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百合帝国  作者: 旅籠文楽
1章 -

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19. ロスティネ商会(EX2)

 


     [4]



 商業ギルドの2階には10部屋以上の鍵が掛けられる個室があり、ギルドに登録している者であればランクを問わず借りることができる。

 もちろん利用は有料となるが、それほど高い額でもない。防音設備がしっかりしていることを考慮すれば、むしろ安いぐらいだ。


 商業ギルドの受付で手続きを済ませ、ルベッタはその中の一室を借りる。

 12人までが入れる会議室で、2階の貸個室の中では2番目に広い。

 本当は一番広い部屋を借りたかったが、残念ながら既に借りられていたのだ。


「狭い部屋しか用意できず、申し訳ありません」

「……? 4人が入れればいいのだから、これでも広すぎるぐらいだわ」


 自分の地位を衒うことなく、当然のようにユリ女帝はそう告げる。

 それだけを見れば、庶民らしい言葉のようにも思えるが。一方では、やはり今もユリ女帝からは支配者に相応しい威厳が色濃く感じられもする。

 何と言うか―――少しちぐはぐな方だな、とルベッタは思ってしまった。


「ルベッタさん。よろしければ料金は私が払いますが」

「ああ―――いえ、大した額ではありませんので。ここは私が」

「そうですか? ……いえ、そうですね。お言葉に甘えましょう。では、せめて代わりにこちらを受け取っては頂けませんか?」


 そう告げると、ユリ女帝は1本の小瓶をルベッタに差し出す。

 赤い液体が封入された小瓶だ。霊薬(ポーション)のように見えるが。


「これは……?」

「最下級の生命霊薬(ライフポーション)です。以前ちょっと事情がありまして、これを3000本用立てなければならないことがありまして。『百合帝国』の生産部隊に頼んで作成させた際の端数というか……余り物ですね」

「なるほど。有難く頂戴致します」


 余り物とまで言われれば、それを固辞するのは却って失礼というものだろう。

 頭を下げてルベッタは謝意を示す。霊薬は高価なものなので貸室料金の代わりとしては過剰な気もするが。わざわざ『最下級』と付けたぐらいだから、さほど高価なものでも無いのだろう。




----

 □最下級ライフポーション/品質[255]


   【霊薬】

   服用することで生命力が『510』回復する。


  * 最も有り触れた生命の霊薬で、飲むと即座に生命力が回復する。

  * 『百合帝国』の〈錬星術師〉アルマによって作成された。


----




 ―――と思っていたものだから。

 〔商人〕の天職を持つルベッタは、自前の〈鑑定〉スキルで霊薬の詳細を()て、思わず噴き出しそうになった。


「あ、あの、陛下」

「何か?」

「この霊薬、効果が明らかに『最下級』のそれでは無いのですが……?」


 経営理念に『求められれば何でも商う』を掲げるロスティネ商会では当然、霊薬の類を扱う店舗も幾つか構えている。

 ルベッタは会頭として、ロスティネ商会で扱う全ての商品について把握しておく必要があると考え、学びを疎かにしたことはない。なので当然、通常の霊薬が持つ回復効果がどの程度なのかについても知悉していた。


 生命霊薬(ライフポーション)は回復量が150未満なら『下級』、500未満なら『中級』とされ、それ以上の回復量を持つものは『上級』とされる。

 一応『最上級』や『神級』、あるいは逆に『最下級』という表現が使われることもあるが、そちらは区別するための明確な指標があるわけではない。

 いまルベッタが受け取った霊薬は、回復量だけで言うなら充分『上級』に達している。何故か〈鑑定〉で視えるアイテム名は『最下級ライフポーション』となっているが……。これが『最下級』ならば、世間に流通する霊薬の大半は最下級未満の出来損ないということになるだろう。

 当然、金銭価値も相当なものになる。貸室料金の対価としては余りに過剰だが、とはいえ一度「頂戴致します」と受け取ってしまった品を、今更ユリ女帝に突き返せるはずもなかった。


