18. ロスティネ商会(EX1)
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その日のユリは朝からとても充溢していた。
体力が、気力が、それ以外の全てまでもが満ち足りている。今なら何をやっても上手く行きそうだし、たとえ困難があっても意志が挫けることはないだろう。
溌剌の理由はもちろん明確に判っている。―――テレスだ。
昨晩ユリは、テレスと共に熱くて長い夜を過ごした。
〈絆鎖術師〉の職業を持つユリは『絆』を扱う能力を得意としている。
この『絆』とは、簡単に言えば自分以外の『誰か』との接続を確立することで、その相手に干渉したり、または相互に影響を与え合う状態にする能力のことだ。
例えば『絆』を確立にした相手には自由に『念話』で話すことができるし、必要なら『映像』も付けることができる。一方通行の会話だけでなく、相互会話が可能な状態にすることもできる。
他には―――例えば『伝播の絆』という能力があり、この能力を起動していると自分に及んだ『有利な効果』を『絆』を結ぶ相手にも与えることができる。味方と『絆』を確立した上で回復アイテムを使用すれば、その回復効果を他の味方にも分け与えることができるのでなかなか便利だ。
逆に『復讐の絆』という能力もあり、自分が受けた『不利な効果』を『絆』を結ぶ相手にも与えることができる。こちらは味方ではなく敵に対して用いる能力で、自分が受けたダメージや状態異常を相手にも同じだけ与えることができる。
嘗てユリが単身で覇竜ラドラグルフを倒した際にも『復讐の絆』は大活躍した。補助系の魔法を主に用いるユリにとっては、攻撃にも利用できる貴重な能力だ。
昨晩ユリはテレスを愛する際に『漏奪の絆』という能力を使用していた。
と言ってもユリがそうしようと思ったわけではない。長年の付き合いがあり、ユリの職業にも知悉しているテレスが「全てを奪って欲しい」と求め、自分に対して能力を使用するようにせがんで来たのだ。
『漏奪の絆』には2つの効果があり、まず『絆』を確立している相手から、あらゆる情報が絆を通して『漏出』するようになる。能力値が看破できるだけでなく、状態変化が監視できるようになり、更には相手の心まで読めるようになる。
要するに『漏奪の絆』を使用していると、テレスは全てを隠せなくなるのだ。
最中に感じた幸福や快楽が『絆』を通して全てユリに見透かされ、それに伴う自身の心の変化に至るまで、全てを曝かれてしまう。
昨晩、強い被虐願望を持つテレスはひたすら乱暴に扱われることを望み続けた。そしてユリもまた、その心が読めてしまうだけに夜を通して応え続けた。
結果―――今日のテレスは完全に再起不能の状態に陥っており、おそらくは今もユリの私室のベッドで眠りに落ちていることだろう。
一方でテレスとは対照的に、今日のユリが元気いっぱいなのは『漏奪の絆』が持つもう1つの効果によるものだ。
先程の能力が『漏奪』の『漏』の部分だとするなら、もう1つの効果は『奪』の部分。つまり『漏奪の絆』には、相手から『奪う』効果も付加されているのだ。
具体的には、相手が何かを失うとユリはそれを奪うことができる。
―――なので二人で愛し合った筈なのに、その消耗は完全に一方的だった。
テレスが体力を消耗する度に、ユリはそれを吸収して同じだけ体力を回復する。気力や精力についても全く同様で、テレスが次第に疲労に呑まれて身動きが取れなくなっていくのに対して、ユリは逆に奪った分だけ元気を増していく。
そうなれば当然、攻守の関係も一方的なものとなる。
夜を通して続いた長い長い睦事の中で、果たしてテレスは自身が望んだ通りに、ユリによって全てを根こそぎ奪われたわけだ。
「ご主人様」
