165. 常勝将軍ハーキス
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秋も半ばに差し掛かりつつある『秋月16日』。
ハイドラ王国の王城、その『玉座の間』にて。今まさにレイピア王国に向けて出発せんとする軍隊の、総大将任命式が行われていた。
「―――ハーキス・カサー伯爵よ」
「はッ!」
「余の剣を預けると共に、貴公を軍の総大将に任ずる。18000の兵と300の竜騎兵を率い、レイピア王国の軍勢を見事食い破ってみせよ」
「ははッ! 総大将の任、しかと承りました!」
カサー伯爵家の当主であるハーキスは、ハイドラ王国に於いて『常勝将軍』の異名で知られる、歴戦の将軍である。
いまハーキスに剣を預けた、当代のザサール・ハイドラ王が即位した時点では、ハイドラ王国の国土は現在の半分にも満たなかった。それを広大な版図にまで拡げたのは、偏にハーキス将軍が勝ち取った数々の戦勝によるものだ。
だが―――他でもない当事者のハーキスは、今まで人生で挙げてきた数々の武勇と戦果が、決して自らの才によるものでは無いことを自覚してもいた。
ハーキスはいつだって、ハイドラ王国の宰相を務めるカミル・バヤールの立てた作戦を理解し、その意を違えることなく遂行すべく軍を動かしてきただけなのだ。
もちろん兵を動かすこと自体、決して容易に出来るものではないから。兵を厳格に統率して運用する用兵術そのものには、多少自負する所も無いではないが。
こと『軍事作戦』を考案することに関し、自身の才がカミル宰相に遙かに及ばぬ事は重々理解していることだった。
「………」
だからハーキスは、王からの任命が終わった後もじっと言葉を待つ。
この後にカミル宰相から下される言葉こそ、しかと胸に留める為にだ。
「ハーキス将軍」
「はッ!」
若々しい少女の言葉が『謁見の間』に響く。
カミル宰相はエルフであるため、その外見の中に『老い』がまるで見えない。
まだ微かに稚さすら残る、少女のようにも見えるが―――彼女はハーキスが少年の頃からこの国の宰相を務めていた筈なので、相応の歳には達している筈だ。
「今後の行軍予定について、この場で一度述べてみて下さい」
「畏まりました。これから2日間を掛けてレイピア王国との国境線手前まで軍隊を進行させ、更にそこから2日を掛けてラスターの都市手前にまで進行予定です」
「はい、大変結構です。18000を超える大軍とはいえ、ハーキス将軍の指揮下であれば軍をもっと迅速に進め、この半分の時間でラスターの都市まで迫ることも可能ではあるでしょう。―――ですが今回は、必ず合計4日間を掛けてラスターの都市手前まで軍を進めるようにして下さい。
また今回は歩兵部隊に、既に組み立て済の車輪付き投石機を6台預けてありますので、それを牽引しながらの移動となります。投石機を円滑に転がすため、街道上を通ってラスターの都市にまで向かうようにして下さい。宜しいですね?」
「承知致しました。……とはいえ、一応理由はお聞かせ頂きたいのですが」
戦争に於いて、兵は常に神速を尊ぶものだ。
侵攻軍の移動に時間を掛けてしまえば、それだけ相手に充分な防衛軍を集めて、陣地を堅牢化するだけの時間的猶予を与えることになる。
それを敢えて『ゆっくり進軍せよ』と命じる、宰相の意図がハーキスにはまるで判らなかった。
また、出兵時点から完成済の投石機を牽いていけというのも、いまいち理解に苦しむ話だ。
投石機は組み立てに半日と掛からないのだから、部品を荷馬車に積載して運び、現地で完成させるのが通常のやり方だ。それを敢えて、完成済の投石機を牽引して運べというのは、まるで意味が判らない。
「もっともな疑問ですね、お答えしましょう。今回、我々がレイピア王国から引き出したいのは、相手の全面的な降伏―――つまり『属国化』です。
ですが生半可な戦果では、相手も従属化など受け容れる筈もありません。なのでハーキス将軍率いる我が軍には、レイピア王国の防衛軍を完膚無きまでに『粉砕』して頂く必要があります」
「なんと、そこまでの決戦をお望みでしたか……」
ハーキスは今回の侵攻戦について、レイピア王国から『2~3都市の割譲』程度の戦果を勝ち取れれば良いと、漠然に考えていた。
だが、カミル宰相は相手から『全面降伏』を勝ち取ってこいと言う。自分の想定が随分甘かったことを思い知らされ、ハーキスは改めて気を引き締めた。
「降伏を引き出すためには『我々の従属下に加わらなければ国土を守れない』と、そこまでレイピア王国に思わせる必要があります。故に我々は敵兵を効率的に殺していき、相手の軍事力を修復不可能な形で損なわせなければなりません。
ですが難しいことに、一方で我々は『自国の軍事力を損なう』ことを厭わねばなりません。もし我々の軍事力が今回の戦争で大きく毀損するようなことがあれば、その好機を周辺国が黙って見ていてはくれないでしょうから」
「それは、そうでしょうな……」
ハイドラ王国は北方に仮想敵国を幾つも抱えている。肥沃な土地が多いこの国を奪れる隙が産まれれば、相手がそれを傍観してくれる筈も無い。
また、南方の国とはそれなりに友好的な関係を築けてはいるが、それもハイドラ王国が精強な軍事力を保有していればこそだ。軍の脅威が一段でも損なわれれば、これまで貼り付けていた笑顔の仮面を、即座に外す国が幾つも出てくるだろう。
