159. 竜が欲しい
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百合帝国では現在、幾つかの国に『撫子』の従者の子達を密偵として送り込んでいるのだけれど、その対象国のひとつに『レイピア王国』がある。
ユベルの一件の折に情報を収集させる目的で送り込んだ密偵を、現在もそのまま継続して潜伏させているのだ。
以前にユベルの命が狙われたことは『ラザール第二王子の暗躍』と判断され、レイヴン王が直々にラザール第二王子の継承権の褫奪する、という結末をもって処理されたわけだけれど。
実際には―――あれは純粋に、ラザール第二王子の意志だけで行われたものでは無いだろう。ほぼ間違いなく、背後に第二王子の判断に影響を与え、凶行を焚きつけた貴族などの存在がある筈だ。
そう考えたユリはレイピア王国に送り込んでいる密偵の子達に調査を継続させ、主に第二王子派だった周辺貴族を中心に調べさせていたのだけれど。
潜入させていた密偵の子が今回、思いも寄らぬ情報を―――とある貴族が他国と内通している証拠を手に入れてしまった。
その内通先の相手は、ハイドラ王国なる国の宰相らしい。
「―――この『ハイドラ王国』という国はどこにあるのかしら?」
「レイピア王国の西にある国家です。国土面積としては現在の百合帝国の半分よりやや広い程度でしょうか。海沿いにある平坦な地が多い国家だと聞いています」
ユリの問いかけに、『撫子』隊長のパルティータが回答する。
百合帝国の西にニムン聖国があり、その西にレイピア王国がある。そこから更に西の国ともなると、流石にユリも把握していなかった。
「ふむ……。百合帝国からすれば小国だけれど、レイピア王国にとっては充分に大国と言えるわね」
「そうなりますね。レイピア王国は国土に難がありますから」
ハイドラ王国の面積は、レイピア王国の約1.5倍ぐらいに相当するだろうか。
純粋な面積比で言えばそこまで絶対的な差では無いようにも思えるけれど、レイピア王国は国土の8割近くが山岳地帯な上に気候変動が激しくて、人が住みづらく作物の実りも少ない土地ばかりだと聞いている。
一方でハイドラ王国が海沿いの平坦な国土となれば。おそらく互いの国力には、小国と大国に匹敵する程の顕著な開きがあるだろう。
「大国なら大国らしく、小国ぐらい純粋な力だけで捻じ伏せれば良いでしょうに。意外につまらない手段を取るものね」
「全くです。これでは威風も何もありません」
手元の報告書を読みながらユリが漏らした言葉に、パルティータも同意する。
レイピア王国に潜伏している密偵からの報告書によれば、どうやらユベル王女を害するようラザール第二王子を焚きつけたのは、ミハイア伯爵という貴族らしい。
ハイドラ王国はレイピア王国の征服を企てるにあたり、まずこのミハイア伯爵を調略し、自国側へと寝返らせたようだ。
『撫子』の従者の子が纏めてくれた報告書の中には、過去にハイドラ王国の宰相がミハイア伯爵へ送った全ての手紙の文面が、丸々写し取られていた。
「……随分とセキュリティ意識の低い伯爵だこと」
思わずユリは苦笑してしまう。
敵国とやり取りした手紙を後生大事に保存しておく時点で、間抜けも良い所だ。せめて読んだ後に燃やすぐらいは、証拠隠滅をすれば良いのにと思う。
ミハイア伯爵が治める領地は、人口2200人の都市1つのみ。
また、領地都市はレイピア王国の西端部にあるらしい。つまりハイドラ王国との国境に位置しているということだ。
「ミハイア伯爵の領地から程近い場所に銀山がありますが。この銀山と最寄りの村落は国の直轄地となっており、ミハイア伯爵には何の利益も齎していません」
「なるほどね」
この世界では一般的に、村落は最寄りの都市を治める領主の管轄になる。
それなのに銀山と村落が国の直轄地とされているのは、それだけ貧しい土地が多いレイピア王国にとって、銀山が産む収益の重要性が高いのだろう。
とはいえミハイア伯爵からすれば、国の意向を汲む理由など無いわけで。
目と鼻の先にあり、一般的な常識に照らし合わせれば自領の一部である筈の銀山と村落が国によって押さえられており、自身の利益に全く寄与していない事実は、伯爵からすれば断じて容認できかねることらしい。