テレスの細い躰を掻き抱いた翌日。領主館の食堂で少し遅めの昼食を摂っていると、メイド服を身につけた少女がユリに声を掛けてきた。
もちろんユリには、それが『撫子』に所属する誰なのかすぐに判る。
「コデッタ、どうしたの?」
「今夜は私が寵愛当番となりましたので、どうぞよろしくお願い致します」
「あ……うん。よろしくね?」
僅かに顔を赤らめながら、ユリはコデッタにそう答える。
どうにも、未だに『寵愛当番』という単語は、気恥ずかしくて慣れない。
「それに伴い、本日中は私がユリ様の護衛も務めさせて頂きます。既に何か本日のご予定が決まっておられましたら、お教え頂けますと大変有難いのですが」
「あ、今日は『念話』をするつもり。ニルデアに住む人達にね」
「念話……というと、以前の『宣戦布告』の時のようにでしょうか?」
「そう。近場に新しい都市を造ることとか、税に関することとか。幾つかニルデアに住む人達に話しておくべきことがあるからね」
「承知致しました。ということは、特に外出のご予定は無いのでしょうか?」
『念話』自体はユリの能力を用いてのものだから、領主館の中からでも行える。
「いいえ。その『念話』が終わったら、1箇所だけ出掛けるつもりでいるわ」
「どちらに往かれるのでしょう?」
「ちょっと『商業ギルド』にね。良い商人を2~3人見繕おうと思って」
*
「……申し訳ありません、ロスティネ卿。折角私の分も用意して頂いたのに、無駄にしてしまいましたな」
「いえ……どうか気になさらないで下さい。私も全く同じ状態ですので」
商業ギルドの3階にある社交室。その一角に置かれた円形のテーブルで、ルベッタとアドスの二人はやや疲れた表情を見合わせた。
先程の『ユリ女帝』からの念話の内容は、新しい都市を造ることと税に関することから始まり、働き手を失った寡婦を就労支援すること、農民のために都市の南北にも通路を設けることなど、実に多彩なものだった。
内容はどれも独創的で―――少なくとも、他の国家では真似できないものだ。
それだけにルベッタとアドスの二人は、強く興味を掻き立てられて。気付けば、のめり込むようにユリ女帝の話に聞き入り続けていた。
結局、わざわざルベッタが商人ギルドの受付で購入してきた用具類は、全く役に立たなかった。話に夢中になっていたため、記録を取る暇も無かったからだ。
その分、ユリ女帝が話した内容はきっちり頭の中に叩き込まれている。今からでも用紙に記録することはできるけれど……強い印象と共に記憶された内容を忘れることは無いと思うので、必要性は感じられない。
「ところで、ロスティネ卿。ユリ女帝は『新しい都市』を造るそうですが、卿にはそれを支援できるのでは無いですかな?」
「そうですね。これはチャンスかもしれません」
アドスの言葉を受けて、ルベッタは即座に首肯する。
都市を造るとなれば、当然大量の建築資材が必要となるだろう。
石材と木材はもちろん、おそらくは金属の類も大量に必要になる。更にはそれらの資材を運搬するための輓獣も百頭単位で欲しくなるだろう。
資材や輓獣を用意できる商人は限られる。少なくとも今目の前に居るアドスには不可能だし、他のニルデアに拠点を置く大半の商人にとっても容易では無い筈だ。
だが―――普段から手広く商いを行っている、ルベッタになら用意できる。
これは『百合帝国』に恩を売り、『ロスティネ商会』の名を高めるための絶好の機会となるかもしれない。
「どうやって『百合帝国』へ接触したものか迷っておりましたが、まさか絶好の機会が向こうから巡ってくるとは……。私の運もまだ捨てたものではありませんね。早速、明日にでも領主館へ伺い、資材と輓獣の提供を打診してみようかと」
「それがよろしいでしょうな。時には商人にも拙速を尊ぶほうが良い潮も―――」
そこまで言いかけておきながら、アドスは言葉尻を窄める。
