171. 空輸試験(前)
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嘗て『要衝都市ニルデア』という都市があった。
エルダード王国領の西端にあったこの都市は、メキア大陸のちょうど中央に位置していた。北方こそ森に阻まれているものの、西に行けばニムン聖国が、南に行けばシュレジア公国があるため、3国からの交易品が盛んに持ち込まれ、交易の要衝都市として大変に栄えることになった。
ニルデアの都市は『百合帝国』にとって、この異世界で初めて征服し、自らの国土とした都市でもある。
今になって振り返ってみると、なかなか思い出深い場所でもあった。
―――とはいえ、もう今となっては『要衝都市ニルデア』は存在しない都市だ。
居住していた住民の全員がユリタニアに移住した時点で、ニルデアは都市としての役目を完全に終えており、廃棄されることになった。
ユリが使役獣のスライムを放ったことにより、都市内にあった沢山の家屋などは全て溶解・吸収され、ニルデアの跡地にはもう何も残っていない。
現在でも唯一残されているのは、嘗て『大陸で最も堅牢な防壁』だと謳われた、ニルデアの都市を囲む防壁だけだ。
そんな防壁だけが残された場所で、現在は300頭の竜が飼育されていた。
ハイドラ王国との戦争時に、ユリが転移魔法で奪った『ロフスドレイク』達だ。
竜という割には随分と小柄で、レベルもたったの『15』しかない、非常に弱い魔物なのだけれど。だからこそ、この竜は『誰にでも使役できる』という点で大きな価値を秘めている。
「―――ルベッタ、調子はどうかしら?」
竜の飼育場に居る女性のひとりに、ユリがそう声を掛けると。
出逢った当初に比べて随分と若返った―――ユリの感覚からすると17歳程度にしか見えない少女が、笑顔で応えてくれた。
「ようこそお越し下さいました。今のところは全て順調です」
「そう。それは何よりね」
現在この竜の飼育場には、ルベッタが会頭を務める『ロスティネ商会』の関係者がよく足を運んでいる。
ユリがこのロフスドレイクなる竜を用いた『空輸』の実現可能性について、ロスティネ商会にその調査研究を全面的に任せているからだ。
「この竜が人に危害を加えたりはしていないかしら?」
「はい。ハイドラ王国で充分に飼い慣らされていたようで、少なくとも現時点では一度もそういう事態は発生しておりませんね。
誤って人が足を踏んだりすれば、抗議の叫び声を上げたりはしますが―――それでも絶対に人を攻撃したりはしないのですから、ハイドラ王国でこの竜達の使役を担当していた者の技倆は確かだと思いますよ」
「ふむ……」
ルベッタがそう評するということは、実際に有益な人材なのだろう。
ハイドラ王国へレイピア王国の兵士達が乗り込んだ際、王城内に居た人達は兵士を含めた全員が殺されることなく捕らえられている。
その捕虜の内、女性は全て百合帝国へ引き渡されており、現在はユリタニアの都市地下にある収監施設にて『黒百合』の子達から『調教』を施されている最中だ。
もしもその女性達の中に竜の使役を担当した者が含まれているようなら、人材は既に百合帝国の掌中にあると考えても良いだろう。
充分な『調教』が済めば、喜んで百合帝国のために協力してくれる筈だ。
「判っている分だけで良いから、この竜について教えて貰える?」
「はい、ユリ陛下」
ユリはルベッタとロスティネ商会の幹部から、ロフスドレイクについて現時点で判明している分の様々な情報について、説明を受けた。
ロフスドレイクはあまり高く飛ぼうとはせず、また大して速く飛ぶことも出来ないのだけれど。逆に言えばそのお陰で、飛行中に万が一竜から落ちるようなことがあっても、騎乗者のレベルが40程度あれば、まず命の危険は無い程度のダメージしか負わずに済むということ。
一方で持久力はそれなりにあり、大体2時間ぐらいまでなら連続飛行が可能だということ。単騎で長時間飛行させるとストレスが溜まるようで、暫くの間不機嫌になってしまうけれど、3~6匹ぐらいで一緒に飛行させるとストレスが溜まることもなく、竜の機嫌も改善するということ。
気性は大変大人しく、たとえ不機嫌になっても餌をヤケ食いしたり鳴き声を上げる頻度が増える程度で。人に危害を加えないのはもちろん、人を乗せるのを嫌がることさえ無いということ。
餌は雑食性で、穀物でも魔物の肉でも、何でもよく食べると言うこと。また、この場に居る300頭は『人から餌を与えられる』ことに慣れてしまっており、飛行中に鳥や動物を見かけても、自ら狩猟しようとはしないこと―――。
「なるほど。なかなか便利に使えそうね」
「はい。この竜を運輸目的で利用なさろうと考えたのは、大変な慧眼かと」
一通りの説明を受けてユリが漏らした感想に、ルベッタが頷いて同意する。
軍事目的で使うための竜なら、自身の使役獣だけで事足りている。だからユリがロフスドレイクに軍事目的ではなく、最初から運輸目的の期待しか寄せていないのは、ある意味当然のことだと言えた。
「荷物の積載方法についても、研究は進んでいるかしら?」
「はい。先程の説明にもありましたが、ロフスドレイクは温厚な性格をしており、鉄製の重い鞍を載せても、あるいは足に紐を結んで荷物を吊るしても、特に嫌がる様子は見られないようです。
なので左右に荷物を積載するための箱を取り付けた鞍を特注するか、もしくは完全に荷物を梱包した箱を竜に吊るして運ぶか、どちらかが良いと考えています」
「ふむ。後者ならすぐにでもできるわね。試してみようかしら」
「お願いできますか」
「ええ」
ユリはその場で【使役獣召喚】の魔法を行使し、使役獣のリザードマンを5体召喚する。
リザードマンはレベル46の魔物で、高い防御力と生命力を持つ。もし飛行中の竜から落ちることがあっても、軽微なダメージを受けるだけで済むだろう。
また、リザードマンは魔物ではあるものの、体躯が人間とそれほど変わらない。
偉丈夫の成人男性ぐらいの大きさなので、体重もせいぜい100kgを多少超える程度しか無いだろう。
足から紐で荷物を吊るし、かつリザードマンを背に乗せた状態でも運輸が行えるようであれば。おそらく実際に人間を乗せて行っても、問題は生じない筈だ。
「お喚びですか、主人」
「ええ。戦闘でなくて申し訳無いのだけれど、野暮用を頼めるかしら」
「我等は主人の望みに応えることこそ本望。どのような事にでもお使い下さい」
ユリの言葉に応じて、5体のリザードマンが深く頭を垂れた。
リザードマンは言語を解する能力を有している。なので会話を通じて意志疎通ができ、やって貰いたい内容を詳しく説明できるのも良い。
「というわけで、ルベッタ。ちょっとこれからユリシスの都市にまで試験運輸飛行を行いたいから、試験に用いる竜を6頭選んで、あとは吊るして運ぶための荷物も準備して貰えるかしら?」
「はい、承知致しました。―――6頭用意する、のでしょうか? ユリ陛下が召喚なさった使役獣は、5体しか居ないように見えますが」
「1頭には私が乗るからね」
リザードマンには試験運輸の目的地であるユリシスの位置が判らない筈だから、やはりユリが乗って先導することが好ましいだろう。
無論レベル200のユリにとっては、落下ダメージなど問題にもならない。もし何か失敗しても、きっと騎乗者としての観点から得られるものがある筈だ。
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