170. 怪物
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ユリが自身の側室の中でも特にソフィアを重用するのは、彼女が優れた立案能力や判断力を有していること、ユリや『百合帝国』の皆が半端にしか持たない『この世界の常識』を完璧に知悉していることなどもあるけれど。
最大の理由は―――ソフィアが誰に対しても臆することなく、積極的に関係性を深めていくことができる、高い交友能力を有しているからだ。
例えば、現在ユリには5人の側室がいるけれど、彼女達の中で『百合帝国』の子達の全員と友誼を結んでいるのはソフィアだけだ。
敬虔な信仰の徒であるエシュトアは、同じく信仰に厚い『睡蓮』や『白百合』の子達とは仲が良いのだけれど、それ以外の子達とは接点が無い。
リゼリアとロゼロッテ、ユベルの3人に至っては、そもそも『百合帝国』の中に仲の良い相手自体をひとりも持っていないはずだ。
一方で、ソフィアはユリの『側室』という立場を手に入れたその日から、積極的にユリタニア王宮へ立ち入るようになり、『百合帝国』の子達の全員と友誼を深める努力をしてきていた。
何しろ『側室』の肩書きを持つことは、即ちユリに認められた相手であることを意味する。『百合帝国』の子達は外部の相手にこそ冷たいけれど、身内に対しては非常に寛容で優しい子達ばかりなので、ソフィアの側から仲良くなろうと距離を詰めれば『百合帝国』の子達がそれを拒否することはない。
そうして、ソフィアは『百合帝国』の全員―――359名の子達と、然程の期間も掛けないうちに仲良くなってしまった。
同様に『百合帝国の女帝の第二側室』と『テオドール公爵家の娘』という肩書きがあれば、百合帝国の国内や同盟を結んでいるニムン聖国・シュレジア公国の中にソフィアのことを粗雑に扱える者など居る筈も無い。
自らの持つ都合の良い立場をソフィアは積極的に活用し、貴族、聖職者、商会の会頭や幹部などはもちろん、著名な探索者や職人、果ては農夫や娼婦といった人達にさえ交友関係を持っている。
誰とでも仲良くなれるから、誰からでも情報を得ることができるし、また誰にでも頼って力を借りることができてしまう。
―――ソフィア・テオドールは、正に時代の傑物と呼ぶに相応しい怪物だった。
そんな彼女なので、ユリが任せた『レイピア王国への食糧支援』の一件に関しても、あっという間に話を進めてしまう。
まずソフィアは自分の実家であるテオドール家の当主、カダイン・テオドールと話をつけて、公国からも食料を支援する約束を取り付けた。また、この話をニムン聖国に持っていき、面会したアルトリウス教皇に「百合帝国とシュレジア公国が共同でレイピア王国を支援するので、そちらも噛みませんか」と打診し、即日で支援の約束を取り付けた。
次にソフィアは『探索者ギルド』のギルドマスターという立場を利用し、著名な探索者パーティの幾つかに話を持ちかけた。レイピア王国で食糧不足に喘ぐ民に、同盟国が支援する食料を届ける任務を引き受ける気は無いか―――と。
探索者達を取り纏める立場にある、ギルドマスターからの直々の依頼となれば、それを引き受けることが探索者にとって大変な名誉であることは言うまでもない。まして百合帝国・ニムン聖国・シュレジア公国の3カ国が供出した支援食糧を届ける役回りともなれば、疑いようもなく国家的なプロジェクトだ。
『迷宮地』に通い詰めて己を鍛えることで充分な力を持ち、相応の名声も得た探索者というものは、決まって更なる名誉や賞賛に飢えているものだ。ソフィアからの依頼を拒否する探索者は、誰ひとりとして居なかったという。
更にソフィアは3カ国の主だった商会の会頭や幹部達に手紙を出し、彼らをホテル『ユリシス・バタフライ』のホールを貸し切ってのパーティに招待した上で、レイピア王国への食糧支援に利用する『荷馬車と御者の1年間の貸与』を引き受けてくれる商会は無いかと全員に問いかけた。
商会が所有する荷馬車の側面には、必ず『商紋』と呼ばれる商会の記号が大きく描かれており、また併せて商会名も書かれているのが一般的だ。
その荷馬車が3カ国共同で行う支援事業に利用されるとなれば、商会にとっては協力するだけで相応の名誉を得ることができる。―――逆に言えば、協力しなければ余所の商会に名誉で差を開けられることは、考えるまでも無かった。
荷馬車を『供出』するとなれば負担が大きいが、1年間『貸与』するだけであれば負担は充分に許容できる範囲だ。そして荷馬車を貸し出すなら、その荷馬車を任せていた御者もどうせ余ることになるため、そちらの人員もセットで貸し出すことにも問題は無い。
