169. 戦勝のあとに(後)
昨日の投稿は短いわりに沢山誤字がありました……。
誤字報告機能より指摘を下さいます方々、いつもありがとうございます。
お陰様で大変助かっております。
「―――さて、ソフィア嬢とお会いできたこと自体は嬉しく思いますが。わざわざ連れて来られたのには、やはり何か理由があるのですか?」
「ええ、もちろん。ハイドラ王国との戦争についても終わったことだし、約束していた通り、この国に『転移門』を設置させて貰おうと思ってね」
「なんと、それは有難い。是非ともお願いしたい所ですな」
ユリの言葉を受けて、レイヴン王の声に判りやすく喜色が入り交じる。
その隣に座るレクマー王子もまた、嬉しそうに頬を緩めていた。
「『転移門』は我が国と同盟を結んでいるニムン聖国とシュレジア公国にも、既に設置してあるのだけれど。この『転移門』の利用に関しては、幾つかルールのようなものを設けさせて貰っていてね。設置する以上は、そのルールをレイピア王国にも守って頂きたいと思うのだけれど?」
「なるほど。レイピア王国は百合帝国と同盟を結んだばかりの新米国家ですから、先達が守っているルールならば、当然我々も遵守すべきでしょう」
「そう言ってくれると助かるわ」
『転移門』を利用できるのは『探索者ギルド』に登録した者に限られることや、登録さえしていれば実際に『迷宮地』に潜っているかどうかは問わないこと。
個人や家族の暮らしに必要な、食料・生活用品などを『転移門』を利用した先の都市で買付けることは認めるが、商人が商品の輸送を目的として『転移門』を利用することは認めないということ。
このため『転移門』を利用する際には携行している荷を検めさせて貰うし、収納スキルを有している場合は、そこに格納している荷も調べさせて貰うということ。
―――そうした『転移門』を利用する上でのルールを、ユリはレイヴン王とレクマー王子の2人に、ひとつずつ説明していく。
「レイピア王国から『転移門』を利用してユリシスを訪れた者が、『迷宮地』の中で狩り得た魔物の肉などを、レイピア王国まで持ち帰るのは良いのでしょうか?」
一通りの説明を聞いた後、レクマー王子がそう疑問を口にして見せた。
「ええ、それは全く問題無いわ。自分で狩猟して得た素材なら、数量を問わず全て自国に持ち帰ることができる。だからレイピア王国の探索者が、ユリシスの『迷宮地』で魔物の肉を大量に確保し、それを自国に持ち帰って商人などに売却するなどの行為は、好きにやってくれて構わないわよ」
「なるほど。それは嬉しいですね、父上」
「うむ、有難い限りですな。どうにも食料不足が深刻でして、我が国ではこれから食料をどう調達して行くかが、ひとつの課題となっておりましたので」
「……ああ、そういえばそうだったわね」
ハイドラ王国の首都では食料品がかなり高騰した状態にあった。
大軍を出兵させるために、国が糧食を買い漁ったからだ。お陰で食料品の市場価格は高騰しており、民は重い税を払ったせいで金に余裕が無く、飢餓を我慢しながら暮らしている者も少なく無かったと聞いている。
もちろんハイドラ王国では軍隊の糧食を都市を治める貴族達にも供出させていたため、首都以外の都市でも少なからず食料品は不足状態にある。
―――ハイドラ王国を征服したことで、その厄介な状態の都市群を、レイピア王国がそのまま引き受けることになってしまったわけだ。
平坦で肥沃な土地があるのだから、時間が経てば解決する問題ではあるだろう。とはいえ、今秋得られる筈だった分の実りは未熟な内に全て収穫してしまっているだろうから、食料事情の回復には少なくとも丸1年が必要になる。
(これは……流石に支援すべきでしょうね)
レイピア王国との関係を『相互防衛条約』から通常の『同盟』に移行していくのだから、戦争以外の困難に関しても協力するのは当然のことだ。
「今日ソフィアを連れてきたのは、私が彼女に『探索者ギルド』のギルドマスターを任せているからなのよ。『転移門』を設置するのなら『探索者ギルド』の支部をこの国にも作らなければならないから、その関係でね」
「ああ―――なるほど、ようやく得心できました。探索者を取り纏めるギルドの長という重職も、ソフィア嬢にであれば務まるでしょうな」
「ふふ、レイヴン王は私のソフィアのことを買って下さっているのね、嬉しいわ。では、そんなソフィアに1つ役目を任せたいのだけれど?」
「あ、はい。何をすれば良いでしょう?」
「現在あなたが経営している『テオドール商会』とは別に、もうひとつ国営の商会を経営して頂戴。その商会には『転移門』を利用した食料品の輸送を全面的に許可するから、レイピア王国の各都市に食料を輸送し、百合帝国の国内と同じ価格で民が購えるように手配しなさい。―――できるかしら?」
「もちろんです。ご主人様がお望みとあれば、喜んで務めさせて頂きますわ」
ユリの要求に、ソフィアが深く頭を下げて恭順する。
現時点でもソフィアは『探索者ギルドの長』と『迷都ユリシスの管理』の2つの役目を全うしつつ『テオドール商会』を経営しているため、かなり忙しい身であるのは間違いないのだけれど。
それでも―――彼女が『できる』と言うなら、それは可能なことなのだろう。
「というわけで、レイヴン王。私はソフィアに任せる国営商会を通じて、レイピア王国に向こう1年間の食料支援を約束するわ。来年の秋まで持てば、あとは自力で食糧事情の改善もできるわよね?」
「もちろんです。ユリ殿には何と感謝を申し上げて良いか―――」
「うちの国では食料が余っているから、気にしなくて良いわ」
