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百合帝国  作者: 旅籠文楽
1章 -

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17. ロスティネ商会(後)

 



 『女帝』からの念話が終わった後も、暫らくの間は静寂が社交室(サロン)の中を満たしていたが。やがて誰かがぼそりと言葉を零し始めると、それが誘い水となり、室内は打って変わったように騒がしくなった。

 そんな中、ルベッタはおもむろに席から立ち上がる。


「ロスティネ卿?」

「すみません、トルマークさん。メモを取れるものを持ってきていないので……。ちょっと今のうちに商業ギルドの受付で購入してきます」


 わざわざ事前に通達を入れたぐらいだから、この後にユリ女帝が行う『念話』はそれなりの長話になると見て良いだろう。

 ルベッタにとって重要で、記録しておくべき事項もあるかもしれない。折角なので今のうちに、メモを取るために必要な物を用意しておきたかった。


「なるほど……確かに『女帝』からの念話の続きの中には、何か記録すべき事もあるかもしれませんな。よろしければ私の分も購入してきて頂いても?」

「判りました」


 社交室を一旦出て、ルベッタは商業ギルドの受付で筆記具と用紙を購入する。

 あんな念話があった直後だというのに。商業ギルドの受付で働く者達は、意外にもそれほど動揺していないように見えた。

 商業ギルドは国家に帰属する組織ではないので、『百合帝国』から不利益を齎される可能性は少ない。彼らにとっては危機感を抱くほどの状況でも無いのだろう。


 社交室に戻ると、アドスが二人分の紅茶を淹れてくれていた。

 社交室には常に数人の給仕が控えているので、別に自分の手で準備せずとも、頼めば彼らが飲み物を準備してくれるのだけれど。どうやら何か拘りがあるらしく、アドスは常に自分の手で飲み物を淹れることを好む。


「ありがとうございます」

「こちらこそ、ありがとうございます。代金はいかほどでしたかな?」


 アドスに問われ、ルベッタは掛かった金額を正直に回答する。

 互いの年齢差はあれど、付き合いが長いこともあって、アドスとは気が置けない関係を築けている。商人同士の『貸し』や『借り』は無い方が好ましいので、些細な額でもアドスは絶対に払おうとするし、ルベッタも遠慮したりはしない。


 そして―――アドスが淹れてくれた、まだ熱い紅茶を2口ほど味わっていると。果たして、その瞬間は訪れた。


『―――こんにちは、要衝都市ニルデアにお住まいの皆様』


 先程と全く同じ語調で話される、全く同じ言葉。

 にも関わらず―――ルベッタとアドスの二人は、その瞬間に度肝を抜かれた。


(映像付き……!)


 そう、今度の『念話』にはなんと声だけでなく、映像までもが付属していた。

 ルベッタの視界には。そして、おそらくはアドスの視界にも、いま市民に向けて念話を語りかけている『女帝』の姿が鮮明に見えている。

 何と言うか―――思っていたよりもずっと若い女性だ。

 今のルベッタよりは10歳以上若そうに見えるし、もしかするとロスティネ家を父親から継いだ時点のルベッタよりも、更に若い女性かもしれない。


 映像を記録する魔導具は、大変高価だが実在する。

 ルベッタはまだ目にしたことも無いのだが、商会で魔導具を扱っているアドスは何度か実物を入手したこともある筈だ。

 だが、その魔導具は記録した映像を『球体の水晶』の中に映し出すことしか出来ないと聞いている。

 少なくとも―――いまルベッタが目にしているもののように。他者の視界の中に直接映像を映し出すような真似は、絶対にできない筈だが。


「これが『百合帝国』の女帝の姿……」


 アドスが瞠目しながら、どこか萎縮した声でそう独り言を漏らす。

 既に老齢に達しているアドスからすれば、彼の女帝は子供のような年齢だろう。

 しかし一方で、まだ幼さが残る風采や声色とは裏腹に、女帝の言葉からはどこか他者を圧倒する威厳が感じられた。


(なるほど―――この少女は確かに『女帝』だ)


 言い表すなら、それは『支配者然とした空気感』のようなもの。

 ルベッタは今までにエルダード王国の国王や皇太子とは何度も面会したことがあるし、シュレジア公国の大公、ニムン聖国の聖王とも直接相対した経験があるが。誰と対峙した時にさえ、これ程に濃厚な『支配者の気配』を感じさせられることは無かった。

