198. 落城
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ヴォルミシア帝国の首都ドリスダールの帝城。
立派な威容を持ち、また見た目に劣らずメキア大陸に数ある城塞の中でも屈指の堅固さを誇るその城は。けれど、『百合帝国』の子達のうち『睡蓮』と『撫子』、『桔梗』と『竜胆』を除いた8部隊の突撃により、5分と持たずに陥落した。
祖竜が落とした雷で事前に排除していたのは、あくまでも帝城の外に居た騎士や兵士だけだから、帝城の中にはまだ相当な兵力が控えていた筈なのだけれど。
にも拘わらず、僅か5分で陥落というのは……。もちろん『百合帝国』の子達がそれだけ無比の精強さを誇るというのもあるだろうけれど。一方ではヴォルミシア帝国が保有していた軍隊が、弱兵の寄せ集めに過ぎなかったという事実を、雄弁に語っているようにも思えた。
ギルドチャットで『桜花』隊長のサクラから「終わりました」との報告を受けてから、ユリがリンドヴルムの背から降りて入城すると。その報告の言葉通り、もう帝城の中は争いひとつ無く完全に静まっていた。
死体がひとつも散乱していないのは、おそらく『黒百合』の子達が事前に処理したからだろう。アンデッドを作り出し、支配する能力を有している彼女達からすれば『新鮮な死体』はとても便利に使える素材だ。
ユリは事前に臣下の子達に命じることで、帝城の中に居た騎士については、その全員の命を容赦無く奪わせている。
また城内に抵抗する兵士がいるようであれば、同様に殺すよう指示していたのだけれど―――こちらは大半の兵士が率先して投降を願い出てきたそうで、命を奪う必要も無く捕縛できたようだ。
城勤めの執事や侍女、文官なども捕縛。貴族や皇族も1人も漏らさず捕らえた。
これにはヴォルミシア帝国の君主、ルドウィン皇帝その人も含まれている。
皇帝は一応、剣を取って抵抗する素振りを見せたらしいが。『白百合』副隊長のラケシスから足払いを受けて転倒するだけで、彼はあっさり戦意を失ったそうだ。
「何か最後に、私に言いたいことはあるかしら?」
「―――醜悪な化け物め!」
城内の広間にて縄を打たれているルドウィン皇帝に、ユリが問いかけると。彼は吐き捨てるような口調で、そう言葉を返してきた。
更には、ユリに向けて唾を吐きかけようともしてきたけれど―――受けてあげる義理も無いので、ユリは上体を逸らして難なく回避する。
「あるじ様~。この愚物は私に貰えませんでしょうか~?」
最後の最後までユリに敵意を向け、悪態を吐くルドウィン皇帝。
その様子を見て、周囲にいる『百合帝国』の子達の敵意や害意といったものが、急速に膨れあがりつつある場の中で。不意に『紅梅』隊長のホタルが、そんなことを言ってみせた。
「それは構わないけれど……。何に使うのかしら?」
「結界の『耐用試験』に使う、試験体として利用しようかと~」
「……うん? 耐用試験?」
ホタルの回答がいまいち理解できず、ユリが首を傾げると。
なんだか随分と嬉しそうな表情を浮かべながら―――ホタルは説明してくれた。
「効果範囲内での『死』を強制的に無効化する、【救命結界】ってあるじゃないですか。あれって結界ひとつで、一体何度まで効果を発揮すると思いますか~?」
「えっ。効果の発揮回数に上限なんて存在するの?」
結界とは、術者が維持している限り効果を発揮し続けるもの。
―――そのように、ユリは理解していたのだけれど。
「さて、判りませんね~。判らないから試してみようかと思いまして。
ユリシスやユリーカの都市で活動する探索者の命は【救命結界】によって保護されているわけじゃないですか。万が一にも結界に『一定回数効果を発揮した時点で機能停止』なんて事態でも起これば、大変なことになると思いませんか~?」
「ま、まあ……そうね。大変なことにはなるでしょうね」
