表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
百合帝国  作者: 旅籠文楽
1章 -

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

199/370

197. 万雷

 


     *



 竜の中で最も高い格を持つ『祖竜(エルダー・ドラゴン)』の多くは、マンティコアなどに代表される大型の魔物と較べても、遙かに巨大な身体を有している場合が多い。

 空を飛んで陽光を遮れば、1体の竜からでも巨大な影が地に映される。

 無論―――総勢360体もの『祖竜』が集まれば。生み出される影は更に広く、そして深くて(くら)いものとなるだろう。


 その日、ヴォルミシア帝国の首都ドリスダールに住まう市民達は、もしかするとまだ正午にもならない時間から、陽が没した(・・・・・)ように感じたかもしれない。

 ドリスダールの都市上空に展開して浮遊する360もの祖竜たち。巨大な体躯を持つ竜の群れが、街並みに広大な影を落としている。

 空を埋め尽くす無数の『災厄』に遮られて。その日のドリスダールは正午手前の時間であるにも拘わらず、都市内に陽が差している場所が殆ど無くなっていた。


「―――()えなさい」


 背に『百合帝国』の子達を乗せる祖竜は、いずれもユリの使役獣だ。

 なので当然、全ての個体がユリの命令には絶対的に服従する。ユリが指示を出すと同時に、忠順な360体の竜が一斉に咆哮した。


 竜の咆哮には人の意志を挫く魔力がある。

 特に竜の頂点に君臨する祖竜ともなれば、その咆哮には人心を『粉砕する』程の圧倒的な魔力が籠められている。

 その咆哮が―――タイミングを揃えて、360体分も一斉に重ねられたのだ。

 味方には効果を及ぼさないため、遠慮無く行使することが出来たわけだけれど。もし味方にも影響を及ぼすようであれば、人族の限界であるレベル200に達している『百合帝国』の子達でさえ、おそらく無事では済まなかっただろう。


 無論そんな咆哮の斉唱を受けて、帝都ドリスダールに居る人達が無事で済む筈もない。

 住民も兵士も、騎士も貴族も―――あらゆる人達が僅かな抵抗さえ出来ない儘に精神を呆気なく打ち砕かれ、その場に膝や尻を着いた。


 祖竜達の咆哮により《気絶》出来た人達は幸いだったろう。

 《萎縮》と《混乱》、《自失》や《恐怖》、そして《恐慌》や《狂乱》―――。

 気を失う幸運に恵まれなかった者達は、心へ受けた衝撃と重圧により高レベルの精神系状態異常を大量に負わされる羽目になった。

 身体は動かせなくなり、自身の意志では身動(みじろ)ぎひとつさえ出来なくなる。夥しい量の涙や汗が吹き出てきて、中には失禁している者も少なくは無かった。


 おそらくは、小さくない心の傷を負うことになった者も出たことだろう。

 ユリはそれを憐れにさえ思わず、ただ『必要な犠牲』とだけ理解する。


 ユリは今日、帝都ドリスダールの民を初めから『恐怖』で支配するつもりで来ているのだから。この程度の犠牲が生じることは、元より織り込み済だった。

 恨むならユリではなく、弱い癖に無駄に好戦的な愚帝を恨んで欲しいものだ。


「―――ごきげんよう、ヴォルミシア帝国の首都ドリスダールにお住まいの皆様。私は百合帝国という国家の女帝をしております、ユリと申します。こうして皆様にお話をさせて頂くのは、3日振りのことになりますね」


 帝都ドリスダールに居る全ての人達に、静聴(・・)の準備が整った。

 そう判断したユリは『(リンク)』を用いた念話で、市民に向けて語りかけた。


「その時にもお話ししましたが、私は癒神リュディナから要請を受けて、食糧不足に苦しむこの帝都ドリスダールに住む民達を救うべく、ヴォルミシア帝国へ支援を提案する目的で訪問しておりました。

 ―――にも拘わらず、支援の手を差し伸べようとした私に、ヴォルミシア帝国の皇帝ルドウィンが行ったのは、私に毒物を飲ませようとしたり、刀剣を突き付けるといった蛮行でした。おそらくは女帝である私の身柄を捕らえることで、百合帝国から『支援』以上のものを奪い取ろうという魂胆があったのでしょうね」


 念話を通して市民に淡々と言葉を告げるユリだけれど。親交ある人物が聞けば、その言葉の裏側に静かな怒りが交じっていることが判っただろう。

 差し伸べた手を無下にされること程、悲しいことはない。ましてや手を打ち払われるのみに留まらず、相手が凶行にまで及んできたとなれば猶更だ。


 ユリは基本的には温厚な性格をしているが、その一方で『味方』と『敵』を明確に区別しようとする嫌いがある。

 自身に害を為そうと試みた時点で、ヴォルミシア帝国はユリの中で『敵』として分類されることになった。最早ユリの心の中には、ヴォルミシア帝国に関わりある全てのものに対し、善意も関心も残ってはいない。