 そんなルベッタが、今は片時さえ映像から目を離すことさえできない。

 先方がこちらを見てくれているのに、こちらから視線を外すようなことは非礼すぎて出来はしない。―――そんな風にさえ、思えてしまう。

 もちろん、いまルベッタの視界に表示されているのは、あくまでも『映像』で。実際には彼の女帝の視線の先に、ルベッタは映っていない筈なのだが。


『1週間前に行いました宣戦布告の際にも、今回のようにニルデア市民の皆様に念話をさせて頂きましたので、既にご存じの方が多いと思いますが。改めて、今一度ご挨拶させて頂きます。私は『百合帝国』の主、ユリと申します』


 そう告げて、ルベッタの視界に映っている『女帝』がおもむろに頭を下げた。


「なッ……!?」

「何と!?」


 ざわりと、社交室の中の空気が大きく揺らいだ。


 ―――『王』という存在は他者に頭を下げたりはしないものだ。

 明らかに己や国家に非がある場合でも頭を下げず、仮に戦争に負けることがあろうとも戦勝国の君主にさえ頭を下げない。それが普通の『王』の姿だった。

 だというのに―――ユリ女帝はいとも簡単に、頭を下げてみせた。

 我々よりも圧倒的に上に立つ者だというのに。いや―――まるで上に立つ者として、誰よりも率先して頭を下げることがさも当然であるかのように。


『我々がニルデアの都市を急に占領してしまいましたもので、市民の皆様の中には不安に思っている方もいらっしゃることでしょう。そこで今後は、この念話を利用した連絡を不定期に行い、市民の皆様と密に連絡を取るようにしたいと考えておりますので、どうぞよろしくお願い致します。

 なお、先にもご連絡しました通り、私からの念話は15歳以上の方にしか聞こえないようにしてあります。親御様におかれましては、私から連絡しました内容について必要な部分だけ、お子様にも伝えて頂きますようお願い致します』


 今後は念話で不定期に連絡を―――と告げる辺り、やはりユリ女帝にとっては、この『市民に念話を一斉送信する』という行為自体が、別に難しいものではないのだろう。

 ニルデアの都市を瞬く間に陥落せしめた『百合帝国』の軍隊の実力が、恐ろしく高いだろうことは想像に難くないが。どうやらその国家を束ねるユリ女帝もまた、魔術師として比類無き実力を有しているようだ。


『さて、ニルデアにお住まいの皆様にとって一番気になるのは、やはり税に関することだと思いますので。まず最初にその辺のお話からさせて頂こうと思います。

 以前ニルデアを統治しておられた国家、エルダード王国では、大体市民の皆様に6割程度の税を、農民の方には7割程度の税を課していたようですね。正直これは市民の皆様が生活する上で、厳しい税割合だと私は認識しております』


「ふむ……」


 話の流れから察するに、どうやら税は今までよりも下げる意向であるらしい。


 安易な方法ではあるものの、賢明だとルベッタは感心する。

 統治者が変わった直後の都市は、何かと市民感情が不安定になり易いものだ。

 時間が経てば次第に安定するだろうから、減税により人気を稼ぎ、一時的にでも市民を満足させることによって不安定期を乗り越えるのは上手いやり方だ。


 ニルデアのような城塞都市は人口密度が高いので、市民の生業が商業や製造業に大きく依存している。そういう場所では一時的に税を1割下げるだけでも、市場に流通する財貨の量が大きく増加し、都市全体が活性化して潤う。

 売買が活性化すれば、取引に附随する税収は増える。税割合を下げた分の一部は結果的に戻ってくるので、1割程度の一時的減税であれば統治者側にとってもそれほど痛い行為ではない。


『そこで、我々は税を恒久的に3割(・・)程度まで下げようと思います』


「「は……?」」


 ルベッタとアドスが漏らした言葉が、完全に一致した。

 今まで『6割』だった税を、今後は『3割』に―――。流石に税をいきなり半分にするというのは、二人にとっても想像の埒外だ。

 しかも今、聞き間違いでなければ『恒久的に』とも聞こえた気がする。


『これは原則として職業を問いません。商人の方でも職人の方でも、あるいは農民の方でも、税は一律3割程度まで下げる予定です。

 また、税制度については詳細を煮詰める時間を今少し掛けたいと思いますので、今年いっぱいの間は一律無税(・・)と致します』


「「………」」


 ルベッタとアドスの二人は、思わず言葉を失う。


 戦争の惨禍にあった都市が税を免除されるという例は、別に珍しくない。

 珍しくはないのだが―――それは単に、税を取ろうにも取れない(・・・・)からだ。

 戦争直後の都市は普通、防壁も街路も建物も破壊の限りを尽くされて経済や生活に深刻な被害が生じ、市民に大量の死者が発生し、死体が遅々としか処理されないために都市の衛生状態が一気に悪化し病気が蔓延する。

