194. 主目的を達するために
「奪ると決めた以上―――敵国の都市には、このまま司祭や神官の人達が留まっていてくれた方が、百合帝国にとって都合が良いのよね。征服した都市の民心の安定のために彼らは腐心し、寄与してくれるだろうから」
ユリや『百合帝国』の子達がやろうと思えば、ヴォルミシア帝国を力でねじ伏せてしまうの自体は、とても容易いことだ。
面倒なことがあるとするなら―――それは征服後だろう。
外敵というものは、民の不満を逸らす矛先として打って付けの存在だ。
開戦が確定的となった以上、おそらくヴォルミシア帝国は国民に『泥土狼』への充分な対処が出来ていない理由として『百合帝国から妨害を受けている』ことなどを捏造して流布し、民に向けて百合帝国を悪逆国家だと喧伝することだろう。
いや―――あるいはもっと直接的に。『泥土狼』が自国内に溢れたこと自体を、百合帝国の卑劣な謀略によるものだと決めつけ、非難するかもしれない。
ヴォルミシア帝国を征服すること自体は容易くとも、世論誘導された民心を正すのは、決して容易なことでは無い。
但し、非常に都合が良いことに。ヴォルミシア帝国の国内には、明確に『ユリの味方』だと確信できる存在が居る。
各都市の大聖堂を始めとした、神殿施設に勤める司祭や神官の人達だ。
聖職者である彼らは『民に真実を伝える』為の努力を厭うことがない。
リュディナやアルカナが神託で『百合帝国に非が無い』ことを伝えてくれれば、彼らはその事実を市民に広めるために腐心してくれる筈だ。
民草の味方である聖職者を弾圧すれば、民心などあっという間に離れてしまう。だからヴォルミシア帝国は、聖職者の人達をどんなに目障りだと思っても、彼らを『力で押さえつける』という選択肢を容易に選ぶことはできない。
聖職者達の存在は、ユリの立場からすればとても有難いものだった。
但し、もしもアルトリウスが『破門』を宣告したなら―――そうした百合帝国に利する人達を、ヴォルミシア帝国から取り除くことになってしまう。
それはユリにとって損であり、ルドヴィン皇帝の利にしかならないことだ。
「なるほど……。そこまでは私も考えが及んでおりませんでした。そういうことであれば、ユリ様の仰る通りに致しましょう」
「悪いわね、アルトリウス」
「いえ。元よりこれは、ユリ様に吹っ掛けられた戦争ですから。我々が必要以上に出しゃばるようなことでもありませんので」
「そうね。わざわざ集まって貰っておいて恐縮だけれど―――今回のヴォルミシア帝国との戦争は基本的に自国のみで対処するから、あなた達の助力は必要無いわ。ああ、でも食料面での協力だけは予定通り行って貰えないかしら?」
「承知致しました」
「もちろん、喜んでご協力させて頂きます」
ユリの要請に、アルトリウスとカダインの二人が即座にそう応じてくれる。
唯一レイヴン王だけが、ひとり申し訳なさそうな表情をしてみせた。
「申し訳ありませぬ、ユリ殿。我々も協力できれば良かったのですが」
「気にする必要は無いわ。同盟国というのは、あくまでも自国に次いで思案すべき存在なのだから、順番を間違えては駄目よ。まずは自国を何より優先なさい」
「そう言って頂けると、大分気が楽になります」
レイピア王国は戦争で勝ち得た新領土の安定のために、大量の食料を必要とする状況にあり、他国への支援などできる筈も無い。
そのことは、ユリもちゃんと理解している。レイヴン王からはその誠意だけを、有難く頂戴することにしよう。
「ユリお姉さま……。ヴォルミシア帝国はこれから百合帝国に対して、何か仕掛けて来るのでしょうか?」
「ふむ、そうねえ……」
やや不安そうにアルカナが問いかけた言葉に、ユリは少しだけ思案する。
確かに『宣戦布告』された以上、その可能性はゼロでは無いが。
「絶対にとは言えないけれど、おそらく大丈夫ではないかしら。自国領土内に溢れる『泥土狼』にも対処できずにいる以上、彼らからの軍事行動は半ば封じられているようなものだしね」
「あ、なるほど。それはそうですね」
軍隊を都市から出兵させれば、それは即座に『泥土狼』の攻撃対象となる。
帝城で見た騎士達のレベルから考えても、それを退けるのは難しい筈だ。
「それにヴォルミシア帝国に潜入させている密偵の子達からの情報によると、リンドヴルムによって帝城が半壊したことや、私が彼の城から『侍女』を残らず攫ったこともあって、帝都ドリスダールの混乱はかなり大きいようだからね。
多分暫くは他国にどうこうしようだなんて、先方には考えられるだけの余裕さえ無いのではないかしら」
ユリはルドウィン皇帝から『宣戦布告』を受けたその日、リンドヴルムに乗ってユリタニアに帰還したあと即座に転移魔法を行使し、ドリスダールの帝城内に存在する総ての『侍女』を自国へ強制転移させている。
ルドウィン皇帝と交わした会話の中で、彼が『応接を担当していた侍女を全員処刑する』と言っていたからだ。
皇帝が言葉通りのことを実際に行うかどうかは判らないが。女性が無闇に殺される可能性がある以上、ユリにそれを看過することなど出来よう筈もない。
―――だからユリは、侍女の人達を魔法で攫った。
ちなみに帝城に勤める侍女を全員纏めて攫ったのは、どの侍女があの日『応接を担当していた』人物なのかが、後からでは判別できなかったからだ。
「ユリ」
「何かしら、リュディナ」
「あなたはこれ程に危険な目に遭っていながら……。それでも、私の希望を叶えて下さると言うのですか」
「見解の相違ね。そもそも私は『危険な目に遭った』と思っていないのだし」
ユリがわざとらしく肩を竦めてみせると、リュディナは僅かに表情を緩ませた。
「このままヴォルミシア帝国に彼の地の支配を任せていれば、それだけ長く民達が苦痛を味わうことになる。だからリュディナ―――私はあなたの望みを叶えるために、ヴォルミシア帝国を奪るわ。構わないわね?」
「はい。お願いします、ユリ。なるべく早期に片を付けてあげて下さい」
「任せておいて頂戴」
愛する『百合帝国』の皆といま一緒に日々を過ごせているのは、全てリュディナのお陰だと言って良い。そんな彼女の為にできることがあるなら、もちろんユリがその為の努力を厭うことはない。
『宣戦布告』が行われた以上、もはやヴォルミシア帝国をそのままの形で助けることはできない。だからユリが目指すのは、リュディナが望む『飢餓に苦しむ民の救済』という目的だけを達する為に、速やかに彼の地を制圧することだけだ。
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