「ヴォルミシア帝国の側から『宣戦布告』が成された以上、最早ルドウィン皇帝との話し合いも不可能となりました。―――ですが、私にはヴォルミシア帝国の民を救うという使命があります。癒神リュディナがそれを望んでいるからです」


 関心を喪失した以上、ヴォルミシア帝国に住まう民もまた、既にユリにとってはどうでも良い存在なのだけれど。

 それでも―――リュディナが『ヴォルミシア帝国の民を救って欲しい』と望んでいる以上、それを果たす意志だけは明確にユリの中に存在している。


「敵国の民を救おうというのには、明らかに無理があります。ですから私は、その目標を『無理ではない』形に是正しようと思います。

 我々は昨日、この帝都ドリスダールを除くヴォルミシア帝国が治める全ての都市を征服し、そこに住む民に食料を支援して救済を行いました。そして―――本日はこの帝都を侵略し、征服した後にこの都市に住む民を救済致します。ヴォルミシア帝国の民として救うのではなく、あなた達を『私の民』として救うのです」


 敵国の民ではなく自国の民と思えば、まだ幾許かは情も湧く。

 それがユリにとって、ドリスダールの民へ関心を持ち、純粋な気持ちから善意を抱くることができる、限界のラインだった。


「私はこの都市の民を救済します。兵士の人達も投降するならば救済しましょう。

 投降の意志があるなら、今すぐに武器を投げ捨てなさい。そうしなければ裁きの雷が落ち、あなた達の命を灼くことでしょう」


 投降を呼びかけてから、ユリは心の中でゆっくり10までカウントする。

 数え終わったあと、3日前からドリスダールの都市に維持している【空間把握】の魔法を頼りに城外にいる人達を検索対象として、『騎士』と『まだ武器を捨てていない兵士』の全員を『赤』でマーキングする。


 勧告は行ったのだから、まだ武器を捨てていない者達は死にたい(・・・・)のだろう。

 相手の望みを叶えるだけなのだから、心が痛む筈もない。


「―――穿て」


 指示を出すと同時に、ユリは右手を振り下ろす。

 それを受けて、360体の祖竜が一斉に雷の魔術を行使した。


 祖竜はあらゆる属性の魔術や魔法を使いこなすことが可能だ。

 転移に代表される『空間魔法』も、生命力を回復する『治療魔法』も、どちらも極めて高い水準で使いこなすのだから、これほどプレイヤー泣かせの魔物はない。

 行動を上手く阻害することができなければ、どんなに追い詰めた所で治療魔法を行使されて一気に完全回復されたり、転移で遠地へ逃げられたりするのだ。


 もちろん祖竜は『雷』の魔術も高レベルで扱える。これは今まさにユリが騎乗している、『氷竜』の異名を持つリンドヴルムも例外ではない。異名の通り氷属性を最も得意としている彼女だが、決して氷一辺倒の竜では無いのだ。

 360体の祖竜が魔術を多重行使したことで、晴天であるにも関わらず、天から無数の霹靂が怒濤の勢いで降り注ぐ。それは唯の1本さえ逸れることなく、正確にユリが『赤』でマーキングした対象のみを貫いた。


 強烈な雷の一撃だけで命を落とせば、死体は綺麗に残るだろう。

 10本の雷に貫かれてもまだ、多少の骨や肉片ぐらいは残るかも知れない。

 それでも―――数え切れない程の雷に打たれれば、最早消し炭ひとつ残らない。残るものがあるとするなら、それは人が灼け焦げた匂いだけだ。


 耳を劈く無数の轟音と共に、1000を優に超える人命が消し飛んだ。

 空から俯瞰する360名の双眸の中に―――命を憐れむ瞳はひとつも無かった。



 

-

お読み下さりありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 全く投降させる気がしない同時にアラタナ市民たちに投降させる慈悲を演じれる点がすごい 火種を除けて声望をえる、正しく理想的な独裁者とも。 [一言] 民を救ったらいいよね...!
[一言] >身体は動かせなくなり、自身の意志では身動みじろぎひとつさえ出来なくなる。夥しい量の涙や汗が吹き出てきて、中には失禁している者も少なくは無かった。 >投降の意志があるなら、今すぐに武器を投…
[良い点] 更新乙い [一言] ちっ、しゃーねーなー感
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