「だからこの愚物を使って、結界の耐用試験をやってみようと思うんですよね~。
私が展開した【救命結界】が、効果範囲内での『死』を何千回や何万回、あるいは何十万回に渡って食い止めても、まだ問題無く機能し続けるのかどうかを~」
そう告げるホタルの表情は、満面の笑みだった。
但しその笑顔は、喜色によって自然と浮かんだものではない。
逆だ。―――彼女は耐え難い『怒り』のあまりに、満面の笑みを浮かべている。
【救命結界】は効果範囲内で死亡した対象の『死を無効化』し、指定した場所へ避難させる効果を持つ。
なので正常に効果が発揮される限り、対象者は絶対に『死ぬ』ことがない。
―――これは死ぬことが『出来ない』とも言い換えることができる。
【救命結界】は望むと望まざるとに拘わらず、強制的に対象者の『死を無効化』してしまうからだ。
そして対象者は『死』という結果からこそ免れるけれど。死の間際に感じる痛みや恐怖といったものは、完全な形で味わうことになる。
つまり―――ルドウィン皇帝を試験体に用いて【救命結界】の耐用試験を行おうと提案するホタルは。ルドウィン皇帝を【救命結界】という絶対に『死』ぬことができない結界の牢獄に閉じ込めて、無限にも等しい回数の『死』の苦痛を味わわせようと言っているのに等しい。
「……好きにして構わないけれど。もしリュディナが止めなさいと言ってきたら、その時点でやめて貰うからそのつもりでね?」
「むう……判りました。その時は大人しく中断することにします」
治癒を司る主神であるリュディナは『苦痛』を嫌悪している。
彼女は自身が『苦痛』に苛まれることも嫌いだし、また同様に他人が『苦痛』に苛まれていることも、耐え難く感じてしまう性分なのだ。
別にルドウィン皇帝をどう扱い、どのような酷い目に遭わせようとユリとしては全く構わないのだけれど。無限に『死』の苦しみを味わわせようというホタルの狙いは、リュディナの不興を買う可能性がある。
大恩あるリュディナの望みは、常にユリ自身の望みとなる。もし彼女から掣肘が加えられてきた場合には、速やかにホタルにも従って貰う必要があった。
「姫様。嫡子を始めとした、ルドウィン皇帝の親族はどう扱われますか」
「皇位継承権を有する男性は、その順位に拘わらず全員始末しておきなさい。未来への禍根を無駄に残す必要は無いわ」
『白百合』隊長ヘラの問いかけに、ユリはそう即答する。
下手に皇位継承者を生かしておけば、いつかの未来に担ぎ上げられて反乱に発展することも有り得る。別にそれを脅威に思うわけではないけれど―――不穏の芽は予め摘んでおく方が望ましいだろう。
「はっ、承知しました。ご息女や皇妃、側室はどのように致しましょう」
「そちらは『黒百合』に調教させれば我々の思い通りになるでしょう。何かしらの利用価値があるかもしれないから、ユリタニアの地下に収監しておきなさい」
『黒百合』の子達から調教を受ければ、誰もが従順な駒として生まれ変わる。
百合帝国の利益となる存在まで処分してしまうのは勿体ない。せいぜい国の為に有効活用させて貰おうと思う。
―――こうしてヴォルミシア帝国との戦争は、開戦から3日目にして終結した。
もちろん、あくまでも戦争が終わっただけであって『泥土狼』の問題が解決したわけでは無いのだけれど。他に征服した都市と同様に、ドリスダールでも速やかに食料の販売が行われたことで、少なくとも飢えに苦しむ人達は居なくなった。
ユリにとっては、あくまでもリュディナが望んだ『飢える民の救済』こそが目的であって、ヴォルミシア帝国の征服などどうでも良いことだ。
とはいえ―――こうして征服してしまった以上、統治の責任というものはある。
無駄に広大過ぎる土地を有する国家となってしまった事実に、この日からユリは密かに頭を抱えることが多くなったのだった。
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