「生憎と、我々にとってはそれが『最下級』なのよ」

「は……?」

「まあ、その話はまた後ででも良いでしょう? それよりもあなた達二人に、

 ―――ルベッタさんとアドスさんに、お話ししたいことがあるのよ」


 ニコリと微笑みながら、ユリ女帝はそう告げる。

 有無を言わせない言葉だ。霊薬のことは気になるが、そう言われてしまえば話を続けるわけにもいかない。


「我々に何か、お手伝い出来ることでもありましょうか?」

「そうね、お願いしたいことがあるわ」


 アドスの問いに、ユリ女帝は嬉しそうに微笑む。

 話が早いのは好きよ、と表情に書いてあるように思えた。


「でもちょっと先に、二人にひとつ質問させて頂いても良いかしら」

「……何で御座いましょう、陛下」

「私達『百合帝国』は1週間前に、このニルデアの都市を支配したわけだけれど。あなた達は『百合帝国』なる国家の本拠地がどこにあるか、知っているかしら?」


 ユリ女帝に真っ正面からそう問われ、ルベッタの頬を冷たい汗が伝った。

 それは正に、今日アドスと話していた内容のひとつでもあったからだ。


「申し訳ありません、存じておりません」

「私も存じません」


 無知を晒せば落胆されるかもしれないが。とはいえ、知らない以上は正直にそう答える他にはない。


「では、訊き方を変えましょうか。あなた達は『百合帝国』なる国家の本拠地が、一体どこにあると思う(・・)かしら?」

「……それは、憶測で回答して構わない、ということでしょうか?」

「ええ」


 ルベッタの問いに、ユリ女帝は即座に頷く。

 それについては思案したことがあるので、ルベッタはすぐに回答できた。


「具体的な場所は判りかねますが、少なくともメキア大陸よりも外であることは、間違いないと私は思っております」

「どうしてそう思うのか、聞かせて貰っても?」

「理由は単純です。私はメキア大陸の全域を記載した地図を所有しておりますが、そこに『百合帝国』なる国家は記載されておりませんので」

「なるほど……。確かに、私の持つ地図にも『百合帝国』という国家は記載されておりませんな」


 ルベッタの回答に、ユリ女帝よりも先にアドスが納得したように頷いた。


「私は商売柄、大陸外の国家とも取引を行いますが、その中にも『百合帝国』なる国家は無かったと記憶しております。察しますに、メキア大陸に近しい他の大陸の沿岸部にも、おそらく『百合帝国』は無いのではないでしょうか」

「―――なるほど。二人のお考え、大変結構です」


 ユリ女帝はどこか満足げな笑顔を湛えながら、深く頷いてみせた。

 あまり良い回答ができたとも思えないが。どうやらルベッタ達がした回答は、ユリ女帝を落胆させるものでは無かったらしい。


「私の目は正しかったようですね。あなた達二人は、優れた商人でいらっしゃる」

「お、畏れ入ります」

「そんなあなた達を見込んで、お伝えしたい事実が御座います。

 私達『百合帝国』は―――こことは全く別の、異世界(・・・)から来ましたの」

「は……?」


 思わずルベッタの目が点になる。

 それぐらい突拍子もないことを、ユリ女帝が口にしたからだ。


(―――いや)


 考えてみれば、有り得ない話でもない―――ともルベッタには思えた。


 堅牢で知られるニルデアの都市を、1日で陥落させられる程の軍事力を持つ国など、おそらく大陸の内外どこにも存在していない筈だ。

 彼の『百合帝国』が有する軍事力は、完全に我々の常識の埒外にある。

 ならば本当に―――我々が共有している『常識』とは、全く別の『常識』が適用される場所。即ち『異世界』にであれば、存在していてもおかしくはない。


「……冗談と笑い飛ばせぬのが、恐ろしい所です」

「いや、まったくですな……」


 ルベッタが漏らした言葉に、アドスが同調するようにそう告げた。

 異世界など有り得ない。有り得ないはずなのだが―――もしそれが事実であるとするなら、何もかもが腑に落ちる(・・・・・)ような。そんな気もするからだ。


「やはり、あなた方お二人を選んだのは、間違いでは無かった」


 満面の笑顔を向けて、ユリ女帝はルベッタ達にそう告げる。


「このような話を他の商人にした所で、どうせ信じては貰えないでしょうからね」

「それは……まあ、そうでしょうね」


 大陸の地図が頭に入っているルベッタとアドスは別だが、ニルデアで活動する他の商人の殆どは、自身が商いを直接行っている国にしか興味が無い。

 だから彼らは『百合帝国』についても、エルダード王国から少し離れた場所にある国だ、程度にしか認識していない。『百合帝国』の本拠地が異世界にある、などと告げたところで、彼らがそれを信じる筈も無かった。