百合帝国では、少し前までシュレジア公国へ大規模な食糧支援を行っていたが、それも今秋を迎えると同時に必要無くなり、打ち切っていた所だ。
そのせいで百合帝国の国内では、食料がやや余り気味になってしまっている。
ハイドラ王国の国土を全て併呑したとしても尚、レイピア王国はシュレジア公国より遙かに小さな国土しか持たないのだから。こちらとしても食糧支援という形で余剰食料を調整放出できるのは、好都合でさえあった。
「対価というわけではないけれど、代わりにひとつお願いをしても良いかしら?」
「無論です。お聞かせ頂けますかな?」
「ハイドラ王国領の北部に、彼らが『竜騎兵』に利用していた『ロフスドレイク』なる竜の生息地があるのだけれど。この竜を百合帝国が自由に狩猟、または捕獲を行う権利を認めて貰えると嬉しいわ」
「ふむ……。その程度の権利で宜しいのでしたら、もちろんこちらとしても異存はありません。すぐにでも書面に認めましょう」
「感謝を申し上げるわ、レイヴン王」
ロフスドレイクは竜のくせにレベルがたったの『15』しかない、非常に脆弱な魔物だけれど。だからこそ、一般人でも使役できる可能性を秘めている。
今後国内での『空輸』を実現するためには、大変都合の良い存在だ。今のうちに狩猟や捕獲の権利を認めて貰えれば、今後に活かしやすい。
「ユリ殿、できれば他にも我が国に何か要求して下さいませんかな?」
「他にも……?」
「はい。ユリ殿にはハイドラ王国の侵攻軍を全滅して頂いただけでなく、レイピア王国の軍が彼の国を占領できるよう手助けまでして頂きました。ユリ殿はその対価としてレイピア王国内での『放送』の権利を要求されましたが、その程度の対価しか用意せぬのでは、こちらとしても立つ瀬がありませぬ」
「む……」
ユリとしてはレイピア王国内での『放送』が認められ、信仰がより効率良く集まるようになり、それがリュディナへの恩返しになれば、それが一番嬉しいのだが。
とはいえ―――『放送』の権利を認めるだけでは、実質的にレイピア王国としては何も負担していないも同然だから。対価を『払う側』であるにも拘わらず、レイヴン王が納得できないという気持ちも、判らないでは無かった。
「……そうね。では今回レイピア王国が得た土地の、海沿いに都市を1つ建造し、その周辺にある狭い範囲を百合帝国で領有することを認めて貰えないかしら」
ハイドラ王国は大陸の西端に位置する国家のひとつだったため、海に面した地がその国土に多く含まれている。レイピア王国が征服したその一部を、百合帝国にも分けて貰おうというわけだ。
国家間の交渉に於いて、テーブルに乗せ得る最も価値があるものといえば、何と言っても『土地』だろう。その一部を譲って貰うとなれば、流石に対価として安すぎるということも無い筈だ。
通常であれば、国土から離れた『飛び地』を領有したところで、メリットよりもデメリットのほうが多いものだろうけれど。
おそらく『転移門』さえ設置すれば、その手の諸問題は全て無視できる。
「承知致しました。水産物が目的ですかな?」
「ええ。ソフィアに任せるものとはまた別に国営商会を立ち上げて、そちらに『転移門』を利用した輸送を許諾し、百合帝国や同盟国に水産物を安価で供給する仕組みでも考えてみようかと思うわ」
「なるほど。内陸国に海の恵みが齎されるのは、大変良い事かと存じます。
ただ―――できれば干物などの『陸路で輸送が可能な水産物』に関しては、当国が輸出品として利用できる余地を残して頂けると嬉しいですな」
「それは当然の要求でしょうね。では、レイピア王国から『当国の利益を侵す』ものとして挙げられた品目については、国営商会で扱わぬと約束するわ」
「配慮に痛み入ります」
水産物に関して『転移門』での輸送を認めるのは、そうでもしなければ現状では内陸国に水産物を提供することが難しいからだ。
とはいえ、その結果レイピア王国の権益が害されてしまうようなことは、ユリとしても本意ではない。レイヴン王が言うように、干物のような日持ちするものに関しては当該地域の国家に権益があるものとし、国営商会では扱わぬよう制限しておくほうが賢明だろう。
「ご主人様。そちらの『水産物を扱う国営商会』については、やはりルベッタさんにお任せする予定なのでしょうか?」
「ええ、そのつもりだけれど?」
「そういうことであれば、国営商会の会頭はご主人様が務めて下さいませ。その上で私が『レイピア王国への食糧輸送』の部門を担当し、ルベッタさんに『内陸国への水産物輸送』の部門を任せる、という形が良いと思いますわ」
「ふむ……。ソフィアがそう言うなら、そういう形にしましょう」
国営商会の頭数を1つに束ねておくことに、一体どのような意味があるのかユリには判らないが。ソフィアがそうすべきと言うのなら、何か理由があるのだろう。
「では、都市を建造する位置についてはまた相談させて頂戴ね。もちろん、現時点で海沿いに存在するどの都市とも被らないようにするから」
「承知致しました。その配慮だけでも、充分に助かります」
「では次に、同盟関係と交易品目について話し合いたいのだけれど―――」
それからユリ達は、3時間ほど掛けて幾つかの事項について4人で協議し、レイピア王国との今後の関係についての話を詰めていく。
―――そして、その日の夜に。
ユリは初めてレイピア王国にも行った『放送』の中で、百合帝国がハイドラ王国からの侵略軍を殲滅したことと、レイピア王国がハイドラ王国を征服したこと。そして、その経緯により両国が同盟を締結した事実を周知する。
それは―――メキア大陸の中央にある百合帝国の影響圏が、とうとう大陸の西端にまで到達した瞬間に他ならなかった。