報告書に写された手紙の文面によると、ハイドラ王国は『レイピア王国を征服した暁には、ミハイア伯爵に現在の領地に加えて銀山の支配権も認める』旨を約束しているようだ。
その約束に呼応して以降、ミハイア伯爵はハイドラ王国の宰相から指示を受け、レイピア王国を弱体化させるべく様々な形で暗躍を繰り返している。
王女であるユベルを害しようとラザール王子が行動した先日の件にも、王子の焚きつけ役としてミハイア伯爵が直接的に関与していた。
ちなみにあの一件には、ラザール王子に王位を継がせると言うより、単に王位継承権を持つ者が殺されることで、レイピア王国の国情を不安定にする目的があったらしい。
「やることがセコいわね……。ハイドラ王国の宰相の性格が透けて見えるわ」
「慎重と言えば聞こえは良いのでしょうが、どちらかというと宰相職に相応しからぬ臆病な人物のように思えますね。ハイドラ王国は北に仮想敵国がありますから、おそらくレイピア王国を征服するにしても、戦力の消耗を最小限に抑えたい思惑があるのでしょうが」
「ちなみにハイドラ王国は、軍事力的にはどうなのかしら?」
「少なくともレイピア王国よりは遙かに強力です。『竜騎兵』なる部隊を運用しているそうで、曲り形にも制空能力も持っているとか」
「あら、それは凄いわね」
『竜騎兵』ということは、竜に騎乗する騎士の部隊なのだろう。
竜は最も弱いワイバーン種でもレベル50程度の強さは持っている。その魔物を飼い慣らせる騎士を揃えている時点で、こちらの世界では充分に精強な軍隊だと評価して良いだろう。
「ちなみに竜騎兵は、レベル15の『ロフスドレイク』という竜に騎乗するとか」
「……え。そんなに低レベルの竜がいるの?」
「はい。こちらの世界には存在するようですね」
「ふむ……」
世界が変われば、魔物の種類は全く別物になる。
ユリの知らない低レベルの竜が居ても、おかしくは無いわけだ。
「―――欲しいわね」
「ハイドラ王国がでしょうか?」
「いえ、そのロフスドレイクという竜が欲しいわ。そのレベルの魔物なら、百合帝国の民であれば飼い慣らせない人のほうが少なそうじゃない?」
「ああ―――それは間違いありませんね。国民の平均レベルは、下手な国の騎士隊に匹敵するか、あるいはそれ以上の水準にまで達していますから」
百合帝国の国民にとって『迷宮地』は身近な存在だ。もちろん戦いを嫌って全く利用しない人も存在するけれど、それは少数派でしかない。
レベル15の魔物程度なら、倒せない国民のほうが圧倒的に少ない筈だ。
「パルティータ、『撫子』の子達にロフスドレイクなる魔物についての情報を収集させて頂戴。あるいは何か他に『空輸』に利用できそうな低レベルの魔物がいるようなら、それについての情報も調べて貰えると助かるわ」
「承知致しました、ご主人様」
実際に飼い慣らしている部隊が存在する以上、ロフスドレイクなる魔物が人の手で飼い慣らせることは、立証されていると考えて良いだろう。
〈召喚術師〉のような魔物を使役する職業を取得していなくとも、使役可能な魔物が存在するなら、その価値は計り知れない。荷を運ぶにしても、あるいは人を運ぶにしても。『空輸』という手段が確保できる意味はそれだけ大きいのだ。
(……とりあえず、ハイドラ王国の竜は全部奪ってしまおうかしら?)
レイピア王国とは、まだ同盟を結ぶほどの関係は築けていないけれど。ユベルを正式に『第五側室』として迎えている以上、間違いなく友好国ではある。
ハイドラ王国がレイピア王国の征服を企てているなら、ハイドラ王国を弱体化させる行為は、友好国であるレイピア王国を助けることにも繋がる筈だ。
(レイヴン王に恩を売っておくのも悪くは無いわね)
彼の国から竜騎兵の『竜』を奪い、更にこの報告書にある情報を丸ごと提供してあげれば、レイヴン王に相応の『貸し』を作ることができるだろう。
今のうちに『貸し』を作っておけば。ハイドラ王国が侵攻してきた場合に、百合帝国が戦争に介入することなども、やり易くなる筈だ。
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お読み下さりありがとうございました。