「アドスさん」

「はっ。何で御座いましょう」

「失礼ながら、既にかなりのご高齢のようですが……。お幾つでいらっしゃいますか?」

「先日、151歳目の誕生日を迎えました所です」

「………!! よろしければ、アドスさんの種族も教えて頂いても?」

「普通の人間ですが……?」

「何と……」


 アドスが告げた言葉に、ユリ女帝は僅かに驚いた表情をしてみせる。

 至って普通の返答だと思うのだが、一体ユリ女帝は何に驚いたのだろうか。


「この世界に来てからと言うもの、我々は何かと自らの無知を思い知ることが多くて困っています。何故なら、我々は『こちらの世界』の常識を持たないからです」

「は、はあ……」

「我々が持つ常識によれば、普通の人間は大体『60歳』前後で死ぬ生き物です。間違っても『151歳』まで生きるようなことは無い筈なのですよ」

「………」

「……ふむ、どうやら理解頂けていないご様子。では代わりに、我々の『常識』をお見せするとしましょうか。コデッタ」

「はい」

オチミズ(・・・・)を出して頂戴」

「畏まりました」


 ユリ女帝から指示を受けたメイドが、どこからともかく1本の小瓶を取り出す。

 それは、大きさで言えば先程ルベッタが受領した『最下級ライフポーション』と変わらないサイズだが、随分豪華な装飾がなされた小瓶のように見えた。

 おそらくはこれも、何かしらの霊薬だろう。薬液は黄色のようだが、見る角度によっては光を帯び、まるで金のように輝いても見える。


「アドスさんに、これを差し上げます。あなたにとっては有用でしょうから」

「は、はあ……。有難く頂戴致します」


 アドスが受け取った小瓶を横目に見ながら、ルベッタは〈鑑定〉で確認する。




----

 □変若水(おちみず)/品質[132]


   【神水】

   服用者の年齢を1歳だけ若返らせる。

   または『老化』の状態異常を取り除く。


  * 年始すぐに汲んだ若水に宿る、神威を最大限に増幅させたもの。

  * 『百合帝国』の〈神霊依姫〉ムラサキによって作成された。


----




「若返っ……!?」


 思わず、驚きが声となってルベッタの口から漏れ出てしまった。


「ふふ。その反応から察しますに、この世界では『若返りの水』は珍しいものなのでしょうか?」

「珍しいなどというものでは……! わ、私も初めて見ました……!」

「それだけ驚いて頂けると、お見せした甲斐がありますね」


 そう告げて、ユリ女帝は愉快そうにくすくすと微笑む。

 『若返りの霊薬』というのはあくまでも伝説の存在に過ぎず、その実在は確認されていないと聞く。だというのに、その実物がいま隣のアドスの手の中にあった。


「コデッタ。あと100本出しなさい」

「―――!?」

「はい、ご主人様」


 ユリ女帝が指示を出すと、やはりどこから取り出したのか見ていても全く判らない手際の良さで、メイドが大きな手提げ鞄をひとつ取り出した。

 手提げ鞄の中には、先程の小瓶がぎっしりと大量に詰まっている。

 何と言うか……余程価値の低い霊薬であっても、手提げ鞄ひとつの中にここまで雑に詰め込まれるような扱いはされないように思うのだが。


「どうぞ、アドスさん。全て差し上げます」

「よ、よろしいのですか。こんなにも貴重なものを」

「ええ。だって、あなただけ若返っても意味が無いでしょう。是非奥様と二人で、お分けになって飲まれるのがよろしいかと。ああ―――但し、1日に何本も飲むようなことは避けて下さいね。ある程度日数を掛けて、1本ずつ飲んで下さい」