 そんな都市に税を掛けても、単に市民が逃げ出すのを後押しすることにしかならない。税を免除でもしなければ、そもそも立て直すこと自体ができないのだ。


 けれど、ニルデアの場合は事情が全く異なる。何せニルデアの都市は、戦争による破壊被害などを一切受けていないのだから。

 一定の死者は出ているが、それらの大半は軍属者であり、残る一部も掃討者だと聞いている。こう言っては何だが―――彼らが亡くなったところで、別にニルデアの経済にさほど大きな被害が出るわけではない。

 取ろうと思えば取れるのに税を免除するというのは……まるで意味が判らない。

 しかも、今はまだ年が変わって間もない時期だ。このタイミングで今年の無税を約束するというのは、1年分の税収を丸々放棄することに等しい。


『ただし―――今年の税の免除と、それ以降の大幅な減税をお約束する代わりに、市民の皆様に1つお願いしたいことが御座います』


「む……?」


 一体何だろう、とルベッタは訝しく思う。

 与える『飴』が巨大過ぎるだけに、余程無茶な『お願い』でもなければ、市民の誰もが喜んで受け容れるのは間違いないだろうが。


『私はこのニルデアの都市で、ひとつだけどうしても気に入らない事があります。それは都市のどこに居ても感じられる、鼻が曲がるような悪臭ですね。こんなにも酷い臭いが立ち込めるほど都市の衛生状態が悪化しているというのに、何の対処もしておられなかったエルダード王国が、正直私には理解しかねます。

 幸い『百合帝国』はこの悪臭問題を解決できる技術を有しています。ですので、私達は衛生問題への対策を充分に講じた都市を、現在のニルデアのすぐ北の辺りに新しく造ろうと考えております』


(―――なるほど)


 そこまで聞いて、ようやくルベッタは合点が行った。

 つまり―――ユリ女帝は『新しい都市』を作る為の労役を、ニルデアの市民に課そうと考えているのだろう。


「……上手いやり方ですな」


 アドスもまたユリ女帝の真意を理解したらしく、どこか感銘した様子でしみじみとそう呟いた。


 都市を新しく造るとなれば、かなりの長期に渡って―――おそらく3年から4年ぐらいもの期間に渡って、莫大な労働力が必要とされるのは間違いない。

 そこでユリ女帝は大きな税優遇を与える代わりに、市民に『労働力』を支払わせようと考えたのだろう。

 ニルデアに限った話でも無いが、ある程度規模が大きな都市ともなれば、そこに住む市民は常に悪臭問題に悩まされるものだ。その悩みから解放されるのであれば労役を厭わない者も少なからず居るだろう。

 その上で『今年の無税』と『以降の減税』という2つの餌がぶら下げられれば。もう市民が労役を嫌がる理由など、殆ど無くなってしまうのは間違いない。


『市民の皆様には―――この新しい都市が完成しました暁には、このニルデアから引っ越して頂きたいのです。ニルデアの都市に愛着のある方も多いでしょうから、無理を言っていることは存じておりますが、どうぞよろしくお願い致します。

 ……ああ、ちなみに都市の建造についてですが、我々『百合帝国』の中には建築を得意とする部隊がありますので、その者達だけで作業に当たる予定です。市民の皆様に都市建造に関して金銭負担を強いたり、労働力の提供を求めたりするようなことは一切ありませんので、この点についてはご安心下さい』


「「……は?」」


『―――なお、都市の建造完了は2ヶ月後を予定しております』


「「―――はァ!?」」


 今度こそ、ルベッタとアドスの二人は、開いた口が塞がらなかった。





 

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お読み下さりありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新乙い [一言] 話が美味すぎて、その内纏めて殺されるんじゃねえのって気分になりそうww お前らの税はいりません。労働力もいりません。存在に価値が見出せません。って見えてるんじゃないのw…
[一言] 衝撃の連続。
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