼なら100体ぐらい召喚していても、『祖竜』を1体召喚しているより、魔力の負担は軽くて済むだろう。
現在ユリは『祖竜』を360体同時に召喚していてもなお、充分な余裕を持てる程の圧倒的な魔力の自然回復速度を有していることが、先の侵攻戦の際に明らかとなっている。
この祖竜の数をそのまま泥土狼に置き換えると―――同時に4万体ぐらいなら、平気で召喚していられる計算になる。
泥土狼の『産出地』である天然ダンジョンを押さえたことで、ユリは今後この魔物を、時間さえ掛ければ幾らでも自身の使役獣にすることが可能となった。
泥土狼4万体の軍勢というのは、決して実現不可能な話ではないのだ。
レベル65相当の強さがある、というのも非常に都合が良い。
地上に出現する魔物は基本的にレベル50以下なので、レベル65相当の実力を持っている泥土狼なら、一方的に勝利することができるだろう。
今回ヴォルミシア帝国を征服したことで、百合帝国の国土は更に拡大された。
国土が拡がればそれだけ『駆逐』に要する負担も重くなるので、何かしらの改善が出来ないかと、ユリもちょうど思案していた所だ。
泥土狼は空を飛んでいる魔物には無力だけれど。それ以外の魔物を『駆逐』するには充分な力を有している。
ある程度の数を揃えることができた暁には『百合帝国』の子達には空を飛ぶ魔物の『駆逐』にだけ専念して貰い、残りは全て泥土狼に任せてしまうことで、大幅な負担軽減を図ることも出来るだろうか。
*
そんな具合に、今後のことについて色々と思案していると。
不意に―――コンコンと、執務室のドアが二度ノックされた。
「どうぞ、開いてるわよ」
ドアの外に向けてユリの側からそう呼びかけると、すぐにドアが開かれて来客が執務室の中へと入ってくる。
用があって呼びつけたり、あるいはユリの側から会いに商館を訪れることは多くても。向こうから進んで会いに来てくれるのは、少し珍しい相手だった。
「あら、ルベッタじゃない。どうしたの?」
「執務中に申し訳ありません、ユリ陛下。いま大丈夫でしたか?」
「あなたの為の時間なら、いつでも空いているわよ」
目を通して居た報告書を机に置き、ユリは客人のルベッタを歓待する。
廊下を歩いていた『撫子』の子を捕まえて、淹れたての状態で保管してあるお茶を分けて貰い、執務室の隅に置かれている対面ソファに移動してから、ルベッタと共にそれを味わった。
「本日は何か用があって来たのかしら? ああ―――もちろんルベッタなら、何も用事が無くとも、来訪はいつでも歓迎なのだけれど」
「あ、はい。『空輸』の報告書が纏まりましたので、お持ち致しました」
そう答えてルベッタが差し出してきた書類を、ユリは受け取る。
パラパラと手早く確認して、概ね色好い結果が出ていることを理解し、にんまりと笑みを浮かべた。
「―――なるほど、好調なようね」
「はい。お借りしておりますロフスドレイクは大変従順で扱いやすく、今回の食料の『空輸』に際しても、特に目立った問題は生じませんでした。このまま実用にも充分に耐えうるかと」
「ルベッタのお墨付きが貰えるなら、間違い無いでしょう」
今回、ロスティネ商会ではロフスドレイクを用いた『試験空輸』の最終テストを行っており、建造中の『神域都市』で栽培された根菜類を現地で積み込み、元ヴォルミシア帝国領の各都市へ運搬して貰っていた。
まだ泥土狼の『駆逐』が進んでいない段階では、陸路での輸送には難がある。
けれどその状況下に於いても、ルベッタは『転移門』に頼らず、泥土狼の脅威を『空を飛ぶ』ことで回避し、充分な運搬成果を挙げたことで。ロフスドレイクを用いた『空輸』に高い価値があることを、内外に強く示してみせたわけだ。
「では、現在預けているロフスドレイクに関しては、本日を以て正式にロスティネ商会へ譲ることにするわ。いま書面にするから、少し待って貰えるかしら?」
「ありがとうございます。ですが―――本当によろしいのですか? 私の商会が貴重な『空輸』能力を独占することになってしまいますから、余所の商会は蔑ろにされたように感じるかもしれませんが」
「そう思いたい相手には、思わせておけば良いわ。別に私は他の商会を蔑ろにしたいわけではなく、ただルベッタを贔屓しているだけなのだから」
ユリは民にとって良き君主で在ろうとは思っているけれど、別に公正な君主であろうとは思っていない。
好きな相手を贔屓する程度は、ユリにとってごく当たり前の行為だった。
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