「あ、ありがとうございます……」


 感じ入るものがあったのか、アドスの瞳にはうっすらと涙まで浮かんでいた。

 アドスと同じく、その奥方もまた既にかなりの高齢にある。どうやらユリ女帝はその情報を事前に掴んでいたようだ。


「私の『トルマーク商会』に出来ることがありましたら、何なりとご用命下さい」


 気付けば先程まで椅子に座っていた筈のアドスが、今は床に膝を突き、頭を伏してユリ女帝に向けてそう告げていた。

 ―――無理もない。最早それほど長くない筈だった余命に、一気に『未来』が増えたのだ。彼の心があっさり心服するに至るのも、当然と言えば当然だろう。


「ありがとう、アドスさん。でも要らないわ」

「……私ではお役に立てませんか?」

「違うわ、そうではなくて。たかが(・・・)この程度の品を送っただけで、わざわざ忠誠を捧げて貰う必要は無いというだけのことよ」

「た、たかが、で御座いますか?」

「先程『常識が違う』と言ったでしょう? あなた方にとって『若返る』効果を持つ水は貴重なものかもしれないけれど、私達にとってはそうでもないのよ。

 ねえコデッタ、変若水の備蓄はあと幾つあったかしら?」

紅梅(こうばい)の皆様が無駄に大量生産するせいで、あと2万個は御座います」

「「―――2万!?」」


 思わず、ルベッタとアドスの声が重なった。

 こんなに貴重な霊薬が2万個とは……。今すぐにこれを奪い合う世界戦争が勃発しても、何らおかしくない程の巨財にさえルベッタには思えた。


「コデッタ。ルベッタさんにも同じ数を」

「承知しました。―――どうぞ、ルベッタ様」

「あ、ありがとうございます」


 メイドが差し出してきた手提げ鞄を、慌ててルベッタは受け取る。

 小瓶がぎっしりと詰まった手提げ鞄は、やはりそれなりの重さがあった。

 ルベッタはアドスに較べればまだまだ若いが、それでも『若返りの霊薬』は喉から手が出るほど欲しい。これがあれば未来の老化に怯える必要はなくなるし、それに……最近は肌の状態が少しずつ老けてきたのを感じてもいたからだ。

 永遠の若さに憧れを抱かぬ女性など、居る筈も無いのだ。


「あなた達には我々の助言者となって頂きたいのです」

「……助言、ですか?」

「ええ。あなた方が我々の『常識』を知らないように、我々もまたこの世界の『常識』を知りません。無知のままに国家運営を行えば、いずれ破綻への道を辿るのは必定というものでしょう。

 これから我々は、幾つかの政策を行います。今日の『念話』で市民の皆様に申し上げた内容がそうですね。すぐ近くに新しい都市を造ったり、稼ぎ手を失った寡婦に対する支援などを行う予定です。

 あなた方には我々が行う政策について全て目を通して頂き、それが上手く行くように助言して頂きたいのです。また、もし我々が誤ったことを行おうとした場合には、それを必ず諫めて頂きたい」

「我々が……商人の我々が、国政に口を出してもよろしいのですか?」


 商人とは、自分の利益を優先する者のことだ。

 少なくとも―――世間にはそう思われている筈だ。

 そんな相手に国政へ関与させようなどと、正気の沙汰とは思えないが。


「ええ。あなた方が優秀な商人だから、信頼できるのです」


 だというのに、ユリ女帝はさも当然のように、微笑みながらそう答えてみせた。


「上手く国を富ませることができれば、市民が持つお金が増えます。そうすれば、あなた方のように優れた手腕を持つ商人の方々は、それ以上に富を得ることができるでしょう? 正直を申し上げて、私にとっては貴族などよりも優れた商人の方のほうが、余程信頼できるのです。

 いまお渡しした変若水は、1年分の助言の報酬と言うことでいかがでしょうか。あなた方には向こう1年間ニルデアの都市内に滞在して頂き、必要に応じて我々へ助言をして頂く。1年経過後にも継続して頂けますなら、また別途報酬を用意させて頂きますので」

「1年……。たった1年分の報酬で、こんなにも頂いてよろしいのですか?」

「ええ、変若水(それ)は我々にとってただの不要在庫ですから」


 大国でさえ余裕で買える程の財を、たった1年分の報酬として与えて下さる。

 それほどに自分を高く評価して貰えることが、嬉しくない筈が無かった。


「誠心誠意、勤めさせて頂きます」

「私も、私の商会も、いかようにでもお使い下さい」


 ルベッタが深く頭を下げると、未だに床に膝を付いたままのアドスもまた、床に額を擦りつけるように深く頭を下げてみせた。

 

 ―――その日、ニルデアを本拠に活動する2つの商会が『百合帝国』の御用商会に認定されたが。その経緯を知る者は商業ギルドの中にも殆ど居ない。





 

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お読み下さりありがとうございました。

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[良い点] 更新乙い [一言] 売り払う伝手でも無ければ、物は物のままだからね。 手の長い商人はいいぞ^~
[一言] 150歳オーバー、暦の周期が違うのかな。何にせよ、貴重なアドバイザーのお二方確保。
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