各商会の会頭や幹部達は、全員がその場で快諾し、各商会毎に2台ずつの荷馬車と御者を貸与するという話が即日で纏まったという。
―――斯くして。
レイピア王国の首都ワンキーアの王城で、レイヴン王とレクマー王子、ソフィアとユリの4人で話し合ったあの日から、4日が経過した『秋月20日』。
その日の朝、ユリタニア王宮を訪問してきたソフィアに直接手渡された『レイピア王国への3カ国共同支援事業の遂行計画書』という書類を読んだユリは、度肝を抜かれることになった。
何しろ、百合帝国が単独でレイピア王国を支援する話だった筈が、僅か4日のうちに同盟を締結する3カ国の共同事業となっているのだ。
更には馬車と御者の調達も済んでおり、『駆逐』が行われていないため魔物の脅威が存在する元ハイドラ王国領においても、安全に食料を届けられるだけの充分な護衛まで確保されている。
非の打ち所がないという評価は、まさにこの計画書のためにある言葉だった。
「ソフィア。あなたに任せて正解でした」
「ありがとうございます、ご主人様。一応今後の計画修正案としましては、ヘイズ商会を初めとした『娼館』の経営を行っている商会から、既に年季が明けている娼婦をお借りしたり、八神教の神殿施設から修行中の神官をお借りして食料支援の荷馬車に同行させ、訪問先の『村落』での慰問も兼ねようかと考えております」
「慰問も……?」
ソフィアの言葉にユリは少し驚くが。こちらの世界では、村落の住人は基本的に自分が住む村から一歩も出ずに一生を終えることが少なくないらしいから、確かに余所から来た一行が慰問活動も行うというのは、悪くない提案にも思える。
それに、慰問に『神官』を連れていくというのは良い着眼点だ。アルトリウス教皇とも友誼があるソフィアになら、神殿勢力に協力を求めることは難しくない。
「治療魔法が使える神官が、食料の配送と一緒に定期的に慰問に来てくれるとなれば、村落の住人達は間違いなく喜ぶでしょうね。……ところで、年季明けの娼婦を同行させる理由は何故なのかしら?」
「娼婦は相手の機微を読むことに長ける、話し上手であり聞き上手でもあります。特にそれを稼業として長くやっていた年季明けの娼婦には、その技倆が充分に身についているものと思われます。
慰問に於いては相手がどんなことに困っているのか、どんな支援を必要としているのか―――そういったことを住民から聞き出す能力も必要になります。もちろん年季が明けている娼婦なら、雇用費が安く済むだろうという面もありますが」
「……よくそこまで考えるものね。全てソフィアに任せるから、好きにやってみなさい。何なら『百合帝国』の子達やその従者も使ってくれて構わないわ」
「ありがとうございます。おそらく食糧支援・慰問事業を何度か行っている内に、元ハイドラ王国領で活動する盗賊の存在などが幾つか判明することでしょう。
そちらの対処を『迷宮地』育ちの探索者に任せるのは少し不安がありますので、是非とも『百合帝国』の皆様の力をお借りしようと考えております」
既にソフィアは『百合帝国』の子達の使い途まで、考えが及んでいたらしい。
改めてユリは、ソフィアに全て任せた自分の判断が正しかったことを、心の中でもう一度確認した。
「では、初めて都市や村落を訪問する際には『紅梅』の従者の子も1人連れて行きなさい。魔物避けと気温調整の結界を張ることができるから、訪問先の都市や村落の住人に、きっと喜んで貰えると思うわ」
「なるほど……。ありがとうございます、ホタルちゃんに相談してみますね」
「ええ」
ホタルは『紅梅』の隊長の名前だ。
即座に隊長の名前を挙げることができ、かつ『ちゃん』呼びできるほどの交友も既に築いている。こういう部分が、本当にソフィアは只者ではない。
「ソフィア」
「はい、ご主人様」
「1年間の支援事業を無事に終わらせることができた暁には、あなたに何かご褒美をあげることにするわ。何を私におねだりするか、今から考えておきなさい」
「ほ、本当ですか!? ありがとうございます、ご主人様!」
第二側室という確かな立場があるのに、相変わらずユリのことを『ご主人様』と呼ぶのは、正直少しどうかとも思わないでもないのだけれど。
何にしても―――ソフィアが満面の笑顔で喜んでくれるのは、ユリにとっても素直に嬉しいことだった。
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