「よって我々は『自軍の被害を最小限に抑える』と共に、『敵軍に与える被害を最大化する』ことを目指さなければなりません」
カミル宰相は簡単にそう言ってみせるけれど。それがどれ程に難しいことかは、ハーキスには想像に難くなかった。
戦争とは畢竟、数と数との削り合いなのだ。一方的に相手の軍だけに被害を与えるためには、かなり軍略を巡らせる必要がある。
「敵軍を効率的に損耗させるためには、相手に『野戦』に応じて貰わなければなりません。目的が目的である以上、今回は『籠城』されては非常に困るのです。
そこで、ハーキス将軍に敢えて『4日』もの時間を掛けてゆっくり軍を進軍して頂くことで、敵に充分な防衛軍を招集するだけの時間を与えます」
「なるほど」
充分な兵が集まらなければ、相手は間違いなく籠城を選択するだろう。
兵が立て籠もる都市を攻略するならば、多数の死者が出ることは避けられない。だから敢えて敵に兵を集められるだけの時間の猶予を与え、相手が野戦を選択する可能性を高めようというわけだ。
「また、完成済の投石機を牽引して頂くのも、その存在を誇示するためです。こちらは投石機を6台も用意しているから籠城戦など無駄だぞ―――と、そう喧伝しながら軍を進めることで、相手に強制的に『野戦』を選択させます」
「ふむ……。そう上手くいくものでしょうか?」
「いきます。何故なら籠城を選択すれば、国境から最も近い都市―――ミハイル伯爵が治める『ラスター』の都市が、投石による被害を受けることになるからです。
レイヴン王は過去に、本来であればミハイル伯爵の領有となる位置にある銀山を強制的に国で接収した過去があり、その経緯から自身がミハイル伯爵から恨まれていることを自覚しています。それだけに今回『敵軍の侵攻から積極的にラスターの都市を守らなかった』という失点を重ねてしまえば、ミハイル伯爵の心がいよいよ国から離れてしまうのではないかと、大いに危惧することでしょう。
故にレイヴン王には今回『ラスターの都市に被害を与えずに侵攻軍を撃退する』ことが迫られます。そうなれば当然―――」
「レイピア王国の防衛軍は、ラスターの都市の正面に布陣して『野戦』での決着に応じてくる、というわけですな」
「左様です」
なるほど、そういう事情があれば敵が『籠城』を選択することは無いわけだ。
カミル宰相の話に、ハーキスは得心する。
あとはハーキス自身の用兵術を以て可能な限り被害を抑えつつ、ラスターの都市前から退くことが許されない敵軍に、壊滅的な被害を負わせれば良いわけだ。
久々に自分の軍才が試されそうで、ハーキスの心は歓喜に打ち震えた。
「なお今回、ラスターの都市を治めるミハイル伯爵は、既に調略が済んでいます」
「―――は? 何ですと?」
「ミハイル伯爵は、当国の味方です。ラスターの都市手前にて、我が軍とレイピア王国の軍が対峙すると同時に、背中から2000の兵でレイピア王国の軍を強襲して頂く手筈となっています」
「な、なんと……」
単純な野戦かと思えば、既に敵方の寝返りが決まっているらしい。
もともとハイドラ王国の兵はレイピア王国の倍近くはあり、しかも竜騎兵による空中からの攻撃も行えるなど、数々の優位を持っている。だから単に野戦を行うだけでも、まず負けることは無いのだが。
それに加えて敵軍を『挟撃』できるとなれば―――その優位性は、もはや圧倒的と言っても良い程だろう。
そこまでお膳立てされるのであれば、別に指揮官がハーキスである必要さえ無いかもしれない。挟撃に混乱する軍隊を粉砕する程度なら、多少の指揮の経験さえ有していれば、誰にでも出来ることだ。
遣り甲斐は無さそうだが―――また1つ『勝ち戦』を積めるのは悪くない。
それにレイピア王国を降伏せしめたとなれば、その戦果は極めて大きい。
陞爵が大いに期待できるのはもちろん、ハーキスの持つ『常勝将軍』の異名が、より揺るぎなきものとなるのは間違いないだろう。
「宜しいですね? 決して軍を『速く進め過ぎない』こと、そして『投石機の存在を誇示』すること。この2つを行軍の際に遵守するようにして下さい」
「ははッ! 確かに、承りました!」
心底から敬服しながら、ハーキスはカミル宰相に頭を下げた。
今までハーキスはカミル宰相の指示を常に遵守し、その結果毎回のように戦勝の栄光を手にすることで、将軍として最高の評価を得続けてきたのだ。
なればこそ、今回もまたカミル宰相の指示さえ遵守していれば、全てが上手く行く筈だと。全く疑うことなく、そう心から信じていた。
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「―――なるほど、なかなか考えたものねえ」
透明化させた使役獣をハイドラ王国の城内に送り込み、全ての情報を見聞きしていたユリは、敵の狙いを理解してくすりと微笑んだ。
どんなに巧みな軍略を立てた所で、看破してしまえば意味など無い。
『常勝』を狂わせる女帝の指先が、もうハーキスの喉元にまで及んでいた。
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お読み下さりありがとうございました。