―――何故だか急に、商業ギルドの中が騒がしくなったからだ。
騒がしいと言っても社交室の中がではない。そうではなく、社交室よりも階下の方で……商業ギルドの受付がある1階の方から、何かの騒ぎが聞こえてくるのだ。
「何かあったのでしょうか?」
「さて……? ギルドの職員がこんなに騒がしくするというのも珍しいですな」
ルベッタとアドスの二人は、揃って首を傾げる。
多くの商人は不必要に騒がしくすることを嫌うところがある。なので商人相手に仕事を行う商業ギルドの職員も、騒がしくするようなことは割と慎むのだが。
「……近づいてきますね」
「そうですな……」
1階にあった喧騒が、徐々に社交室のほうへと近づいてくるのを感じる。
二人が固唾を呑みながら状況を見守っていると。やがて―――ゆっくりと社交室の扉が開かれて、その喧騒を引き起こしている『原因』が中へと入ってきた。
「「………!!」」
その姿を見て、ルベッタとアドスの二人は瞠目する。
見間違う筈も無い。つい先程『念話』と一緒に映し出されていた『映像』の中で姿を確認したばかりの、ユリ女帝の姿がそこにはあった。
(なぜここにユリ女帝が……!?)
社交室は商人にとって一種の聖域のような場所だ。
そんな場所に、まさか国主が自ら訪ねてくることがあろうとは。
あんなにも階下が騒がしかったことにも今更ながら合点が行く。社交室への入室は建前上『Cランク』以上の商業ギルド会員とその従者しか出来ない決まりになっているが、国主自らが入ろうとするのを職員が制止できる筈も無い。
ユリ女帝はメイド服を着用した従者を1人だけ同行させていた。
……逆に言えば、それ以外には護衛兵の1人さえ同行させてはいない。
どうやら女帝は自らが持つ実力に余程の自信があるらしい。―――あれほど大規模な『念話』を実行できる人物ともなれば、当然かもしれないが。
ユリ女帝は暫くの間、ぐるりと社交室の全体を見回して。
やがてルベッタとアドスが居る側にも視線を向けると。何か得心したように1度頷いてみせてから、おもむろに二人が居る方へと歩み寄ってきた。
「「………!!」」
一歩ずつ女帝が歩み寄って来る度に、先方が放つ『支配者の威厳』のようなものが確実に強さを増して感じられ、ルベッタの精神が気圧される。
程なく女帝がルベッタの目の前にまで歩み寄ってきた頃には。ルベッタは半ば無意識のうちに床に膝を付き、女帝に頭を下げていた。
すぐ隣でアドスもまた、ルベッタと全く同じ格好をしている。
「二人とも、顔を上げて頂戴。そんな風にされるとお話しができないわ」
少し困ったような声色で、女帝が二人にそう声を掛ける。
ルベッタの心の中を心底申し訳無い気持ちが埋め尽くす。即座に顔を上げると、ごく近い距離でユリ女帝の姿が視界に飛び込んできた。
(―――想像以上に、お若い)
黒い衣服を身につけており、支配者に相応しい威厳も持ち合わせているので、大人びた雰囲気こそ感じられるものの。そのあどけない顔立ちと艶のある肌は、若い少女だけが持っている特有の魅力でもあった。
もしルベッタが男であったなら、きっと即座に恋に落ちたことだろう。ユリ女帝はそれぐらい、底知れぬ魅力を持ち合わせた女性であるように見えた。
いや―――彼の女帝の魅力の前では、性差さえ問題とはならない。
そうとしか思えない程に、気付けばルベッタの心は強く惹かれ始めていた。
「ルベッタさん、アドスさん」
「「………!!」」
「私はあなた達二人と、ゆっくりお話しがしたいわ」
ユリ女帝がそう告げて、にっこりと優しく微笑む。
薄い唇が名を告げたその瞬間に、二人は全てを鷲掴みにされたように感じた。
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